作戦会議
ぽつぽつと、明がこれまでの記憶を辿りながらそれらの出来事のすべてを語り終える頃には、『黄泉帰り』から目覚めて早くも二時間が経とうとしていた。
「……これが、俺が経験したすべてです」
と話をそう締めくくる明の手には缶コーヒーが握られている。今となっては貴重な娯楽品となってしまったそれは、あのあと、状況が見えないなりに何かを察したらしい柏葉が用意したものだ。おそらく、自分の荷物の中に隠し持っていたのであろうそれを、柏葉は人数分持ってくると明達へと手渡し、部屋の隅に座り込むと、明の話を聞きながらちびちびとその中身を口にしていた。
「信じられませんが本当のこと、なんですよね……?」
話を聞き終えた柏葉が、ちらりとその視線を部屋の隅へと向けた。そこには、明の『インベントリ』に入れられていた武器や防具が、まるで初めからそこに置かれていたかのように並べられている。
柏葉は、それら一つひとつを見つめてやがて大きな息を吐き出すと、小さく口を開いた。
「あれを、私が創っただなんて信じられません……」
「でも、事実です」
と明は柏葉に向けて言った。
「あの斧剣も、あの服も。魔弾と呼ばれるあの道具も、すべて。柏葉さんに創っていただきました」
その言葉に、柏葉は何を思ったのだろうか。小さく、「そうですか」と呟くと柏葉は考え込むように黙り込んでしまった。
「今のお前の話を聞く限り」
そんな柏葉と交代するように口を開いたのは奈緒だ。
奈緒は開け放った窓の外に向けて、口に咥えていたタバコの煙を大きく吐き出すと眉間に深い皺を寄せながら言った。
「状況は、かなり絶望的だな」
短く、端的に。奈緒は明の置かれた現状に対する感想を口にする。
「ええ、まあ」
と明は小さく答えて、息を吐いた。
奈緒の口から改めてそう言われると、自分でも思っていた以上にキツイものがある。
そう思って、明が再び重たいため息を吐き出そうとしたその時だ。
奈緒は、そのため息を遮るように。間髪入れず、続きの言葉を口にした。
「けど、希望はある」
「…………希望?」
「そうだ。お前が言う通りなら、これからこの街を襲うギガントというモンスターは、首を落としても死なず、身体を斬っても死なず……。ビルよりもデカい身体に、どんな傷でもたちどころに回復してしまう。そんなぶっ壊れたスキルを持っているんだろ?」
「そうです。だから俺は、アイツに勝つことが出来ない。出来ていない。これだけの力があってもまだ、あの『再生』スキルに殺されている。……それなのに、今の話のどこに希望なんてものが――――」
「今、自分で言ったじゃないか。その化け物が持つスキルは『再生』だ。『不死』じゃない。――ってことは、なんらかの方法で殺すことが出来るってことだろ?」
奈緒はそう言うと、ニヤリと笑った。
「お前の話を聞く限り、今の問題はそのギガントとやらが持つ回復……いや、再生速度だ。それに加えて、体力値が恐ろしく高いっていうのがその厄介さを際立たせている。私たちのステータスにある体力値ってのはつまり、生命力の高さと一緒だろ? 普通だったら首を落とされれば死ぬはずのその攻撃も、その生命力が高すぎるがゆえに致命傷ではあるが即死にはならないんだ。……私たちが倒した、あのウェアウルフのようにな」
奈緒はそう言葉を付け加えると、手に持つタバコを携帯灰皿の中に仕舞った。
「ゲームで例えれば、馬鹿みたいに体力ゲージが長いってことさ。そのゲージは、身体を斬りつけ、魔法を撃ちこんで、少しずつ減らしていくことも可能だけど、首を落としたり腕を落としたりすることで大幅に減らすことが出来る。……けど、持ち前の体力ゲージが長すぎるから、その致命傷だけでは全部のゲージを削り取ることが出来ない」
その言葉に明は、なるほど、と頷きを返した。
体力や生命力という言い方をしていれば分かりにくいが、ゲームに出てくる体力ゲージでイメージすれば確かに分かりやすいかもしれない。首を落とすことで、その体力ゲージを丸々一本削ることが出来たとしても、残りのもう一本が残っていれば確かに、そのモンスターを倒したとは言えないだろう。しかし――――
「奈緒さんの言う通り、アイツらがすぐには死なない理由は体力値が関係しているとは思います。……でも、だとしたらどうして、あの巨人が首の無い状態で手足を動かせたのかが分かりません」
脊髄反射のような無条件での動きならまだしも、あの巨人がとった行動は首を持ち上げて元の場所に戻すという行動だ。
普通、頭が無ければ手足だって動かせないはず。
そう考えて発したその言葉に、奈緒は一度小さく頷くと口を開いた。
