歪な愛の言葉
(――……シナリオ!!)
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柏葉薫によるモンスター討伐数 972/1000
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「ッ!!」
心で叫び、目の前に現れたその画面に明は固く唇を噛みしめた。
現在、六日目の午前零時十七分。
経過した時間だけを見れば、ギガントの足止めを始めてからもうすでに三時間が経過したことになる。
奈緒たちと別れた直後はそのシナリオの進行も遅々としたものだったが、それも一時的で、今ではもうすっかり以前と同じ勢いを取り戻している。この調子なら、残り一時間ほど耐え切ることが出来ればシナリオも無事に終わらせることが出来るだろう。
(問題があるとすれば、俺の限界がもうそろそろ近いってことだな)
心で呟き、明は自らの身体を見下ろした。
瓦礫や道路の上を転がる度についた無数の擦り傷や裂傷。吹き飛ばされた衝撃によって肋骨が複数折れているのか、呼吸を繰り返す度にズキリとした激痛が走っている。右手はまだ動くが、感覚が鈍い。もしかすれば折れているのかもしれない。左の太腿には瓦礫の石片が深々と突き刺さっていて、ジクジクとした痛みを訴えていた。
(クソッ……)
毒づき、目に入る血を拭う。いつの間にか額を切っていたようだ。
明は太腿に突き刺さる石片を乱暴に引き抜くと、シャツを裂いて包帯代わりにし、止血を行うように太腿へと巻き付けた。じわりと血が滲むその包帯から視線を逸らすと、奥歯を噛みしめ瓦礫の底から這い出る。
「アイツは…………。っ、あそこか」
明は素早く周囲を見渡し、ギガントの姿を確認した。
自分で吹き飛ばし、瓦礫に埋もれた明を見失ったのだろう。周囲を見渡すようにその大きな身体をフラフラと彷徨わせると、手あたり次第に瓦礫の山へと向けて大きな拳を振り落としていた。
ズゥンッとした衝撃が地面を伝い、大きく足元が揺れる。
その揺れに耐え切れず、半ば崩壊していた家屋がその姿を崩して瓦礫へと変わっていく。
明は、崩れる家屋から逃れるように距離を取ると、腰に括りつけられた500mlペットボトルへと目を向けた。
「ようやく、全部使い切ったか」
軽部達に用意してもらった、五十本にもおよぶ猛毒針はいまや全てがギガントの身体の中だ。
はっきりとした症状が現れているようには見えないが、心なしかギガントの動きが緩慢になっているような気がする。今だって、まず間違いなく直撃していたであろうその拳が身体を掠めたのはおそらく、これまで打ち込み続けた猛毒針の影響があるに違いなかった。
「――『解析』」
呟き、明はギガントの情報を表示させる。
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ギガント Lv112
体力:900
筋力:680
耐久:780
速度:192
魔力:80
幸運:70
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個体情報
・ダンジョン:巨人の台地に出現する、巨人種亜人系のボスモンスター
・体内魔素率:27%
・体内における魔素結晶あり。筋肉、骨に軽度の結晶化
・体外における魔素結晶あり。体表に点在する軽度の結晶化
・身体状況:弱毒
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所持スキル
・再生
・ストレングスアップLv1
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――弱毒。
これまでの繰り返しの中では無かった初めて目にするその変化に、思わず明は唇の端を吊り上げた。
(……良かった。奈緒さんの言っていた通りだ。コイツの身体が大きすぎて、今までは猛毒針が効きにくいだけだったんだ。使い続けることによって、コイツの身体に溜まった毒が少しずつ全身に回り始めてる)
欲を言えば、ここからさらに猛毒針を打ち込んで追い打ちをかけたいところだが、手持ちの毒針はもうゼロだ。軽部達に追加で製作を依頼しようにもここから離れるわけにはいかないし、かといって残りのポイントで『解体』と『武器製作』を取得し、自前で猛毒針を創り出そうにも、周囲一帯のモンスターは姿が見えなくなっている。素材となるキラービー自体もいなくなってる。
(ってことは……。ここからは、ひたすらアイツを攻撃するだけだな)
心で呟き、覚悟を決める。
「ステータス」
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一条 明 25歳 男 Lv1(126)
体力:172
筋力:335
耐久:331
速度:314
魔力:124【200】
幸運:124
ポイント:11
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固有スキル
・黄泉帰り
システム拡張スキル
・インベントリ
・シナリオ
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スキル
・身体強化Lv4 ・軽業Lv1
・解析Lv3(MAX) ・魔力撃Lv1
・鑑定Lv3(MAX) ・第六感Lv1
・危機察知Lv1 ・斧術Lv1
・魔力回路Lv2
・魔力回復Lv4
・魔力感知Lv1
・魔力操作Lv1
・自動再生Lv2
・集中Lv1
・剛力Lv1
・疾走Lv1
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ダメージボーナス
