第一回! モンスター素材料理大会②
「柏葉さん。ちなみに、ですけど。そのスキルってどんな効果なんですか?」
「どんなって……。料理をするときに、解体したモンスターの素材に含まれる人体に有害な物質? を取り除いて、食用に変えることが出来るスキルです」
「なるほど」
明は柏葉の言葉に、『魔物料理』を取得するための前提スキルに合点がいって頷いた。
おそらくだが、『魔物料理』は『解体』スキルのレベルを上限にすること――もしくは、『解体』スキルそのものを取得することで、取得が可能になるスキルだ。
「柏葉さん、そのスキルはいつから画面に出てきました?」
「えっと、一条さん達と一緒に行動する前からスキル一覧にはありましたよ?」
(ってことは、取得の前提は『解体』スキルを取得すること、で間違いないな)
明は、柏葉の言葉にそう考える。
柏葉と共に行動するようになったのは最近のことだが、その時にはもうすでに、柏葉は『解体』スキルを取得していた。柏葉の持つ『解体』スキルがレベル上限となったのは行動を共にし始めてからなので、まず間違いないだろう。
明は少しの間考え込むと、ポイントを消費して『解体』を取得した。
以前ならばその行為も気軽には出来なかったが、今は『スキルリセット』というシステムが解放されている。そのシステムが使えるのは一日一回という制限がついているものの、試しにスキルを取得できるようになったのは非常に大きな恩恵だった。
(……お、思ってた通りだ。スキル取得に『魔物料理』のスキルが出てきた。取得に必要なポイントは5か。少なめだな)
明は、スキル取得画面に現れたそのスキルの効果を見るために、画面へと手を伸ばして触れる。
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魔物料理Lv1
・パッシブスキル
・スキル所持者によって調理されたモンスター素材は、人体へ及ぼす悪影響が取り除かれた状態となって調理すること出来るようになる。調理できるモンスター素材はスキルレベルに依存する。
魔物料理Lv1を取得しますか? Y/N
――――――――――――――――――
(概ね、柏葉さんが言っていた内容と一緒か)
明は心で呟き、手を払って画面を消した。
そうして、分かったことを奈緒たちへと伝える。
奈緒と彩夏は自分たちの画面に出ていないそのスキルに納得を示し、柏葉は自分だけに現れていたその原因に納得をして頷いた。
「それじゃあ、そのスキルを使えば誰でも安全に、モンスターも食べられるってこと?」
と彩夏が首を傾げる。
「みたいだな。まさに、今の俺たちにおあつらえ向きってことだ」
「おあつらえ向きって――まさか、食べるつもり!?」
「食べられるならな。さすがにゴブリンやブラックウルフは食う気にはならないけど、ボアだったらいけそうじゃないか? イノシシみたいなものだし」
「いや、そうだけどさ……」
モンスターを食べることに抵抗があるのだろう。彩夏は、嫌悪するように鼻の頭に皺を寄せた。
「一条、本気か?」
と奈緒も心配そうに声を掛けてくる。
そんな二人に向けて明は頷くと、
「まあ、物は試し。やってみましょうよ」
そう言って、明はたった今仕留めたばかりのボアへと向けて歩みを進めた。
「柏葉さん。解体用に使ってるナイフを借りてもいいですか?」
「えっ、ああはい。どうぞ」
「ありがとうございます」
渡されるナイフは、かつて柏葉の相棒として活躍していた〝狼牙の短剣〟だった。明は、短剣を握り締めると一息でボアの首筋を断ち切り、血抜きを行う。
そうして『解体』スキルから伝わる知識に従ってボアを手際よく解体すると、切り分けた肉の一部を手に取った。
どす黒い血が滴るその肉はあまりにもグロテスクで、およそ人が食べられるものとは思えない。
同じことを考えていたのか、彩夏が小さな声で「やっぱり無理でしょ。人の食べ物じゃないじゃん」と呟いていた。
明は、その肉を前に調理方法をどうしようかと少しだけ考え込む。
(ジビエ料理って言えば、基本は煮込みだよな? シチューとか、スープの具材とか。あとはやっぱり、肉をローストしたり炒めたりとか?)
