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この世界がいずれ滅ぶことを、俺だけが知っている  作者: 灰島シゲル
閑話 短編

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第一回! モンスター素材料理大会⑤



「審査は最後にするからな。ってことで、次。誰が出す?」

「あ、私が出します!」


 奈緒の言葉に、柏葉が勢いよく立ち上がった。

 その言葉に、ピクリと明を含めた全員が反応する。


「ついにきたか……。思ったよりも早かったな」

「そう、ね」

「胃が痛い」


 席を立ち、料理の準備をするためにその場を離れた柏葉に対する三人の評価は散々だ。

 けれど、それも仕方ないのかもしれない。

 なにせこの三人は、調理中、柏葉の料理から漂ってくる異臭に晒され続けてきたのだから。


「オッサン……。オッサンの固有スキルで、この状況どうにか出来ないの?」

「もし出来るとしたら、俺は一度、柏葉さんの料理で死んでることになるだろ」

「そう言える余裕があるってことは、柏葉さんの料理では私たちは死なないってことだな」


 嫌な逆説の証明だ。

 明は、奈緒の言葉に苦い笑みを浮かべた。


「今が一回目だとしたら、その証明も意味がないですけどね」


 その言葉に、奈緒と彩夏が表情を硬くする。



「…………」



 明達は揃って黙り込んだ。固く口を噤んだまま、料理の準備をする柏葉のことを見つめていた。



「お待たせしました!」



 しばらくすると、柏葉が両手に鍋を持って戻って来る。元気な言葉と共に机の上にはドンッと、煮えたぎる真っ赤な液体が満たされた鍋が置かれて、その中身にまた、明達の表情が固まる。

 それは、あえて例えるならば、地獄の窯の中身と呼べるようなものだった。真っ赤に染まる液体は、水の代わりにモンスターの血でも使用しているのだろうか。赤い液体の表面には綺麗に切られた生煮えの臓物が浮かんでおり、その見た目は、お世辞にも食欲をそそるものだとは言えない。


「あの……?」


 柏葉は、固まる二人の様子を見て不思議そうに首を傾げた。


「どうしました?」

「柏葉さん……。これは?」

「『魔物モツのキラートマト煮込み』です!」


(なるほど。トマト煮か……。それで、鍋の中身が赤いのか)


 水の代わりにモンスターの血を使ったわけじゃなかったんだな。

 明は、心でそんなことを思ったが、まさに同じことを考えていたのだろう。隣では彩夏が、「これ、血じゃなかったんだ」と小さく呟く声が聞こえた。


「えっと……。柏葉さんは、料理を普段からされるんですか?」

「いえ、普段はしませんよ? トマト煮に挑戦したのも、今日が初めてです!」


 謎に満ちた自信と共に、柏葉が胸を張る。


(そのチャレンジ精神は今、この場で必要なかったなー……)


 明は柏葉へと向けて言葉を返した。

 けれど、口に出さないその言葉が彼女に届くはずもない。

 固い笑顔を浮かべる明とは裏腹に、柏葉は「どうぞ食べて下さい」と嬉しそうな笑顔を浮かべて、鍋の中身を小皿へと盛り付けていく。



「…………」



 明が、奈緒が、彩夏が。

 審査員であるはずのその三人の誰もが、料理には手を付けることなく黙って小皿を見つめていた。

 そんな明達を見て、柏葉はすぐに自分の料理に対する評価を察したのだろう。


「ごめんなさい、やっぱり……無理、ですよね。料理が出来ないなりに、頑張ったんですけど……。やっぱり、食べられないですよね。皆さんの料理に比べて、なぜか臭いもキツイし、見た目も悪いし」


 柏葉は、悲しそうな顔で言葉を漏らす。

 すると、そんな柏葉の様子を見かねたのか、隣に腰かける彩夏が助けを求めるように耳打ちをしてきた。



『ちょ、ちょっとオッサン! いつもみたいにどうにかしてよ!』

『は!? どうにかって、どうするんだよ!?』

『分かんないけど! でも、このままはさすがにマズいでしょ!』

『いや、けど!』



 言って、明は小皿を見つめた。

 彩夏の言うことも分かる。奈緒の提案にノリが良かった柏葉だ。おそらく、いやきっと。料理が出来ないことを自覚しておきながらも、このメンバーと気兼ねなく過ごせることの出来るこの時間を楽しみにしていたに違いないのだ。


「っ!」


 出来ることなら、食べてあげたい。

 けれどコレは、間違いなく食べちゃダメだと本能が告げている。



(せめて、この異臭が無ければ)

 と考えを巡らせて、ふと気が付く。



(そういえば、どうしてこの料理だけ異臭がするんだ?)



