伸び悩み
(……それにしても)
と、明は改めて自分のステータス画面を見渡して心の中で呟く。
(こうして見てみると、俺のステータスは奈緒さん達と比べるとあまり変わらねぇな)
もちろん、ギガントを討伐したあの日から『収納術』を含めて新たなスキルが六つほど増えてはいる。
日々深刻になっていく食糧事情を解決するために取得した『魔物料理』スキルは、安定した食料供給が見込めない限り、ゆくゆくは頼りになるだろうし、そのスキルを獲得するための前提である『解体』も、柏葉には解体の手が増えるのはありがたいと喜ばれている。
毒や麻痺、火傷といった状態異常を起こすボスを相手にした際に取得した三つの耐性も、20ポイントというそれなりの対価を支払って取得したことは、今でも間違いではなかったと思っている。
にもかかわらず、こうして自らのステータス画面が代り映えがしないと感じてしまうのはやはり、身体能力の元となる数値が伸びていないからだ。
(ギガントを討伐してここまで来るまでの間、街々に巣食うボスをそれなりの数を倒してきたけど……。俺のレベルは、たったの2つしか上がってないもんなぁ)
その原因に、思い当たる節はいくつかある。
例えば、以前とは違って四人で行動していることや、あれ以来、ほとんど『黄泉帰り』をしていないこと。さらには、奈緒や明に比べるとレベルの低い彼女たちの成長をこれまで優先していたことと、その原因を一つ一つ思い浮かべていけばキリがない。
けれど、それらの中でも一番大きな原因はやはり、これまで出会ってきた多くのボスが奈緒たちにとっては格上でも、今の明にとってはクエストも発生しない格下だったことだ。
柏葉が創り出す武器や防具がある今、クエスト画面でC級と表示されていたランクのモンスターは、今の明にとってもはや脅威とも呼べない雑魚に等しい。
RPGゲームで、いくら雑魚を倒してもキャラクターのレベルが上がりにくいように。
今の明にとって格下も同然な、C級のボスをいくら倒したとしても、そうそう簡単にはレベルが上がらなくなってしまった。
そうなってくると、あの時に獲得した大量のポイントの使い道に困ってくる。
現在、残ったポイントは100近く。
残された大量のポイントを、スキルレベルアップや新たなスキルの獲得へ割り振っても良かったが、現状のステータスと武器、そして仲間である彼女たちの強さがあれば、さほど苦労することなくモンスターを倒すことが出来てしまう。
実際に今、モンスターを相手にする上で何かしらの問題が起きているわけでもない。
無理に、何かしらの理由を付けて今あるポイントを割り振る必要がないのだ。
(まさか、余らせたポイントの使い道に悩む日が来るなんて)
贅沢な悩みだな、と明は呆れた笑みを浮かべた。
とはいえ、いつまでもポイントを余らせておくわけにもいかない。
明は表情を改めると、ステータス画面を見つめた。
(今のところ、問題はない。ギガントを討伐してからは、怖いぐらいに順調そのものだ。……けど、強いて一つだけ問題を上げるとするなら)
明は、そこで心の声を留めると、ステータス画面にあるレベル表記を見つめた。
(やっぱり、レベルだよな)
一条明は、経験値を増加する類のスキルを持っていない。
それに準ずる、ゲームでよくある経験値率増加といった道具も、この世界で見かけていない。いや、もしかすれば存在しているのかもしれないが、ソレがあるのかどうかも分からない。
(……『黄泉帰り』を何度も繰り返せば、どんなモンスターを相手にしていてもいつかは確実にレベルは上がる。だが、たった1レベルを上げるためだけに数十の死を体験していれば、俺の心が死んでしまう)
明はそっと自分の顔を撫でた。
ギガントを倒すため、幾度となく繰り返した生き死にの記憶。
奈緒によってその行為は途中で止められたが、あの時の奈緒の言葉が無ければ、きっと。今でも、たった一人でギガントに挑み続けているだろう。
死の苦痛と、先の見えない絶望から欠落し始めていた感情は、奈緒をはじめとしたみんなのおかげで、どうにか失わずに済んだ。
あの出来事から分かったことと言えば、いくら死に慣れるとはいえ『黄泉帰り』を連続して使うには限界があるということ。
人の身を越えた代償に失うものは、人としての在り方そのものだ。
(あの経験からして……今の俺が、まともに思考を保って連続して発動できる『黄泉帰り』の限界は三十回前後だ。それ以上は、確実に魂が死にやられる)
明は、そんなことを考えて小さくため息を吐き出した。
しかし、『黄泉帰り』を頼りにレベル上げが出来なくなってくるとなると、今まで以上にレベルを上げることが困難になってくる。
(レベルが上がらないってなると、ポイントを獲得する手段が限られてくるな)
クエストやシナリオといった、大量のポイントを取得する手段は残されてはいるが、アレは、逆境や苦難を打ち破ったことに対する報酬だ。
日常的にポイントを獲得する手段がレベルアップでしかない以上、レベルアップ速度の低下は、短期間で獲得するポイント数の減少に直結してしまう。
以前とは違ってクエストも発生し辛くなっている今、身体の成長に伴ってポイント獲得の手段が限られてきているのは事実だ。
(100ポイントもあれば、ある程度のことは出来る。……でもなぁ)
頭の隅に、ちらりとイフリートの存在がよぎる。
まだ見ぬ脅威が、どんな強さなのかも分からない。
ギガントのように、持ち合わせているスキルとステータスの組み合わせが最悪ならば、イフリートが『解析』で判明するステータス以上の強さとなっている可能性もある。
(ひとまず、残りのポイントはやっぱり、使わずに置いておくか)
レベルアップがし辛くなってきている今、残ったポイントは温存しておくのが無難だろう。
そんなことを考えて、明が表示していた自らのステータス画面を消した――――その時だった。
「アアアァァアアァァァアアアアアァアアアアアアッッ!!」
突然、大きな絶叫があたりに響いた。




