それぞれの戦い2
――ズゥゥウウンッ、と。
数分前よりもさらに大きく響くその揺れに、ブラックウルフを相手にしていた柏葉の身体がビクリと跳ねた。
「集中しろ!!」
すると、すぐさま叱咤の声が響き、隙を見せた柏葉へと飛び掛かろうとしていたブラックウルフへと光の矢が突き刺さり、その身体が衝撃で弾ける。
柏葉は、すぐに表情を改めると荒い息の中で途切れた言葉を吐き出した。
「はぁ、はぁ、はぁ、――ッ、すみ、ませんッ!」
言って、身体を捻り背後から飛び掛かるグレイウルフを躱す。躱しながらも、手にした短剣を振るってその身体に傷を付けると、すぐさま蹴りを入れて距離をとった。
「ッ、ぁああああああ!!」
気合の声を叫び、柏葉は前に飛び出す。
そして、蹴り飛ばしたグレイウルフが体勢を立て直すよりも早く、その首元に短剣を突き刺し力任せにその肉を斬り裂くと、トドメとばかりにその胸元へと短剣を突き刺した。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ…………」
乱れた息が整わない。
いつの間にか狼達の爪が腕を掠めていたようで、真っ赤な血が腕を伝い地面へと落ちている。
このまま足を止めて、座り込んでしまえればどんなに楽だろう。
「――ッ」
それでも、止まるわけにはいかない。
止まることなんて、出来るはずがない。
(……一条さんは時間を稼ぐために、もうすでに行ってしまった。早く……。早く! 私に与えられたシナリオを終わらせないと!!)
自分の力にこれから先の未来が決まってくると考えれば考えるほど、手足が震える。
視界が狭まり、呼吸が荒くなる。
激しく脈打つこの心臓は、身体に圧し掛かる疲労によるものか。それとも、この両肩に圧し掛かるプレッシャーによるものか。それさえも判断が付かないほど長い間、この心臓は落ち着くことなく暴れ回っている。
「一度、休憩だ」
と、奈緒が言った。
気丈に振舞ってはいるが、その視線は遠くに見える巨人へと向けられている。不安に揺れるその瞳が、月明かりに反射している。
だから柏葉は、その言葉に対して小さく首を横に振ってみせた。
「いえ、まだ……まだ、大丈夫です。七瀬さん、シナリオの終了まで……あと、どれぐらいですか?」
明が居なくなってから、シナリオ終了まで倒さねばならないモンスター数は奈緒が管理していた。
奈緒は柏葉の言葉に視線を向けると、小さな声で呟く。
「……あと、107体だ」
その言葉に、柏葉は唇を噛みしめた。
一条明が足止めへと向かって、もうすでに三十分が経過している。その戦闘の激しさを物語るかのように、地面を伝う振動の間隔は短く、大きい。遠くに見える巨人の身体はときおり傾いているようにも見えるが、その身体が地面に倒れる様子はまだ見えなかった。
(あの巨人がこの街に近づき始めてからモンスターの出現率が減ってる……。一条さんの言っていた通りだ。ボスモンスターを怖がって、他のモンスターが逃げてるんだ。このまま、この街でモンスターを狩り続けていても埒が明かない。もっと、たくさんのモンスターが出る場所に行かないと!!)
