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「――――つまり、その……『シナリオ』ってやつをクリアすれば、私にも固有スキルが与えられると?」


 これまで幾度となく耳にしてきた、目覚めと共に語られるその言葉。

 今は……何度目だろうか。

 七十? 八十? ……いいや、下手をすればもっと。

 死に戻るたびにギガントへと挑み、破れて。そうしてまた、目が覚めるたびに先の戦いで消費した魔力を回復するため、数度の『黄泉帰り』を経験して。

 それを一つの大きなループとして十度も経験する間に繰り返される死の苦痛と既知の世界が少しずつ、少しずつ心を蝕み、削り取って。――ふと気が付けば、一条明は指折り数えていた『黄泉帰り』の回数すらも数えるのを止めていた。



 今は何度目だろうか。

 その問いかけに、もはや意味はない。

 答えが出たところで、この状況は変わらない。

 あの巨人は生きている。生きているなら、殺さねばならない。

 ……でも、何のために?



(……ステータス)



 ぼんやりと霞みがかった頭で、明は習慣化した動作をなぞるように、無意識に自らのステータス画面を開いた。




 ――――――――――――――――――

 一条 明 25歳 男 Lv1(126)


 体力:172

 筋力:335

 耐久:331

 速度:314

 魔力:167【200】

 幸運:124


 ポイント:11

 ――――――――――――――――――

 固有スキル

 ・黄泉帰り


 システム拡張スキル

 ・インベントリ

 ・シナリオ

 ――――――――――――――――――

 スキル

 ・身体強化Lv4    ・軽業Lv1

 ・解析Lv3(MAX)   ・魔力撃Lv1

 ・鑑定Lv3(MAX)   ・第六感Lv1

 ・危機察知Lv1    ・斧術Lv1

 ・魔力回復Lv4

 ・魔力感知Lv1

 ・魔力操作Lv1

 ・自動再生Lv2

 ・集中Lv1

 ・剛力Lv1

 ・疾走Lv1

 ――――――――――――――――――

 ダメージボーナス

 ・ゴブリン種族 +3%

 ・狼種族 +10%

 ・植物系モンスター +3%

 ・虫系モンスター +3%

 ・獣系モンスター +5%

 ――――――――――――――――――




 レベルアップで得たポイントは魔力に注いでいる。

 魔力は再び上限である200に到達し、その数値はそれ以上の増加を止めた。

『剛力』や『疾走』を使えば、その爆発的なステータスの増加に自らの身体が耐えきれないほどの恩恵を今や受けている。――なのに。


(これでも、アイツには勝てない)


 正確に言えば、あの『再生』スキルを上回ることが出来ていない。あの体格差だ。何十倍もの差がある相手を前に、『剛力』や『疾走』を使ったステータス上では確かにあの化け物を上回ってはいても、その一撃が、ギガントにとって致命傷にならないほど小さく、細かな傷でしかないのだ。

 だから、純粋な速度を活かして手数で攻める。

『魔力撃』による攻撃の威力と範囲を広げて、その体格差を無くすほどの圧倒的で必殺の一撃を繰り出す。

 そうして、ようやく。

 一条明はあの巨人と同じ土俵に立ち、辛うじて戦うことが出来ている。

 けれどそれも、あくまでも同じ土俵に立つことが出来ているということだけ。

 首を落とし、四肢を斬り捨て、身体を引き裂き肉の塊に変えようとも。あの巨人が持つ驚異的な生命力はあの巨人の命を繋ぎ止め、やがてそのスキルを使ってありとあらゆる傷を無かったことにしてしまう。



(俺の力は、もうすでに……。アイツを上回ってるはずなのに)



 この力を持てば、ここまで苦戦をするほどの相手じゃないはずだ。

 本来ならば、もうすでに倒していてもおかしくはない相手だ。

 それなのに――――


(もう、どうしたら……)


 考え得る手は全て尽した。

 腱を削ぎ、肉を削ぎ、『再生』を上回る速度で身体を刻み、街中からガソリンやカニバルプラントの死骸を集めて火を放ち、外からダメなら中からと、あえてあの巨人に食われてみたりもした。……結果としてそれも失敗し、ただ胃で溶かされ、死に至るだけになってしまったが。


(……インベントリ)




