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タイムリミット


 

 奈緒たちとの話し合いの結果、今回は横浜の街には向かわず、遠くへ逃げてリリスライラの動向を見てみることになった。

とはいえ、ただ逃げるだけでは意味がない。

そこで今生の目標を当初の予定通り、イフリートの捜索へと切り替えた明達は、夜明け共に街から出立して、未攻略の街が残る神奈川県の南西部へと向かった。


 街を出てしばらくしてからのことだ。

 明達が目的地を変えたことに、さすがの蒼汰も気が付いたらしい。何かを我慢しているような顔で口をもごもごと動かすと、ついには我慢が出来なかったのか明の袖を引いた。



「違うところに行くの?」

「そうだよ。あの街にはいかないことにしたんだ」

「どうして?」

「悪い人達がいるから」

「悪い人達? どんな人?」

「とっても怖い人達だ。蒼汰を狙ってる」

「ぼくを?」

「そう。でも安心して。今度こそ、君を守るよ」



 明は小さく笑うと蒼汰の頭を優しく撫でた。

 言葉の意味が分からなかったのだろう。蒼汰は不安そうにしていた。

 それでも、明のことを信頼してくれたようだ。返事の代わりにきゅっと明の手を強く握り返すと、彼はそれ以上のことは何も言わなかった。


 そうして数日。明達は蒼汰を連れて未攻略の街を巡りイフリートを探し続けた。

 しかし、結果はやはりというべきか空振り。どの街にもイフリートの姿はなく、それらしい痕跡も見当たらない。


 ならばボスモンスターを倒して経験値と反転率の低下を行っていたのか聞かれれば、その問いにも首を振らざるをえなかった。


 ボスモンスターを倒せば、そこで『黄泉帰り』のセーブ地点が作られるからだ。

 柏葉の時のように、シナリオの影響で『黄泉帰り』地点が固定化されているならまだしも、今はボスを倒せば倒しただけ『黄泉帰り』地点が更新されていく。そこで過ぎた時間もそのままに、ボスを倒せば次に目覚める場所も変わってしまう。

 蒼汰を狙うリリスライラの動きがまだ分からない今、下手なセーブ地点の更新は自らの首を絞めることになるかもしれない。

 それを、前世で直接彼らと戦いその厄介さを改めて感じとったからこそ、明は以前のようにボス討伐を行うことが出来ず、『解析』を使って未攻略の街に残るボスのステータス情報を抜き取ると、ひたすらその街から逃げ出すという行為を繰り返し行っていた。



(ボスを倒そうと思えば倒せるのに、『解析』を使ってただ逃げるだけってのは思った以上にストレスが溜まるなぁ)



 『黄泉帰り』をしてから、二日目の夜。

 手帳に記した未討伐のボスの数が両手では数えきれないほどになってきた頃、崩れた家屋の一角で身体を休めていた明は、小さなため息を吐き出していた。



(あれから二日が経った。前回はちょうど今頃リリスライラの襲撃にあったが、それも今回はニコライと出会っていないからか今のところは何もない。順調そのものだ。定期的に奈緒さんや花柳には『索敵』してもらっているが、俺たちの身の回りを嗅ぎまわるようなヤツらもいないみたいだし……。もしかして、横浜の街に近づきさえしなければ安全なのか?)


 思わず心でそう呟いたが、すぐに気を引き締めるように頭を振った。

 前世と違った行動を取れば多少なり結果が変わることは、これまで幾度となく経験したことだ。横浜の街に足を踏み入れなかったことによって、ヤツらの襲撃日がズレた可能性だってある。もしかすればもうすでに見つかっていて、連中が虎視眈々とどこかで様子を伺い続けているかもしれない。警戒を簡単に解くわけにはいかなかった。



(安全を期するためにも、出来ればもう少し遠くに逃げたい。けど……)


 ちらりと、明は視線を向けた。そこには旅の疲れが限界に達して眠り続ける蒼汰が居た。



(この子の体力を考えると、それも中々難しいな)



 蒼汰の体力に限界がきたのは、前世と同じ二日目の夕暮れだった。それまで大人しくスケッチブックに絵を描いて過ごしていた彼は、うとうとと船を漕ぎ始めるとやがて深い眠りについてしまった。

 前世で見た光景と全く同じだ。眠りについた彼は、どんな刺激を与えたとしても、一向に目を覚ますことなく眠り続けている。


(前回のことがあったから、今回はわりと気を付けていたつもりだったけどなぁ)


 前世での経験から、蒼汰自身がどんなに疲れていても声を出さないことが分かっていた。だから、明は意識的に休憩を多めにとるようにしていたし、時には蒼汰を背負って移動し体力がなるべく消耗しないようにはしてきた。

 けれど、それでも辿る結果はやはり同じ。蒼汰は二日目の夕暮れになると体力の限界を迎えてしまった。



(まるで、前回と同じだ。場所が違うだけで、蒼汰の行動が変わっていない。……嫌な感じだ)


