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サハギンチーフ



 神奈川県横浜市。


 神奈川県の東部に位置するその街は、異国情緒ある港町と多くの観光地を保有する一方で、大企業の工場を多数保有する商工業の拠点と東京のベッドタウンとしての側面を併せ持つ政令指定都市の一つとして知られている。海岸沿いには超高層ビル群が形成しているが、郊外には田園風景と閑静な住宅街が広がっており、幅広い世代から人気のある街だ。



(……そんな街も、今じゃあモンスターに支配されて様変わりだな)



 心で呟き、明は息を潜めて物陰から海岸線を見つめた。

 明の視線の先。そこには、人と魚を掛け合わせたような見た目をしたモンスターが居た。

 頭が魚で、身体は人間。その全身は鱗で覆われていて、僅かに湿り気を帯びたその表面が日の光を僅かに反射している。指先には水かきがあるとこを見るに、魚人ぎょじんと称した方が分かりやすいのかもしれない。


(ああいうモンスターって、エラで呼吸してんのかな)


 海辺で発見した魚人モンスターを見つめて、明はぼんやりと考える。

 地球上には、両生類と呼ばれる水陸両用の生物が生息しているが、両生類それらの特徴は鱗や毛、羽毛がないことだ。鱗を持つ生き物は魚類や爬虫類が代表的だが、目の前のモンスターは明らかにどちらにも属さないように思える。


(身体が人だから……肺、か?)


 まあ、どうでもいいか。と、明は思考を切り上げた。

 この世界に現れたモンスターの生態について分からないことは多いが、それをあえて調べてみようとも思わない。そうしたことに熱意を燃やすのは研究者の仕事だ。少なくとも、自分じゃない。



(そもそも、俺にとっちゃあ大事なのは、モンスターの生態じゃなくてコッチだしな)



 心で言って、明は表示させていた解析画面に目を向けた。




 ――――――――――――――――――

 サハギンチーフ Lv134


 体力:514

 筋力:433

 耐久:697

 速度:343

 魔力:181

 幸運:91

 ――――――――――――――――――

 個体情報

 ・ダンジョン:絶海の古塔1Fに出現する魚種亜人系モンスター

 ・体内魔素率:21%

 ・体内における魔素結晶:臓器と筋肉に少量の結晶化

 ・体外における魔素結晶:体表に散在する少量の結晶化

 ・身体状況:正常

 ――――――――――――――――――

 所持スキル

 ・激流

 ・槍術Lv1

 ・水魔法Lv1

 ――――――――――――――――――




 やっぱりそうか、と息を吐いた。


 この街の探索を始めて、早くも丸一日が過ぎ去った。初日は街の北西側にある丘陵部を中心に探索を行ったが、オーガをはじめとするモンスターとの戦闘ばかりでその日を終えている。


 世界反転率のインターバル期間は三日だ。

 街の探索にかけられる時間もそう多くない。

 そこで、二日目となる今日は探索する場所を変えてみようと、高層ビル群の並ぶ街の港湾部へと足を延ばした矢先の出来事だった。


(レベル134、ね。あれって、絶対にボスモンスターだよなぁ。周囲に他のモンスターの気配もないし、間違いなさそうだ。肝心のステータスは……体力と耐久が他に比べると僅かに高いな。耐久型のモンスターか?)


 心で呟きながら、明は探索の最中に遭遇したボスモンスターを見つめて分析をする。


(今まで出会ったどのモンスターよりもレベルが高いけど……ギガントに比べると、ステータス上はぶっ飛んだ数字が見られないな。それでも全部の数値が高いから、ハイオークやリザードマンなんかとは比べ物にならない強さだけど)


 と、明が思考を巡らせながら、手元の手帳に解析画面を書き写していたその時だ。



「どうだ?」


 背後から、小さな囁き声が明に掛かった。声の主は、奈緒だ。モンスターと遭遇すると同時に戦闘態勢に入った彼女は、その鋭い眼差しを魔導銃越しにサハギンに向けている。


「解析出来たか?」

「ええ。ビンゴです。やっぱり、ボスモンスターでしたよ」

「レベルは?」

「134」

「ひゃっ!? むぐっ……」


 明の言葉に驚き、声をあげそうになった彩夏の口を柏葉が慌てて押さえた。


「静かに! 静かにしてください!! 気付かれるでしょ!?」

「ご、ごめんごめん。……でもさ、レベル134なんて初めてじゃない? ステータスはどうなってんの?」


 言われて、明は書き写した手帳のページを彼女たちへと見せる。

 彼女たちは、渡された手帳を回し読むと深いため息を吐き出した。


「ギガントほどじゃないけど、厄介だな。全体的に能力が高い」

「それに、水魔法ってスキルも厄介そうですねぇ。槍術ってスキルもあるし、遠近両刀タイプでしょうか?」

「スキルもそうだけど、厄介なのは耐久でしょ。ギガントほどじゃなくても、この数字はヤバいって」

「戦うのか?」


 奈緒が確認するように、明へと視線を向けた。



「そう、ですね……」



 呟き、考える。

 サハギンチーフは、解析画面で見るかぎりでは厄介な相手だ。ギガントと戦って以来、久々に出会った強敵とも言える。何かのきっかけ一つで、あっという間に全滅することだってあり得るだろう。


