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それぞれの戦い


お待たせしました。

途中、視点変更が入ってます。



 

 午後九時二分。

 瓦礫の街を揺るがし始める大きな振動に、病院内では悲鳴とも叫びともつかない声があちらこちらで起こり始めていた。


「落ち着いてください! 大丈夫です、落ち着いて!!」


 そんな声を鎮めるように、一人の男が病院内を走り回っていた。――軽部だ。

 軽部は、断続的に続く揺れで不安になる住人の元へといち早く駆け寄ると、その不安を拭うように繰り返し決まった言葉を口にした。


「事前にお伝えしていた通り、これから我々は逃走手段である車を用意し、隣街へと避難します。みなさん、最低限の手荷物を準備してから、エントランスホールに集合してください! 大丈夫です。我々自衛隊が、みなさんをお守りいたします。みなさんの安全は、我々が保証いたします!!」


 騒ぎの中でもよく通るその言葉に、次第に、ゆっくりと人々は落ち着きを取り戻していく。

 疑問の声が上がったのはそんな時だった。


「本当に、俺たち大丈夫なのかな……? 一条さん……あの人達もいないみたいだし、自衛隊に頼って移動するよりも、ここから動かないほうが安全なんじゃないか?」


 静寂となったその場において、呟かれるその言葉はとてもよく聞こえた。

 それは決して大きな声ではなかったけれど、その言葉は同じ不安に駆られた人々の間をさざ波のように伝播して、ひとり、また一人と。その言葉に同調するかのように、人々は手荷物を纏める作業を止めて、軽部へと視線を向けていく。

 無言で見つめる瞳は語り掛けている。彼らが居なくても大丈夫なのか、と。あなた達自衛隊に頼っても、本当に平気なのか、と。


 軽部は、向けられるその瞳の全てに一つずつ目を向けて、固く、自らの拳を握り締める。


 彼らが不安になるのも仕方ない。我々自衛隊は、確かに()と比べれば頼りないだろう。これまで繰り返し行ってきた訓練だって、モンスター相手には何一つ通用しなかった。



(けど……。それでも、私たちは自衛隊だ)



 国を守るため。国民を守るため。そのためだけに、これまで過酷な訓練に耐え抜いてきたのだ。

 一条明はここにはいない。彼は、彼にしか出来ないことをやろうとしている。

 そんな彼に託すように、少ない時間の中で自分たちに出来ることはしたつもりだ。

 だったら今、私たちが出来ることは――――。



「――大丈夫です。我々、自衛隊がみなさんを命に代えてでもお守りいたします」



 ここに残る人々を守ること。それだけが、我々自衛隊に任された使命だと。

 軽部は、固く、強く。心に誓ったその言葉を、彼らに向けて言う。


「みなさんには、傷一つ負わせないことを誓います。だからどうか、ご自分の命を守るためにも我々と共に、隣街へと避難をお願いします」


 力強く吐き出された言葉に、人々は視線を合わせると手荷物を纏める作業へと戻り始めた。

 その光景に、軽部は心の中で大きな安堵の息を吐き出し、また次の騒ぎが起きている場所へと向かう。



(……だから)


 と、院内を走り回る軽部は心の中で呟く。



(だから、どうか……。あの化け物をお願いします。一条さん)



 願うことしか出来ない自分の非力さが疎ましい。

 どうして、自分に彼のような力が無かったのだ。

 もはや何度目になるか分からないそんな思いを胸に、軽部はまた次の騒ぎが生じた場所で同じ言葉を吐き出し続けた。




            ◇ ◇ ◇




 ――――――――――――――――――

 前回、敗北したモンスターです。

 クエストが発生します。

 ――――――――――――――――――

 B級クエスト:ギガント が開始されます。

 クエストクリア条件は、ギガントの撃破です。

 ――――――――――――――――――

 ギガントの撃破数 0/1

 ――――――――――――――――――




 同時刻、午後九時二分。

 明は、崩落した高架線の物陰から、この街へと足を進めるその巨人の姿をじっと見つめていた。


 柏葉のシナリオは間に合わなかった。


 新たな武器の取得に賭けた作戦は、半ば失敗に終わっていると言っても過言ではない。

 このまま何の準備もなく正面からぶつかれば、また以前と同じように殺され、この時間を繰り返すだけだろう。



(……残り、119体か)



 明は、目の前に浮かぶ柏葉のシナリオ進行を見つめて息を吐いた。

 それでも、柏葉は今なお頑張っている。

 一分一秒でも早く、一条明の助けとなれるようモンスターを倒し続けている。

 彼女の傍で、戦況を調整する役割は奈緒が引き継いだ。今は彩夏が釣り出し役となって、たった一人でモンスターを釣り出し柏葉の元へとモンスターを運んでいる。


 時間には間に合わなかったが、それでも誰ひとりとして諦めてはいないのだ。


 であれば、今の自分がやるべきことはただ一つ。

 事前に彼女へと伝えていた通り、そのシナリオが無事に終わるまでギガントが街へと足を踏み入れないよう時間を稼ぐことだけ。



「ふー……。……やるか」



 呟き、明は腰に括り付けた500mlペットボトルに目を向ける。その中には、十五センチほどの長さである紫黒色の細長い針――猛毒針が、所狭しに詰められていた。


(……軽部さん達には感謝だな。昨日の今日で、これだけの数を創ってくれた)


 今から、十分ほど前のことだ。

 これから柏葉がシナリオを終わらせるまでの間、単独でギガントを足止めすることを伝えるために病院へと足を運んだ明は、そこで軽部から二本のペットボトルを渡された。その中身いっぱいに詰められた猛毒針に、驚いた顔を向ける明へと軽部は小さく笑いながら言ったのだ。



『ギガントというモンスターを相手にする際に、この武器が必要になるかもしれないことを七瀬さんから事前に聞いていました。レベルアップをして溜めたポイントで取得した、『解体』と『武器製作』、『防具製作』で我々の装備を整えながら、暇をみては創って、溜めておいたものです』



 おそらく、軽部達と共にギガントの様子を一度見に行った時に、奈緒は、これからやろうとしていることを軽部へと伝えていたのだろう。

 数は、全部で五十本。

 明は、その針の先端が全てペットボトルの底に向けられていることを確認すると、誤って中身が零れないよう蓋が緩んでいないことを確かめて、小さく息を吐いた。


(シナリオを出来るだけ早く進めるために、柏葉さんには製作スキルを今は取得して欲しくなかったし、もしもシナリオが間に合わなければ俺自身で『解体』と『武器製作』を取得するしかないと思っていたけど……。軽部さん達のおかげで助かった)


 大量の猛毒針で、ギガント相手に毒が効くのかどうかも分からない。

 けれど、シナリオが間に合っていない今、頼りになるのは博打に等しいこの方法だけだ。


「よし」


 気合を入れて、明は斧剣を構える。

 作戦は至極単純。ギガントの注意を引く一撃を与えて、ひたすら逃げ回る。その途中、隙があれば猛毒針を打ち込み続けて、その効果が現れることを願い続ける。



(これから、長い鬼ごっこになりそうだ)


 と、明は心の中で呟くと、



「『剛力』」



 そのスキルを発動させて、一気に地面を蹴って飛び出した。


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