調合と魔力回復薬
二話同時更新してます。こちらは2/2話目。
「っ!?」
驚き、三人は声の方向へと目を向ける。
声は、三人から離れた位置で床に座り込んだ柏葉の手元からだった。彼女の手元にはおろし金とすり鉢が用意されていて、彼女は声を発する何かを一心不乱に摩り下ろしている。
「「「…………」」」
柏葉が摩り下ろしていたもの。
それは、マンドラゴラと呼ばれる植物系のモンスターだった。頭の上に伸びた苗木と、木の根を思わせる小さな人型の身体が特徴的なモンスターで、『解体』を使用しなくてもその身体そのものが何かしらの素材となるモンスターだ。
どうやら荷解きを終えた柏葉は、さっそく明日に向けての準備を始めたらしい。
彼女が腕を動かす度に、少しずつ削られていく身体の痛みに耐えかねたのか、発狂するマンドラゴラの声がまた一段と大きくなる。
「花柳」
「はぁ……。『沈黙』」
声を掛けると、すぐに意図を察した彩夏がため息混じりにスキルを発動した。
発動したスキルはマンドラゴラの声を消して、一瞬にしてあたりを静寂に包みこむ。
マンドラゴラが急に静かになったことで、彩夏がスキルを発動したことに気が付いたのだろう。作業に没頭していた柏葉がふと気が付いたようにこちらへと目を向けて、照れた顔で小さく会釈をしてきた。
「あの、柏葉さん。マンドラゴラを使って『調合』を始める時は、一応、声を掛けてくださいね?」
「すみません……。もう死んでると思ってたんですけど、まだ生きてたみたいで」
生きている間、土の中以外では声を発し続けるマンドラゴラも、さすがにその息の根が止まれば声を発しなくなる。
おそらく、死にかけで声が止まっていたところを、死んでいるものと勘違いしたのだろう。
『沈黙』で声が消えたマンドラゴラを再び摩り下ろし始めた柏葉へと向けて小さくため息を吐き出していると、明は横から声を掛けられた。
「一条。ここ最近の柏葉さんは……あの人は、何をしてるんだ?」
若干引き攣った顔で、躊躇いがちに言うその声の主は奈緒だ。
明は、奈緒へとその視線を向けて言った。
「何って……『調合』ですよ。本人から聞いてないんですか?」
「さすがに、あの状態になった柏葉さんに声を掛ける勇気はなくてな」
そう言って、奈緒はそっと柏葉へと視線を向けた。
(まあ分かる。あれは少し、怖いよな)
奈緒の言葉に、明は心の中で激しく同意する。
『調合』スキルは、柏葉が最近になって取得した新たなスキルの一つだ。
『武器製作』や『防具製作』と同じく、モンスター由来の素材を使用し薬を創り出すことが出来るようになる、というのがそのスキルの効果なのだが、スキルを発動させるための手順がこれまでとはまるで違う。
『調合』スキルの発動には、特定の決まった手順を踏まなければならないのだ。
それに関する知識は、もちろん、取得した『調合』スキルから与えられているらしいのだが、スキルの発動一つで武器や防具を創り出すことが出来た他の製作系スキルとは毛色が違った。
(『調合』で使う材料がマンドラゴラだったり、モンスターの骨だったり、内臓だったりするから、なおさらだろうな)
明は一度、真夜中にこっそりと隠れて『調合』をする柏葉と遭遇したことがある。
僅かに差し込む月明りの下、薄暗い暗闇の中でモンスターの内臓を鍋で煮詰めていたその姿を見つけた時には、本気で腰が抜けるかと思った。
それ以来、柏葉には真夜中に一人で『調合』しないようきつく言い伝えている。
(もしも、あの光景を奈緒さんが見れば卒倒していただろうな)
お化けや心霊現象といったものが苦手な奈緒には、決して見せられない。
「どうした? ジッと顔を見つめて」
「いや、何でもないです」
