表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この世界がいずれ滅ぶことを、俺だけが知っている  作者: 灰島シゲル
五章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

214/351

 


「なあ一条。どう思う?」


 朝食後のことだ。

 もしかすれば蒼汰の父親が戻ってきているかもしれないと、明は奈緒を伴って昨日のアパートへと向かっていた。その道中、奈緒がため息を吐いて問いかけてくる。


「どうって?」

「あの子の話。なんか、変じゃないか?」

「ああ、奈緒さんも気になりました?」

「ってことは、お前も気が付いてたんだな」


 その言葉に、明は小さく頷きを返した。


「蒼汰の話には少し、矛盾がありますね。最初、あの子とその父親はボスモンスターに追われたのかなって考えましたけど……。どうやら、それも違うみたいだ」


「そうだな。あの子の話を聞く限りだと、あの子が居た街にはそれなりの人数が生き残っている。……ここ一週間、反転率の減少を示すあの画面は、私たちが討伐したボスモンスター以外には出ていない。ってことは、あの子が居た街のボスは、まだ生きていることになる」


「ええ。ボスがまだ生きていて、それでもまだ生き残っている人達がいるってことは……。生き残りの人達が集まるその場所には、ボスに対抗するためのなんらかの手段。もしくは、それ相応のレベルかステータスを持っている人が居て、ボスモンスターからみんなを守っているということになる。そんな場所を、わざわざ自分から出て行くはずがない」


「ああ。どちらかと言えば、何としてでもそこに残ろうとするはずだ」



 確かに、と明は頷いた。

 危険を冒して安全な場所に向かう理由は分かるが、危険を冒して安全な場所を出る理由が分からない。



 明は眉間に皺を刻むと、思考を続けて呟く。



「俺たちがいた場所のことを聞いて、そこに向かう途中だった……とか?」


 その言葉に、奈緒は難しい顔で答える。


「子供を連れてか? 子供が居るならなおさら、安全な場所から動かないだろ」


 そもそも、と。

 奈緒は小さなため息を漏らして、言葉を続けた。


「ネットも使えない、電話もつながらない。以前のインフラは壊滅している。こんな状況で、ここから離れたあの街の状況を知る手段がどこにある? 隣り合う街ならまだしも、二つ三つ他の街を挟めばそう簡単には状況を知ることなんて出来ないだろ」


 それもそうだ。

 明は、奈緒の言葉に考え込むように唸りをあげた。


「だったらなんで、蒼汰の父親は安全な居場所から外に出たんでしょうね?」

「それなんだが……。私にはどうも、この話がただのモンスター絡みじゃないような気がするんだよな」

「と、言うと?」

「仮に、ボスモンスターを退けることが出来る環境がその街にあるとしてだ。だったらどうして、あの子の父親はよく『逃げなきゃ』って言っていたんだ? 『逃げる』ってことは、何かしらの脅威が差し迫っているってことだろ? モンスター以外の脅威って、ここ最近だと何があった?」

「モンスター以外の、脅威?」



 呟き、明はハッと奈緒の顔を見つめた。

 脳裏に、とある一つの言葉が過ぎったからだ。



「私以上に、お前はその脅威について知っているはずだぞ」

「――――まさ、か」


 言われて、明は呟く。


 知っている。

 もちろん、忘れられるはずがない。

 この世界にモンスターが現れてから、急速にその勢いを増し始めた殺人集団がいることを、一条明はもうすでに知っている。



「リリスライラ」



 吐き出した言葉に、嫌悪が混じる。

 その言葉を口にしたことで、一週間ほど前に出会い、互いの信念を否定するために命を賭してぶつかり合ったあの男の顔を、否が応でも思い出してしまう。


「可能性としては、ゼロじゃないだろうな」

「……このこと、柏葉さんや彩夏には?」


 明は、今頃コンビニで蒼汰の面倒を見ている二人のことを考えて問いかけた。

 その言葉に、奈緒は軽く頷く。


「大丈夫だ。もう伝えてある。今は花柳も『索敵』を持っているし、そう簡単には襲われないだろうさ」

「分かりました。ありがとうございます……っと。ココですね」


 言って、明は視線を向けた。

 気が付けば、昨日のアパート前に辿り着いていた。


 二度目となるその探索に、そう多くの時間は必要ない。


 数分ほどですべての部屋を探索し、そこに誰も足を踏み入れた形跡がないことを確認すると、明は奈緒を伴ってアパートを後にした。



「もしかしたら、あの子の父親はもう……。殺されているかもしれないな」


 帰り道。懐から取り出したタバコに火を点けた奈緒が小さく呟いた。



「もしも、あの子の父親がリリスライラに追われていたとして。その状況で、あの子だけでも助けようと思ったのだとしたら……。あの子が、あのアパートに置き去りにされていたのもおかしな話じゃない」

