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第一回! モンスター素材料理大会③

更新の間を空けてしまい、申し訳ないです……。



 かくして、奈緒の思いつきによる料理大会は始まった。


 参加者たちは自らの腕前を遺憾なく発揮するため、自前で用意した食材の解体をはじめている。の、だが……。


「ふっ! はぁッ!!」


 おおよそ料理では発しないであろう掛け声が現場では響いていた。


(え、ナニアレ。料理に入れる気合じゃねぇ)


 明は、奈緒が発する声を耳にしながら心で呟く。

 普通、料理に入れるのは愛情とか、真心とか、そういうものではないだろうか。なぜあの人は、猛々しい気合の掛け声と共に手にした短剣を振るっているのだろうか。


「くっ」


 きついダメージを受けたかのような息が奈緒の口から漏れた。おかしい。短剣を振るう相手は、もう既に息の根を止めているはずなのに。



「ねぇ、アレ……。手伝わなくていいの?」


 そんな奈緒の様子を見かねたのだろう。そっと、彩夏が明の隣へと近寄ってきて囁く。



「七瀬、どう見ても不器用なんだけど。まだ調理の段階でも、下準備の段階でもなくて、ただ『解体』スキルでモンスターを解体しているはずなのに、もうすでにモンスターが小間切れにされてる」

「小間切れ肉が料理に必要なんだろ」

「いや、だったらあの表情はおかしいでしょ。明らかに不服そうじゃん」


 ちらりと、彩夏は視線を動かした。

 ……分かってる。あの人の手先が器用でないことぐらい、もうすでに知っている。奈緒がコンビニのおにぎりを開けようとすれば、十中八九で包装の中に海苔が残されていることが大半だし、スマホの画面に保護シートを貼ろうとすれば必ず気泡が入り込んでいるのをこれまで幾度となく目にしてきた。

 どうやら、『解体』スキルによってモンスターの解体方法が分かったとしても、それを上手く実践できるのかどうかは個人差があるらしい。


「あ、諦めた」

「諦めたな」

「七瀬が剥いだ毛皮に大量の肉がこびり付いてるのが見えるんだけど、あたしの気のせいかな」

「いや、俺の目にも見えるぞ。あれがモンスターじゃなければ、食材の無駄もいいところだ」


 こそこそと、明達は会話する。

 そんな明達の言葉が耳に入ったのだろう。奈緒がじろりとした視線を向けてきた。


「二人とも、随分と余裕だな?」


 ニコリと奈緒は笑った。

 不思議と背筋が凍るその笑顔に、明と彩夏は揃って顔をそむける。すると、顔をそむけた先で、明は別のモンスターを解体している柏葉を見つけた。


「――――」


 柏葉は、手にした短剣を静かに構えて、次々と自分が確保したモンスターを丁寧に解体していく。その流れるような動作は一切の淀みがなく、美しい。ものの数分で彼女は毛皮を剥ぎ終えると、今度はその中から内臓などを取り出して、丁寧に仕分けを始めた。どうやら、別に取り分けたその部位は、武器や防具の素材として使うつもりのようだ。

 あまりにも手慣れたその作業の様子に、明が呆として柏葉のことを眺めていると、傍にいた彩夏が小さく欠伸をして呟いた。


「さて、と。そろそろ、あたしも始めようかな。これ以上油を売ってるのも時間の無駄だし、この遊びに負けて、今後の魔物料理担当になんてなりたくないしね。アンタも、さっさと始めなよ? さっきから、七瀬がすごい目であたし達のことを見てきてる」


 彩夏は、明に向けてそう言うとひらひらと手を振って自分が確保した素材の元へと行ってしまった。

 その後ろ姿を見送った明は、ちらりとした視線を奈緒へと向けて、ため息まじりに口を開く。


「……確かに、これ以上サボるのは無理そうだな」


 このままサボり続けていれば、奈緒に苦言をいれられるのは間違いない。彩夏の言うように、魔物料理担当となるのも面倒だし出来る限りのことはしておくべきだろう。



(何を作ろうかな)



 明は、自分が狩ってきたモンスターを見つめて考える。

 先ほどはボアというイノシシ型のモンスターを料理に使用したが、今回、明が用意したモンスターはロックバードという怪鳥の雛鳥だ。この世界に出現したモンスター達も、一週間以上も経てば新たな環境に慣れてきたのか、街のあちこちで巣をつくり始めている。明は、そのうちの一つへと向かい、出来た巣を潰すがてら中に居た雛鳥を絞めて持ってきていた。


(現実で雛鳥って言えば小さくて骨ばかりの印象だけど、コイツはもうすでに成長した鶏と同じぐらいなんだよなぁ。雛鳥にしては食べられそうな肉も十分にあるし。鶏肉を使った料理と言えば唐揚げとか、焼き鳥とかか?)


