巨人 VS 巨人
瓦礫の広がる街の中を、巨大なモンスターが闊歩している。
そのモンスターはときおり立ち止まり、餌を探すかのように瓦礫を持ち上げると、期待したその中身が居なかったことに腹を立てたのか、その瓦礫ごと巨大な足で踏みしめるとまた歩き出した。
それを、丘陵となった高台から見つめていたのは柏葉だ。
柏葉は、ゆっくりと息を吐き出すと傍に立つ彩夏へとその視線を向けた。
「ごめんね、花柳さん。危険なことに付き合わせちゃって」
「別に、危険なのはお互い様でしょ。……それに、あたし達よりももっと危ない役をやろうとしてるヤツもいるんだし、今さらでしょ」
そう言って、彩夏は小さな笑みを浮かべると、ついで心配そうに柏葉へとその視線を向けた。
「それよりも、ぶっつけ本番もいい所だけど……。本当に平気なの?」
「うん……。多分、平気。何となくだけど、出来る気がする」
「そう、それじゃあ頑張って。アンタのこと、あたしが絶対に守るから。……だから絶対に、成功させて」
「うん、ありがとう」
柏葉は、彩夏の言葉に小さく笑い返すと緊張をほぐすように大きく深呼吸を繰り返した。
そうして、激しく脈打つ心臓がいくらか落ち着いた頃。
柏葉は、眼下に広がる瓦礫へと視線を向けて呟いた。
「……それじゃ、始めるね」
呟き、柏葉は意識を集中する。
眼下に広がる瓦礫一つ一つに自分を中心とした糸が接続されていくのをイメージする。
ゆっくりと、けれど確実に。数百、数千もの無数の糸が伸びて、瓦礫の一つひとつが自分の支配下に入ることを想像していく。
そうして、自分の意識とその瓦礫に伸びる糸が完全に繋がったことを確認すると、柏葉はゆっくりとその両手を持ち上げた。
「――――『動け』」
瞬間、呟かれた柏葉の言葉に反応するように、廃墟を形作っていた街の瓦礫が一斉に動き始めた。
瓦礫は柏葉の指示に従うかのように次々と組み合わさり、ギガントの大きさにも並ぶ巨大な瓦礫の人形を創り出す。
「っ!」
柏葉は、創り出した瓦礫の巨人を操るように両手の指を動かした。すると、そんな柏葉の指の動きに合わせるように、瓦礫の巨人は街中を徘徊するギガントへと向けて歩み始める。
「――ッ、ォオオオオオオオオオオオオオ!!!」
突然現れたその巨人に、驚きの声を上げたのはギガントだ。
ギガントはすぐさま臨戦態勢を整えると、その瓦礫の巨人とも言うべき人型へと向けて拳を振り下ろした。
轟ッとした音を響かせて振るわれた拳が瓦礫の巨人の顔面を捉える。岩を砕く音を響かせて瓦礫で創られた顔が粉々に吹き飛ぶ。
すぐさま、柏葉は周囲の瓦礫を操るように指を動かした。すると、その動きに合わせて瓦礫が動く。まるで意思を持ったかのように宙へ浮かぶ巨大な瓦礫は、再び巨人の顔を形作るとピタリと止まった。
「ふッ!!」
息を吐いて、柏葉は両手を動かした。
すると、その動きに引っ張られたかのように瓦礫の巨人の右腕が動く。振り上げられた岩の拳は、柏葉の動きに連動するかのようにギガントの顔面を打ち抜いた。
「ゥウウオオオオオオオオオオオオオ!!」
怒りに震えるギガントの声が空気を震わせた。
ギガントは目の前に立つ巨人へと向けて、もう一度その顔面を打ち砕かんと拳を振り上げるが、その動きを柏葉は読んでいたようだ。
「――っ」
巨人を操る両手を素早く動かし、その拳を巨人の手のひらで受け止める。
お返しとばかりに巨人は拳を握り、ギガントの顔面へと向けてカウンターを放つが今度はその拳をギガントが受け止めた。
がっつりと、二体の巨人が組み合う。
至近距離で睨み合うように視線を交わした巨人とギガントは、示し合わせたように互いに掴んだ拳を離すと、大きくその身体を捻った。