 と、明がぼんやりと考えていた時だ。



「難しい顔をしているな」



 ふいに声を掛けられた。

 声の方向へと視線を向けると、両手にマグカップを持った奈緒がいた。奈緒は、片手のマグカップを明へと差し出すと隣に腰かけてくる。


「これは?」

「掘り出し物。さっき、柏葉さんが瓦礫の中からコーヒー粉末の入った瓶を見つけたんだ」


 言って、奈緒は焚火の傍でコップを啜る柏葉へと視線を向けた。

 すると、そんな明達の視線に気が付いたのだろう。柏葉が小さく会釈を返してくる。


「おすそ分け、だそうだ」

「ありがとうございます」


 柏葉に向けて会釈を返して、明は奈緒からマグカップを受け取った。湯気の立つ中身に息を吹きかけ、ゆっくりと啜ると久しぶりに舌で感じる苦みが広がる。それを噛みしめていると、ぽつりと奈緒が呟いた。


「それで、何を考えていたんだ?」

「え?」

「眉間に皺を寄せて、考え事をしてただろ。何か気になることでもあるのか?」

「そう、ですね。少し」


 言って、明は視線を蒼汰へと向けた。明の視線を追いかけて、奈緒の瞳も蒼汰に向けられる。


「あの子のことか?」

「はい。俺が死に戻る前の話になりますが、あの子はあんな感じでいきなり眠りについてしまった。その後に、俺たちはリリスライラの連中から襲撃を受けました。それが、妙に気になってしまって」

「なるほど、だから今回もそうなるんじゃないかって心配なんだな?」

「まあ、そうですね。行動を変えたはずなのに、結果が変わっていない。そんな気がします」

「でも、私も花柳も、お前に言われた通り『索敵』は常に使っている。今のところ、スキルに反応はないんだ。気にしすぎじゃないのか?」

「その『索敵』も万能じゃありませんよ。効果範囲が決まってるでしょ? 範囲外から狙われたらどうしようもない」

「そりゃ、そうだけど」



 奈緒は、明の言葉に唇を尖らせるとコーヒーを啜った。それから、何かを思いついたような表情になると言葉を口にする。



「だったら、『索敵』のスキルレベルを上げて確かめればいい。今日はまだ、スキルリセットを使っていないんだろ? 私のスキルをどれか一つ消して、還元されたポイントを使って『索敵』のスキルレベルを上げれば効果範囲も広がる。範囲が広がれば、少なくとも今よりかは安心できるだろ?」

「……なるほど」


 奈緒の提案に、明は思案顔となると頷いた。


 前世でのことを考えると、リリスライラの連中は『索敵』Lv1の効果範囲外ギリギリから攻めてくる可能性が高い。それは、襲撃の直前に『索敵』に反応があったことを告げていた奈緒や花柳の言葉からも分かっている。であれば、今ここで『索敵』のスキルレベルを上げておけば先手を打つことだって出来るはずだ。



「確かに、『索敵』のスキルレベルさえ上げれば襲撃をより早く察知することが出来ますけど。でも、いいんですか? 貴重なポイントを『索敵』に割いてしまって」

「どうせいつかはスキルレベルを上げようと思っていたんだ。構わないさ。……それに、ちょうど使ってないポイントが8つある。『解体』スキルでも消せば『索敵』のスキルレベルをすぐに上げることが出来るしな。試すなら早いに越したことはない」

「……なるほど。それで奈緒さんが良いのでしたら」


 と明はそう言うと、『解析』を使って奈緒のステータス画面を呼び出した。そこに表示された所持スキル欄の中から『解体』スキルを選択すると、スキルリセットを使って消去する。



「消しました」

「分かった」



 明の言葉に奈緒が頷いた。それからすぐに宙を見つめて、彼女は何もない空間を触るように指を動かす。しばらくすると、準備を終えたのか彼女は手を払った。



「OKだ。それじゃあ、使うぞ?」


 言って、奈緒は明を見つめた。


「お願いします」

「――『索敵』」


 瞼を閉じて、奈緒が呟く。

 沈黙は十秒ほど続いた。

 やがて、ゆっくりと瞼を持ち上げた奈緒は、知らず知らずのうちに止めていた息を吐き出して、小さな笑みを浮かべた。



「効果範囲内には何もいない。モンスターも、人の気配も今は無しだ。だから安心していいぞ」

「そうですか……。良かった」



 奈緒の言葉に、明は小さな笑みを浮かべた。

 奈緒には余計なポイントを使わせてしまったが、杞憂で終わったことを今はひとまず喜ぶべきだろう。もしもこの先、『索敵』のスキルレベルを下げたいと奈緒が願い出れば、一度『索敵』のスキルをリセットして、もう一度ポイントに戻して『索敵』スキルを取得し直せばいい話だ。