 ――――――――――――――――――

 インベントリ

 ・斬首斧剣

 ・蜥蜴の鱗服

 ・魔弾×5

 ・狼牙の短剣×3

 ・毛皮の外套×3

 ――――――――――――――――――




 これまでの繰り返しの中で、柏葉に製作してもらった武器や防具も随分と溜まった。どれも、初めの頃に比べれば遥かに強力な武器や防具だ。


(……でも、これでもまだ、足りない)


 あの回復速度を上回ることが出来ない。



(どうすれば……)


 と、明が深いため息を吐き出したその時だ。




「――じょう。一条!」




 肩を揺さぶる小さな衝撃と共に、耳元で大きく名前を叫ばれた。

 びくりとして顔を持ち上げると、いったい、いつからそこに居たのだろうか。先ほどまで柏葉とシナリオのことについて話し込んでいた奈緒が、心配そうな表情となって至近距離から顔を覗き込んできていた。


「…………奈緒さん?」


 ぽつりと呟き、気が付く。

 どうやら随分と長い間、呼び掛ける彼女の言葉を無視し続けていたらしい。奈緒の後ろでは柏葉もまた心配そうな表情となって明のことを見つめていて、明が気を取り戻したことを確認すると安堵の息を吐き出していた。



「気が付いたか」


 と奈緒は明を見つめて言った。



 それからすぐに、何かを察したように盛大に顔を歪めて見せると、呟く。



「……何度目だ」

「え?」

「お前、何度目なんだ!?」

「何度目って」


 明は、問いかけられる意味をすぐに察した。

 そして、その言葉から逃げるように瞳を逸らすと、消えるようにか細い声で答える。


「そんなの、もう……覚えていませんよ」

「――――っ」



 瞬間、また。くしゃりと、奈緒の顔が歪んだ。

 その言葉の意味を、説明するまでもなかった。

 奈緒にはその言葉だけで十分に明の状況が伝わっていた。



「何があった」



 奈緒は小さく問いかける。

 その言葉に、明は何も答えなかった。いや、答えるべき言葉が口から出なかった。

 人の何十倍もの大きさを持つ化け物に勝つことが出来ないでいる。

 口に出せば、たったそれだけのことなのに。

 その言葉が、どうしても出てこなかった。

 口に出せば、彼女が無理をすることが分かっているから。

 あの巨人へと、その身を犠牲にしてでも挑むだろうということが手に取るように分かったから。

 だから明は、その言葉を口にすることが出来なかった。


「……大丈夫です。何とかします」


 まるで自分自身に言い聞かせるように、掠れるような声で明は呟く。

 その言葉が気にくわなかったのだろう。

 奈緒はピクリと眉を持ち上げると、低い声となって言い返した。


「何とかって、何だ? 何が大丈夫なんだ?」

「いろいろですよ」

「いろいろって、何だ」

「いろいろは、いろいろですよ」

「ッ、だから、それは何だって聞いているんだ!!」


 奈緒の口調が一段と荒くなる。

 明はその言葉から逃げるように、さらに視線を床へと落とすと、呟くように言った。


「ッ、大丈夫です。奈緒さん達は何も気にしなくていい。だから――――」


 明が口にしたその言葉は、頬に伝う軽い衝撃によって遮られた。

 ついで、鈍い痛みが遅れてやってくる。



「な、七瀬さん!?」


 と、明達のやり取りを見ていた柏葉が慌てた声を上げた。



 その言葉を耳にしながら、ようやく。明は、奈緒に頬を叩かれたのだと理解した。

 奈緒はその制止の声を振りほどくように、明の胸倉を掴み上げると唸るように言葉を吐き出す。



「…………私たちは何も気にしなくていい? 本当に、そう思ってるのか?」


 奈緒は明の瞳を覗き込むように見つめながら、そう言った。


「お前、本当にそう思ってるのか?」

「……もう、いいでしょ。この話は終わりにしましょう」



 明は胸倉を掴む奈緒の手を振りほどく。

 そうして会話を一方的に終わらせて、部屋を後にしようと踵を返したところで奈緒に扉の前へと先回りされて、立ち止まる。



「どこに行く? まだ話の途中だぞ」


 奈緒は明を見据えながら言った。



「……どいてください」

「どかない」

「時間が無いんです」

「それはお前の都合だ。ここをどけば、お前また死ぬだろ?」

「――――ッ」


 その言葉に、明は視線を持ち上げた。

 奈緒は明を見据えながら、さらに言葉を続ける。


「これ以上、お前を一人で向かわせるわけにはいかない。お前が今しているそれは、ただの自殺だ。お前が傷ついているのが分かっているのに、何もせず見送ることなんて私には出来ない」