 九州では鳥の刺身を食べる文化があると聞いたことがある。肉だけでなく、レバーなどの内臓も甘酢やごま油、塩で食べるというその文化は、最初、耳にした時は衝撃を受けたものだったが、一度食べれば納得のいく美味さだった。

 魔物料理スキルで生食が出来ない以上その調理方法を取ることは出来ないが、またいつかは食べてみたい料理の一つだ。


(まあ、こんな世界じゃそれもいつ叶うのか分からないけど)

 明は苦い笑みを浮かべた。


(ひとまず、何を作るかは解体して決めるか)

 と心で呟き、さっそくロックバードの雛鳥の解体作業へと入る。



 血抜きを終えたロックバードの雛の羽を毟り、狼牙の短剣を突き刺し、部位を分ける。手羽、腿、胸肉と部位を分けている内に、ふとある料理を思いつき、明はその料理を作ることに決めた。

 ふと視線を向けると、彩夏もモンスターの解体を終えたところだった。柏葉ほどの手際の良さはないが、奈緒ほど苦戦をしている様子もない。そつなくこなすその様子を見るに、彩夏の『解体』技量はそれなりらしい。



 そうして、各々が全てのモンスターの解体を終えて。

 明達は『魔物料理』スキルを使用した調理を開始する。

 あたりに漂うのは、およそ料理とは思えない鼻を付く異臭だ。

 それは『魔物料理』スキルが発動するまでの間、魔物を調理する過程で発生する仕方のない異臭ではあるが、約一名、本物の異臭を放つ料理を作っている人物がいた。


「…………」


 そっと、明は視線を逸らす。



(全員で料理を食べ合って、料理担当を決める……んだよな? ってことは、俺は今からアレを食べるのか)



 まだ食べてもいないのにキリキリと胃が痛い。

 今すぐにでもこの場から逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。


「ひどい臭い」


 胃の痛みを感じながら明が料理をしていると声を掛けられた。

 声の主は彩夏だ。もうすでに、自分の料理を終えたのだろうか。彼女は鼻の頭に皺を寄せながら、自分の持ち場を離れて明の元へとやってきていた。



「でもこの臭いもスキルが発動すればまともになるんだから、ホント、スキルって不思議よね」


 彩夏はそう言うと、挨拶をするように明へと向けてひらひらと手を振った。


「調子はどう?」

「まあ、ボチボチだな。それなりのものは出来ると思うぞ」

「何つくってるの? ハンバーグ?」


 彩夏は明が焼いているものを見て言った。焚火の上で熱せられたフライパンの上では、形の整えられた肉だねが音を立てて焼けている。確かに、見ようによってはハンバーグを焼いているようにも見えるだろう。


「まあ似たようなものだけど、ちょっと違うかな。作ってるのは、鳥のつくねだ」

「つくね? つくねって自分で作れるものなの?」

「割と簡単だぞ? ハンバーグ作る要領で、ひき肉と、卵と、酒や片栗粉なんかを一緒に混ぜて……って、どうした?」


 ふと、明は彩夏が微かに驚いた顔で見つめてきていることに気が付いた。


「いや……。意外にも料理出来たんだなって」


 彩夏は小さく息を吐き出しながら言った。

 その言葉に、思わず明は笑みを浮かべる。


「まあな。高校卒業してから一人暮らしだし、ほとんどコンビニ弁当で済ましてしまうことも多かったけど、それだけじゃ飽きるからな。簡単なものなら作れるよ」


 社会人となってからはその仕事の忙しさから、コンビニやスーパーの総菜で済ませることがほとんどだったが、それらの出来合いの料理は食べ続けていると同じ味に飽きてくるのだ。味に飽きてくると、不思議なことに少しでも自炊をしなければならないと思うようになり、モンスターがあふれる以前では、暇を見てはちょくちょくと自炊を行っていた。

