乱入者
「『疾走』ッ!!」
その、瞬間だった。
どこからともなく声が聞こえた。
直後、明と三叉槍の間に疾風が駆け抜けてくる。風の正体は、鬣のように髪を振り乱した男だ。
男は、手にした長槍を振り払って突き出された三叉槍を勢いよく弾くと、舌打ち混じりの言葉を明へと向けて吐き出した。
「馬鹿野郎! 死にてぇのか!?」
低く、張りのある声が明の耳を叩いた。その声質からして、男はまだ若い。事実、男はさほど年齢を重ねていないのだろう。額や目元には皺もなく、無精髭を蓄えたその顔つきはどう見ても三十代そこそこでしかなかった。
「は?」
予想だにしない突然の乱入者に思考が止まる。ただただ、目の前の男の顔を見つめ続ける。
それが、男には愚鈍に見えたらしい。苛立つように盛大な舌打ちを明へと漏らすと、男は鋭い視線をサハギンチーフへと向けた。
「ぼさっとすんな!! さっさと逃げろ!」
叫び、男は地面を蹴って跳び上がる。身体を捻り、勢いを付けた右足でサハギンチーフを蹴りつけた。
「ギ、ァ――」
鈍い衝撃と共に、サハギンチーフの身体が仰け反った。しかし、大したダメージが入っているようには見えない。持ち前の耐久が高すぎるのだ。
男もそれが分かっているのだろう。地面へと着地すると同時に、間髪入れることなく動き出す。
「はッ!」
気合の掛け声と共に、男は長槍を突き出した。
穂先がサハギンチーフの脇腹を抉り、どす黒い血が空中に舞った。キラキラと光を反射して、削り取られたサハギンチーフの鱗が零れ落ちていく。
男の一撃は、サハギンチーフの耐久を破り確実にその身体へとダメージを与えていた。
(強い……!)
思わず、明は唸った。
軽々と槍を扱うその身のこなしは、流れるように淀みがなく、隙がない。モンスターとの戦闘を続けてきた者の動きだ。サハギンチーフの高い耐久を破ったところからして、男自身のステータスもかなりのものであることが分かった。
(いきなり乱入してきて何事かと思ったけど。これは……。俺を助けようとしてくれてる……んだよな?)
おそらくだが、状況的にもまず間違いないだろう。
(んー……。どうしよう)
思わず、明は考えた。
クエストを発生させるためには、サハギンチーフに殺されなければならなかった。結果的に、今はそれを防がれた形になる。ここで、無理やり戦闘に割って入って死ぬことも可能だが、それはそれで、ややこしいことになりそうだ。
(それにしても)
ちらり、と。明は男を見つめた。
(この人、ボス相手に一歩も引かないな。むしろ少し押してるか? これだけ強いってことは……固有スキル持ち、だよな)
男の動きを見つめながら、明は心の中で言った。
確証はないが、確信に近い言葉だった。
クエストをはじめ、固有スキル持ちは何らかの恩恵を与えられていることが多い。事実、明自身もそうした恩恵にあやかっている。ボスモンスターを相手に、引けを取らない実力ともなればまず間違いないだろう。
(ちょっと、見てみるか。――『解析』)
明は、そっと男の顔を見つめてスキルを使う。
――――――――――――――――――
清水 龍一 33歳 男 Lv106
体力:243
筋力:337
耐久:401
速度:367
魔力:149
幸運:155
ポイント:0
――――――――――――――――――
個体情報
・現界の人族。
・体内魔素率:21%
・体内における魔素結晶:臓器と筋肉に少量の結晶化。
・体外における魔素結晶:上肢を中心とした体表に散在する結晶化。
・身体状況:正常
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所持スキル
・悪食
・身体強化Lv2
・索敵Lv1
・魔力回路Lv1
・魔力回復Lv1
・疾走Lv1
・槍術Lv2
・神穿ちLv1
――――――――――――――――――
「――――っ」
表示されたその画面に、明は息を止めた。
そこに、見覚えのある苗字が並んでいたからだ。
(清水……? まさかこの人、蒼汰の父親か?)
言われてみれば、目鼻立ちがどことなく似ているような気がする。蒼汰が大人になり、無精髭を生やせばこの人と瓜二つになりそうだ。
(蒼汰の父親が、どうしてここに? リリスライラに殺されたんじゃないかって、そんな話も出てたけど……。生きてたのか?)
浮かんだ疑問はそれだけじゃない。
解析画面で表示されたその画面には、いくつもの不可解なことが表示されていた。
まず、画面に表示された高いレベルと高いステータス。
これら二つは、『解析』を使用する前から予測することが出来ていた。けれど、だとしてもこれはおかしい。スキル欄に並ぶ、『身体強化』のスキルレベルとステータスが釣り合っていないのだ。
(『偽装表示』か?)