「かも、しれませんね」

「……なあ、一条。改めて、これからどうするつもりだ?」

「…………」


 奈緒に問いかけられて、明は考え込むように眉間に皺を寄せる。

 そんな明を横眼で眺めると、奈緒は空を見上げて大きく煙を吐き出した。




            ◇ ◇ ◇




 コンビニへ戻ると、蒼汰を相手に柏葉が人形劇を披露しているところだった。

 この数日間、様々なボスと戦いレベルを上げたことが功を奏したのだろうか。柏葉は、『人形師』スキルで操れる物を増やしていた。それが『布』だ。

 余った切れ端の布を汲み合わせた人形を、柏葉は器用に指先で操り劇を披露している。

 題目は桃太郎。床上の壇上では、ちょうど布で創られた桃太郎が犬、猿、雉と共に鬼を退治するところだった。


「こうして、鬼は桃太郎に退治され、世界は平和になったのでした。めでたしめでたし……っと、おかえりなさい。どうでしたか?」


 人形劇を締めくくった柏葉が、明達に気が付いて声を掛けてくる。

 その言葉に、明は声も無く首を横に振って答える。柏葉は残念そうに瞳を伏せた。


「そうですか。それじゃあやっぱり……」

「そのことについて。ちょっと、みんなで話し合っておきたいことがあって」


 その言葉に、柏葉たちも明が言わんとしていることに気が付いたのだろう。表情を改めると、二人は小さな頷きを返してきた。



 明は、奈緒と二人を連れてコンビニの裏手へと向かうと、すぐに足を運んだアパートのことを二人に向けて報告した。合わせて、道中で奈緒と話していた、リリスライラという集団が関わっている可能性があることを改めて二人に告げる。



「――――と、いうわけで。この話に、リリスライラが関わっている可能性は十分にある」

「みたいだね。それは七瀬から聞いた」


 明の言葉に、彩夏が小さく息を吐いた。彼女は目深にフードを被ったまま、口の中でコロコロとキャンディを転がして、呟く。


「まさかまた、あの連中の名前を聞くことになるとはねー……。正直に言って、もう二度と関わりたくない連中なんだけど」

「それはまあ、同感だな」


 あの時のことは、出来ればあまり思い出したくもない。人が持つ殺意という感情に、あれほど強く晒されたのは初めてのことだった。


「それで、これからどうするんですか? 蒼汰君を、軽部さんのところに送り届けるのは変わらない感じです?」


 柏葉が明へと問いかける。

 その言葉に、明は小さく首を横に振った。


「……いえ。リリスライラが関わっている可能性がある以上、俺たちは蒼汰をこのまま、軽部さん達のところに連れて行くことが出来ません」

「なんで?」


 そんな明の言葉に首を傾げたのは彩夏だ。


「追われてるのはあの子の父親でしょ? あの子は関係ないんじゃないの?」

「蒼汰は確かに、この話には関係ないのかもしれない。アイツらの狙いは高レベル帯の人間のはずだ。Lv1の蒼汰が、リリスライラに狙われることはまず無いと思う」

「……? だったら連れて行けばいいじゃん。何がダメなの?」

「アイツらが、どんな手段を用いても必ず目的を達成しようとする集団だからだ」

「どういうこと?」


 彩夏が眉間に皺を寄せた。


「話が見えないんだけど」

「もしもの話だ。父親を取り逃したリリスライラが、その父親を呼び戻すために蒼汰を人質に取ろうと考えたとしたらどうする?」



 そこまで言われて、明の言いたいことに気が付いたのだろう。彩夏はハッとした表情になると、固く唇を噛みしめた。



「連中は、目的の為なら手段を選ばない。それこそ、一つのコミュニティを全滅させてでも、殺したい人間は確実に殺す」



 ――それは、七瀬奈緒が狙われたあの時のように。

 身を置いたコミュニティに関わるすべての人間を殺してでも、あの連中は目的を達成する。



「『ヴィネの寵愛』という、ステータスを底上げするスキルもある。もしも、そのスキルを持ったリリスライラがあのコミュニティを襲えば……。まず、間違いなく。あの場所は壊滅する。それだけは絶対に避けたい」

