収納術
目的の街に到着したのは、それからおよそ二時間後のことだった。
途中、素通りのために足を踏み入れた街で何度かモンスターの群れに襲われて、その相手をしていたがために到着が遅れたのだ。
明達は、元はコンビニだった荒された店舗へと足を踏み入れると、そこで背負っていた荷物を解いて大きく身体を伸ばす。
「つッッかれたぁー……。もう無理。足が限界」
と声を出しているのは彩夏だ。
彩夏は、ポケットの中に入れているお気に入りのキャンディを取り出すと、周りの包装を剥がしながら言葉を続ける。
「だいたい、これだけの荷物を抱えて徒歩で移動するっていうのが無理あるでしょ」
「ステータスのおかげで体力も筋力もあるんだ。今さら、重たくもないだろ?」
奈緒が彩夏の言葉に応える。そう言う奈緒は、彩夏の言葉よりも店舗の中に残された物資のほうが気になるのだろう。床に倒れた陳列棚の山や、レジカウンターの裏をごそごそと漁りながら、その片手間で彩夏の相手をしていた。
「それは、そうだけどさー。でも、これはこれで大変じゃん。どうにか出来ない?」
「まあ、難しいだろうな。車やバイクを含めた移動車両は、エンジン音でモンスターを呼び寄せるし。どんな強さの、どんなモンスターがいることが分かった街ならまだしも、何も分からない街でモンスターを呼び寄せる真似なんか出来ないだろ」
「自転車は? あれならそんなに音も出ないでしょ」
「そりゃあ、自転車なら音も出ないだろうが」
奈緒の言葉がそこで途切れた。「おっ」と、何かを見つけたらしき声を出すと、彼女はレジカウンターの裏の床に散らばる物の中から何かを拾い上げる。
奈緒が喜々として手にした物。それは、奈緒が愛用している銘柄のタバコだった。
奈緒は口元を綻ばせながらその中身をシガレットケースへと移し替えると、途切れていた会話を思い出したかのように言葉を続けた。
「そもそも車やバイクに乗って移動するよりも、今の私たちなら走った方が速い。いざという時にすぐに戦闘態勢を取ることが出来るし、車に乗っている時よりも小回りが効くだろ」
「それに、まともに車が走れるような道が続いているとも限らないしな」
と言って、荷物を解き終わった明が二人の会話に加わる。
彩夏は、二人の言葉に不満を抱くように唇を尖らせていたが、やがて納得したのだろう。大きなため息を吐き出すと、口の中のキャンディを転がした。
「でも、戦闘のたびにいちいち荷物を地面に置かなきゃいけないのも手間だし、終わったら終わったで荷物を纏めるのがメンドイんだよね……」
「まあ、花柳の言いたいことも分かるけど」
明は、彩夏の言葉に苦笑するように小さく笑った。
確かに、荷物を抱えて移動するのは中々に骨が折れる。彩夏の言うように、戦闘の度に荷物を下ろさなきゃいけないし、そもそも、持ち運べる荷物にも限度がある。
今のところ、明達の手荷物の中身は二日分の食料に、着替え、限られた日用品に野営道具の一式と、かなり身軽な物だが、これ以上の荷物を増やすことは出来ないだろう。
(ネット小説とかでよくある、空間から物の出し入れが可能になるスキルがあれば良かったんだけど)
〝亜空間収納〟や〝アイテムボックス〟などといった、虚空から物を出し入れする類のスキルは、ポイントで獲得出来るスキル一覧には出てきていない。そもそも、存在しているのかどうかも分からない。
……いや、もしかすれば存在しているのかもしれないが、そのスキルが未だにスキル一覧に出ていないところを見ると、何かしらの前提条件を満たしていないのだろう。それは、特定のスキルの取得なのかもしれないし、とあるスキルをレベル上限にするものなのかもしれないが、その条件を、明は未だに達成していなかった。
(似たような名前で『インベントリ』ってシステムが俺にはあるが……。これは『黄泉帰り』専用だからなぁ)
『インベントリ』は、そこに登録した物資と共に『黄泉帰り』が出来るようになるシステムだ。虚空から物資の出し入れが出来るようになるスキルとはまた違った。
(一応、前提条件っぽいスキルに当たりを付けてはいるんだけど)