「お前の言う通り、普通は頭がなければ動くことは出来ないよ。……だがな、一条。お前が相手をしているのはモンスターだ。人間じゃない。頭のないゴキブリが動き続けるように、首を落とされた鶏が生き続けたように、生物としての構造が違えばその考えだってあてにはならないんだ。首のある無しに関係なく身体が動く生き物なんて、それこそまさにモンスターだろ? 何を今さら考える必要がある?」
明は、その言葉にぽかんと表情を失くして、やがて呆れたように笑った。
……そうだ。今、相手にしているのは人間じゃない。モンスターだ。首を落としても動く理由を考えるのは二の次。問題は、どうやってその息の根を止めることが出来るのかを考えるべきだろう。
「脊髄だって反射として手足を動かす命令を出してるぐらいだしな。私たちの身体とは違うモンスターの身体が、首が落ちても手足が動くよう脊髄から命令が出ててもおかしくはないよ」
と奈緒はそう言って笑うと、傍に置いてあった缶コーヒーへと手を伸ばした。
「話を戻そう。それで、問題はギガントの体力値が多すぎるっていう点だが……。普通だったら死んでしまうようなその攻撃でもまだ、ギガントの体力ゲージが残っている。だから、完全には殺しきることが出来ず、『再生』というスキルで延々と傷が再生し続けている」
「……それじゃあ、その体力ゲージを一撃で失くすほど、強力な攻撃を仕掛けることが出来ればあの巨人を殺すことが出来るってことですか?」
「それも、方法の一つだとは思う」
奈緒はコーヒーを飲むと小さく頷いた。
「方法の一つ? 別のやり方があるんですか?」
「そうだな。例えばだけど、『再生』そのものを阻害する方法。腐食、病、爛れ。なんでもいいが、傷口の状態そのものが悪化すれば、単純に考えて再生速度は普段よりも遅くなるはずだ。ゲームで言うところの、状態異常ってやつだな。そうして回復を阻害することが出来れば、どれだけ体力値が高かろうがいつかは削り切ることが出来る」
その言葉に明はふと、とある道具のことを思い出した。
――猛毒針。
いつだったか、柏葉が創った道具だ。体力値の低いモンスターにはほぼ即死の攻撃となっていたその道具ならば、奈緒の言う『再生』スキルを阻害する役割は果たすことが出来るかもしれない。
(……でも、それは俺も思いついたし、実際に試してる)
明だって、ただ闇雲にギガントへ挑んでいたわけではない。猛毒針ならばギガントを倒すことが出来るかもしれないと、それをギガントに打ち込んだこともあったのだ。複数回試して、毒の効果が出ないことを確認してからはギガント相手には効かないのだとやめてしまったが。
「一応、それに近い道具はあります」
「そうなのか?」
「ええ、猛毒針っていう、ゴブリンぐらいなら即死する強力な毒を与えることが出来る道具をギガントに使ってみたこともあったんです。……でも、それでもダメだった。まるで効いちゃいなかった」
「効かない? ギガントってヤツは『解毒』スキルなんて持ってなかったはずだろ?」
「それは、そうなんですけど。実際に、効いていませんでしたし……」
呟く明の言葉に、奈緒は眉根を寄せると考え込んだ。
そうしてしばらくすると、ぽつりと呟くように言葉を漏らす。
「ギガントってヤツが大きすぎるせいか?」
その言葉に反応を示したのは柏葉だ。
柏葉は、奈緒の言葉に「そう言えば」と言葉を漏らすと呟くように言った。
「私、聞いたことがあります。薬とか毒って、飲む人の体重によって容量とか致死量が変わってくるって。その、猛毒針ってやつがゴブリンには効いて、ギガントっていう大きなモンスターに効かなかった原因って、そこなんじゃ……」
「そうだな。私もそう思う。一条、ゴブリンとかギガント以外にも、猛毒針を使ったモンスターはいなかったか? そいつはどうだった?」
言われて、明はハッとした。
「……言われてみれば、ゴブリンよりもデカい相手には猛毒針が効きにくかった気がします」
それは、猛毒針の使い勝手を確かめるため、ボアというイノシシ型のモンスターを相手に猛毒針を使用した時のことだ。
ゴブリン相手には即死級の道具だったその針は、ボアに対して使用した時には確かに、その効き目が落ちていた。あの時はただ単に、体力値やステータスの違いからくるものだろうと考えていたが、それがもしも、体格差によるものだったとすれば――――
(ギガントの大きさに見合う数の猛毒針を打ち込めば、その効き目も表れる……?)
可能性はある。
試してみる価値は十分だ。
もしもそれが上手くいけば、もしかすれば『再生』スキルの回復を阻害出来るかもしれない。
「決まりだな」
明の表情を見て察したのだろう。奈緒が呟いた。
「まずは、その方法を試そう」
かきくけ虎龍さまよりレビューをいただきました。ありがとうございます!!