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この世界がいずれ滅ぶことを、俺だけが知っている  作者: 灰島シゲル
閑話 短編

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203/351

第一回! モンスター素材料理大会④

 


 カーン……カーン……カーン……。

 透き通る青空に、奈緒が打ち鳴らす合図の音が消えていく。近くの瓦礫を漁っていた街の住人が、周囲に響くその音に驚いてぎょっとした顔を向けてくるが、音の出処が明の集団だと分かるとすぐに小さな苦笑いを浮かべて、立ち去っていく。


「終了ぉー」


 奈緒の張り上げる声に、明は料理を皿に盛りつける手を止めた。

 小さく息を吐いて、目の前で出来上がったものを見つめる。


(……うん、まあ。悪くはないかな)


 出来上がったものは、ロックバードの甘辛つくね照り焼き。タレはロックバードの巣にあった卵を使用したもので、あり合わせの材料と調味料で作ったにしては悪くない出来だ。



「それじゃあ事前に説明はしていたが、これから、全員でそれぞれが作った物を試食するからな。料理を提供する人以外の三人はここで座って待っててくれ。料理を提供する人は、ここに座る三人に料理を提供する。それを、四人が全員終えたところで誰の料理が一番良かったのかを話し合って、魔物料理の担当を決めるぞ」



 言って、奈緒は傍にある机を指し示した。

 いつの間にそんなものを用意していたのだろうか。奈緒の近くには、ブロック塀と鉄板を組み合わせたような簡素な机があった。その周囲には椅子の代わりなのか積み重ねられたブロック塀が三つ置かれている。どうやら、そこが審査員席になるようだ。


「分かりました!」


 と柏葉が奈緒の言葉に元気よく応えた。


 その言葉に、奈緒は小さく頷きを返すと明達を見渡す。



「それじゃあ、さっそく……。最初に料理を提供する人を決めるわけだが、自信のある人?」



 問いかけられる言葉に、明達はそっと顔を見渡した。

 最終的に全員の料理を食べるわけだから、誰が最初でも問題ない。けれど、それでもやっぱりトップバッターというのは緊張するものだ。

 そんな、明達の考えが伝わったのだろう。

 互いの出方を伺うように様子を見続ける明達へと向けて、奈緒は小さな息を吐き出すと、口を開いた。


「……分かった。それじゃあ最初は、私が料理を提供しよう。三人とも、席についてくれ」


 奈緒の言葉に異論などあるはずもない。

 明達は言われるがままに奈緒の用意した審査員席へと移動すると、積み重ねられたブロック塀の上に腰かけた。



 呆と、奈緒の料理が出てくるのを待つ。はじめはあまり乗り気ではなかったこのイベントも、こうして誰かの手料理が食べられるとなればその心持ちも変わってくる。

 思いのほか、奈緒の料理を楽しみにしている自分に明は気が付くと、現金だな、と自身へ向けて苦笑いを浮かべた。


(……そういえば、奈緒さんって料理出来るのか?)


 ふと、明は疑問に思う。

 奈緒との付き合いはかなり長い。しかし、これまで彼女と交わした会話を思い返してみても、彼女の口から自炊の言葉が出てきた試しがない。そもそも世界が変わる以前では、飲み屋街で一人、飲み歩いている姿がよく目撃されていた彼女だ。あの、『解体』で見せた手先の不器用さを鑑みるに、とても料理の腕が立つとは思えなかった。

 そんなことを、隣に腰かけていた彩夏も考えていたようだ。

 明の服の袖を引くと、彼女はそっと明へと耳打ちするように囁いてくる。



「ねぇ、七瀬って料理できるの?」

「いや、どうだろう。正直、わからん。少なくとも、俺はあの人が料理出来るって聞いたことがない」

「ねぇ、それ……大丈夫なの?」


 明の言葉に、彩夏があからさまな警戒を浮かべて瞳を細めた。

 その言葉に、明は考え込むように唸りを上げると、やがて小さな笑みを溢して答える。


「んー、まあ、大丈夫じゃないか? さすがに食べられないものは出さないだろ。奈緒さんだって、味見ぐらいはするだろうし」

「はぁ……。なんでそう、楽観的でいられるわけ? あたし、不安でしかないんだけど」


 じろりと、彩夏は明を見つめた。

 その瞳に、明は面白がるように喉を鳴らして笑うと口を開く。


「一人暮らししてると、誰かの手料理を食べることなんてなくなるからな。このイベントも、最初は乗り気じゃなかったけどさ、こんな機会じゃなければみんなの手料理なんて食べられなかっただろうし、今はわりと楽しみだったりする」

「合法で女子の手料理食べられるやったー、的な?」

「その言い方やめろ」


 と、明が彩夏へと向けて眉を顰めていた時だ。


「待たせたな」


 割り入った奈緒の言葉によって、二人の会話は遮られた。

 奈緒は手にしていたトレイ代わりの板を机の上に置くと、トレイに乗せられていた小鉢と小皿をそれぞれ明達の前に配り始める。



 小鉢の中身は煮込み料理だ。おそらくこの中身が、奈緒が必死に解体していたモンスター肉だろう。ギガントの被害を免れている隣街にまでわざわざ足を運び探してきたのか、煮込み料理の調味料には味噌が使われているようで、鼻腔をくすぐる美味しそうな匂いが食欲を刺激してくる。

