命の覚醒
「イフリート用に溜め込んでいたものを、今、この場で使う」
「ッ! ――……なるほどね」
意図を察して彩夏はニヤリとした笑みを浮かべた。
「だから……10秒。アイツらを任せてもいいか?」
「りょーかい」
短い打ち合わせだった。
けれど、その言葉だけで二人は十分だった。
「それじゃあ……いく、よッ!」
息を吐いて、タイミングを計った彩夏が前に飛び出した。
同時に、明は自らのステータス画面を呼び出すと素早く画面の操作をする。
(まずは、この身体の毒耐性を上げる!)
どんなにステータスが高くとも、猛毒に侵されれば意味がない。彩夏の使える『解毒』スキルの使用回数に限りがある分、その負担を軽くしなくてはならない。
そう考えた明は、30ポイントを消費して『毒耐性』スキルのLvをあげた。
(残り、78ポイント!)
使い道は決まっていた。即座に、明はそのポイントを消費する。
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スキル:身体強化Lv5を取得しました。
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リリスライラの持つ『ヴィネの寵愛』スキル。ステータスを上昇させるそのスキルに対抗する手段は、自己のさらなる強化に他ならなかった。
明は、続けて現れたスキルのレベルアップ画面を手で払い、消した。そしてすぐに、取得したスキルの効果を確かめるために、もう一度、ステータス画面を呼び出す。
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一条 明 25歳 男 Lv4(129)
体力:258
筋力:562(+100UP)
耐久:434(+100UP)
速度:467(+100UP)
魔力:0【200】
幸運:127
ポイント:28
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(……っ、思ったよりも少ない!)
身体強化Lv5に必要なポイントは50だった。結果として得られたその恩恵は、以前であれば確かに喜べたものだろうが、今は肝心の魔力が無い状態だ。『疾走』や『剛力』が使えない今、一条明にとって頼りになるのはこのステータス数値であり、この画面に表示される数値が今の明の全てだった。
(連中は、『疾走』『剛力』『鉄壁』の三つのうち、どれか一つは確実に取得しているはず。アイツらの魔力値がどれだけなのかは分からないが、この上昇値じゃまだ足りない。ステータス補正のスキルには敵わないッ!! ――――……だったらッ!)
思考と決断は、ほぼ同時。
迷いなく操作された画面は、新たな画面を表示させる。
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スキル:魔力回復Lv4をリセットしますか? Y/N
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すぐに『Y』を押した。
瞬間、自分の魂に刻み込まれた何かが失われたかのような、不思議な喪失感が明を襲う。明の身に宿る『魔力回復』スキルが消失したのだ。
(魔力回復Lv4にするまで、費やしたポイントは全部で127。『スキルリセット』を使えば、それが全て手元に戻って来る。残ったポイント28と、リセット分のポイントを合わせて155ポイントだ。これだけあればッ!!)
一日に一度、たった一つのスキルに対して使うことが出来る振り直し。
ギガントを倒し得たそのシステムを使って、明は、自分の身を瞬時に創り変える。
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スキル:身体強化Lv6を取得しました。
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ポイント60を消費して、さらに『身体強化』のスキルレベルを上げた。
(これで筋力、耐久、速度が+120の上昇だ。残り95ポイント!)
画面を操作する指は止まらない。
スキル一覧を選択し、明はさらに新たなスキルの取得画面を呼び出す。
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命の覚醒Lv1
・パッシブスキル
・魔力値を除く全てのステータス項目が強化される。強化される値はスキルLv×50%で固定される。
・ステータス強化のタイミングは、このスキルを取得した時点と、スキルLvが上昇した時点でのみ行われる。
命の覚醒Lv1を取得しますか? Y/N
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――命の覚醒。
それは、ポイントを50消費して取得することが出来るステータス補助スキルの名前だった。
『疾走』や『剛力』のような、魔力を消費して一時的なステータスの補正が得られるスキルとはまた別に、このスキルは取得をすれば常に効果を発揮し続ける。その恩恵の値は、スキルを取得するタイミング次第で変わるという非常にピーキーな特性を持つが、今の明ならば十分、その恩恵を受けることが出来た。
(スキルを取得した時点のステータスに対して行われる、ステータス補正スキル。スキルを取得した時のステータスが高ければ高いほど、スキルの効果は大きくなる!! 前にこのスキルの存在を知った時は、俺自身のステータス値が軒並み低くて、このスキルの恩恵が少ないって断念していたけど!)
心で叫び、画面を叩くようにして『Y』を押す。
(『疾走』や『剛力』が使えれば、そっちのほうが断然いい。スキルから受けられる恩恵はそっちのほうが上だ。でも、今の俺は魔力がない。その二つのスキルが使えないッ! 頼りになるのはこれしかねぇ!!)