シチューを作るには他の具材が足りないし、ローストにするには手間がかかる。
結局、基本が一番だ、と背中に背負っていた〝豚頭鬼の鉄剣〟を取り出して、その剣へと肉を突き刺した。
「すまん、ちょっと持ってて」
言って、明は傍に居た彩夏に肉を突き刺した鉄剣を手渡すと、周辺に散らばる手ごろな瓦礫を囲って即席の焚火台を作った。中心には着火剤代わりのカニバルプラントの死骸を放り込んで、奈緒に借りたライターで火を点ける。
「ありがと。助かった」
お礼を言って彩夏から鉄剣を受け取ると、明は直火でボアの肉を炙り始めた。
途端に香ばしい匂いとは程遠い、たんぱく質の焼ける嫌な臭いが周囲に広がり始める。
その臭いに女性陣の口から悲鳴が上がったが、明はその悲鳴を無視して無言で炙り続けた。
しばらくの間炙り続けていると、変化が起き始めた。
どす黒い血に染まっていたボアの肉から毒素が抜けたように、その身が赤く色づき始めたのだ。
赤く色づいた肉の表面を炎が撫でて、その表面から肉汁が溢れはじめる。
滴り落ちる肉汁はカニバルプラントの死骸へと落ちて、さらにその炎を勢いよく躍らせた。
そうして、根気強く炙り続けること十分。
気が付けば、あたりには肉の焼ける香ばしい匂いが広がっていた。
「出来た」
程よく炙った肉を炎から取り出し、明は息を吐いた。
久方ぶりに嗅ぐ肉の匂いだった。その炙られた肉の表面に浮かぶ脂が、陽の光をキラキラと輝かせてはぽたぽたと地面へと垂れ落ちている。
ぐうぅぅうう……と、腹の虫が鳴った。
それは、明のお腹だったかもしれないし、その肉の様子を見守る彼女たちのうちの誰かのお腹から聞こえた音だったかもしれない。
「花柳。一応、『解毒』の用意をしててくれ」
明は、出来上がった肉から視線を外さずに呟いた。
もう、いち早くその肉へと齧りつきたかった。その肉の脂を、肉汁を、口いっぱいに味わいたかった。
「わ、分かった」
と彼女の声を確認すると、明はすぐにその肉へと齧りつく。
――瞬間。鈴を転がしたような音と共に、明の眼前には画面が開かれた。
――――――――――――――――――
条件を満たしました。
ブロンズトロフィー:はじめての魔物料理 を獲得しました。
ブロンズトロフィー:はじめての魔物料理 を獲得したことで、以下の特典が与えられます。
・体力値+5
――――――――――――――――――
「ど、どうなの?」
彩夏がおずおずと明へと問いかける。
「一条?」
と奈緒が心配そうに名前を呼ぶ。
「一条さん、まさか……」
と柏葉が呆然として言った。
けれど、そんな彼女たちの言葉は明の耳には入ってなかった。いや、彼女たちの声に反応する余裕さえも無かったのだ。
齧りついた瞬間に、明の口の中では弾けるように溢れ出した肉汁が広がっていた。
噛みしめるごとに溢れる肉の脂は、ここ一週間で口にしていた味気ない保存食とはまるで違う。喉を通り、胃へと落ちたその塊に一気に心が満たされていくのが分かる。
独特な獣臭さがあるが、食べられないほどじゃない。それよりも、久しぶりに口にした肉の旨味に、明は自分が口にしている肉の正体を忘れるぐらいだった。
「……美味い」
明はぼそりと呟いた。
その言葉に、奈緒達が顔を見合わせた。
「ひ、一口……私にも食べさせてくれ」
「わ、私も!」
「あたしも食べてみたい」
奈緒の言葉を皮切りに、彼女たちは明が手に持つ肉へと群がった。
「本当だ……。美味い」
「塩胡椒が欲しくなりますね!」
「なにこれ……。なんでこんなに美味しいの……」
気が付けば、ボアの肉は一瞬にしてなくなっていた。
もはや、確認するまでもなかった。
たった一つの魔物肉によって、全員の胃袋は掴まれたのだ。
口の周りを脂で汚した明達は、それぞれの顔を見渡して頷き合う。
「決まりだな。『魔物料理』さえあれば、モンスターも食べられる。食料が見つからなかったら、このスキルを使って飢えを凌ごう」
明の言葉に全員が頷いた。
モンスターばかりを食べるのもどうかとは思うが、少なくともこれで、食料問題に悩まなくて済むのは事実だ。街の探索で食料が見つからなかった時などの場合、『魔物料理』にはこれからお世話になることも多いだろう。
「あとは調味料さえあれば、きちんとした料理が作れそうだけど……」
と明は考え込むように呟いた。すると、その言葉にすぐさま奈緒が反応を示す。
「調味料ぐらいなら、この街には無くても他の街には残ってるんじゃないか? モンスターも、塩や胡椒は食べないだろ」
「確かに、調味料ぐらいだったら食料を手に入れるよりかはまだ入手しやすいかもですね。そのうち、このスキルの存在が広まれば、需要が大きくなって調味料もなくなりそうですけど」
「その時には、この世界で生き残る皆にもある程度の生活基盤が出来てるはずさ」
言って、奈緒は笑った。
「もしかすれば、需要の大きくなる塩や胡椒に目を付けて、生産を始める奴も出てくるかもしれない。先の見えない食料事情に悩むのだって、今ぐらいなのかもしれないしな」
