やるべきこと2
奈緒を伴い街の外へと向かう。
その道中で明は、奈緒に向けてこれから行うことの説明をしていた。
「奈緒さんがこれから柏葉さんの創る武器や道具を扱う上で、克服しておかなければならない問題が一つあります。それが、魔力の運用方法です。今の奈緒さんでは、この魔弾さえも上手く扱うことが出来ない。ひとまず『魔力操作』のスキルが取得できるよう、俺と一緒に周囲のボスを倒してレベルを上げましょう」
「それは別に構わないが……。そもそも、その魔弾ってのは具体的にはどんな道具なんだ? 込められた魔力の量によって攻撃力が変わるってことぐらいしか聞いていないが」
奈緒はそう言うと、明の言葉に眉根を寄せた。
その言葉に、明は魔弾に関して詳しい説明をしていなかったことを思い出す。
「そういえば、そのあたりのことを詳しく説明していませんでしたね。ちょっと待ってください、確かこのあたりに……」
そう言うと、明はゴソゴソと懐を探りメモ帳を取り出した。
それから魔弾に対して『鑑定』を発動させて、目の前に現れた画面の内容をメモ帳へと書き記すと、そのページを破いて奈緒へと手渡しながら口を開く。
――――――――――――――――――
魔弾
・状態:普通
――――――――――――――――――
・魔素含有量:1%
・追加された特殊効果なし。
――――――――――――――――――
結晶化された魔素を加工し作られた銃弾。
銃弾に込められた魔力に応じて、魔弾が持つ攻撃力は変動する。
――――――――――――――――――
「これが、魔力の込められていない魔弾の説明。そしてこれに魔力を込めると」
言って、明は手に持つ魔弾へと魔力を注いだ。
とはいっても、見た目に変化は起こらない。だから、なおさら不思議だったのだろう。明の手の中にある黒い鉛玉を訝し気に見つめていた奈緒へと、明は目を向けて笑うと口を開いた。
「終わりましたよ」
「え? もう終わったのか?」
「まあ、魔弾に注いだ魔力は本当に少しだけなので。もちろん、たくさん魔力を注ぐとなるとそれなりに時間は使いますけどね」
「そうなのか? それで……これは、魔力を注いだんだよな? 見た目に変化はないみたいだけど」
「見た目はそうですね。でも、中身は――」
と、明はそこで言葉を区切ると魔力を注いだ魔弾に向けて『鑑定』を発動させた。目の前に現れた画面を再びメモ帳へと書き写すと、そのページを破き奈緒へと手渡して見せる。
――――――――――――――――――
魔弾
・装備推奨 ―― 魔力10以上
――――――――――――――――――
・魔素含有量:1%
・追加された特殊効果:なし
――――――――――――――――――
・攻撃力+20
・耐久値:1
・ダメージボーナスの発生:なし
――――――――――――――――――
「……画面が変化してるってことか?」
奈緒は手渡されたメモ紙を見つめて呟いた。
「ええ。その通りです。この道具は、魔力を込めなければモンスターを解体して手に入る素材と同じなんです。ですが魔力を込めることによって、これは素材ではなく武器となる。……ちなみに、そこに書かれている攻撃力は今、俺が魔力を1つ消費して注いだものです。魔力を2つ消費すればその攻撃力は40に、3つ消費すれば60へと、魔力を消費した数×20の値が攻撃力となっています」
「ってことは、この魔弾に魔力を注げるだけ注げば、その攻撃力は上がり続けるってことか?」
奈緒は首を傾げる。
その言葉に、明は小さく息を吐きながら答えた。
「それだったら良かったんですけどね。この銃弾、直接魔力を込めることが出来る量に限界があって、10以上の魔力を注げば暴発してしまうんです。だから、コイツを上手く扱うには『魔力操作』のスキルが必要になってくる」
「なるほどな……。でも、そのあたりの感覚は慣れでどうにか出来ないのか? 実は黙ってはいたけど、最近は『トーチライト』を使って魔法の練習はしているんだ。だから、使い続けていれば、スキルなんて取得しなくてもいつかは――」
「そう言って、かつての奈緒さんも暴発させたんですよ」
明は大きなため息を吐いた。
「『魔力操作』のスキルは、言うならば蛇口と同じなんです。水槽に溜めた水をほんの少しだけ外に流したいけど、その水槽には排水のための孔がない。それを無理やり出そうとすれば、水槽の水が一気に流れだしてしまう。それを制御するために、『魔力操作』っていう蛇口を取り付ける必要があるんです」