「ありがとうございました。どうやら、俺の考えすぎだったみたいです」

「気にするな。お前が心配するのも分かるしな」


 と、奈緒は明の言葉に笑みを浮かべると、視線を身に付けた腕時計へと落とした。


「……そろそろ、日付が変わるな。明日で反転率のインターバルも終わりだ。止まっていた数値が動き出すぞ」

「……ええ、分かってます」



 時間がないのは重々承知だ。けれど、だからといって蒼汰の事を放り出すわけにはいかない。

 蒼汰が蒼汰でいることこそが、この世界を守ることにもつながるのだから。






 三日目。

 その日、一日を通して蒼汰は一度たりとも目を覚まさなかった。

 さすがに心配になった明は、眠り続ける蒼汰へと『解析』を使った。けれど、画面に表示された文字はこれまでと同じ。どこにも異常がなく、〝正常〟と表示された文字に明はどうすることも出来なかった。



 そして、迎えた四日目。

 その異変はあまりにも唐突に、蒼汰の身に起きていた。



「ぅう、ぁぁああああああああッッ!!」



 午前零時十七分。

 ついに動き始めた世界反転率のことについて明達が話し合いをしていた時、それまで昏々と眠り続けていた蒼汰がいきなり苦しみ始めたのだ。


「っ、何? どうしたの!!?」


 突如としてあがった絶叫に、柏葉が面食らったように声をあげた。



「わかんない! いきなり、あの子が苦しみ始めて」


 と、眠り続けていた蒼汰の傍について看病をしていた彩夏が慌てたように言う。



「蒼汰ッ! 落ち着け、何があった!!」

「一条! 待て、何か様子がおかしい!!」



 駆け寄ろうとした明を奈緒が制した次の瞬間だった。

 ――ボコッ。

 蒼汰の身体が大きく膨れあがった。

 まるで巨大な肉の水泡が出来上がるように、もしくは身体の内側から何かが飛び出ようとしているかのように。身体の内側から直接殴られ、膨らんでいるかのような水泡が蒼汰の全身にいくつも浮かび上がり、やがて弾けた。


「――――ッ」


 息が詰まった。

 いや、目の前で出来上がったその存在に意識を奪われて、呼吸をすることを忘れたとでも言った方が正しいのかもしれない。

 明達の目の前に居たもの。

 それは、全身の至るところから()()()()()()()()()()()()、人間と呼ぶことも出来ない奇妙な肉の塊だった。



「そう、た?」


 呟き、明はもはや無意識的に、『解析』を使用する。




 ――――――――――――――――――

 暴走するヴィネの左腕  Lv300


 体力:3300

 筋力:2200

 耐久:5301

 速度:1575

 魔力:800

 幸運:10


 ポイント:0

 ――――――――――――――――――

 個体情報

 ・ダンジョン:???

 ・体内魔素率:100%

 ・体内における魔素結晶:臓器や骨、筋肉、血管に高密度の結晶化。

 ・体外における魔素結晶:全身の皮膚に広がる高密度の結晶化。

 ・身体状況:正常

 ――――――――――――――――――

 所持スキル

 ・狂気Lv3(MAX)

 ・狂化Lv3(MAX)

 ・超速再生

 ・超速魔力回復

 ――――――――――――――――――




(……なん、で)


 前世で辿った結果とはまた違う、眼前に表示されたその文字と数値に、明の思考は完全に止まった。



(今回はニコライと接触なんかしていない。前世で奈緒さんが言っていた、蒼汰が化け物になる『血』も今回は絶対に与えられていない! それなのに、なんで―――)



 まさか、時間の経過で蒼汰は化け物に代わるのか?

 そう考えた時、はっと明は奈緒が言っていたことを思い出した。



(そうだ、確か蒼汰の中には魔王の身体の一部が混ざってるって……。それじゃあ、まさか、その身体が暴走を? 『暴走するヴィネの左腕』ってそういうことなのか!?)



 もしも、時間の経過と共に蒼汰に混ざるヴィネの左腕が、蒼汰を飲み込み化け物に代わってしまう運命なのだとすれば。

 決まって、同じ時間に蒼汰が眠りに落ちていたのも、全てはその予兆だったのではないのだろうか。


(そんな、こんなのどうすれば)

「一条!!」


 奈緒の叫びが耳に入った。

 はっとして明は意識を取り戻す。けれど、それはあまりにも遅すぎた。


「ぇ」


 気が付いた時には視界いっぱいに、無数の腕が迫っていた。

 そして、グチャリと。

 一条明はその首を千切られ、その命をあっけなく散らした。


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― 新着の感想 ―
[一言] 今回も面白かったです!
[一言] これ、どうしろっていうんだ。。。 何回死んで、主人公のスキルの構成を暗殺者スタイルへ変更するとか?
[一言] 問題を棚上げにしておくこともできないのか
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