「…………だったら」


 と明は掠れた声で呟いた。



「だったら、今の奈緒さんに何が出来るっていうんです? あの巨人に、何が出来るっていうんですか!? レベルが100を越えて! 何十とこの世界を繰り返して!! それでも、今の俺でも勝つことが出来ない、あの化け物にッ!! 今のあなたが、何を出来るんですか!?」



 叩きつけるように吐き出したその言葉に、奈緒が小さく息を飲むのが分かった。

 明は、そんな奈緒から視線を逸らして唇を噛みしめる。

 ……ああ。こんなこと、言うつもりはなかったのに。

 繰り返す中で心に溜まった汚泥のような淀みが、卑屈な感情となって溢れ出してしまう。


「っ、失礼します」


 言って、明は奈緒の横をすり抜ける。

 けれどその足は再び、奈緒によって遮られた。

 咄嗟に伸ばされたその手が、明の袖を掴んだのだ。

 奈緒は、明の袖を掴んだまま顔を俯かせて、ぽつりと小さく、口を開いた。



「……私に、力がないから。お前と同じ力が無いから、何も気にしなくてもいいと……。あれは、そういう意味だったのか?」


 静かに、悲しそうに。背後から聞こえるその言葉が明の耳に届いた。



「だから、お前は……何も話す気がないのか?」

「…………」



 明はその問いかけに答えることが出来なかった。

 答えるべき言葉が見つからなかった。

 だから、ただただ無言で立ち尽くす。

 彼女が掴む、その袖を振り払うことが出来ないまま。

 一条明は、その場で足を止めてしまう。



「確かに、私にはお前のような力はないさ。私に与えられていたシナリオも、もう終わった。お前と一緒に死に戻ることも出来なくなってしまった。今の私は、お前の隣に立つ権利さえも無くなってしまった!! ……だから、もう。お前は、何も言ってくれないのか? 力の無い私は、お前の話を聞くことすらも出来なくなってしまったのか!?」


 慟哭にも似たその叫びは、静まり返った会議室の中でよく響いた。



「どうなんだ! 一条ォ!!」



 強く、袖が握られる。

 その力に反応して、一条明は振り返る。



「奈緒、さん…………」



 そして、目にする。

 くしゃりと歪められて、自分を見つめる彼女のその瞳が悲しく揺れ動いていることに。目尻から溢れたその涙が、彼女の頬を伝い流れ落ちていることに。



「どうして」


 と奈緒は呟いた。



「どうして、何も言ってくれないんだ。そんなに、私は頼りないか? 私たちは、お前の助けにならないか? 一言ぐらい、教えてくれてもいいだろう」


 ぐいっと、奈緒は頬に流れる涙を拭って言った。


「どうして、お前はひとりになろうとするんだ。どうして、何も話してくれないんだ! ……私たちは、こんなにも近くにいるのに。いつだって、お前の話を聞くことが出来るのに。どうしてお前は、自分からひとりになろうとするんだ」



 その言葉に、明は瞳を大きく見開いた。

 そして、ゆっくりと深く、息を吐き出す。

 知らず入っていた身体の力を抜くように。

 心の淀みを、すべて吐き出すように。

 ぼんやりと思考を覆う霞を吹き飛ばすように。

 明は大きな、大きな吐息を漏らして、優しく袖を握る奈緒の手を振りほどいた。


「奈緒さん」


 小さく、彼女の名前を呼んだ。

 唇が震える。心の淀みが無くなったことで、底に沈殿していた感情が浮かび上がってきている。



「……なんだ」

「助けてください」

「当たり前だ。馬鹿」



 彼女らしく乱暴で、けれども優しいその言葉。

 その言葉に、明は本当に久しぶりに、いつしか忘れていた笑みを浮かべていた。


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― 新着の感想 ―
[一言] 泣いた。
[良い点] 奈緒が居なかったらちょくちょくツンデレーな主人公と奈緒の関係(ωー [一言] 奈緒が死に戻りを経験したのも、今後えんえんと死に戻り続ける主人公の支えなんだなあーって思ったら。 最適解選ん…
[良い点] シナリオ作るの上手いなぁ 無限に読める
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