表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
179/344

VS ギガント

 


 その街の中に広がる濃厚な死の気配に、首筋から背中にかけて骨が軋んだ気がした。

 静かで、すべてが死に絶えた、物音一つですべてが崩れ落ちそうな瓦礫と残骸の街。

 かつての喧噪が消えたその街では服の衣擦れさえもよく響き、一歩、足を踏み出せば鳴るその音が雑音となって周囲に反響しているような気がした。

 だから、その人間が傍へと近寄ってくることに、その巨人もすぐに気が付いたのだろう。

 午睡から目覚めた子供のように一つ大きな欠伸をしてから、ギガントはその人間へと殺意に満ちた目を向ける。


 ――チリン。


 音が鳴って、B級クエストの発生が知らされる。

 目の前に現れた画面が、そこに立つ化け物を殺せと知らせてくる。



「――――悪ぃな」


 男は、その画面を煩わしそうに手で払い除けると、その巨人に向けて臆する様子もなく口を開いた。



「待たせたか?」



 言って、笑った。

 その言葉に意味はないと分かっていた。

 人の言葉など、この世界に現れたモンスターたちが理解するはずもない。

 仮に理解が出来たとて、耳を貸そうとするはずもない。

 それでも、男は――明は、そう言わざるを得なかった。


 あの夜から三十二回。何度も、何度も同じ日々を繰り返して、ようやくあの日の借りを返せる時が来たのだ。


 ニヤリと、獰猛な獣のように唇を吊り上げて。

 明は、その手に握り締める巨大な斧を振るい、構えた。



 それは、気が遠くなるほどの繰り返しの最中で、男が仲間の女性に依頼をして創ってもらった新たな武器。

 それはかつて明が手にしていた猛牛の手斧と、ハイオークが手にしていた朽ちた鉄剣という武器を素材とし、さらに人狼の爪牙を加えて創り出された、斧でありながら巨大な剣に似た見た目をしたもの。


 ――名を、斬首くびきり斧剣。


 攻撃力200を超える、ただただ首を斬り落とすことだけに特化した斧だ。

 明が武器を構えたことで、ギガントもまた、明の殺気を感じ取ったのだろう。

 緩慢とも思えるその動きで、ゆっくりと狙いを定めて、拳を持ち上げた。


 ゾクリ、と。


『危機察知』が反応して危険を知らせてくる。

 ここに居ては危ないと、そのスキルがすぐさま警鐘を鳴らしてくる。

 けれど明は、その警鐘を無視するかのように息を吐き出して、止めると、静かにその言葉を口にした。




「『剛力』、『疾走』」




 魔力を消費し、力に変える。

 そして、その両足へと力を込めて。



「それじゃあ、さっそく。あの日の続きを始めようぜェ!!」


 叫び、明が地面を蹴って飛び出すのと、



「いくぞぉおおおおおおお!!」



 ギガントが振り上げた拳を明へと叩きつけるのは、ほぼ同時。



「ッ!」


 明は迫る拳へと視線を向けると、地面を蹴って跳び上がった。

 直後、明の居たその場所へと巨大な拳が叩きつけられた。拳はアスファルト舗装の道路を砕き、陥没させて、周囲一帯の地面へとヒビを入れる。さらにはアスファルト舗装の下を通っていた水道管が破裂したのだろう。勢いよく噴き出す水流が一気にあたりへと流れ出た。

