汚れた手
前回が長すぎましたが、今回は短め。
「――いきます」
「ああ。……ショックアロー!!」
明の言葉に、奈緒が魔法で応えた。
魔導銃の先端から迸る光の矢は瓦礫に直撃し、凄まじい衝撃となって瓦礫を吹き飛ばす。
「ふッ!!」
同時に、床を蹴った明は吹き飛ぶ瓦礫と共にビルの入口から外へと躍り出ると、瞬時にあたりを見渡した。
(正面で待ち構えていたのは、七人か。今の俺なら、このまま戦ってもそう簡単に負けることはないだろうが……。面倒なのは、この中に固有スキル持ちがいた時だな)
『黄泉帰り』のように死後発動するタイプのものや、柏葉のように物質を操るタイプのスキルならばまだいい。一番厄介なのは、彩夏のように肉体の超回復を行うことが出来る固有スキルを所持した者や、奈緒のようなある種の不死特性を持つ固有スキルを所持した者がいた場合だ。
いわば、生存に長けたとも言えるそれらのスキルが、非常に厄介で極めて強力であることは、あのギガント戦で嫌というほど理解させられた。
(と、なると……。まずは、そこからだな)
対人間であろうが対モンスターであろうが、最初にとるべき選択は一つだ。
(コイツらのステータスとスキルを暴く!)
明は心でそう叫び、
「『解析』!!」
すぐ近くにいたキツネ面の男へと目を向けて、静かに呟きスキルを発動させた。
――――――――――――――――――
個体名・能力:スキルの発動が妨害されたため、表示出来ません
――――――――――――――――――
個体情報:スキルの発動が妨害されたため、表示出来ません
――――――――――――――――――
所持スキル:スキルの発動が妨害されたため、表示出来ません
――――――――――――――――――
(は!?)
チリン、と。
軽い音とともに表示されたその画面に明は大きく目を見開いた。
(スキルの発動が妨害された? なんでッ――いや、そうか! 『解析妨害』か!!)
すぐに、明はその原因に思い当たった。
――『解析妨害』。
それは以前、『解析』のスキルLvが上限に達した時。明のスキル一覧の画面に新たに取得が可能となったスキルとして追加されていた、妨害系スキルの名前だった。
(効果は確か……スキル取得者に向けられる『解析』スキルの効果を防ぐ、だったか?)
もはや何度目のループの時に目にしたのかも朧気な、そのスキルの効果を記憶の底から引っ張り出して、明は心の中で呟く。
「まさか、コイツら全員……」
じりじりと、自身を取り囲む輪を小さくしてくる連中へと目を向けて、明は焦るようにして『解析』を発動させた。
嫌な予感は見事に的中する。
襲撃してきた連中の全員が、『解析妨害』スキルを所持していたのだ。
(あの時はまだ必要ないって、このスキルの取得を見送ったが……。なるほど、こういう使い方か)
積み重なった大量のエラーメッセージに向けて乱暴に手を振り払い、一気に消して、明は大きく顔を歪めた。
突如としてモンスターが現れたあの日以来、幾度となくこの世界の数日間を繰り返したことで、今ではもうすっかりとこの戦い方にも慣れてしまった。
ステータスやスキルの発動は当たり前のことで、特に『解析』スキルにいたっては、そこに表示される数値が今の自分よりも強者か否かの判断基準になっていた。
だからこそ、これまで絶対的とも言えたその数値が目に見えないからこそ、改めて直面する不安。
襲いくる目の前の相手が、どんな実力を有しているのかが分からない未知の恐怖。
(何も分からねぇのなんて……最初の、ゴブリンと戦った時以来だな)
明は胸の内に広がる動揺を拭うように、大きく息を吐き出した。
(全力でいくか? 多分だけど、今の俺ならまず負けない……はず。でも――――)
加減も分からず全力を出せば、まず間違いなくこの人間達は死ぬ。
人でもない化け物どもならばともかく、襲ってきたこいつらは間違いなく同じ人間だ。世界の改変という困難を、今まで生きて乗り越えてきたある意味で仲間と言える存在であるはずだ。
(そんな連中を、話し合いもなく殺すのか? モンスターと同じように、襲ってきたからという理由だけで手を下すのか?)
今や、生き残った人間は貴重だ。世界を侵す対モンスターとの重要な戦力とも言える。
腕や足をへし折れば、その命を奪うことなく戦闘を無効化出来るんじゃないか?
そんな考えに、一瞬、明の動きが止まった時だ。
「しッ!」
すぐ近くにいたキツネ面の男が、腰に差した短剣を引き抜くと今がチャンスとばかりに襲い掛かって来た。
「っ!」
反射的に、明はその動きに反応した。
手にした巨人の短剣を振り払い、男が突き出した短剣を上に弾いて受け流す。弾かれた短剣は空を切って、キツネ面の男の左腕が僅かに上へと持ち上がる。
そのまま、ガラ空きとなった胴体へ蹴りを叩き込もうと小さくステップを踏んだところで、ピタリと。明はその動きを止めた。
(『危機察知』!?)
産毛が逆立つかのような感覚に、明はすかさず回避行動をとった。
直後、その身体があった場所に猛毒針が飛来した。キツネ面の男が右手で隠していた猛毒針を明に向けて投げたのだ。
(ッ、コイツ――『暗器』スキル持ちかよ!!)
心当たりのあるスキルに舌打ちを漏らして、明はすかさず距離をとった。
「何、躊躇してんだ俺は」
外れた攻撃にキツネ面の男が毒づく声を聞きながら、明は呟く。
そうしながらも、改めて周囲を囲む連中へと目を向けて、考えを改める。
(こいつらは、確実に俺たちを殺しにきてるんだぞ。モンスター相手に生き残った人間で協力しようなんて考えてるなら、同士討ちなんて真似をしてくるはずがない)
つまりは、話し合いが出来ない相手。こいつらは、生き残った人間同士でも手を取り合うことの出来ない敵だ。
(降りかかる火の粉を、振り払わない理由はない。俺が下手に手加減を加えたことで、それが原因で奈緒さんたちのうちの誰かが死ねば、俺は死んでも死にきれない)
「…………」
ちらりと、あの男の顔が頭をよぎった。
頭の片隅で、目を背け続けてきたその事実が嫌でも脳裏に蘇ってしまう。
(それに、俺はもう人を殺している。この手は、血で汚れきっている。……だったら、今さら悩む必要なんてどこにもないはずだ)
明は、静かに覚悟を決めた。
ゆっくりと両足を開き、腰を落として。短剣とは名ばかりの長剣を腰だめに構え直し、細く長い息を吐く。
(加減は、なしだ)
力強く剣の柄を握りしめた。
瞬間。柄を握る明のその両腕が、地面を踏みしめたその両足が、呼気と共に吐き出された己の弱さと相反するかのように、大きく膨らむ。
「ふうぅぅぅぅ…………」
そして明は、胸の内の空気をすべて吐き出すと同時に息を止めて――――。
「ッ!!」
地面を蹴った。
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