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ちっぽけな英雄の矜持

 


 ――チリン。




 ――――――――――――――――――


 柏葉薫によるモンスター討伐数 101/1000


 ――――――――――――――――――




 休憩もそこそこに、ぶっ続けで行うモンスターとの戦闘は早くも八時間になろうとしていた。『インベントリ』によって持ち込まれた〝毛皮の外套〟と〝狼牙の短剣〟を使用していることで、柏葉のシナリオは明の想像以上に順調に進んでいる。


(とはいえ、今のでようやく全体の十分の一が終わったところか……)


 明は、目の前に現れたシナリオの進捗を見て息を吐く。



(モンスターと戦うことに慣れていなかった最初の頃は、一時間でゴブリンが五匹も倒せれば良いほうだったけど、続けるうちに慣れてきたのか戦闘スピードが上がってきてる。今はだいたい、一時間でゴブリン二十匹ぐらいか? この調子なら、レベルが上がればさらに討伐速度は上がっていきそうだ。でも――――)



 明は心の内の声をそこで止めると、ちらりと柏葉へと視線を向けた。息を切らして短剣を振り払い、刃の血を飛ばすその表情には隠すことの出来ない疲労が色濃く浮かんでいる。

 柏葉は、向けられる明の視線に気が付いたのだろう。その疲労を隠すようにニコリと笑うと口を開いた。



「今の戦い、どうでした? 先ほど、一条さんに教えて頂いたことを意識してみましたが」

「……そうですね。すごく良くなってます。俺が繰り返し中に見ていた、柏葉さんの動きに今が一番近いです。これは柏葉さん自身が言っていたことですけど、柏葉さんはどちらかと言えば手数で攻めるのが得意なタイプみたいです。とにかく身体を止めず、攻撃を繋げることを意識して動いてみてください」

「分かりました」


 柏葉は明の言葉に頷いた。

 その時、ふいに柏葉の身体がふらつく。



 「あっ」とした声を出しながら、柏葉は慌てて傍にあったガードレールへと手を付いて、


「安心したら、力が抜けちゃいました」


 とそう言って照れたように笑って見せたが、その笑顔に、明は笑い返すことなど出来なかった。



(限界、だな)


 と、明は心の中で呟く。



(当たり前だよな。俺がいま教えている内容は、パワーレベリングを行い十分にステータスが底上げされたうえで、モンスターに対する恐怖と、命の奪い合いというプレッシャーを克服した柏葉さんがようやく、感覚的に掴んでいた内容だ。今の、パワーレベリングも十分に行っていない柏葉さんがそう簡単に出来るはずがない。俺の言葉だけで再現しようとすれば、それだけ無茶な身体の使い方になってしまう。俺のアドバイスによってその感覚を掴む補助にはなるだろうが、それを掴むまでに掛かる柏葉さんの負担が大きすぎる)



 モンスターへの攻撃力に繋がる筋力値は持ち越した武器で補える。

 モンスターからの防御力に繋がる耐久値は持ち越した防具で補える。

 しかし、積み上げた経験だけは、『インベントリ』には入らない。彼女自身が掴んだ戦闘感覚も、恐怖やプレッシャーに打ち克ったその心も、次のループには持ち越せない。

 みんなを、一条明を助けたいというその心でどうにか、その恐怖やプレッシャーを乗り越えることが出来ているようだが、彼女自身が時間を掛けて掴んだ戦闘感覚だけはどうしようも出来ないのだ。

 結果、それを再現しようとすれば身体に力が入る。無理な体勢や姿勢になってしまう。それはじわじわと柏葉の体力を奪い、疲労となって身体に重く圧し掛かる。



(残り、約二十六時間か……)


 明は、ギガントの襲来までの時間を逆算する。



 柏葉のことだけを考えればまずはパワーレベリングを行い、心と身体を整えてから戦闘感覚を掴む手助けをしてあげるべきなのだろうが、それを行うには明達に残された時間はあまりにも少なすぎた。

 パワーレベリングを行えば確かに、柏葉のためにはなる。

 けれど、柏葉に与えられたシナリオは、柏葉自身が最初から最後までモンスターの相手をしなければならないものだ。

 つまりは、明達が瀕死にしたモンスターへとトドメを刺すという作業ではシナリオは微塵も進まず、ギガントの襲来というタイムリミットが迫る中で、シナリオの報酬による大量のポイントによって状況の打開を図る明達にとって、柏葉のパワーレベリングへと時間を割く余裕はどこにもなかった。


(とはいえ、これ以上は効率が落ちるだけだ……。本格的に一度、休憩を入れるべきだな)


 効率が落ちるだけならばまだいい。

 けれど、積み重なる疲労によって隙が生まれ、その隙が原因となって命を落とすことに繋がれば元も子もない。そうならないために自分が今ここにいるのだが、このまま続けていればそれも絶対に起こらないとは言い切れない。


 そう考えた明は息を吐くと、柏葉に向けて口を開く。



「柏葉さん。一度、病院へと戻りましょう。また時間を置いて、再開しましょう」

「まだ、平気です。今のちょっと、油断しただけで」


 言って、柏葉は元気であることを示すように拳を握って見せる。

 その姿に、明は小さく首を横に振って言った。


「その油断が、モンスターとの戦闘では致命的なんですよ。柏葉さんには『黄泉帰り』がない。俺とは違って、死んだらそこで終わりなんです。焦る気持ちは俺も同じです。でも、今は一度、身体を休めましょう」


 柏葉は何かを言いたそうに口を開いた。けれど、言い返す言葉が何も思い浮かばなかったのだろう。やがてその口を閉じると、大きなため息を吐き出し頷いた。


「…………わかりました。では、少しだけ……」

「ええ、そうしましょう」


 言って、柏葉を誘導するように背中を向けて歩き出す。



 そうして、柏葉からその表情が見えなくなったことを隠してからようやく、明は大きなため息を吐き出した。



(……油断、か)



 失敗や油断をこれまで何度、一条明が犯してきたのか分からない。それが原因で命を落としたことは一度や二度ではない。


(ほんと、どの口がそんなことを言えるんだか)


 心で呟き、明は自分自身に呆れて自嘲の笑みを浮かべる。

 けれど、だからと言ってそれを表にだすわけにはいかない。

 一条明を知るこの人が、一条明のためにその身を削り頑張っているのだから。

 一条明ならこの絶望的な状況をどうにかしてくれると、彼女が心の中でそう思っていることを何となく察していたから。


 だから一条明は、精一杯の虚勢を張る。


 方法さえ分かれば、どうにかしてみせると。

 どんな困難でも打ち克ってみせると。

 油断や失敗を犯し続けるどこにでもいるただ一人の人間から、あの赤い夜に誓った、その手の届く範囲にいる人達を守り抜くことが出来る、ちっぽけな英雄となれるように。

 明は、後ろを歩く彼女が少しでも不安にならないよう、口元に浮かべたその笑みを隠し通した。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 仲間達にノートにを書かせて、敵を倒すコツとか書いて主人公にわたせば効率上がると思う。 (病院の仲間になりそうな奴に一人一人のノート書いてもらえば、わざわざ主人公が説明する手間が減る…
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