 隣には、キャベツと思わしき葉物が塩昆布とごま油で和えられており――これらの調味料もわざわざ隣街で探してきたのだろう――白ごまを振って小皿に盛り付けてあった。味の濃い煮込み料理とは対照的に、さっぱりとしたその料理は葉物特有の食感も楽しく、お酒との相性が抜群の一品だ。



「居酒屋! 居酒屋の料理じゃん、これ!!」



 奈緒が普通に料理を作れたことよりも、出された料理の衝撃のほうが大きかったのだろう。彩夏は、目の前に並ぶ小鉢と小皿に対して声を上げた。



「『ボア肉の味噌煮込み』と、『キャベツ鳥の塩昆布和え』だ」

「どうみても居酒屋メニューの定番、『もつ煮込み』と『塩だれキャベツ』でしょ!?」

「これは……お酒が欲しくなりますね」


 柏葉が奈緒の料理を見て呟く。

 すると、奈緒は柏葉へと向けてニヤリと笑うと、後ろ手に隠していたものを取り出し、掲げた。


「そう言うと思って、ちゃんと缶ビールもあるぞ。あ、未成年者の花柳は飲めないからな?」

「なんで持ってんのよ!?」

「あの、奈緒さん。念のために聞きますけど、どうしてこの料理を?」

「どうしても何も、私が作れる料理は限られてるからな」


 明の質問に、なぜか胸を張って奈緒は答えた。

 ――作れる料理が限られる。

 その言葉に、明は違和感を覚えてそっと質問を重ねた。


「……奈緒さん。ちなみに、なんですけど。他には何が作れるんです?」

「他? 他は、そうだな。よく作ってたのは、『だし巻き卵』、『若鳥のから揚げ』、『もろきゅう』、『もやしのナムル』に『シーザーサラダ』……。『ポテトサラダ』とか?」


(あ、ダメだこの人。料理のレパートリーが居酒屋のメニューしかねぇ!)


 普段から飲み歩いていた弊害か。はたまた、本人の能力によるものか。奈緒が上げ連ねる料理名は全て、居酒屋のメニュー表に並ぶ料理ばかりだ。

 それを、彩夏もすぐに感じ取ったのだろう。


「『肉じゃが』とか、そういうのは作れないわけ?」

 と呆れた視線を奈緒へと投げかけている。


 その言葉に、奈緒はニヤリとした笑みを浮かべると、


「私は基本、ビール派だ。『肉じゃが』は日本酒には合うが、ビールだとイマイチだからあまり作らないかな」


 そう言って、軽部から譲り受けた缶ビールをカシュリと開けると中身を呷っていた。



「というよりも、花柳さん。やけに居酒屋メニューに詳しくないです?」


 奈緒が提供した『キャベツ鳥の塩昆布和え』――もとい『塩だれキャベツ』を口にしながら、柏葉が不思議そうに首を傾げた。



「そう言えばそうだな。私が出した料理を見てすぐに居酒屋の料理だって分かっていたし……。ッ、まさか、お前!?」


 ハッと、何かに気が付いたように奈緒は彩夏を見つめる。

 その言葉と視線に、彩夏は首を振った。


「ち、違う! 違うから!! 居酒屋でバイトしてたの! だからたまたま、出された料理を知ってただけで……。ってか、平然とビールを飲むな! そんなの、どこにあったわけ? 缶ビールなんて、どこにもない貴重品でしょ!?」

「軽部さんに、缶ビールが欲しいって言ったら持ってきてくれたんだ」

「あの人、七瀬にだけやたらと甘くない!?」

「そんなことないだろ。余ってたんじゃないか?」


(いや、奈緒さんが言ったから持ってきてくれたんだろうなぁ)


 明は、奈緒の言葉に対して心で呟いた。

 モンスターが現れるようになってからというもの、酒は贅沢品に入るほど手に入らなくなってしまった。しかし、どうやらその贅沢品の一つを軽部が持っていたらしい。普通は人にあげるような物でもないと思うのだが、彼は何かと奈緒に甘いところがあった。おそらく、これから会えなくなるのを考えて、軽部は奈緒の願いをかなえようと秘蔵のものを渡したのだろう。


「まぁ、いいじゃないか。こうして、今じゃあ貴重になってしまったものが飲めるんだし」

 と奈緒は笑って呟き、ぐびり、と缶ビールの中身を呷った。


 そんな騒ぎを挟みながらも、奈緒の提供する『魔物料理』を全員が食べ終える。

 奈緒の作った料理は、どれも普通に美味しかった。


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― 新着の感想 ―
[一言] > 「合法で女子の手料理食べられるやったー、的な?」 非合法で食べてる奴がいるみたいな言い方やめたまえw
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