 ちらり、と。明は、隣に座り込む蒼汰へと視線を向けた。


 蒼汰と行動を共にするようになって、丸一日とほんの少し。ここに来るまで、蒼汰とは常に行動を共にしているが、彼と明達との間でトラブルらしきトラブルは起きていない。

 もともと、聞き分けが良く素直な印象のあった子だ。きちんと言い聞かせていれば、危険な行動を取ることが無いだろうと思ってはいたが、まさに予想通りだった。


 蒼汰は、とにかく泣き言もなく不満を口に出すことがなかった。


 もちろん、休憩中には年相応の好奇心や言動を覗かせることはあるが、街の探索や移動中はとにかく喋らない。まるで、自分の行動一つで明達が危険に晒されることが分かっているかのように、粛々と明達の言うことを聞いて、従い続けている。


 出会い頭でいきなりモンスターに襲われた時だって、小さく悲鳴らしき言葉を発して慌てて口を噤んだほどだ。それは、六歳という年齢を考慮すればあまりにも出来すぎた行動だった。



 だからこそ、同時に不安にもなる。



 この世界にモンスターが現れてから、およそ十日。この子は、いったいどんな生活を送って来たのだろう、と。



(いろいろと蒼汰のことで気になることはあるけど……。まずは、目の前のことだな。戦闘になれば、蒼汰は邪魔にならない位置で隠れ続けることが出来る。護衛は必要だけど、俺たちの邪魔はしないはずだ)



 戦闘で気を付けなければならないのは、蒼汰を狙うモンスターだ。

 だから、いつもならば必ず蒼汰の傍には護衛を置く。

 だいたい、その役目は後衛である奈緒か柏葉に任せることが多いが、今回はボス戦である。他のモンスターから横槍を入れられる心配はない。


(今の俺たちならまず勝つことが出来るだろうし……。戦闘するかどうかで迷う必要はないな)


 遭遇したサハギンチーフは、ギガント以上のレベルで、ギガント以下のステータスだ。倒しやすくも経験値が多いボスと言い換えることも出来る。

 ギガント以上の経験値を貰えるなら、すっかりレベルアップとも縁がなくなったこの身体も、少なくとも一度はレベルアップするはずだ。


(どうせなら、クエストも発生するかどうか試しておきたいな)


 ポイントの使い道に困り、すっかりと余らせている状態ではあるが、ポイントはいくらあっても困らない。むしろ、試さない理由を探すほうが難しいだろう。

 問題は、『黄泉帰り』によって擦り減る精神こころだが、連続して発動するような状況じゃなければまだ平気だ。



(それに、ここで一度死に戻っておけば、成果のなかった昨日の時間を帳消しにすることが出来る。『黄泉帰り』で目覚めた後、まっすぐにこの湾岸部に向かうことが出来れば、探索の効率としてはそれが一番だな)


 探索のやり方にもいろいろと方法はある。

 以前はまるで選択肢にも入らなかったこの方法だが、それが選択出来るようになったのはやっぱり、ギガント戦で繰り返し行った死に戻りの経験が大きい。これまで以上に、繰り返し行った『黄泉帰り』の経験は、以前にもまして死に向かう感情を希薄化させていた。



「…………そのことなんですけど、一つだけ、試してみたいことがあって」


 長い思考を挟んで、明はようやく口を開く。

 その言葉に、奈緒が不思議そうな顔をした。


「試してみたいこと?」

「ええ。確認なんですけど、俺たちが最後にボスモンスターを倒したのは、この街に足を踏み込む直前でしたよね?」

「……? そうだな。リリスライラを相手にするなら、一度『黄泉帰り』のポイントを更新したいってお前が言ったから、わざわざ別の街に寄り道をしてまでボスモンスターを倒したな。それがどうかした――って、まさか!?」



 それは、おそらく。これまで長い間、一条明という人間を傍で見続けたからこその直感だったのだろう。



「一条!」



 制止を掛けるように、奈緒は明へと手を伸ばす。が、明はその手をするりと躱すと立ち上がり、一気に動き出した。



「すみません!! 説教はまた、次でお願いします!!」


 その言葉に、奈緒は目尻を吊り上げると怒鳴り声をあげる。


「お前の()は、()()私が知らないことだろうが!! ッ、柏葉さん、花柳! なんでもいいから、あの自殺志願者バカを止めろ!!」

「えっ、ちょ、はぁ!? いや、あたし達には無理だって!」

「私も無理ですよ……。一条さんが本気を出したら、私たちの誰も敵わないんですから……」

「~~~~ッ、ああ、もう!」


 ぎゃあぎゃあと騒ぐ彼女たちの声を聴きながら、明は身に付けていた防具を全て脱ぎ捨てる。無論、死にやすくするためだ。



「さぁ、こい!」


 声をあげて、明はサハギンチーフの元へと飛び込んだ。



「ギェ!? ギェェエエエイイイイッ!!」



 サハギンチーフが明に気が付いた。

 無防備な男が駆けよって来るその光景に、サハギンチーフは雄叫びをあげてその手に持つ三叉槍を突き出してくる――――。




「『疾走』ッ!!」



 その、瞬間だった。

 どこからともなく声が聞こえた。


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