 明は、地面を叩いたギガントの腕へと着地すると、そのまま勢いよく腕を伝い駆け上がる。

 狙いはただ一つ。その、巨大な首を落とすことのみ。

 『疾走』による補助を受けた明は、ギガントが動く間も与えることなく腕を駆け上がると、その肩口に両足を踏みしめて、手に持つ斬首斧剣を両手で振りかぶった。


「んんッッ!!」


 魔力値100を越えて発動した『剛力』が、人の身ならざる筋力を明へと与える。

 ビキビキと、明の両腕がパンパンに膨れ上がり幾本もの筋が浮かんだ。

 急上昇する筋力に耐え切れなかった身体がギシギシと悲鳴を上げている。


「らァッ!!」


 それを、一声で黙らせるように。

 明は声をあげて、手にした斧剣を目の前の大木のごとき首へと向けて振り払う。


 固く、けれども確かな手応え。


 皮膚を裂き、肉を斬り、血管を破いて噴き出す血はまるで滝のようだ。

 明は、全身に降りかかる血を浴びながら二撃目を放とうとしたところで、頭上に覆う影に気が付いた。



「っ!」



 まるで、肩口に噛み付いた虫を叩き潰すかのように勢いよく迫る掌に、明は舌打ちをして二撃目を断念する。


「くそっ!」


 ひとまず撤退をしよう。

 そう考えて、明が両足を動かしたその時だった。



「――――ッ!?」


 ずるり、と。

 首から噴き出す血の海に足を取られて、体勢が大きく崩れた。



「『集中』!」



 すぐさま、明は『集中』スキルを発動させる。

 瞬間、甲高い耳鳴りにも似た音が鳴って、世界が凍り付いた。

 五感が、思考が何倍にも引き延ばされて、刹那の世界に明は没入する。


(回避、は間に合わない。いや、間に合ったとしても今からじゃ指先が掠るか!?)


 ギガントの恐ろしいところは、その身体の大きさにある。

 指先一つ伸ばしただけでも、その長さは数メートル。手のひらを広げれば、その大きさは端から端まで十メートル以上はあるだろう。

 普段であれば『疾走』状態ならば確実に避けられる。

 しかし、今は足場が悪い。ギガントが流す血に足を取られて満足に動くことも叶わない。

 ならば――――



「解除」


 その攻撃を振るえないようにするのみ!



「ッ!!」



 素早く、明は懐へと手を突っ込んで()()を取り出した。




(本当は、こんなに早く使うつもりが無かったんだけどな!!)



 心で叫び、明は手にした物へと全力で魔力を注ぐ。

 明が手にした物。

 それは、柏葉によって創り出された〝魔弾〟と呼ばれる銃弾だった。魔力を溜め込む性質を持つソレは、明によって注がれた魔力を急速な勢いで蓄積していき、やがて強く発光し始める。



「悪いな。ちょっと眩しいぞ?」


 言って、明は手にした〝魔弾〟へとダメ押しで魔力を注いで、ギガントの眼前へと放り投げた。



 ――瞬間。魔力蓄積の限界を超えた〝魔弾〟が音もなく破裂した。



 青白い光となって弾けたソレは、ギガントの視界を強烈な光で遮る。



「ゥウウウウアアアアア」


 突然のことに、ギガントは平衡感覚を失くしたのだろう。

 肩口へと向けていた手を顔の前へと動かすが、それはもうすべてが終わった後だ。視界に焼け付く光にぐらりとギガントは体勢を崩して、その場に膝をついた。

 その隙に、明はギガントの肩口から飛び降りると『軽業』を用いて空中で体勢を整えて、地面に着地する。

 そのまま、仕切り直すように距離を取ると瓦礫の陰へと身を潜めて、大きなため息を吐き出した。


「ふー……。まさか、もう奥の手を使うことになるなんて」


 〝魔弾〟と呼ばれるその銃弾は本来、込められた魔力の量に応じて攻撃力が変化していく不思議な銃弾だった。それが、限界を超えた魔力を溜め込んだ際に暴発することを知ったのは、まったくの偶然で、そのきっかけを作ったのは奈緒だった。

 〝魔弾〟が創り出された時、はじめ、自然な流れで奈緒が使う予定だった。奈緒の持つ武器は拳銃――もとい、それを媒介として発動させる魔法だ。これまで幾度となく魔法を使って戦ってきたのだから、その魔力を込められる銃弾も奈緒が扱うべきだろうというのが、その武器が創り出された当初の意見だった。

 けれど、奈緒には〝魔弾〟が扱えなかった。いや、もっと正確に言えば魔弾へと込める魔力の量が調整出来なかったのだ。

 結果として、魔力蓄積の限界を超えた魔弾は暴発。

 暴発した魔弾は強烈な光を発して明達の目つぶしを行い、そのまま消えるように消滅した。

 念のためにと、インベントリに登録していたことで事なきを得たが、その騒ぎがあったおかげで、明はその魔弾の使い方を思いついたのだった。



(何となくだけど、こうして魔力を注げるのも、蓄積した魔力に応じて攻撃力を変動させるってことよりも他に、属性のある魔力を注ぐことでその銃弾に魔力属性を付加させることができるってことなんだろうな)