と、明は心で呟き、自らのステータスを表示させる。
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一条 明 25歳 男 Lv4(129)
体力:258
筋力:408
耐久:334
速度:367
魔力:0【200】
幸運:127
ポイント:108
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固有スキル
・黄泉帰り
システム拡張スキル
・インベントリ
・シナリオ
・スキルリセット
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スキル
・身体強化Lv4 ・集中Lv1
・解析Lv3(MAX) ・剛力Lv1
・鑑定Lv3(MAX) ・疾走Lv1
・危機察知Lv1 ・軽業Lv1
・収納術Lv5 ・魔力撃Lv1
・解体Lv1 ・第六感Lv1
・魔物料理Lv1 ・斧術Lv1
・魔力回路Lv2 ・毒耐性Lv1
・魔力回復Lv4 ・麻痺耐性Lv1
・魔力感知Lv1 ・火傷耐性Lv1
・魔力操作Lv1
・自動再生Lv2
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ダメージボーナス
・ゴブリン種族 +3%
・狼種族 +10%
・植物系モンスター +3%
・虫系モンスター +3%
・獣系モンスター +5%
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数多く並ぶスキル欄。その中でも、ひと際レベルの高いそのスキルへと、明は視線を向ける。
――収納術。
それこそがまさに、空間収納系のスキルを取得するための前提スキルではないかと、明が目をつけているスキルの名前だった。
その効果は、鞄や箪笥などといった家具に何かを詰め込む技術が向上するという、どこまでも生活感の溢れるもの。
獲得するためのポイントは5つとこれまた低く、さらにはスキルレベルアップに必要なポイントも5つと、これまで獲得したどのスキルよりもスキルレベルが上げやすくなっている。
現在、明の持つ『収納術』はLv5。MAXの文字が表示されていないことを見るに、まだまだ『収納術』のスキルレベルは上げることが出来るのだろう。しかし……。
(んー、ひとまずLv5までスキルレベルを上げてはいるけど、これが本当に空間収納系のスキルを獲得するための前提スキルなのかも分からないんだよなぁ)
そう、それこそがまさに、明が『収納術』のスキルレベルを上げるのを躊躇する理由だった。
これが、有用なスキルであればまだいい。それが前提で有ろうが無かろうが、使えるスキルならば迷わずレベルを上げている。しかし、そこそこのポイントを消費して、Lv5となったにも関わらず、『収納術』は未だに使えるスキルだとは思えなかった。
(このスキルを取得して、変わったことと言えば……リュックに物を詰め込むのが上手くなったことだもんなぁ)
Lv5となった今では誰よりも早く、効率的に、荷物を纏めることが出来ると自負している。こんな世界ではもうありえないことだが、バーゲンセールの詰め放題なんてものをさせれば、そこらの人よりかは確実に多くの物を詰め込めるだろう。
失敗したかな、と明はため息を吐いた。
とはいえ、まだそれが失敗だとは決まっていない。
明には『スキルリセット』がある。ギガントを討伐したことで新たに与えられたそのスキルは、一日一回、たった一つのスキルを対象にしか使えないとはいえ、リセットしたスキルに掛けたポイントがまた手元に戻るという、与えられたシステムの中でもかなり有用なシステムだ。
もうすでに数日先まで予約済みとなっているスキルがいくつもあるが、それでも、一度消費したポイントを元に戻すことが出来るのはありがたい。
ひとまず、出来るところまでやってみて、それでもダメならスキルリセットをするか。
そんなことを考えて、明は『収納術』の文字から視線を外した。