「それじゃあこれで、食料問題は解決?」
明達の話が纏まったのを確認するかのように、彩夏が小首を傾げた。
「ああ――」
そうだな。
と、明が言葉を返そうとしたその時だ。
「いいや、まだだ」
明の言葉を遮るように、間髪入れることなく奈緒はそう言った。
はっきりとしたその口調に、明達の視線が奈緒へと集まる。
奈緒は、自分へと向けられるそれらの視線の一つ一つへと瞳を向けると、力強く、語り掛けるように言った。
「『魔物料理』のスキルを使えば、モンスターが食べられるようになることは分かった。……でも、それはあくまでも食べられるだけ。今、私たちが食べたのはただ、肉を火で炙っただけの物だ。いわばただの焼肉だ! 『魔物料理』というスキルを使いながら、私たちはまだ魔物で作られた〝料理〟を食べていないんだ」
「えっと……。つまり?」
奈緒の言いたいことが分からず、彩夏が戸惑いながら問いかけた。
そんな彩夏へと向けて、奈緒はニヤリと悪戯っぽく笑う。
嫌な予感がした。
これでも奈緒とは十年来の腐れ縁だ。こうして、彼女がわざとらしい前置きと共にニヤリと笑った時は決まっていつも、何かしら良からぬことを企んでいる時だということを明はもう十分に知っていた。
「これから先、幾度となくお世話になるかもしれないスキルなんだ。どうせなら、みんなだって美味いものを食いたいだろ? ……そこで、だ。これからの旅の道中で『魔物料理』を使って魔物を調理する、いわば料理担当を今のうちに決めておこうじゃないか」
「料理担当、ですか?」
と柏葉が言葉を繰り返した。
奈緒は一度頷き、言葉を続ける。
「そうだ。どうせ食べるなら、旅の途中で上手い料理が食べたいだろ? 『魔物料理』を取得するポイントだって貴重なんだ。だったら、この四人で一番、『魔物料理』のスキルを使いこなすことが出来るヤツが、今後の料理担当になればいい」
やっぱりな、と明は深いため息を心の内で吐き出した。
奈緒は昔からそうだ。仲間内で何かの担当を決める時、彼女は決まって大袈裟なゲームを用いて決めようとする。
遊びに行く際に使う車の運転手、飲み会の幹事、イベント事の責任者……。この世界にモンスターが現れてからというもの、怒涛のように時間が過ぎ去っていたから、彼女自身、そんな素振りをこれまで見せることは無かったが、ここに来てその悪癖が顔を出したようだ。
「いや、そのために全員が『魔物料理』スキルを取得する方が、ポイントの無駄でしょ」
と彩夏が正論を呟く。
それに対して、奈緒は明へとちらりとした視線を向けた。
「必要のないスキルは、一条が消せる。問題ない」
いや、そうだとしても無駄なポイントの使い方だろ。
と明は心の中で呟いたが、その言葉を口に出すことは無かった。
彼女との付き合いが長いからこそ、こうなった奈緒を止めることは出来ないと分かっていたからだ。
加えて、今回はそんな奈緒の提案にノリの良い人物もいた。
「料理対決ってことですね? 面白そうです!!」
柏葉だ。
こういったイベント事には目がないのだろうか。彼女は奈緒の言葉にいの一番に賛同してみせると、すぐさまポイントを使って『魔物料理』を取得していた。
そんな彼女たちに向けて、彩夏は呆れた視線を向けると明へと助けを求めるように視線を向けてくる。
「アンタ、七瀬と仲が良いんでしょ? どうにかしてよ」
「無理だ。諦めろ、花柳。俺はもう諦めてる」
「もう!? 早くない!!??」
「花柳。大人として教えてやろう。時には何もかもを諦めて、ありのままを受け入れることも大事だ。それを、俺はブラック企業で身に付けた」
「今のアンタから一番遠い言葉じゃないの、それ……」
光のない瞳で笑った明へと、彩夏がツッコミをいれた。
「よし、あと『魔物料理』を取得してないのは花柳だけだぞ」
そんなやり取りを彩夏としている間に、奈緒は『魔物料理』を取得したようだ。
手を振り、画面を消すと彩夏へとその瞳を向ける。
すると、そんな奈緒を追いかけるように柏葉もまた、彩夏へと瞳を向けた。
「花柳さん?」
縋るように彼女は彩夏を見つめる。
ただただ無言で、一緒にこのイベントを楽しもうよ、と彼女は彩夏へと圧を掛けてくる。
「~~~~っ、……はぁ。分かった、やる。やるから」
その瞳の圧から彩夏は逃れなかった。
ため息を吐き出し、彩夏はポイントを使って『魔物料理』を取得していた。
そうして、その場に集まった全員が『魔物料理』のスキルを取得したことを確認して、奈緒はまた声を上げた。
「よし、それじゃあこれから、料理に使えそうなモンスターを討伐して、二時間後に各自、料理に使う素材を持ち寄ること」
「はいっ!」
「はぁ……面倒くさいなぁ」
「………」
「それじゃあ、解散!」
奈緒の言葉に、それぞれが街へと散っていく。その場では明だけがただ一人、残される。
結局。
最後のその時まで明の賛否は直接問われることがなく、半ば強制的にそのイベントへの参加は決定されたものとなっていた。