 いくら料理下手とはいえ、この料理から漂う異臭はあまりにもおかしい。変な調味料を入れていれば有り得ない話でもないが、これはもう、調味料とかでは済まされない臭いだ。


(確か、使った魔物はキラートマトだって言ってたよな?)


 キラートマトは、リザードマンやハルピュイアを倒した先の街に居るモンスターだ。奈緒の用意したキャベツ鳥(モンスター)もまた、その街にいるモンスターの一匹だったが、キャベツ鳥に比べるとキラートマトのほうがレベルは高かった。


(……もしかして、柏葉さんの料理、『魔物料理』スキルが発動していないんじゃ?)


 ふと、その可能性に思い当たる。

 それは、根拠のない思いつきだったが、十分にあり得る話だと思った。


(一応、『鑑定』で調べてみるか)


 呟き、明は鑑定を発動させる。




 ――――――――――――――――――

 失敗作

 ・状態:完全

 ――――――――――――――――――

 ・魔素含有量:3%

 ・追加された特殊効果:神経毒

 ――――――――――――――――――

 『魔物料理』スキルの発動に失敗した料理。

 追加される効果はランダムに決まる。

 ――――――――――――――――――




「――――っ!」


 勝機は見えた。

 明は、大きく息を吸い込んで、柏葉を見つめて呟く。



「柏葉さん……。せっかく作っていただいたのに、すみません。これ、食べられないです。使ったモンスターのレベルが高すぎたのか、モンスターの素材に対して『魔物料理』スキルが発動してないみたいだ」

「えっ?」

「鑑定画面に、『魔物料理』スキルの発動に失敗してるって出てるんです」

「なるほど。それが、この臭いの正体か……。『魔物料理』スキルが発動していないんじゃあ食べることは出来ないな」


 心なしかほっとした表情で奈緒が言った。それは、彩夏も同じだったようで柏葉に気付かれないようそっと、安堵のため息を吐き出している。


「えぇー? 頑張って作ったのに!!」


 明の言葉に、柏葉がガックリと肩を落とした。

 けれど、それも束の間のことで。柏葉はすぐに笑顔を浮かべると、机の上に並べた料理をいそいそと片付けていく。



「それじゃあ、勿体ないですけど仕方ないですね。奈緒さんみたいに、他の料理を作ってないので私の番はこれで終わりです! 次は誰ですか?」

「……あたしが出すよ」


 小さく、彩夏が手を挙げた。


「オッサンの、まともな料理の後だと出しにくいし」


 それは、どういう意味だろうか。


「大丈夫なのか?」


 柏葉の料理の後に聞くその言葉に、明はわずかな不安を感じてそっと問いかけた。



「平気。ちゃんと味見もしてるし、スキルに失敗もしてないから。少なくとも食べられるものだってことは保証するから」



 呟き、彩夏は柏葉と入れ替わるように立ち上がった。そして、自分の調理場へと向かうと深皿を手にしてすぐに戻ってくる。


「あたしが作ったのはコレ」


 言って、彩夏は机の上に深皿を置いた。

 深皿の中には、スライスされた不思議な根っこが並んでいた。千切りにされたキャベツ鳥と、使われた大量のマヨネーズを見るに、元はゴボウサラダを参考にした料理なのだろう。白ゴマとマヨネーズで和えられたソイツは、身体を細かくスライスされながらもまだ息があるようで、深皿の中からは「アァァアアアァァアアアア!!」と掠れた断末魔が上がっていた。



「「怖いわ!!」」



 出された深皿から聞こえてくる断末魔をかき消すように、明と奈緒が揃って声を張り上げた。



「何!? 何なの、これ!」

 奈緒が深皿を見つめて声を上げる。


「何って、『マンドラゴラとキャベツ鳥のサラダ』だけど?」

 彩夏は平然な顔をして答えた。


「どうやって抜いたんだよ! 引き抜けば死ぬって、前に言ったよな!?」


 それは、過去に一度、マンドラゴラが原因で死に戻りをした明の言葉だった。

 ギガントを討伐して以来、明達は数日をかけて拠点としている街の周辺に居座るボスモンスターを討伐している。マンドラゴラは、その訪れた街に生息していたモンスターの一匹だ。

 何の気なしに引き抜いた植物がマンドラゴラだったために、その絶叫を聞いて命を落とした明は、目覚めた先で、奈緒たちにはその街の植物にはむやみやたらに触れないよう注意していた。



