斬首斧剣改メ
瞼越しに感じる温かな日差しによく似た光に、明は薄っすらと瞼を開いた。
「……起きた? ってか、よく生きてたね」
そう言って、顔を覗き込んでくるのは花柳彩夏だ。
その顔を呆と見つめて、明はハッとして身体を起こす。
「ッ、ぁ!」
「ちょっと! まだ動かないで!!」
慌てて起こしたその身体を、彩夏は無理やり押さえつけた。
「まだ『回復』が終わってない! アンタ、なんで生きてるのかも分からないぐらいボロボロだったから、『回復』スキル一回じゃ治療が終わらないんだって!!」
言われて、明は自らの身体を包む光が、彩夏の発する『回復』の光だと気が付いた。
明はため息を吐き出し、その光に自らの身体を預けると呟くように問いかけた。
「……花柳。柏葉さんのシナリオは?」
「無事、終わったよ。だから、あたしがココに居る」
「そうか」
ゆっくりと、明は息を吐き出した。
無事に終わったということは、上手く足止めが出来ていたということだ。一時はどうなるかと思ったが、まずはその成功を祝うべきだろう。
そんなことを考えていると、地面の振動が背中越しに伝わって来た。その揺れに、明はまた表情を変えると彩夏へと問いかけた。
「そうだッ、ギガント!! ギガントはどうした!?」
「っ、だから、動くなって!! もう『回復』止めていいの!?」
再び起き上がった明に、花柳が声を荒げた。
そして、呆れた表情になるとその視線を動かし、遠くを見据える。
「アンタが相手をしてた、あの巨人はあっち。アンタの意識が無くなっていたからだろうね。死んだと思ったのか、標的を変えたみたい。今は、餌を探して街中を壊しまくってるよ」
彩夏がそう言うと、再び大きく地面が揺れた。
その揺れに、彩夏は苛立つように舌打ちをすると、明を無理やり地面に横たえるように押し付けた。
「とにかく、今は治療が優先。あと五分もすれば一回目が終わるから、ジッとしてて」
そう言うと、彩夏は再び『回復』スキルの使用へとその意識を集中した。
宣言通り、明の治療は五分で終わった。
明は、傷の残る自らの身体を確かめるように動かすと、満足気に頷く。
「ありがとう花柳。おかげで助かった」
「別にいいよ。って、ちょっと! どこに行くつもり!?」
「どこって、奈緒さん達のところに行くんだよ」
当然であるかのように言った明に、彩夏の顔が苛立ちに歪んだ。
「~~~~っ、だから、『回復』スキル一回だけじゃ治療が終わらないって言ったばかりじゃん!! アンタは今、瀕死が重傷になっただけなの! 普通は動くことが出来ない傷なの!! なんでその傷で身体が動いてるのか不思議でしょうがないけど、まだ全部の傷が治療出来てない! それだけ、アンタの身体はボロボロだったの!!」
「でも、これ以上ゆっくりしてられないだろ! アイツのせいで、奈緒さん達に被害が出たら何もかも意味がない!!」
「そうかもしれないけど、今は自分のことが優先!! それに」
と柏葉は言葉を区切ると、ちらりとした視線を背後に向けた。
「アンタが心配しなくても、それはもう大丈夫みたいだし」
「……? そりゃ、一体どういう意味――」
明の言葉は、最後まで続かなかった。
瓦礫を踏みしめ、こちらへと向けて真っすぐに近づく足音に気が付いたからだ。
「あんたが居なくなって、あたしと七瀬で『索敵』スキルを取得したの。そうすれば、より早くモンスターを探すことが出来るから。……それで、その『索敵』スキルを使えば、スキル範囲内にいるモンスターだけじゃなくて、人も探せることも分かった。あたしが、瓦礫に埋もれてたアンタを見つけられたのも『索敵』スキルのおかげ。同じスキルを持つあの人が、あたし達を見つけられないはずがないでしょ?」
と彩夏が呟くその言葉と同時に、
「一条!!」
と声を上げて、奈緒が瓦礫の物陰を覗き込んだのは、ほぼ同じタイミングだった。
奈緒と柏葉が合流したことによって大人しくなった明は、さらに二回、彩夏による『回復』スキルを受けて彼女たちの話を聞いていた。
どうやらここに向かう途中、二人は先行して新たな武器を創っていたらしい。
彩夏は、そこに自分の武器が無かったことに対して文句を言っていたが、ギガントに対抗するための武器を創るとなると、彩夏の分までは手持ちの素材が足りなかったことを説明されて渋々納得をしていた。
「……それで、それが新しい武器ですか」
言って、明は『鑑定』を発動させながら奈緒の手にあるライフル銃へと目を向ける。
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魔導銃ホワイトファング
・装備推奨 ―― 筋力値80以上。
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・魔素含有量:12%
・追加された特殊効果:望遠Lv1
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・攻撃力+150
・耐久値:70
・ダメージボーナスの発生:放出する魔法の威力+5%
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さすがは武器製作Lv3で製作した武器といったところだろうか。
魔法を放つことが出来るというその特徴からか、銃そのものに魔法の威力を底上げするボーナスまで発生している。さらには、驚くべきことに『望遠』というスキル効果まで付与されているおまけつきだ。間違いなく、これまで見たどの武器よりも強力であることは間違いなかった。
「この武器を量産することは出来ないんですか?」