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スキル:命の覚醒Lv1を取得しました。
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表示される画面を消して、明は自分のステータス項目を再び表示させた。
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一条 明 25歳 男 Lv4(129)
体力:387(+129UP)
筋力:1023(+341UP)
耐久:831(+277UP)
速度:880(+293UP)
魔力:0【200】
幸運:190(+63UP)
ポイント:45
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(――ッ、いける!)
四桁という大台に乗った自身の筋力値を見て、明はニヤリと笑った。
残ったポイントは45。ダメ押しとばかりに、明は30ポイントを消費して『毒耐性』スキルLvを3にあげると、目の前に表示されていた画面を消した。
「フー…………」
息を吐き出し、前を向く。
「花柳!!」
ひとり、時間を稼いでいた彼女に向けて声を飛ばして、
「待たせた!!」
身体に溜め込んでいた力を解き放つように、明は一気に駆け出した。
突然、速度のあがった明に驚いたのだろう。花柳は小さく目を見開いたが、すぐにその唇は笑みに変わる。
「任せた!!」
叫び、彩夏はその場を譲るように飛び退った。明は、すぐにその空いた空間へと身体を滑り込ませると、手に持つ両手剣を強く握りしめた。
「ふっ!」
息を吐き出し、腕を振り抜く。
「あぇ?」
横薙ぎに振るわれる一閃は、抵抗もなく男の胴体を斬り裂いた。
ほんの数秒の間に、別人のように動きが変わった明に対応出来なかったのだろう。男は、斬られる最後のその瞬間まで、何が起きたのか分からないとでも言いたそうな表情をしていた。
「っ、オッサン! 魔力が戻ったの!?」
「まさか。今まで取得してたスキルを消して、違うスキルを取得しただけだ。それより……」
驚き、声を掛けてくる彩夏の言葉に明は笑って言い返す。そのまま、視線を残りの四人へと向ける。
「これからが、本番みたいだぞ。アイツらも本気みたいだ」
言葉は、残りの四人が口にしたスキルに向けられていた。
『疾走』や『剛力』、『鉄壁』とそれぞれが持つスキルを口にしていく彼らを見つめながら、彩夏は緊張した面持ちで小さく頷く。
「うん……。分かってる。こんなことになるなら、あたしも『疾走』ぐらい取得しておけば良かった。速度足りないから、真っ先にやられるかも」
「そうならないように、俺のステータスを上げたんだろうが。……でも、そうだな。もしもこれでお前が死んだら……」
「死んだら?」
呟く明の言葉に、彩夏が言葉を繰り返した。
明は、そんな彩夏へとちらりと視線を向けて言葉を続ける。
「すぐに『黄泉帰り』でもして、二日前のお前に『疾走』を取得するよう忠告しておくよ」
「……それ、本当に笑えない冗談だから」
呆れて、彩夏はため息を吐き出した。
「まあ、いいや。それで? 作戦は? このまま正面きってのガチンコ勝負?」
「いや、短期決戦だ。このまま戦いが長引けば、ビルの裏手に回ってる連中もここに合流してしまう。…………花柳。お前、今ならあのスキルが使えるだろ? 時間稼ぐから、お願い出来るか?」
呟く明の言葉に、彩夏は一瞬、きょとんとした顔になった。
けれどそれも、すぐにニヤリとした笑みに変わる。
「ああ、アレね。……でも、いいの? アレを使えば、あたし、しばらく使い物にならないと思うけど?」
「このまま温存して、全滅するよりマシだろ? それに、俺のステータスが多少上がったとは言っても、アイツらのステータス補正がどれだけなのかが分からないんだ。多少危険でも、今はやるしかない」
「……ま、確かにそうだね。りょーかい」
「悪いな」
小さく肩をすくめる彩夏に、明は呟いた。
その言葉に、彩夏は首を振る。
「オッサンが謝ることじゃないよ。あたしだって、死ぬは嫌だし。やるんだったら、とことんやろうよ」
「頼むぞ」
言葉を交わして、明は両手剣を構えるすぐに飛び出した。
その後ろ姿を見つめながら、彩夏はすぐに構えた双剣を引くように、両手を大きく後ろへと引き寄せる。
「ふぅ……」
呼吸を整え、力を溜めた。
瞳を閉じて、自分の中に渦巻く魔力へと意識を集中させる。暴発しないように、慎重に。彼女はその力を練り上げ、高めていく。
「『魔力――』」
すっと、彩夏は瞳を持ち上げた。
「『連撃』」
その言葉に、彩夏が握る双剣が魔力の光を帯びて輝いた。
命の覚醒スキルの説明で言ってた「前に~」の前は、三章の二話『解析Lv3』のあたりのことです。