 明はそんなことを考える。

 確証はない。けれど、()()()()()()()()()()()()。そう、『第六感』が囁いている。



(俺が奈緒さんよりも注げる魔力量を調節できるのも、『魔力操作』スキルを持ってるからだろうし……。それが無ければ、こんな使い方出来なかった)


 と、明は心の中で息を吐くと、そっと瓦礫の陰からギガントの様子を覗き見た。



(……まだ、気付かれてないようだな)



 魔弾によって視界を潰されたギガントは、怒りで声を荒げながら手あたり次第にあたりの物を壊している。

 焦点の合っていないその瞳を見るに、まだ視界が回復していないようだ。



(『疾走』と『剛力』の効果は……あと十二秒か)



 目の前に自分のステータス画面と、『疾走』と『剛力』に残された時間を見つめて、考える。

 早々に『集中』を発動し、魔弾へと魔力を注いだことでステータス画面に残された魔力値は100を切った。


 残り魔力値――112。


 『疾走』と『剛力』に発動させてもまだ、ギガントの耐久を破るには余裕があるが、出来ればあまり時間を掛けたくない。

 時間を掛ければかけるほどに、不利になるのは明のほうだ。

 手持ちのカードから考えても、早々に決着を決めるのが一番だろう。


(次で決めるか)


 心に決めて、明はすぐさま行動に移った。

 瓦礫の陰から飛び出し、明はギガントの元へと駆け抜ける。

 そして、正面まで来たところで地面を蹴り、さらにはギガントの身体を足場にしてさらに跳び上がると、『軽業』によって空中で体勢を整えた。



「『剛力』」


 呟き、時間を確認する。




 ――――――――――――――――――


 スキル:剛力は使用中です。

 効果残り時間:5.06秒


 ――――――――――――――――――




(――十分ッ!!)


 ニヤリと明は笑った。



「『集中』」



 そして、再び五感と思考を研ぎ澄ます。

 時間が伸ばされて、一条明だけが世界に取り残される。

 その世界で、明はギガントを見据える。

 その一撃がどこに届けば致命的になるのかを、しかと狙いを定めて口を開く。


「――解除」


 世界が戻る。

 時間が戻る。

 思考と感覚が身体に追いつき、思い出したように手足が自分の意思で動き始める。



「『魔力撃』」



 言葉を紡ぎ、振りかぶった。

 瞬間、魔力がうねりを上げて動き出す。身体に刻まれた回路が活性化して、血を沸騰させたかのように身体中が熱くなる。

 魔力撃の一撃は、スキルのレベルと明自身の筋力、明自身の魔力によってダメージが変わる。


 ゆえに今、この瞬間。


 全快した魔力によって発動された『剛力』の効果が残る明の筋力は、爆発的なステータス補助を受けて1500を超えている。身体に刻まれた回路を焼き尽くさんとするかのように全身を巡る魔力は、数多く消費してもなお100にほど近い。



