いずれ滅びを迎えるこの世界で
ギガントとの戦いから三日が過ぎた。
激戦とも言える戦いの余波と、ギガントという巨大なモンスターの手によって壊された街はこれまで以上に土と瓦礫に姿を変えて、かつての姿を完全に失っていた。
相変わらず、この世界へと現れたモンスターは瓦礫に変わった街の中を我が物顔で徘徊している。けれどそれも、生き残った人々の間では早くも見慣れた光景へと変わりつつあった。
この三日間、明達は避難していた街の人達の移動を手伝っていた。
ギガントが討伐されて再び街にモンスターが現れ始めたことで、避難する際に使った車での移動方法を取ることが出来なくなってしまったのだ。
徒歩での移動となると時間が掛かるし、モンスターとの遭遇率もあがる。
軽部たち自衛隊だけで移動するだけならば問題はないのだろうが、街の住人を連れて――さらには負傷し、自分ひとりでは身動きすることも出来ない人達を抱えて大規模な移動をするとなると、彼らの力だけでは無理な話だった。
毎日、少しずつ。明たちは自衛隊と共に街の住人を運び、護衛した。
中には今回の出来事がきっかけとなり自分たちの力で生きていくと、軽部たちの元を離れる人も出ていたが、大半は軽部たちの傍に残っていた。
軽部たちの手伝いをしながら、明たちは暇を見つけては未だにボスが健在する周辺の街へと足を運ぶと、もう二度とこの街にボスモンスターが足を踏み入れることがないように、その街を支配するボスを討伐して回った。
そうして、ゆっくりと身体を休める間もなく動き回っていると、気が付けばあっという間に時間が過ぎ去っていた。
――あれから。明の身体には、一つの大きな変化が起きていた。
あの一撃を放ってからというもの、一切の魔力が溜まらなくなってしまったのだ。
その原因は分かっている。ギガントを討伐するために、本来ならば放出されるはずだった魔力を『蓄力』スキルの力を使い無理やり押さえつけた反動だ。
『解析』Lv2のスキルを持つ自衛官に自分の状態を見てもらったところ、原因は〝魔力漏れ〟だということが判明した。……おそらく、体内に刻まれた『魔力回路』そのものが壊れたことで、『魔力回復』によっていくら魔力が補充されたとしても、その壊れた場所から魔力が体内にとどまらず流れ出ている状態なのだろう。
その影響で『疾走』や『剛力』、『集中』や『魔力撃』といった魔力を使用するスキルを放つことは出来なくなってしまったが、それでも、これまでの長い繰り返しの中で培った力は周辺のボスを相手にするだけならば何の問題もなかった。
あの一撃によってその身を壊したのは明だけではなかった。武器である〝斬首斧剣改メ〟だ。振るわれるその強力な一撃に耐え切れなかったのだろう。『魔力撃』を放つと同時に粉々に砕け散ると、もう二度と振るうことの出来ない姿となってしまった。
それでも柏葉によれば、その砕けた武器は新たな武器の素材になるらしい。これまで長い間ともに戦ってきた相棒だ。その命が再び新たな姿となって蘇るのならば、明にとってこの上なく嬉しいことだった。
――がん、がん、がん、と。
崩壊した病院の跡地に槌を振う音が響いている。
復興に向けて動く活気のある喧噪があたりに響いている。
明は、そんな人々の様子を離れたところから呆と見つめながら、これからのことを考えていた。
(……シナリオ)
心で呟く声に反応して、画面が開かれる。
――――――――――――――――――
イフリート討伐0/1
――――――――――――――――――
開かれるその画面は、以前とは違う。
自分自身に与えられたシナリオ【魂の誓い】が更新されて、次に討伐するべきボスが表示されている。
この三日間、周辺の街に存在するボスはすべて倒したが、その中にはイフリートというボスはいなかった。それはつまり、この画面に表示されたそのボスは、この街の周辺ではなくこの世界のどこかで今なお存在し続けているということに他ならなかった。
「…………」
息を吐いて、画面を消す。
一条、と声が掛けられたのはそんな時だ。
「奈緒さん」
言って、明は声の方向へと目を向けた。
明へと声を掛けてきたのは奈緒だった。その肩には奈緒の武器でもある魔導銃が担がれていて、その白い砲身が陽の光を僅かに反射していた。
奈緒は、手にしたエナジードリンク缶を明へと投げて渡す。
慌ててそれを受け取り、どうしてこんな貴重なものを、と訝し気に視線を向けると奈緒はその視線に笑った。
「さっき、街に出て探索してたら見つけたんだ。元はコンビニだったんだろうな。瓦礫に埋もれて、大半の商品がダメになっていたけどその一本だけは無事だった。お前、そういうの好きだろ?」
言って、奈緒は明の隣へと腰を下ろすと懐から缶コーヒーを取り出しプルタブを開ける。
その手元に視線を落とすと、奈緒はニッと笑って悪戯っぽく人差し指を立てた。
「皆には内緒な。他の人達の分はないんだ」