ガガァンッ、と。振るわれた互いの拳が互いの身体を捉えた。
ギガントの拳は柏葉の操る瓦礫の巨人の左の脇腹に。
柏葉の操る巨人の拳はギガントの顔面に。
互いに握り締めるその巨大な拳で打ち抜く衝撃に、両者の身体が大きく揺れる。衝撃に耐え切れず、瓦礫の巨人の身体が崩れていく。
それを、柏葉はすぐさま指を動かして修復すると再び巨人を操りギガントへと殴りかかった。
一撃、二撃と。
至近距離で睨み合う二人の巨人はその拳を互いの身体へとぶつけていく。
柏葉の操る巨人は、ギガントと比べると力が無いように見えた。けれど、それを補うかのように、柏葉は巨人の身体が崩れるたびにすぐさま周囲の瓦礫を集めると巨人の身体を修復し、幾度となく立ち上がりギガントへとその拳を振るっていく。
対して、ギガントの放つ拳は常に必殺の一撃で、その拳が振るわれるたびに柏葉の操る巨人はその形を崩して、元の瓦礫へと戻っていく。
力の均衡は互角だ。
だからこそ、その戦いは終わりが無いかのように思えた。
「ォオ、ォオオオオオオオオオオオオオッッ!!」
しかしそれも、業を煮やしたかのように怒るギガントの言葉によって終わる。
「――すとれんぐすあっぷ」
地の底を這うかのような低い声がギガントの口から漏れて、その両腕が急激に膨張した。
ギガントは相対する瓦礫の巨人の拳を握り締めて砕くと、右手を手刀の形へと変えて大きく振り上げる。
「ォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」
声を上げて振り下ろされたその手刀と右腕は、巨大な剣だった。
振り下ろされた剣はまっすぐに巨人の肩口へと命中して、その瓦礫で出来た身体をまるで瓦を割るかのように両断する。
「まだッ!」
叫びを上げて、柏葉はすぐさま両手を動かす。
その動きに合わせて、操られた瓦礫が再び巨人を形作る。
けれど、形作られた巨人はすぐさまギガントの手刀によって砕かれた。その度に柏葉は必死に両手を動かして、次々と周囲の瓦礫を集めて巨人を修復する。
そうしたやり取りが何度続いただろうか。
幾度となく修復される瓦礫の巨人に疑問を浮かべたのか、ふいに、ギガントの首がぐるりと周囲を向いた。
「――――ッ!!」
その瞳が、柏葉を捉えた。
「見つかった!!」
と柏葉が声を上げるのと、
「ゥオオオオオオオオオオオオオ!!」
怒りに燃えるギガントが雄叫びを上げるのはほぼ同時。
ギガントは目の前に立つ瓦礫の巨人の顔を掴むと、バキバキと音を響かせてその顔面の瓦礫を引きちぎり、手に掴んだ。
「ォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」
叫び、ギガントが手にした瓦礫を柏葉へと向けて投げる。
弾丸の如き速度で迫る瓦礫を操ろうと、すかさず柏葉が意識を向けるが――間に合わない。
「……ッ」
直後に襲う痛みと衝撃に備えて、柏葉が固く瞳を閉じたその瞬間だった。
「舐めんな!!」
それまで、傍で控えていた彩夏が柏葉の前へと飛び出した。
「聖楯ッ」
響くその言葉に反応するかのように、彩夏の正面に半透明状の青白い膜が展開される。
投げつけられる瓦礫は、広がる青白い膜へと直撃すると硬い音を響かせて地面に転がった。
「ごめん!!」
「謝んなくていいから! それよりも、もっと派手に引き付けて!! 始まるよ!!」
彩夏がその言葉を口に出したその瞬間。
それが引き金となったかのように、街の一角から放たれた光がギガントの腕を捉えて凄まじい衝撃となって弾けた。