不思議そうな顔をする奈緒に、明は笑って首を横に振る。奈緒は「そうか?」と首を傾げていたが、すぐに気を取り直したように会話を続けた。
「それで、柏葉さんは『調合』? とやらで、何を作ってるんだ?」
「あれは……多分、魔力回復薬ですね」
「魔力回復薬?」
「ほら、柏葉さんが戦闘終わりによく飲んでるヤツ」
「ああ、ユン〇ルか」
「いや、違いますけど」
即座に明は奈緒の言葉を否定した。
「リ〇ビタンのほうだったか」
「栄養剤の種類の話じゃないんですよ」
そもそも戦闘終わりに、疲れた表情でユン〇ルやリ〇ビタンを飲む二十代の女性なんて見たくない。
「でも、柏葉さんが戦闘終わりによく飲んでるものって、あの茶色の瓶だろ?」
その言葉に、明は微妙な表情となって頷いた。
確かに、柏葉が使う入れ物は茶色で、細長い瓶タイプだ。多分、スーパーやコンビニの跡地から拾ってきた何かしらの瓶を煮沸消毒し、中身を詰め替えて使い回しているのだろう。
「そうですけど、そうじゃないんです。あの瓶の中身は、魔力回復薬っていう『調合』によって創られる薬です。効果は、魔力値10の即時回復。『魔力回復』スキルを取得していない、柏葉さんの魔力回復手段ですね」
「魔力値10の回復!? 凄いじゃないか」
明から聞かされたその効果の大きさに奈緒が目を見開いた。
「『魔力回復』Lv1でほとんど一日がかりで魔力値1つの回復速度だぞ? 魔力回復薬があるなら、もう『魔力回復』なんてスキルいらないじゃないか」
「俺も、最初そう思ったんですけどね」
「……? 何かあるのか?」
「魔力回復薬を創る条件……って言えば良いんですかね。それが、ちょっと面倒で。『調合』スキルの他に、『解体』スキルがレベル上限であることが条件なんですよ。柏葉さんが言うには、魔力回復薬の『調合』中に行う手順の中に『解体』Lv3で解体した素材が必要みたいで」
だから、『調合』スキルだけを取得しても魔力回復薬は創れない。
そう言葉を締めくくると、奈緒は唸るような声を出して考え込んだ。
「なるほど。『解体』Lv3と、『調合』が必要、か。『解体』のスキルレベルを上限にするまでに必要なポイントが50ポイントだったか? それと、『調合』スキルを取得するのに必要なポイントが、5ポイント。魔力回復薬を創るのに、合計で55ポイントも必要か……。確かに、それなら素直に『魔力回復』スキルを取得しておいた方がいいかもな」
「そうですね。さらに言えば、魔力回復薬は他人に使えないみたいですし」
「そうなのか?」
「ええ。というより、『調合』スキルのレベルが低くて、まだ薬を調合した本人にしか効果が発揮されないようになってるって、柏葉さんが言ってましたね」
より詳しく言えば、『調合』Lv1で調合したものは、出来上がりの状態が悪くて調合した本人以外には効果が発揮されない。だが。
奈緒はそんな明の言葉を聞いて、ゆっくりとため息を吐き出した。
「それじゃあ、その回復薬は、今のお前には使えないんだな」
「俺に? どうして?」
「〝魔力漏れ〟。ギガント討伐の、後遺症だよ。まだ、治ってないんだろ? それさえあれば、失った魔力だって戻りそうじゃないか」
その言葉に、明は一度だけ表情を失くて、やがて思い出したように笑った。
「確かに、そうですね。残念です」
魔力回復薬が他人にも使えるようになれば、確かにあの時に失った魔力も元に戻るだろう。
(まあ、それも。多分、一時的なものだろうけど)
ヒビ割れた水槽に注ぎ込んだ水が、絶え間なくヒビ割れた箇所から流れ続けるように。
この、壊れた身体そのものが直らなければきっと、どんな手段を使おうが魔力が溜まることは永遠にないはずだ。