第一回! モンスター素材料理大会⑥
「ダメだ……。まだ、噛み合わせの途中で口の中で響く断末魔が聞こえる気がする」
げっそりとした顔で奈緒が言った。
「奇遇ですね、俺もです」
一秒でも早く、口の中で響く絶叫を消そうと必死に噛んだからか顎が痛い。
二人は、大きなため息を吐き出すと腹を摩り、また大きなため息を吐き出した。
「次は一条さんですね」
唯一、彩夏の料理を気にも留めなかった柏葉だけがニコニコとした笑顔で先を促している。
「じゃあ、持ってくるから」
呟き、明はため息と共に席を立つ。
順番待ちの間にすっかり冷めてしまった料理を再び温めて、皿に盛りつけ直して三人の元へと運ぶ。
「『ロックバードの甘辛つくね照り焼き』だ」
「「普通だ!!」」
出された料理に、事前に見ていた彩夏を除く女性陣二人の声が重なった。
「一条、お前……。面白味がないな」
「ちょっと待ってください、奈緒さん。決めつけるのは早いですよ? もしかしたらコレも、まだ生きてるかもしれません!!」
「花柳と一緒にすんじゃねぇ!」
「ちょっと、それどういう意味!?」
すかさず、彩夏による抗議の声が上がるがそれを黙殺する。
明はナイフを使って料理を小分けにすると、小皿に盛り直して三人の前に並べた。その見た目が特に触れるようなものでもなく、あまりにも普通だからかこれまで続いていた騒ぎらしい騒ぎも起こらない。
並べられた料理を彼女たちは一口食べると、
「……普通に美味いな」
「美味しいですねぇ」
「まあ、分かってたけど……。美味しい」
とそれぞれの感想を漏らしていた。
「ねぇ」
と、明の料理を全て食べ終えた彩夏が口を開く。
「もう料理の担当は一条のオッサンでいいじゃん。これ以上話し合う必要ある?」
「そうだな」
奈緒が彩夏の言葉に頷いた。
「これから、私たちの台所は任せたぞ」
「は!? いやいや、ちょっと! もう少し考えましょうよ。決めるのが早すぎないですか!?」
「一条」
ぽん、と。
奈緒は、菩薩を思わせる優しい笑顔で明の肩に手を置いた。
「これまで出された料理を思い出してみろ。お前は、私たちの中で誰か一人でもまともな料理を作ったと思ったか?」
「その言い方、卑怯じゃないです!?」
「私は、お前に料理を作ってもらいたいんだ」
ジッと奈緒は明を見つめた。
その言葉とその視線に、明は表情を改めて奈緒を見つめる。
「奈緒さん……」
半ば不戦勝に近い決まり方になってしまったが、そこまで言われればやぶさかでない。
――わかりました。
と、明が口を開きかけたその時だ。
奈緒は、その顔に浮かべていた真剣な表情を崩すと、へらりと笑って言った。
「とは言ってみたが……。まあ、この中で一番料理が出来るのはお前だって最初から分かってたんだけどな」
「え?」
呆けた声が出る。
その抜けた声があまりにも面白かったのだろう。奈緒はクスクスと小さく笑って言葉を続けた。
「前に、休みの日にちょくちょく料理をしてるって言ってただろ? たまにだろうが普段から料理をしていたお前とは違って、私は料理がからっきしだからな。柏葉さんや花柳も、私と似たようなものだって事前に聞いてたし、こうなることは最初から分かっていたよ」
「……は? え、ちょっと待ってください。事前に?」
「ああ。お前が瓦礫を漁ってる時に、私だけ一度、二人の様子を見るためにお前の元から離れただろ? その時に、様子を聞くついでに二人には料理が出来るか聞いていたんだ」
言われて、明は柏葉と彩夏へと視線を移す。すると、その視線に二人は、奈緒の話が間違いないことを示すように頷いた。
「な、なんで? どうして、そのタイミングでその質問を?」
明は、戸惑いの表情を浮かべて問いかける。
すると奈緒は、その言葉にニヤリとした笑みを浮かべると懐からシガレットケースを取り出し、その中身を口に咥えた。
「そりゃあお前……。元々、料理対決なんてするつもりじゃ無かったからな」
奈緒は、取り出したタバコの先端へと火を灯すとゆっくりと息を吸い込み、空へと向けて紫煙を吐き出した。
「最初の予定では、お前には内緒で、私たちだけで料理をするつもりだったんだよ」
「俺には内緒で? どうして?」
その言葉に、明は眉間に皺を寄せた。
別に、隠し事をすることに対して咎めるつもりは一切ない。けれど、料理を作るだけならば隠す必要なんてないはずだ。
そんな疑問が顔に出ていたのだろう。
奈緒は、途端に呆れた表情となって明を見つめた。
「まさか、お前……。分からないのか?」
「分からないって、何がです?」
「とぼけてるのか?」
確認するように言われるが、心当たりになるようなものは何もない。
首を傾げる明の様子があまりにもおかしかったのだろう。柏葉は、クスクスとした笑顔を浮かべると、奈緒の言葉を引き継ぐように口を開いた。