柏葉は、心の中でそう呟くと奈緒へと視線を向けて口を開いた。
「七瀬さんっ! ここから移動しましょう。もっと、モンスターが出る場所に向かわないと終わらないですよ!!」
「ッ、でも」
「七瀬さんが迷う理由も分かります! 確かに、私はこの世界にモンスターが出現してから、この街から出たことが無いです。他の街に行けば、今の戦い慣れたモンスターとはまた別のモンスターを相手にしなくちゃいけない。それによって、怪我をするかもしれません! でも!! このまま、ここで戦い続けていれば、いつシナリオが終わるか分かりませんよ!? 今はまだ、一条さんが足止めをしてくれているおかげで多少、モンスターが出ているみたいですけど……。一条さんが押されれば、あの巨人だってこの街に近づくんです!! そうすれば、今以上にもっと、モンスターが出て来なくなるッ!!」
叫ぶように言ったその言葉に、奈緒が唇を噛んだ。そして、眉間に深い皺を寄せるとぎゅっと、瞼を閉じて考え込む。
判断は難しいはずだ。奈緒だって、明ほど多くは街の外に出ていない。今の奈緒からすれば、この状況で街の外がどうなっているのかなんて予想もつかないのだ。
度重なる戦闘によって疲弊した柏葉が、新たなモンスターを相手にどの程度戦えるのかどうかも分からない。けれど、かといってこのままこの街に残り続けるのは効率が悪い。
仮に隣街へと向かったとして、その街に出現するモンスターはこの街に出現していたモンスターとはまた別だ。そんなモンスター達を相手にしながら、果たして本当に、シナリオ終了まで柏葉を守り切れるのだろうか。
「ふぅ……」
深く、奈緒は息を吐いて瞼を開いた。
覚悟を決めたその瞳が、柏葉に向けられて止まる。
「――――……分かった。この街を出て、隣街でシナリオを終わらせよう。でも、それはまず、休憩をしっかり取ってからだ」
「そんな余裕はもうないんじゃない?」
ふいに、二人の会話に声が割り込んだ。
その声にビクリと反応して、奈緒と柏葉が揃って視線を向ける。
「……なんだ、花柳か」
と、奈緒が安堵の息を吐き出した。
「戻ってたのか。……それで、モンスターは? ついさっき、この辺りのモンスターを釣り出してくるって出掛けたばかりだろ? 後ろには何もいないみたいだけど――ッ、まさか」
奈緒はハッとした表情となって彩夏を見つめる。
その視線に、彩夏は小さく疲労の混じった息を漏らすと頷きを返した。
「正解。もう、この辺りには何もいないよ。ゴブリンも、ボアも、グレイウルフやブラックウルフだって見かけない。居るとすれば、自分で動くことの出来ないカニバルプラントっていうモンスターだけ。どうやら、さっき連れてきたのがこの辺りに残っていた最後のモンスターだったみたい。それを伝えるために戻ってきたらちょうど、場所を変える話をしてるじゃん? あたしはその話に賛成。というよりも、もっと早く移動するべきだったと思う」
言って、彩夏は奈緒を見た。
「ウェアウルフが居た街ならまだ、柏葉さんもモンスターの相手が出来るんじゃない? どうせ、あの街には自衛隊の人達が他の人達を連れてくるんでしょ? 何かあればすぐに助けに入れるし、あの街に出るモンスターなら私でも相手が出来る。問題ないはずだよ」
その言葉に、奈緒は少しだけ考えて頷いた。
「……そうだな。これ以上、この辺りにモンスターがいないんじゃ残っていても仕方ないし……。選択肢はもう、ないな」
「そういうこと」
彩夏は奈緒の言葉に同意するようにそう言って頷くと、柏葉へとその瞳を向けた。
「柏葉さんも、それでいいよね?」
「もちろんです」
深く、柏葉は頷く。
その街に向かえば、明のためだけではなく軽部をはじめとする街の人達の助けにもなることが出来る。それが総じてみんなの為になることならば、柏葉がその提案を断る理由は何一つとしてなかった。
柏葉たちは急ぎ、隣街へと向かう。
モンスターの出現数そのものが減っているからか、その足取りは止まらない。二十分もすればすぐに隣街との境界へと辿り着く。
――ズゥゥウウンッ、と。
遠くから響く微かな振動が地面を揺らしている。
あの巨人を相手に、必死に足止めをしている人がいる。
「始めよう」
と奈緒は言った。
「はい」
「オッケー」
と二人が頷き声を上げる。
現在時刻、午後九時二十七分。
戦況は未だ変わらず、絶望的だった。