叶わないこと
柏葉が落ち着いたのは、それからしばらく経ってからのことだった。
「すみません……。お恥ずかしいところを」
と彼女は鼻を鳴らしながらそう言うと、恥ずかしそうに笑った。
「泣いても仕方ないですね。私は、私に出来るところを頑張らないと」
そう言うと、柏葉はゆっくりと立ち上がり埃を払う。
そうして、再び動き出したその背中を見つめて、ぽつりと奈緒が呟いた。
「一条、何か……。何か、方法はないのか? 今からでも、時間内にシナリオを終わらせることが出来るような、そんな方法は本当にないのか?」
「……一つだけ、今よりもずっと速く、モンスターを倒すことが出来る方法はあります。……猛毒針。あの武器を使えば、小型のモンスターなら一撃です。ボアぐらいの大きさでも、猛毒針一つで動きを封じることが出来る。あれを使いこなすことが出来ればもしかしたら、間に合うかもしれません」
「ッ、だったら、それを使えば――」
「ただし、扱いを間違えれば柏葉さんが死ぬかもしれません。……いや間違いなく、扱いを間違えたその時点で、柏葉さんはまず死にます。そんな方法を、今の柏葉さんに伝えることが出来ますか?」
「それ、は」
奈緒は明の言いたいことが分かったようだ。
言葉に詰まるようにそう呟くと、力なく項垂れた。
明は、そんな奈緒を見つめて静かに呟く。
「激しい戦闘、刻一刻と迫るタイムリミット。焦り、不安、恐怖、プレッシャー。そんな状況で、これから四百弱ものモンスターを相手にする間、その毒針を扱い、間違って自分に刺さらない可能性はどれぐらいですか? 今でさえ、彼女の手は不安や焦りで震えています。そんな手であの道具を扱って、それが間違って自分に刺さらない可能性はどのくらいですか? まったくのゼロとは言い切れないでしょ? だから、この方法は絶対に、柏葉さんには伝えられない」
言えば確実に、今の彼女ならばその方法を選択すると思うから。
ギガントを討伐する鍵は、柏葉が獲得するシナリオ報酬の大量のポイントにかかってる。そのポイントによって限界まで成長させた製作スキルでなら、あの化け物を倒すことが出来るのではないかと期待している。
だから、絶対に。彼女には猛毒針を扱わせるわけにはいかない。今ここで、彼女を失うわけにはいかないのだ。
「……だったら、どうしてその方法を、最初に言わなかった。最初から、その道具を使っていればここまで追いつめられることは無かったんじゃないか!?」
「元々、モンスターと戦うことに慣れていなくて、戦うこと自体に恐怖を感じていた人です。はじめからその武器を扱っていたとしても、モンスター相手に手先が震えて危うかった。あの武器は、徹底的に今の柏葉さんに合わないんですよ」
だから、『隠密』でその弱点を克服したかった。
気配を消して、その姿を隠して。不意を討つように、慎重に。落ち着いた状況で、その武器を扱うことが出来れば、柏葉だって無事にその毒針を扱うことが出来ると思っていた。
けれど、それはもう叶わないことだ。
当初のプランはもうすでに崩れ去った。今はもう、柏葉を支えることしか明達には出来なかった。
「大丈夫です。今はとにかく、柏葉さんを支えましょう」
呟く明の言葉に、それ以上、奈緒からの言葉はなく。悔しさを滲ませた吐息だけが噛みしめた唇の隙間から漏れていた。
――そして。
「シナリオ」
――――――――――――――――――
柏葉薫によるモンスター討伐数 881/1000
――――――――――――――――――
五日目、午後八時五十七分。
柏葉薫のシナリオ攻略は、ギガント襲来までに間に合わなかった。
さて、ここから四章クライマックスです。
クライマックスは一気に読んでこそだと思うので、数日書き溜めをしまして、一気に投稿したいと思います。