「一条さん。今日、誕生日でしょ? 七瀬さんがこのイベントを企画したのも、一条さんが誕生日だからだと思いますよ?」
「え?」
きょとんと、明は柏葉を見つめた。
「誕生日?」
「はい。最初、七瀬さんから言われたのも、一条さんへのケーキを一緒に作らないかってお誘いでしたし。まあそれも結局、肝心の食材が見つからなかったので出来ませんでしたけどね」
「そもそも、料理対決をするなんてその時は聞いてなかったし」
と、文句を口に出したのは彩夏だ。
奈緒は、彩夏へと向けて申し訳なさそうに笑うと口を開く。
「あの時は『魔物料理』スキルなんてものがあるなんて知らなかったからな。柏葉さんから『魔物料理』スキルの話を聞いた時に、ケーキが作れないならいっそ、対決形式にしてみんなで料理を作ったほうが楽しいかなって咄嗟に思いついたんだよ」
「その思いつきで振り回されるあたし達の身になってよ……」
「私は面白そうだったので、いいアイデアだなって最初から思ってましたよ?」
彩夏が呆れて、柏葉がニコニコと微笑んでいた。
(誕生日……。そうか、誕生日か)
ひとり、明は彼女たちの話を聞いて心の中で呟く。
つまり今回の料理大会は、明の誕生日を祝うためにケーキを作ろうと、奈緒が二人へと声を掛けて、結果的に作ることが出来なかったから咄嗟的に思いついたイベントだったらしい。
だとすれば、彼女たちがポイントを使い、『魔物料理』スキルを獲得していたことにも納得がいく。
おそらく、いやきっと。彼女たちは、この料理対決というイベントを通じて、一条明が今日というこの日を少しでも楽しく過ごせるようにとしてくれていたのだ。
(どうしよう)
と、明は互いの出した料理の感想で盛り上がり始めた彼女たちを見つめて、息を吐いた。
(俺の誕生日、昨日なんだけど)
幾度となく『黄泉帰り』を繰り返すようになってから、自分が今、どこに居るのかを知るために、日時の確認は常に行っている。
だからこそ、誰よりも日時を把握している明は――いや、明だけは知っている。
彼女たち全員が、明の誕生日を勘違いしていることに。
(多分、言い出しっぺの奈緒さんが、俺の誕生日を間違えたんだろうなぁ)
モンスターが現れてからというものの、時間の感覚を忘れてしまうぐらいには常に忙しかった。加えて、奈緒は一度、明の『黄泉帰り』によって一定の期間内を繰り返している。明のように、常に時間を意識することが無ければ、すぐに体内時計は狂ってしまうだろう。
(…………これを、言い出せるような雰囲気じゃねぇよなぁ)
彼女たちの優しさに、水を差すつもりはない。
日付は間違ってはいるが、彼女たちが一条明の誕生日を祝おうとしてくれた事実に変わりはないのだ。
(まあ、いいか)
と明は呆れて笑う。
調理の過程に使われる調味料が、料理の味を決めるように。
記憶の過程で刻まれるその感情が、思い出の良し悪しを決めている。
ならば、今日というこの日は間違いなく。一条明の人生の中でも、良い思い出へと変わるのは間違いない。
だって、今日というこの日に込められた彼女たちの真心は、決して間違いなんかじゃないのから。
それから、後日。
明は、奈緒に呼ばれた。
「一条。さっそくで悪いが、コイツを調理してくれ」
「は?」
言われるがままに目を向けると、奈緒の傍には一匹のモンスターが転がっている。
「調理って、『魔物料理』ですか? なんで俺が」
「なんでって、あの料理対決で勝ったのはお前だろ。『魔物料理』担当はお前のはずだ」
「えっ、アレって茶番じゃなかったんですか!?」
「茶番なわけあるか。勝負は勝負。ルールはルールだ。一番料理上手が、魔物料理担当って事前に話していただろ」
「……………」
そう。料理と思い出は、よく似ている。
ならば、料理の作り直しが出来るように、あの思い出の作り直しだって出来るはずなのだ。
明は、手にしたナイフを自らの腹に目掛けて構えた。
「何してるんだお前!?」
「止めないでください! 思い出の作り直しに行くだけです!!」
「何を馬鹿なことを言ってるんだ!!」
「離せ、離してくれ! 奈緒さんだって、俺が料理が一番上手いことを知ってて料理対決をしたんでしょ!? だったら、俺だってみんなの腕前を知った上で料理対決をやり直す権利があるはずだ!!」
「ちょ、おい! やめろ!! 柏葉さん、花柳! 一条を止めてくれ!!」
暴れる明を中心に、一気にその場が騒がしくなる。
結局。
話し合いの結果、一条明が料理担当という事実は変わらず、彼らの食糧難に一人の男が泣く泣く包丁を握りモンスターを捌いていたのは、また別の話だ。
これにて短編終わりです。
シリアスでバトル続きの本編の、合間にあったゆるいお話として書かせていただきました。
(そして何気に三万字未満でオチを作る短編に挑戦したのは初めてでした……。いろいろ拙いところも多かったとは思います……)