 ミシミシと、身体が軋む。



 爆発的に上昇した常人ならざる自らの力に耐え切れず、力を込めた先で幾本かの筋肉がブツブツと切れた感触がする。

 しかし、だからと言って。

 その力に、自らの身体が耐えきれないからといって。

 明は、その振り上げた斧剣を止めるわけにはいかなかった。




「――――じゃあな。化け物」




 呟き、獰猛な獣のようにその口元を吊り上げて。

 一条明は、その斧剣を振り下ろした。

 斧剣の斬撃に、身体中を駆け巡る熱が吸い取られる。

 熱は魔力へと変わり、大きな光となって、空気を切り裂きギガントの元へと飛び出していく。


「ォ、ォオオオ」


 声を上げて、一拍遅れるかのように反応したギガントが、空中に飛び出した明を叩き落とさんとするかのように拳を振り上げる。

 けれど、それはもう。


 ――何もかもが遅い。



「オ――――」



 ギガントの声が途切れた。

 ついで、その巨体の上に乗っていた首が裂けて、ずるりと肩から転がり落ちる。

 同時に、『剛力』と『疾走』の効果が切れたのか、重しが圧し掛かったかのように身体が重たくなったのを明は感じた。



「は、はは」


 重力に引きずられて、地面へと落ちながら明は笑う。



「はははははッ! やった! やった!! ついに――――」



 あの巨人を倒した。

 そう、口にしようとしたその言葉は。

 ふいに低く轟く大きな声に掻き消された。


「――――すとれんぐすあっぷ」

「ぇ?」


 地を這うかのようなその声に、明の口から呆けた声が漏れ出た。

 ついで、明の顔を黒い影が覆う。

 それが、自分の身の丈よりも遥かにおおきな、巨岩の如き拳だと気が付いた時にはもう、何もかもが遅かった。



「――――――ッ」



 衝撃、ついで激痛。

 バキバキと骨が砕けて、肉が潰れ、空中から叩き落とされた身体は地面へと深く沈み込み、辺り一帯に衝撃をもってヒビを入れた。


 最初、何が起きたのか分からなかった。


 いや、分かってはいながらもソレを受け入れたくはなかった。

 激しく視界が明滅する。

 衝撃による意識の消失と、それを上回る激痛による意識の覚醒を一瞬にして繰り返す。



「ッ、ァ。っ」



 激しい痛みで身体が呼吸を忘れていた。

 いや、呼吸すらも出来なくなっていた。

 うっすらと瞼を持ち上げるが、視界がぼやける。おかしい、視界が変だ。右目が見えない。

 いや、そもそも。右手が、右足が。身体の右半分が存在していない。


「――――がふっ」


 口から溢れたソレは本当に血だったか? もしかすれば、身体のどこか臓物ではなかったか?

 そう錯覚してしまうほどに。

 次々と吐き出される血塊によって、明の呼吸は遮られ続ける。


「…………」


 震える身体で、明は視線を持ち上げた。

 その視界の先では、明を殴り飛ばしたギガントが地面に転がる自らの首を持ち上げるところだった。

 巨人は、自らの首を元の場所へとはめ込むように置き据える。

 すると、瞬く間にその首の傷が癒えて、すべてが無かったことにされていく。



(――――――化け物め)



 明は呟いた。

 そう、呟くことしか出来なかった。

 けれど、確かに口にだしたはずの自分の言葉が聞こえない。

 どうやら、鼓膜が破けてしまっているらしい。

 だから明には、その言葉がはたして本当に口に出したものだったのか、心の内で吐き出されたものだったのかが分からなかった。



「ォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!」



 無音の世界で、巨人は吼える。

 全ての傷を癒して、明との戦闘の形跡を無かったことにして。

 そこに立つ巨人は、空へと向けて雄叫びを上げ続ける。


 ――――そしてようやく気が付いたかのように。


 瀕死となった明へとその視線を向けると、手を伸ばして。

 指先で摘まむかのように、その身体をプツリと潰した。








(――――まだだ)


 そして再び目が覚めて。

 一条明はまた、動き出す。


(一度でダメなら、もう一度だ)


 何度でも。

 何度でも。

 あの巨人を倒すために培った力のすべてをぶつけ続ける。

 そうすればきっと、いつかは勝てると信じて。

 首を落とし、腕も落とし、足を落として身体を裂いて。

 その脅威をこの世界から滅ぼすためだけに、一条明は身体を動かし続ける。


 ――けれど何度、首を落として四肢を斬り落とそうとも。


 その巨体を刻み、血に染めようとも。

 絶えず身体を癒し続けるその力を前に、命を刈り取るまでには至らない。






 ――そして。


 十度挑み続けて、その全てに敗れた明は。






 それ以上の繰り返しを、止めた。


明日の投稿はお休みです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] あれ、武器の修繕ってモンスターの持ってた武器は直すのに使えないんじゃなかったっけ?どこかで読み落とした所があったのかな [一言] 面白いです!
[良い点] レイドボスを一人で相手にするような感覚で読ませていただきました。 文体からもこの戦闘シーンに対する気合いが伝わってきます。 新たに身につけた力を次々に繰り出して相手を圧倒する様はカタルシス…
[一言] 今までとは格が違うな… 首切っても死なないとなると、体のどこかにコアみたいなのがありそう 明の心が折れてないかが心配
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