その言葉に、明は笑った。
それから小さくお礼を口にすると、奈緒に倣うようにしてプルタブを開けてその中身を口にする。
互いに、何も言わなかった。
手にした飲み物を口にしながら、壊された自分たちの拠点を復興する人々の姿を明達は見つめ続けた。
「そう言えば、身体の調子はどうだ?」
ふいに、奈緒は口を開いた。
その言葉に、明は缶の中身を口にすると答える。
「問題ないですよ。相変わらず、魔力は元に戻らないみたいですけど。それ以外の怪我は、『自己再生』と花柳の『回復』ですっかり元通りです」
「そうか……。やっぱり、魔力は元に戻らないんだな」
奈緒は明の言葉に顔を曇らせた。
「なあ、一条」
「はい?」
「魔力が元に戻らないなら、『魔力回路』のスキルをポイントに戻したらどうだ? 『スキルリセット』、と言ったか? ギガントを倒したことで、『黄泉帰り』にそんな効果が追加されたんだろ?」
その言葉に、明は迷うように頷いた。
――スキルリセット。
それは、『黄泉帰り』に新たに追加されたシステム機能だった。その効果は、一日に一度、自分もしくは誰かのスキルを一つだけポイントへと還元し、振り直しが出来るようになるというもの。
これまでは、スキルの取得へと消費したポイントはもう二度と戻ることがなかった。
モンスターがこの世界に現れて、情報が出揃わない混乱の中でスキルへと消費したポイントは、後ほどどれだけ後悔したとしても元に戻ることは無かった。
けれど今回、追加された『スキルリセット』というそのシステム機能によって、それが解消できるようになったのだ。
明は、奈緒へとその視線を向けると口を開く。
「まあ、そうなんですけどね。もしかすれば自然に元に戻るかもしれないし、次に同じ状態になった時の目安にしたいので、この状態が回復するまでの時間を知りたいんですよ。今ここで『魔力回路』をポイントに戻して他のスキルに割り振り直すことは簡単ですけど、そうなるといつ、これが回復するのか分からなくなるし」
「……まあ、そのあたりのことは任せるが、いざとなったらポイントに戻すことも選択肢に入れておけよ?」
「もちろんです」
明は奈緒の言葉にそう言って頷いた。
そうしたやり取りを終えると、再び会話が途切れる。
奈緒と明は、瓦礫の中で動く人々を見つめながら、それぞれが手にした缶の中身を呷り続けた。
「……何を考えてるんだ?」
そうして、互いに口にする缶の中身がそろそろ空になろうとした頃。
ふいに、奈緒が明へと問いかけた。
明は一度、ちらりとした視線を奈緒へと向けると再びその視線を人々へと戻して、呟く。
「……これからのことです。あたりのボスモンスターは全て倒して、この街に足を踏み入れるボスはもういなくなりました。この世界に出現したモンスターが消える気配はないけど、それでも、以前に比べればはるかに危険度は減ったはずです。……でも、ここじゃないどこかにはまだ、ボスモンスターが居る。存在してるって、俺のシナリオが教えてくれてます」
「【魂の誓い】、だったか。ギガントを倒して、その中身が更新されたって言ってたよな。それで、次に倒すボスはイフリートだって。……確かに、そんなボスはこの辺りにはいなかったな」
奈緒はそう言うと、大きく息を吐き出す。
それから、少しだけ考え込むように視線を動かすとその口をゆっくりと開いた。
「前から思ってたんだが、お前に与えられたその力は……その、シナリオという力は、何というか少し、おかしいよな。シナリオってことはつまり、誰かの筋書きってことだろ? だったら、私や柏葉さん、お前に与えられたシナリオは、誰にとっての筋書きになるんだ?」
明はピクリと動きを止める。
その言葉は、その思考はかつて、明が一度浮かべた疑問そのものだったからだ。
「それに、お前の持つスキル……『第六感』も、何かおかしい。お前は物事が正しく判断できるようになるスキルだと思っているようだが、お前が『第六感』で感じているのはすべて、正しい判断なんかじゃなくて全てを見通したかのような絶対の自信だ。それに」
と奈緒は言葉を区切ると、迷うようにその視線を彷徨わせた。
「あれから、いろいろな人に聞いてみたがお前以外の誰も、『第六感』なんてスキルは、スキル取得の画面に出てなかった。ギガントとの戦いに参加した私たち全員のレベルが大きく上がって、それによって大量のポイントを取得したけど、それでも誰の画面にも『第六感』なんてスキルは表示されてなかった。…………だから、多分だけど。『第六感』は、お前だけが取得できるスキルなんだよ」
言って、奈緒は明へとその瞳を向ける。
「……なあ、一条。本当に、お前が取得したスキルは『第六感』なのか? 私には、どちらかというと、それは――――」
そこまで口にすると、奈緒は口を閉ざして首を振った。
「すまん、考えすぎだな。変なことを言ってしまった」