「そういうことか」
と、納得するように奈緒は頷いた。
それからふと疑問が思い浮かんだのか、彼女は続けて言葉を口にする。
「ちなみにだが、この銃弾は私の持つ拳銃で撃ち出すことが出来るのか?」
その質問に対して、明は首を横に振った。
「以前、奈緒さん自身が試していましたが、それは出来ないようです。その時の柏葉さんが言うには、魔弾を扱うためにはまた別の武器を創る必要があるらしいんですが……。その武器を創るために必要な素材も聞いたことがないものばかりだったので、今すぐにその武器を創るのは無理という結論になりました」
「そうか……。せっかく良さそうなものが手に入ったと思ったが、そう上手くはいかないものだな」
奈緒はそう呟くと、残念そうな表情となってため息を吐いた。それから、じっと明の手元にある魔弾へとその視線を注ぎ、思い出したかのようにまた首を傾げる。
「……ん? だったらどうして、この道具を私も扱えるようにならなきゃいけないんだ?」
「言ったでしょ? この魔弾に許容量を超えた魔力を込めれば暴発するって。この道具は、暴発させれば簡易的な目くらましに使えるんです。上手く使うことが出来れば、咄嗟に攻撃を躱すのにも、逃走する時にも使える道具です。……俺の手元には、これの他にあと四つ、別の魔弾があります。どれも暴発寸前まで魔力を注いでいるので、残り魔力を1つ消費すればいつでも暴発させることは可能ですが、『魔力操作』が無ければ1つの消費で良いところを、3つ、4つと余分な魔力を消費してしまうんです。実際に魔弾を使う時に、貴重な魔力をそんなことで余分に消費したくはないでしょ?」
「そうだな。私が使う魔法は、魔力値に応じてダメージ量が変わるみたいだし。余計な消費は確かに避けたい」
奈緒は明の言葉に頷き、少しだけ考え込むような表情となると、ぽつりと呟く。
「……だが、そうなると。いよいよ私も『魔力回復』のスキルを取得する必要があるな」
「ええ、だから一緒にボスを倒そうと思って。奈緒さんの今の魔力量ならハイオークやリザードマン相手にも魔法が通じるでしょうし、俺と一緒であれば、ボスを相手にレベルを上げるのも問題ないはずです」
「分かった」
こくりと、奈緒は明の言葉に頷いた。
そうして、これからやるべきことを奈緒と共有出来たところで、明は手始めにどのボスモンスターを相手にするのかを考えた。
正直なところ、どのモンスターから倒し始めたとしても最終的には周囲のボスモンスターは全て倒すのだから、順番に拘る必要はない。けれど、その中でもあえて最初に選ぶとするならば、ハイオークが一番だろうか。
(リザードマンやハルピュイアに比べれば速度も遅いし、なにより『狂戦士』のスキルがあるからか割と単純だからな。俺が先に攻撃を仕掛けさえすれば、奈緒さんに狙いが向くことも少ないだろ)
そう思って、明は奈緒へとハイオークを倒すことを伝える。奈緒はその決定に異論をはさむこともなく、すぐさま明達はハイオークの居る街へと足を進めた。
街の中をうろつくオークを一振りで沈めながら、ハイオークの居場所へと向かう。
この繰り返しの間、幾度となく足を運んだ場所なだけに迷うこともない。途中で出会うオークたちも必要最低限の遭遇に抑えて、明はハイオークの元へと辿り着いた。
「……では、俺が先に出るので、奈緒さんはいつも通り俺の後ろから援護を。攻撃のタイミングは任せますが、無理だけはしないでください」
「お前もな」
「ええ、分かってます」
短く言葉を交わすと、明は物陰に息を潜めた奈緒へと戦闘開始の目配せをしてから、一気に前へと飛び出した。
「ガァッ!?」
地面を駆ける明にハイオークが気付いた。
まさか真正面から向かって来る人間がいるとは思わなかったのだろう。はじめは戸惑いの表情を浮かべていたが、すぐにその表情もニタリとした笑みに切り替わる。
「ガァァアアアアアアアアアア!!」
叫び、その手に持つ〝朽ちた鉄剣〟を振り上げた。
赤栗毛の体毛に覆われたその両腕に力が込められて、一回りほど大きく膨れ上がるのが目に入る。
(――――頭か)
視線と、その動きからおおよその狙いを明は察した。
これまで、幾度となく相手にしてきたモンスターだ。その動きはもう熟知している。
(だったら!!)