「今は出来ません。花柳さんにも言いましたが、素材が足りないんです」
「どんな素材ですか?」
「これです」
言って、柏葉は懐から小さな白い鉱石を取り出した。
明はその鉱石へと向けてまた『鑑定』を行う。
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魔素鉱石(小)
・状態:完全
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・魔素含有量:10%
・追加された特殊効果なし。
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結晶化された魔素が長い年月をかけて固まった鉱石。
魔力の蓄積に加えて、魔力伝導率が高い。
魔素結晶そのものに手を加えることでも精製可能。
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「魔素鉱石」
「はい。魔素結晶――モンスターの身体に点在する結晶化した魔素をさらに精製することで創られるものです。一条さんが集めていたボスの死体を全て解体し、集まった結晶で創ることが出来た鉱石は二つだけでした。これが無ければ、武器製作Lv3で創れる武器は製作できません」
「……なるほど」
その説明に明は納得する。『第六感』が、間違いないと教えてくれていたからだ。
「これをどうするんですか?」
「一条さんの武器を貸してください。元が製作によって創られてる武器なので、この鉱石を合わせるだけでどうにかなると思います」
言われて、明は傍にある斧剣を手渡した。――が、あまりの重さに柏葉の手を離れて斧剣が地面に落ちる。地面を砕き、あたりに響く重量のある音に、傍で見守っていた彩夏が引いた顔で「何、その武器……」と呟いていた。
「す、すみません! まさか、ここまで重たいとは思わず……」
「いやいい。俺も、何も考えずに手渡してしまった。その武器、装備推奨が筋力値250以上なんだ」
思い返してみれば、これを創り出した当時の柏葉も手に持つことが出来ていなかった。
大量のモンスターを倒して多少のレベルが上がったとはいえ、柏葉がその装備推奨を満たしているとは思えない。取り落とした時に柏葉が怪我をしなかったことだけが不幸中の幸いと言えるだろう。
「このまま始めてくれ」
「分かりました」
柏葉は明の言葉に頷き、〝斬首斧剣〟の上に魔素鉱石を乗せて息を吐く。
「――『武器製作』」
呟かれた言葉に、鉱石が反応した。
全員が見守る中、どろりと溶けた鉱石は斧剣に吸い込まれて消えていく。
見た目に大きな変化は現れない。ただ、斧剣の上に乗せた鉱石が溶けただけだ。
「……終わった、のか?」
だからだろう。
明は、地面に置かれた斧剣を見つめて、半信半疑の口調となって問いかけた。
「はい。名前は〝斬首斧剣改メ〟見た目は同じですが、性能は遥かに違うはずです」
言われて、明は地面に置かれた斧剣へと『鑑定』を発動させる。
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斬首斧剣改メ
・装備推奨 ―― 筋力値300以上。
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・魔素含有量:19%
・追加された特殊効果:蓄力Lv1
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・攻撃力+270
・耐久値:100
・ダメージボーナスの発生:首部位へのダメージ+15%
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表示されたその画面に、思わず息が止まった。
攻撃力、耐久、さらにはダメージボーナス。その全てが、これまで手にしていた斬首斧剣を上回る代物となっていたからだ。その分、装備推奨の筋力値がさらに上昇しているが、推奨値はクリアしている。問題なく扱うことの出来る代物だろう。
(俺の斧剣にも、以前には無かった追加効果が付与されてる。効果は……蓄力?)
首を傾げて、明は画面に記された『蓄力』の文字に手を触れた。
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蓄力Lv1
・アクティブスキル
・このスキル以外のスキル発動を一度キャンセルして、次にキャンセルした同じスキルを発動させた場合、キャンセルした回数分スキルの威力が上昇する。ただし、上昇したスキルの威力に応じて武器の耐久は削れていく。
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(――――っ、これなら……!!)
明は、画面に記された文字を見つめて拳を固める。
「…………柏葉さん。ありがとうございます。これがあれば、どうにかなりそうだ」
「ッ、それじゃあ!」
「ええ。アイツを――あの巨人を、今度こそ仕留めます。……だから、ごめん。みんな、もう少しだけ俺に力を貸してくれ」
「当たり前だ」
「はい」
「もちろん」
彼女たちはそれぞれ返事をする。
その頼もしい返事に、明は口元に小さく笑みを浮かべた。そして、表情を改めるように柏葉へとその視線を向けると、問いかけるように口を開く。
「……でもその前に。柏葉さん、シナリオの報酬であなたが手にした力――固有スキルについて、俺たちにその効果を教えてくれますか? もしかすればその効果次第で、これからの俺たちの行動が変わるかもしれません」