 彩夏は、明の言葉に「ふーん」と興味の薄そうな言葉を返すと、首を傾げるようにして明を見つめてくる。



「七瀬は作ってくれなかったの?」

「奈緒さんが? なんで?」

「なんでって……。アンタと七瀬、付き合ってるんじゃないの?」


 その言葉に、明は彩夏へと視線を向けた。

 彩夏はジッと明を見つめていた。少しだけ驚いたように見えるその瞳は、吐き出した明の言葉があまりにも予想外だったからだろうか。

 明は、そんな彩夏の瞳から視線を逸らすと、フライパンの上で焼ける肉だねへと視線を向けた。『魔物料理』スキルが発動し始めたのか、たんぱく質の焼ける異臭は徐々に消えて、その肉だねの色も変わり始めている。


「違うよ」

 と、明はフライパンの肉だねを返しながら言った。


「俺と奈緒さんは、付き合っちゃいない」

「そうなの? あたし、てっきり二人は付き合ってるんだと思ってた」

「よく言われる」


 小さく、明は笑う。


「付き合わないの?」


 と彩夏は言葉を続けた。裏表のないその言葉はおそらく純粋に、素朴に思った疑問だったのだろう。

 明は、その言葉に黙り込むとジッとフライパンの上で踊る油を見つめた。モンスターという地球上に存在しない生き物を調理しているからだろうか。鶏肉よりはるかに多く溢れ出るその肉の脂は、すぐにフライパンの中でいっぱいになる。

 明はその脂を、フライパンを傾けて器用に捨てると、長い沈黙を挟んで口を開いた。



「…………付き合わないよ」

「どうして? 七瀬が嫌いなの?」

「まさか。奈緒さんのことは好きだよ。頼りになるし、しっかりしてる。たまに抜けてるところがあるけど、俺が困っていたら絶対に助けてくれるって分かるし、逆に、俺も奈緒さんが困っていれば助けようって心から思ってる」

「……? だったら、どうして付き合わないの? 傍から見てて分かるけど、七瀬は絶対に、アンタに気があるように見えるけど」


 その言葉に、明は一度口を閉ざした。

 彼女との関係を、理由もなくわざわざ口に出して言うつもりはない。けれど、これから行動を共にする仲間に、自分と彼女との間にある関係を説明するには、今がちょうどいい機会だと思った。



「今の関係を壊さない。それが、俺たちの出した結論だからだ」



 明は、ゆっくりと、呟くように言った。

 その言葉に、彩夏は一度口を閉ざすと、躊躇うようにして問いかける。



「どういう、意味?」

「言葉通りの意味だよ。……俺たちが、花柳と同じぐらいの時だったかな。そういう話に――付き合うのか、付き合わないのかって話に一度なったことがあるんだ。その時に、互いに気の許せる友人として、今の関係を壊したくないって結論になって、俺たちは恋人――つまりは、付き合わないことに決めた」

「……なに、それ。意味わかんない」


 彩夏は明の言葉に眉間に皺を寄せた。


「お互いに好きなのに、友達を選んだの? それって、もしも上手くいかなくて別れた後に友達に戻れないかもしれないから、関係が変わるのをやめたってことでしょ?」

「そういうことになるな」

「ただ、お互いに臆病なだけじゃん」


 それは、歯に衣着せぬ言い方だった。

 はっきりとした彩夏の言葉に、明は思わず小さく笑った。



「そうだな。その通りだ。けど、あの時の俺たちはソレが一番だと思ったんだ……実際に、あれからもう随分と経つけど、奈緒さんとは腐れ縁として付き合い続けてる」



 友達以上、恋人未満。

 それが、明達の関係を表すに相応しい言葉だろう。

 そして、それ以外の言葉で自分と奈緒との間にある関係を表す言葉を、今の明はまだ知らなかった。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 腐れ縁って言ってるけど 就職先で偶然再開したみたいな記述なかったけ? 連絡は取り合ってたけど、仕事先知らなかったとか?
[一言] 更新待ってましたーーー まさかココで過去エピソードが入ってくるなんて! 楽しかったです^ ^
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