「……それじゃあ! っ、あの子を、どうするって言うの?」


 彩夏は、感情の昂ぶりを押さえるように小さく息を吐いて、明を見つめた。


「アンタの話だと、あの子を連れていること自体が危ないってことでしょ? もしかして、あの子をここに置き去りにするつもり?」

「状況からすれば、それが一番だ」

「ッ!! アンタねぇッッ!!」


 怒号を上げた彩夏が明の胸倉を掴んだ。



「本気で言ってる? アンタ今、どれだけ最低なことを言ったか分かってんの?」



 ドスの効いた言葉だった。目深に下ろしたフードの奥から、鋭い視線が明を睨み付けていた。



「花柳さん!」


 慌てて、柏葉が声を上げる。それを、明は片手を上げて制すとジッと彩夏の瞳を見つめた。



「意外だよ。この話をして、真っ先に同意をするのはお前だと思ってた」

「生憎と、あたしはアンタほど合理的じゃないんでね」

「……だったら良かったよ。安心して、あの子を連れていける」


 明は、そっと胸倉を掴む彩夏の手を振りほどくと、小さく笑いかけた。


「…………は? どういうこと?」


 彩夏は眉間に深い皺を刻むと怪訝そうに明を見つめる。

 その視線に、明はまた笑うと言葉を続けた。


「今の状況からすれば、あの子を置き去りにするのが一番なのは間違いない。厄介事は、見て見ぬふりをするのが一番だからな。……だけど、そんなことをするぐらいなら、俺はあの子を連れて帰って来ちゃいない。あの子を――蒼汰を連れて帰って来た時点で、あの子のことは最後まで面倒を見るつもりだ」


 明は言って、彼女たちの顔を見渡した。


「だからこれは……俺の謝罪と、お願いだ。俺が想像していた以上に、みんなを面倒なことに巻き込んでしまったかもしれない。本当に、ごめん。……その上で、みんなにお願いだ。リリスライラが相手となると、これまで相手にしていたモンスター以上に苦労するのは間違いないんだ。それでも、みんなには力を貸して欲しい」


「……はぁ。そういうこと」


 彩夏は大きく息を吐き出すと、口の中のキャンディをガリッと噛み砕いた。



「言い方が遠回りすぎるんだよ」


 ガリガリと、彩夏は苛立つようにキャンディを噛み砕く。そんな彩夏の言葉に、柏葉が笑った。



「そうですね。私もちょっと、一条さんの言い方にはドキッとしました。……私は大丈夫ですよ。そもそも、リリスライラなんておかしな人達がいるせいで、今の私たち――生き残ってる人達が余計に苦労してるんです。狙ってくるなら上等です。返り討ちにしてやりましょう!」

「私も柏葉さんと同じだ。……そもそも。こんなお願いを、みんなに改まってするだけ無駄だって私は最初に言ったんだ。この中の誰も、あの子を見殺しにはしないってな」


 呆れたように奈緒が言った。


「それでも、改めて皆にはお願いするべきだって一条コイツは言い張るし……。誰かにお願いごとをするのなんて、下手くその癖にな」


 確かに、と柏葉と彩夏が頷いた。


「というか、この謝罪もお願いも。あの子を連れて帰ってきた時点で、あの場でするべきものじゃないの?」

「まあ、そうですね。今さらではありますよね」


 彼女たちはそう言うと、呆れたように笑う。

 そんな彼女たちの会話に、明は申し訳なさそうに口を開く。


「それは……そうだな。すまん」

「いいって。それよりも、カッとなって掴みかかっちゃって、あたしこそゴメン」


 彩夏が申し訳なさそうに頭を下げてくる。

 その言葉に、明は首を横に振ると言葉を続けた。



「いや、あれは俺の言い方も悪かったから」


 言って、明は小さく咳払いをする。



「話を戻そう。蒼汰を連れて行くことに全員が納得したとして……。問題は、次の行き場所だ。いろいろ考えたんだが、今朝も言ったように横浜に向かうのはどうだ? あの子の父親が、街の中にあるコミュニティから逃げ出したのは事実なんだ。リリスライラが関わっているかどうかは別にして、その理由を調べる意味でも横浜には一度行っておいた方がいいと思う」


 なるほど、と奈緒が考え込む。


「でも、そこにはリリスライラの人間がいるかもしれない。危険じゃないか?」

「危険ですが、他に行き場がないのも事実です。それに、その街には生き残りの人たちがいるみたいだし。もしかしたら、イフリートに関する情報も集まるかも」

「……なるほど。確かにな」


 奈緒は呟くと、ちらりと柏葉と彩夏に目を向けた。


「二人はどう思う?」

「そうですねぇ。危険は危険ですが、このまま蒼汰君を連れて旅を続けるわけにはいきませんし……。一度、そこに行ってみるのはいいと思いますよ」

「あたしもそう思う。もしかしたら、あの子のことを知ってる他の人達がいるかもしれないし、危険だろうが何だろうが、一度行くしかない」

「だったら、私も反対する理由がないな」


 奈緒は二人の言葉に頷くと、そう口にした。


「横浜に向かうのはいつにする?」

「このあと、すぐにでも」


 呟き、明は懐から取り出したスマホへと視線を落とした。


「インターバルはまだ三日ありますが、それほど多くはないですからね。反転率が動き出す前に、あの子に関することはケリをつけましょう」





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 更新ありがとうございます! ゆっくりしてください^ ^
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