魔導銃ホワイトファング
身体を伝う微かな振動を感じて、柏葉薫はゆっくりと瞼を持ち上げた。
いつの間にか、気を失っていたらしい。
未だ意識がぼやける頭で呆と後ろに流れていく景色を眺めていると、ふいに頬に温かな体温を感じた。
「ッ!?」
誰かにおんぶされてる!?
そんなことを思いながら慌てて身体を起こすと、すぐに声が聞こえた。
「起きたか」
それは、柏葉を抱えながら移動する人物の声だった。
「す、すみませんっ、七瀬さん!! 私、いつの間にか寝てたみたいで……」
「気にするな。それよりも体調はどうだ?」
「あ、えっと……。寝てたおかげで、ちょっと楽になりました」
「そう。それじゃあ良かった。もう少しで目的の場所に着く。それまでゆっくりしてて良いぞ」
「あ、いえ! もう、自分の足で歩けます」
「無理するな。そう言って、さっきも倒れそうになってたじゃないか」
「いやでも……。私、重たいですし」
「そんなことないさ」
と奈緒は笑った。
「どうせ、これからまた一仕事あるんだ。それまで身体を休めておけ」
「はい……」
柏葉は、奈緒の言葉にそう言うとぎゅっと、奈緒の肩を握り締めた。
華奢な背中だ。線も細く、ほんの少しでも力を入れたら折れてしまいそうだった。この身体のどこに、人ひとりを抱えて走れる力があるのだろうと柏葉は考える。
(筋力値の差、かな。七瀬さん、私よりもレベルもステータスも高いみたいだし)
実際に奈緒が今、いくつのレベルなのかは聞いたことが無かったが、あの一条明と共に行動が出来る唯一の人物だとすれば、そのレベルは相当なものだろうと柏葉は考えた。
「…………あれ? そう言えば、花柳さんは?」
ふと、共に行動していた彼女の姿が見えないことに柏葉は気が付いた。
奈緒は、前を見据えたままその言葉に答える。
「花柳なら、一条のところに行かせた。アイツが足止めを始めてからもう五時間だ。いくらアイツでも、あの化け物を相手に無傷で済むはずがない。……むしろ、死なずに足止め出来ているのが奇跡みたいなものだ」
「そう、ですか」
その言葉に、柏葉はゆっくりと息を吐いた。
『回復』という、傷を瞬時に癒すスキルを持つ彼女ならば、確かに一条明の助けになるだろう。シナリオを終えた今、彼女がこちらに残っているよりかはあの人の元へと向かわせた方が戦況は有利に傾くはずだ。
「……あの」
「なんだ」
「そう言えば、私たちってどこに向かってるんでしたっけ」
「一条と私とで、ここら一帯のボスモンスターを片付けたって話をしただろ? その死体を、一条が先を見越して一か所に集めてたんだ。ってこの話、覚えてないのか?」
「すみません……。あの時は意識が朦朧としてて……。あまり、何を話してたのか覚えてないんですよね」
「まあ、そうだろうな」
そう言うと、奈緒は小さく息を吐いた。呆れた、というよりかは仕方ないか、といった感じだ。それから、奈緒は考えを纏めるように一度口を閉ざすと、ゆっくりと問いかけるように柏葉へと言った。
「モンスターを倒して、シナリオで得たポイントをスキルに割り振ったことは覚えてるか?」
「はい。貰ったポイントが100ぐらいあって、それを全部、『解体』と『武器製作』に使ったのは覚えてます」
これまで、レベルアップで得たポイントはその都度、筋力値と速度値に変えていた。だから、シナリオをクリアするための最後のモンスターを倒したあの直後、開かれたステータス画面に記された大量のポイントと見知らぬ固有スキルを見て、ようやく、本当にシナリオをクリアしたのだと実感したのだ。
そして、クリア報酬で得た大量のポイントは全て二つのスキルに使われた。