心で叫び、明は手にした斧剣を頭上に構えて振るった。
瞬間、激しい音が頭上で響いた。
振り下ろされた鉄剣と、振るった斧剣がぶつかったのだ。
以前はその攻撃を受け止めただけで力に押されて腕が痺れていた。だが今は腕が痺れることもない。むしろ、ハイオークの筋力を越えた明の筋力は、振るわれる鉄剣ごとハイオークを押し返し、その腕を弾くように持ち上げた。
「ショックアロー」
声が響き、ハイオークの顔に光の矢が突き刺さったのはその時だ。
「ガァ!?」
光の矢は瞬時に爆発のごとき大きな衝撃となってハイオークを襲う。
明は、その隙を逃さず地面を蹴って跳び上がると、振り上げた右足をハイオークの延髄へと向けて叩き込んだ。
「――――ッ!!」
ハイオークの頭が勢いよくアスファルト舗装の道路に突っ込み石片が舞った。
だが、まだ致命傷には至らない。
感触からして骨は砕けず、肉も潰せていないのだ。
それが分かったからこそ明は、地面に降り立つとすぐに斧剣を構えて、下段から振り上げるようにハイオークの身体を切り裂いた。
「ウガァアアアアアア!!」
激しい痛みに、ハイオークの声が上がった。
ハイオークは傍に立つ明を振り払うように丸太のような右手を払うと、ようやくその身体を持ち上げる。
「ショックアロー」
その瞬間、再びハイオークの顔に光の矢が突き刺さり、巨大な衝撃が弾けた。
ぐるり、と。ハイオークの瞳が白目を剥いて身体が大きく揺れる。けれどそれも束の間のことで、すぐさま意識を取り戻したハイオークは、目の前に立つ明へと向けて怒りの瞳を向けると空へと向けて叫びを上げた。
「ガァァアアアアアアアアアアアアア!!!!」
(……発動したな)
空気を震わせるその叫びに、明はハイオークが『狂戦士』スキルを発動させたことを察した。
こうなればもはや、明の筋力はハイオークには敵わない。
すぐさま明は戦闘スタイルを変えるべく、ステップを踏んでハイオークから離れると斧剣を腰だめに構えた。
「……………」
息を止めて、その動きを見つめる。
これまで幾度となく繰り返したその動きをなぞるように、明はハイオークの攻撃を〈受け流す〉構えを取る。
「ウウウウウウ、ガアア!!」
叫び、ハイオークが動いた。
手にした鉄剣を両手で持ち、そこに立つ人間の身体を両断せんと、横薙ぎにその刃を力任せに振り払う。
「――――それも、もう分かってんだよ!」
叫び、明はタイミングを計って斧剣を振り上げた。
横薙ぎに迫る刃は明の振り上げた斧剣にぶつかり、その軌道を逸らされる。
明の頭上をハイオークの刃が通り過ぎて、掠めた髪の毛が舞った。
ハイオークの顔に、三度目となる光の矢が突き刺さったのはその時だ。
「…………!!」
ぐらり、と。
ハイオークの身体が揺れてそのまま背後へと倒れる。
明は、倒れたハイオークの元へと近づき、三度襲った衝撃によって昏倒していることを確認すると、無言で斧剣を振るってその手足の筋を斬ると、背後に居る彼女へと声を掛けた。
「奈緒さん! トドメ、いけますか!?」
「ああ、大丈夫だ」
声が上がり、少しだけ遅れて光の矢が走った。
一定間隔で放たれる光の矢は、次々と地面に倒れたハイオークへと突き刺さり、大きな衝撃をもってその身体を揺らす。
そして、五本目となるショックアローがハイオークへと突き刺さったその時だ。
――バチュリ、と。
衝撃によってその頭が吹き飛び、辺りへと肉片が飛び散った。
その直後、聞き慣れたあの音が聞こえた。
――――――――――――――――――
ボスモンスターの討伐が確認されました。
世界反転の進行度が減少します。
――――――――――――――――――
(……へぇ。誰かがボスを倒すと、こんな感じなのか)
明は、目の前に現れた画面を見つめて感想を漏らす。
それから、手を払ってその画面を消すと、奈緒の元へとその足を向けた。
「お疲れ様です」
「…………ああ。お疲れ」
奈緒が隠れていた瓦礫の陰を覗き込むと、そこには青い顔で荒い息を吐く奈緒の姿があった。
「っ、大丈夫ですか?」
「すまん。例の、魔法の反動だ。少し休めば動ける」
言って、奈緒は明を安心させるように小さな笑みをその口元に浮かべた。
「それにしても、凄いな。傍から見ていて、お前の戦いについていける気がしなかった。改めて、お前がどれだけの力を身に付けたのかを思い知ったよ。動きも、何もかもが今までとは別人だ。正直に言って、今のお前に私の力が必要なのかどうか分からないな」
「必要ですよ。ショックアローのタイミングもバッチリでした。十分です」
明は奈緒に向けてそう言うと、傍へと腰を下ろした。
すると、その言葉を耳にした奈緒はまた小さな笑みを浮かべて、大きな息を吐きだす。
「そうか? だったら、頑張ったかいがあったよ」
静かに、奈緒は呟き目を閉じた。
ふらりとその身体が揺れて、明の肩にその体重が圧し掛かる。
荒い呼吸が耳に届く。
頬を伝う冷や汗が、地面に落ちて染みを作っていく。
そんな彼女を支えるように。明はじっと、彼女の隣でその肩を貸し続けた。