「いえ……」
明は、小さく口にして首を横に振る。
奈緒が言いかけたその言葉の先を、なんとなく察したから。
奈緒は、『第六感』のことをこう言っているのだ。――それは、霊感や直観などという根拠のないものなんかじゃなくて、お前自身がもうすでに知っていたことではないか、と。
それが、本当なのかどうかも分からない。
それこそまさに、根拠のない言い掛かりだ。
だから奈緒は、その言葉を口にしなかったのだろう。
「それで、お前はこれからどうするんだ?」
と奈緒は話題を変えるように言った。
その言葉に、明は遠くを見つめると口を開く。
「街を、出ようと思います。奈緒さんの言う通り、俺に与えられたシナリオっていう力が誰にとってのシナリオなのかを、俺も一度は考えたことがありました。そのシナリオが、先に進めと言ってる。このシナリオを終わらせた時、俺の身に何が起きるのか。それを、確かめたいと思います」
「……そうか」
短く、奈緒は呟いた。
おそらくだが、明がそう口にすることを半ば予想していたのだろう。その言葉に、彼女は驚く様子がまるでなかった。
「これから、忙しくなるな。着の身着のままで、この街を出るわけにもいかない。いろいろと準備が必要だ」
「忙しくなるなって――もしかして、付いてくるつもりですか!?」
「当たり前だろ?」
明の言葉に奈緒は呆れて笑った。
「お前ひとりだと、どんな無茶をするのか分からないし、誰かが傍で見てないと危なっかしくて仕方がない。……ああ、そうだ。今さら、危ないからなんて言うなよ? こちとら、そんな覚悟はもうすでに出来てるんだよ。全部、分かった上で言ってるんだ」
奈緒は明の言葉を制するようにそう言うと、ニヤリと笑った。
「それに、な」
そして、そう言って言葉を続けると奈緒は視線を動かした。
そこには、こちらへと向けて駆けてくる二人がいる。
「あ、居た居た。一条さんっ、お待たせしました。新しい武器、出来ましたよ。ギガントの素材を使ったので前よりもさらに頑丈で、強力に出来ました。ここを出ても、十分に通用する武器になったと思いますよ」
「七瀬、言われた通り日用品は集めたよ。軽部にもここから出て行くことを言ったら、文句も言わずに物資を分けてくれたから、予想以上にたくさんあるはず。あとは、食料を集めるだけでいつでもここから出られる――――って、なんか二人だけで飲んでる!? あたしの分は!?」
明の元へと集まり、一気に騒がしくなる彼女たちへと、明はポカンと口を開く。
奈緒は、彩夏に向けて自分たちの分しか飲み物が無かったことをひとしきり謝ると、その視線を明へとちらりと向けて、ニヤリと笑った。
「お前のシナリオに出てるボスモンスター、イフリートがこの辺りには居なかったことを知った時から、お前がここを出ることをみんな分かっていたよ。お前の考えは、私たちにはお見通しだってことだ」
その言葉に、明は彼女たちを見渡し、やがて呆れたように笑った。
この世界にモンスターが現れたあの日。一条明は、自分ひとりだけでもこの世界で生きていくと心に誓った。けれど幾度となくモンスターに殺され、『黄泉帰り』によって生き返る度に、それが間違いだと気が付いた。
どんな力があろうとも、一人で出来ることには限りがある。たった一人で、この世界を生き延びることなど出来るはずがないことを、今の一条明は知っている。
「ありがとう」
だから、明は心からのお礼を口にする。
互いに足りない部分を補い、助け合って、いずれ滅びを迎えるこの世界で共に生きて欲しいと、彼女たちへと笑いかける。
「これからもよろしくお願いします」
その言葉に、彼女たちは「もちろん」と笑った。
何の迷いもなく、そう言ってくれた。
その言葉がまた嬉しくて。
明は、彼女たちに向けて心からの笑みを浮かべたのだった。
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました。
これにて、【この世界がいずれ滅ぶことを、俺だけが知っている】の四章完結。同時にこの章の終わりをもって第一部の完結となります。
たった一人からはじまった泥臭く生き足掻く彼の物語は、いよいよ、世界へと広がっていきます。そこにはいったい、何が待ち受けるのか。果たして、一条明は無事に死ぬことなく戦い抜けるのか!?(きっと無理)
その続きは、また次章で……。
と言いたいところですが、ここらで一旦ブレイクとしてちょっとした短編(もしかすれば中編ぐらいの長さになるかもしれませんが)を投稿しようと思います。
一部と二部の間、言ってしまえば1.5部みたいな感じです。
その短編が終わり次第、第二部開始の予定です。
よろしければ、そちらの話も含めてこれからの『いず滅』をよろしくお願い致します。
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