「まあ、私には『沈黙』があるし」

「ああ、そうだな。そうだったな、チクショウッ!」



 へらっと笑って言った彩夏に、明は頭を抱えてみせた。

 彩夏には『沈黙』という音を消すスキルが固有スキルによって与えられている。確かに、それさえ使えばマンドラゴラの絶叫なんて意味をなさないだろう。


「あれ? じゃあなんで、あの時それを言わなかったの?」


 柏葉が首を傾げた。その言葉に、彩夏は鼻を鳴らして言った。


「あの時は、引き抜かなければ無害だって話になってたし、わざわざ引き抜く必要もなかったから。それに、一日のうちで『沈黙』が使える回数も決まっているから、言う必要もないかって思ったの」

「なるほど、それで……。あ、じゃあ後でマンドラゴラを数匹貰ってもいいですか? 『解体』すれば何かの素材に使えそうなので」

「分かった。まだ今日は『沈黙』が何回か使えるし、あとで採って来る」


 やった! と柏葉が小さく声を上げた。

 そんな二人のやり取りを後目に、断末魔を上げ続けるマンドラゴラを見ていた奈緒は、その視線を彩夏へと向けて、呟く。



「コイツらの声がいま小さいのは、今、花柳が『沈黙』を使っているからか?」

「いや、絶叫が上がるのは引き抜いてからの数分だけみたい。『沈黙』が切れる頃には、こんな感じで声も小さくなってたよ」

「……それで。なんで、コイツはまだ生きてるんだ?」


 明は顔を覆いながら問いかけた。


「元の体力が高いんじゃないの? スライスされながらも生きてるぐらいなんだし」

「だったら完全に息の根を止めろよ! 断末魔を聞きながら飯を食うって明らかにおかしいだろ!!」

「大丈夫、大丈夫。口に入れて噛めば、それがトドメになるから」


 笑って、彩夏は言った。


「それに、このモンスターにトドメを刺すまで痛めつけるのがめんど――いや、食べることでトドメを刺せば、食べた人も経験値が入るじゃん?」

「おい、本音が出てるぞ」

「なんのこと?」


 彩夏は明の瞳から逃げるように視線を逸らして言った。それから、咳払いを一つ挟むと会話の流れを断ち切るように声を張り上げる。



「と、とにかく! コレを食べても問題がないことは、もうすでに私自身が試してるから! 『魔物料理』スキルだってちゃんと発動してるんだし!」

「だからってコレは……」



 明は、彩夏の言葉にため息を吐き出して深皿を見つめた。

 食材であるモンスターがまだ生きているこれが、はたして本当に料理と呼べるものなのかは疑問が残るが、彩夏の言うように『魔物料理』スキルが本当に発動しているのなら、これは魔物を使った()()なのだろう。


(生きたモンスター相手にもスキルが発動するのかよ……。スキルの発動基準が分からねぇ……)


 これが料理に入るなら、そのうち、魔物の()()()()をしても『魔物料理』スキルが発動するかもしれない。



(スキルレベルが上がっていけば、そのうちモンスターの刺身とかも食べることが出来るようになりそうだな……)


 考えたくはないが、あり得る話だ。


「それにしても……。これを食べるのは、さすがにちょっと、勇気が必要だな」


 ヒクリと、奈緒が頬を引きつらせる。


「え? そうですか?」


 奈緒の言葉に、そう答えたのは柏葉だった。

 柏葉は、もうすでに彩夏のサラダへと手を伸ばしていたところで、その見た目に戸惑う様子もなく口いっぱいにマンドラゴラを頬張っている。



「確かにァァアアアア、見た目はァアアアあれですけどァアアア、んぐ、食べてみればァアアアァァアア、美味しいですよ?」

「会話の途中で、あなたが食べたマンドラゴラの絶叫が口から漏れてるんですよ。普通、サラダでそんなこと起きないでしょ」


 柏葉の様子に、僅かに引いた顔で明は呟いた。


「モンスターを使った料理っぽくて、私は好きですよ?」

「「えぇ……?」」


 柏葉の言葉に、奈緒と明の言葉が再び重なった。

 考え方の違いだろうか。もしかすれば、思っていたよりも柏葉の神経は図太いのかもしれない。

 結局。その見た目に文句を言いながらも、彩夏が言った、


「とにかく、ルールはルールでしょ? こんな見た目でも『魔物料理』スキルは発動してる。柏葉さんが食べたんだし、二人も食べてよ?」


 との言葉を受けて、明も奈緒もどうにかサラダを完食した。

 ……ちなみに、マンドラゴラはその見た目通りゴボウのような食感と、ピーマンによく似た苦味のある特徴的な味だった。


次の更新でこのお話終わりです。

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― 新着の感想 ―
[一言] 味見してないのか してたらヤバかっただろうけど
[良い点] 食材の声(断末魔)付きサラダは卑怯(ωー
[良い点] 秀逸ですw 笑うしかない
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