一つが『武器製作』。スキルを得るのに5ポイント。次のレベルへ上げるのに15ポイント。さらに次のレベルへと上げるのに30ポイント。合計で50ものポイントを消費すると『武器製作』のスキルレベルは上限に達した。
そうして、頭の中に流れ込んでくる武器製作の知識を実現するために、『解体』のスキルレベルを上限であるLv3まで上げた。そのスキルレベルに使用したポイントが45。
二つのスキルを合わせて合計で95ポイントを使用し、残りは早くも5ポイントとなっている。
「確か、その時にボスモンスターの死体が必要だって言ったような気がします」
「ああ、そうだ。それで、その死体の場所を私が知ってるって言って、移動することになったんだ」
なるほど、それで。
柏葉は奈緒の言葉に納得して頷きを返す。
「着いたぞ」
それから、十分後のことだ。
そう言って奈緒が柏葉を連れてきたのは、拠点としていた病院のある街の郊外に立てられた大型パチンコ店の立体駐車場だった。
奈緒は、柏葉を背中から下ろすと誘導するように歩き出す。
その後ろ姿を、柏葉は無言で追いかけた。
「……っ」
ほどなく進むと、すぐにその姿が目に飛び込んできた。
「左から、ハイオーク、リザードマン、ハルピュイア。そして、ウェアウルフ。ウェアウルフに関して言えば、病院からわざわざ運んできたんだけどな。何かに使えるかもと、一条が大事に保存していたものだ」
「凄い……。こんなに、たくさん」
呟き、柏葉はその死体の元へと近づく。
そして、その身体を物色するようにしげしげと眺めると、腰に括りつけられた短剣を引き抜き、一気にその死体へと刃を突き立てた。
『解体』スキルが伝えてくるその手順に沿って、一気にその死体を解体していく。
奈緒は、そんな柏葉から視線を逸らして遠くに見える巨人へとその瞳を向けると、固く、拳を握り締めた。
「もうすぐ……。もうすぐだ」
だから、どうか死なないでくれ。
呟かれるように吐き出されたその言葉は、夜空に響く巨人の咆哮によって掻き消された。
「終わりました!!」
それから、柏葉が全ての死体を解体し終えたのは、最初のボスモンスターを解体し始めてから三十分が過ぎたあたりのことだった。
「武器は!?」
「創れます!!」
言って、柏葉は素材の中から小さな白い砂礫のようなものを集めると、スキルを発動させる。
発動したスキルによって、砂礫は溶け合うように集まると二つの白い鉱石のようなモノへと変化した。
「奈緒さん、銃を貸してくださいっ!」
「ッ、分かった!」
すぐさま、奈緒はホルスターから拳銃を抜くと柏葉へと手渡した。
柏葉は、出来上がった二つの白い鉱石のうち一つを手に取り、さらにハルピュイアの心臓、ウェアウルフの心臓、ウェアウルフとハイオークの骨を大量に拳銃の上へと並べると、すぐさまスキルを発動させた。
「――『武器製作』!!」
瞬間、ぐにゃりと並べた素材が溶けた。
ドロドロに溶け合ったそれらの素材は蠢き合いながら一つの武器を形作っていく。
「これは」
形作られたその武器を見つめて、奈緒が呟いた。
それは、全てが白に色塗られた銃だった。ボルトアクションであることを示すかのようなレバーが長い銃身には取り付けられており、見た目からしてそれは、拳銃というよりもむしろライフルと呼ぶのが相応しい。
「――魔導銃ホワイトファング。魔弾を放つことはもちろん、魔法そのものを銃弾として込めて、より距離が離れた相手へと放つことが可能になった武器です」
そう言うと、柏葉は出来上がったライフルを手に取り、奈緒へと手渡した。
「使い方は追って説明します」
言いながら、柏葉は大事そうに残りの鉱石を懐に仕舞った。
「今はとにかく、一条さんのところに向かいましょう」
その言葉に、奈緒は強く手渡された武器を握り締めながら、小さく頷きを返したのだった。