明は、心当たりのあるスキル名を呟く。
可能性があるとすればそれしかない。だとすれば、この、表示された画面は間違いだということになる。
(もしくは、この『悪食』って固有スキルの影響ってことも考えられる、か。……どっちにしろ、この画面だけじゃ真偽の判断が付かないな)
呟き、明はステータスの数値から視線を外す。
次に目を向けたのは、男の個体情報が記された欄だった。
(魔素率21%……。人間相手に『解析』を使って、魔素率が0%以外になっているのを見るのは初めてだな)
解析画面では、臓器や筋肉、上肢に結晶化した魔素があるらしい。この情報が本物か嘘かは、その結晶化した魔素を見ればハッキリとする。
(身体の中を見ることは出来ないけど、腕ならどうにか確認が出来ないかな)
と、明が考えたその時だった。
「ギギッ!」
サハギンチーフが、棒立ちの明へと狙いを変えた。
三叉槍を振り回し、一撃のもとにその命を刈り取らんとサハギンチーフが勢いよく槍を突き出す。
それを、男は間に割って入ると長槍を構えて受け止める。
「オイ! 何してんだ!!」
「あ、ああ。すみません」
響き渡る怒号に、思わず明は謝罪を口にした。
「とにかく、そこは邪魔だ! 離れてろ!!」
苛立ち混じりに言われて、明は素直に邪魔にならないようその場から移動した。
移動したところで、『あれ? 俺……クエストの為に死のうとしていたのにな』と思ったが、その考えをすぐに払拭する。クエストの確認もそうだが、目の前の男のことが気になったからだ。
男は、明がその場から離れたことを確認すると、小さく頷き、
「ふっ!!」
と息を吐いて、サハギンチーフへと向けて全力で長槍を振り払った。
けれど、その攻撃は寸前のところで躱された。サハギンチーフが反撃とばかりに三叉槍を振るったが、男はその攻撃を軽くいなす。
「甘ェ!!」
叫び、男は手にした長槍を突き出した。
「ギ――ッ!」
突き出された長槍はサハギンチーフの右肩を抉り、その動きを刹那の間、止めた。
「ッ!!」
それを、男は好機と見たらしい。
幾度となく繰り返した動作をなぞるかのように。男の身体は淀みなく流れて、すぐさま二の槍を繰り出さんと体勢を整える。
「おおっ!!」
雄叫びと共に男は両足を開くと、長槍を引いて腰を深く落とした。
黒い瞳がサハギンチーフへと向けられて、ふっと細められる。
この攻防の中で一番の攻撃を放とうとしているのが、傍目から見てもその男の気配から感じ取られた。
「『神――――」
言葉を紡ぐ。
己の魂に刻まれた、この世ならざる力を解放する鍵となる言葉を、男は口にする。言葉は男の身体から魔力を引き出し、青白い光となって長槍と男の全身を包み込んだ。
ニヤリ、と。魔力に包まれた光の中で男が嗤った。獰猛な獣が獲物を前にして浮かべる笑みによく似ていた。
「穿ち』ッッ!!」
――瞬間。男の身体が消えた。
否。男は、音も置き去りにするほどの速度でその手に持つ長槍を突き出したのだ。
槍はサハギンチーフの腹部を捉えて、その硬度な鱗を物ともせずに破壊し、肉を吹き飛ばす。
少し遅れてどす黒い血が溢れ出し、サハギンチーフの絶叫があたりに響き渡った。
腹に風穴を開けられたサハギンチーフは、よろよろと後退を繰り返すと、怒りに満ちた瞳で男を睨み付ける。
「ギェギギギ……」
サハギンチーフが何かを呟く。おそらく、好ましい言葉でないだろう。内容までは分からずとも、その口調と表情で察することが出来た。
「ギギギギョェ」
もう一度、サハギンチーフは言葉を繰り返す。
それから、サハギンチーフはその場でくるりと背を向けると、男から逃げるように海の中へと飛び込んだ。
「逃げた!?」
これまでのボスが見せなかったその行動に、明は思わず声をあげた。
反射的に、サハギンチーフを追いかけようと身体が動くが、それを男が手を伸ばして制してくる。
「ああ良いんだ。あのまま戦ってたら、魔法を使われてた。逃げてくれた方がありがたい。……それに、この街の人間は、アイツには死なれちゃ困るんだよ」
「困る? どういう意味ですか?」
男の言葉に、明は首を傾げた。
ボスを討伐する理由ならまだしも、生かしておく理由が分からなかったからだ。
男は小さく鼻を鳴らすと口を開く。
「ボスモンスターの周りから他のモンスターが逃げるのは知っているな? この街で生き残った人間は、あえてボスの傍で暮らすことによって、他のモンスターから襲われないようにしている」
「そんなことが」
「出来るんだよ。あのボスならな」
呟き、男はサハギンチーフが逃げた先へと視線を向けた。
「アイツは、この海辺から離れない。定期的に、息継ぎをするように海に潜っているところをよく見かける。水が無いと生きることが出来ないんだろう」
なるほど、と明は思った。
ボスの傍から他のモンスターが逃げるのは間違いない。それは、ボスの放つ殺気や威圧に当てられて他のモンスターが逃げだしてしまうことに由来するのだが、逆を言えば確かに、ボスの傍でなら他のモンスターから襲われる心配がないとも言える。
問題は、そのボスさえも人間を襲ってくることだが、この街のボス――サハギンチーフが海辺から離れることが出来ないのならば、それも可能だ。
普段は凶悪なボスという存在が、ある種の安全圏として機能するのも納得の出来る話だった。
「そんなわけで、この街の人間は海辺には近づかない。わざわざ、ボスの元に足を運ぶ必要がないからな」
言って、男は言葉を区切った。
ちらりと、明へと探るようなその視線を向けると、途切れた言葉を再開させる。
「ここまで言えば分かるだろ? この街で自分からボスの元に向かう人間は、ボスを討伐してこの街の人間を危険に晒そうとする馬鹿か、生きることを諦めた馬鹿か。もしくは、街の事情を知らねぇ他所者か……。そのどれかしかない」
男はジッと、警戒するように明を見つめた。
「アンタはどれだ? ただの馬鹿か、それとも……」
静かに呟かれる言葉は、感情を感じさせないほど冷たかった。