・ゴブリン種族 +3%
・狼種族 +10%
・植物系モンスター +3%
・虫系モンスター +3%
・獣系モンスター +5%
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(この繰り返し中に上がったレベルや『身体強化』のスキルレベルのおかげで、『疾走』なしでどうにか逃げることが出来ている。この三時間、魔力を使用したのはアイツの注意を引く攻撃を加えるために使った『剛力』だけ。それも、頻回には使わずにアイツの注意が逸れた時だけに限って使ってきた。そのおかげもあってか、そこそこの量の魔力を残すことが出来ている)
今までのように、ヒット&アウェイを繰り返せばどうにかなりそうな気もするが、それも結局はその場しのぎだ。現に、この三時間の間にギガントの攻撃が掠めて吹き飛ばされた回数は数えきれない。直撃を受けていないのはこれまでの繰り返しに裏付けされた経験と知識であり、加えて、奇跡的ともいうべき運が大きく絡んだ結果にすぎなかった。
ギガントの巨体を活かした攻撃範囲は広い。
もちろん、『疾走』を使えばその攻撃は確実に避けることが出来るだろうが、そうすると早々に魔力が枯渇する。魔力が枯渇すれば、例えシナリオを終わらせることが出来ても、攻撃に転じる手段が無くなってしまう。
依然として状況は厳しい。足元の綱は常に不安定で、いつ切れてもおかしくはない危うさを保っている。
(……けど、それでもやるしかない)
今はもう、一人じゃない。
時間を稼げば必ず、奈緒たちが助けに来てくれる。
それだけがひとり、戦場で戦う一条明にとっての心の支えであり全てだった。
(出来るだけ生き延びることが出来るよう、ポイントは全て体力に回そう)
明はステータス画面に残るポイントの全てを体力値へと変えた。
瞬間、すっと身体が軽くなる。
痛みは身体に残ってはいるが、傷のわりには身体が動かしやすくなったように感じた。
(なるほど、これが体力値の恩恵か)
体力値の理屈は分かってはいながらも、その恩恵を今まではっきりと自覚したことがなかった。けれど、こうして満身創痍となった身体へとポイントを割り振り、無理やり体力値を伸ばすとよく分かる。体力という数値が増えたことによって、燃えカス寸前となった命の灯に新たな燃料が継ぎ足されたのを実感する。
「ふー……」
息を吐き、斧剣を構えた。
視界が歪む。手足が震えて、ほんの少しでも気を抜けば身体は倒れそうになる。
「『剛力』」
それでも、明は前を向く。
言葉を吐き出し、身体に残る魔力を筋力へと変換させる。
「――――ふっ!!」
そして明は、身体にあふれる力を解き放つように、短い吐息を漏らして地面を駆けた。
弾丸のように飛び出した身体は一直線にギガントの元へと向かい、その巨体へと向けて飛び掛かる。
「ッ!!」
声もなく振るわれた斧剣がギガントを捉えた。
銀閃はギガントの足首を横薙ぎに斬り裂き、血を溢す。『魔力撃』を使用しないその攻撃は、切断までには至らない。傷つけることが出来るのも、せいぜいが筋肉以前の皮下までだ。
(っ、でも! 傷の治りが僅かに遅いッ!!)
幾度となくギガントの『再生』を目の当りにしてきた明だからこそ分かるその変化。
その変化に、明は思わず口元を吊り上げるとすぐに斧剣を翻す。
「っらァッ!!」
気合の掛け声と共に、傷つけたその傷口が『再生』によって閉じられるよりも早く、明は返す刃でさらに深く、その傷口を抉った。
「ォオオオオオオオオオオオオオ」
足首から伝わる激痛に、ギガントが悲鳴にも似た声を上げた。
瞬間、ゾクリとした感覚が背筋に伝う。――『危機察知』によるサインだ。
「くっ!!」
悔し気な声をあげて、明は地面を蹴ってその場を離れた。
瓦礫を飛び越え、転がるようにしてギガントから距離を取ったその直後。ギガントは、足元に纏わりついていた明を踏みつぶさんとするかのように、その足を大きく振り上げると地ならしをするように大地を踏みしめた。
衝撃が地面を伝い、踏み潰されたビルの残骸が石片となって、弾丸のようにあたりに飛び散った。
「――ぐっ」
そのうちの一つが、逃げる明の背中を打ちのめした。
メキメキと背骨が軋み、息が詰まる。視界が一気に黒に染まり、意識が闇の中へと引きずられそうになる。
「ぁああああああああ!!」
それを、雄叫びのような声を上げて明は踏み止まった。
悲鳴を上げ続ける身体を無視するように、無理やり地面を踏みしめるとまた踵を返して再び巨人へと向き直る。
「…………死なねぇ」
小さく、明は言葉を漏らした。
「俺は、死ぬわけにはいかないんだよ!!」
ついで、明は叫びを上げる。
目の前に立つ巨人にではない。これまで、幾度となく死に瀕してきた自分自身を奮い立たせるために、明はあらん限りの声を上げて叫びを上げる。
「奈緒さんが、柏葉さんが、花柳が!! 軽部さんや街のみんな、全員が必死に生きようと頑張ってる!! それなのに、俺だけが死ぬわけにはいかねぇ。死ねるはずがねぇ!! 殺せるもんなら、殺してみやがれぇええええええええええええええ!!!!」
命を燃やせ。
心を燃やせ。
限界なんて言葉は、もうとうに越えている。
今はただ、生き延びるためだけに。
目の前の化け物を引き留めることだけに、この魂に刻み込まれたすべての経験を費やせ!!
「――――『剛力』ッッ!!」
効果の切れたスキルを再び明は発動させる。
地面を蹴って飛び出し、手にした斧剣を振るいギガントをもう一度斬りつける。
「こっちを見やがれ化け物ォオオオオオオオオオオオオオ!!」
それは、あまりにも歪な愛の言葉。
その返答は、空気を震わせるような大きな雄叫びと、足元に纏わりつく男を叩き潰すために振るわれた拳によって返された。