成長の糧③
結論から言えば、幸運にもクエストは発生した。
しかし、だからといってハルピュイアが簡単に倒せるかと言えばそうではない。
『疾走』や『剛力』を使用しないハルピュイアとの戦いは、ハイオークやリザードマン以上に厄介を極めた。
元々、他二匹と比べて速度のあるモンスターだ。
さらには空を飛び回り、これまでまともに相手をしてこなかった魔法を使うモンスターでもある。
一度目の当りにしたことがあるからといって、現実ではありえないその未知なる攻撃にすぐさま対応出来るはずもない。
加えて、どういうわけか『危機察知』スキルは魔法による攻撃に反応しないのだ。
おそらくだが、『危機察知』は物理的な攻撃にのみ反応するスキルなのだろう。
では、魔法攻撃に反応するスキルは一体何があるのか。その答えは、ポイントで取得できるスキル一覧の中にあった。
――『魔力感知』。
それが、魔法による攻撃を事前に感知して、スキル所持者へと教えてくれるスキルだった。
魔法が発動している、または発動される際に増幅する魔力を感知するらしいそのスキルは、まさに対魔法に特化したスキルそのもので、ハルピュイアに対して度重なる敗北を重ねていた明は、迷うことなくそのスキルを取得することに決めた。
さらに明は、体内または体外にある魔力に関する扱いが向上するという『魔力操作』スキルを取得する。
魔力に関する扱いが上手くなれば、同じ魔力に関係する『魔力感知』の効果が相乗的に増幅するのでは、という狙いで取得したスキルだったが、コレは見事に狙いが外れた。
どうやら、同じ系統のスキル同士を取得したとしても、その掛け合わせで既存のスキル効果が増幅することはないらしい。
結果としてポイント7つを無駄にすることになったことに気落ちもしたが、それを嘆いてばかりもいられない。
気持ちを切り替えた明は、『魔力感知』という新たな武器を手に、再びハルピュイアへと挑んだ。
……しかし、『魔力感知』を取得したからといって状況は全くと言っていいほど好転しなかった。
近接主体である明と、遠距離主体であるハルピュイアとの相性が元々悪すぎたのだ。
空を飛ぶハルピュイアへと向けて斧を振るうには空へと跳び出さねばならず、一度空に跳び出してしまえば、たとえ『軽業』を取得していようと速度の差があるために恰好の的になる。だからといって、地上でカウンターを狙おうにも空を飛ぶハルピュイアは遠距離から風魔法による圧縮された空気の刃を飛ばしてくるために、カウンターに専念することも叶わない。
以前は『疾走』を使って無理やり距離を縮めて、『剛力』を使って問答無用の一撃でその息の根を止めたがために、正面から攻略するとなると何かしらの対策を講じなければならなかった。
――そして。通算『黄泉帰り』回数、五十七回目。
(やっぱり地上と空、近接と遠距離じゃ相性が悪いな)
幾度となくハルピュイアへと挑み、その度に殺されてきた明は、目覚めと共に深いため息を吐き出した。
こうも勝ち筋が見えないまま殺され続けると、さすがの明も心が荒んでくる。
明は、小さな舌打ちと共に天井を仰ぐと、ジッと目を閉じて攻略方法を考えた。
(…………何か。何か、他に方法はないか)
考えられる一番の方法としてはやはり、武器を変えることだろう。
近接主体となる斧ではなく、飛び道具を用いればモンスターを相手にすることも容易になるだろうが、そもそも銃火器はモンスターに通用しない。
以前、柏葉が武器には弓矢があることを言っていた気もするが、その武器を創るために必要な素材は聞いたこともないものだった。心当たりのない素材を探すために、限られた時間を幾度も繰り返すよりかは、手持ちのカードで戦う手段を考えたほうがいいのは確かだ。
(……と、なると。今、出来ることと言えば武器を投げて、飛び道具代わりにすることか?)
武器そのものを投擲武器として利用していくことは難しいことではない。取得できるスキル一覧の中にも、『投擲』というスキルがあるのを確認しているし、そのスキルさえ取得していれば、狙いを定めて武器を投げつけることも可能だろう。
とはいえ、手持ちの斧は今の明にとってメインともなる武器だ。それを投げて攻撃する手段は出来れば取りたくない。投擲するのはあくまでも、代用が出来て、かつ、いつでも入手が出来る武器に限られる。
(必要ない武器、か。オークから盗った鉄剣とかか?)
これまで目にしてきた武器で、投擲に使えそうなものでありハルピュイアにダメージを与えられそうな武器は、豚頭鬼の鉄剣と、リザードマンが手にしていた長槍、狼牙の短剣ぐらいだろうか。その中でもいつでも入手することが出来る武器となると、投擲することが出来るのは〝豚頭鬼の鉄剣〟一択になってしまう。
(つっても、その武器を投げたところでどの程度ダメージが出るのかも分からないけどな)
明は、そんなことを心で呟いて息を吐いた。
それからすぐに、思考を切り替えてもう一つの可能性を探る。
(あと、出来ることと言えば……。俺自身も魔法を取得する、とかだな)
今のスキルポイントがあれば、初級魔法の獲得は可能だ。
魔力に関しては、今やその上限は奈緒を越えているが、『集中』や『疾走』などといった魔力消費スキルの影響もあって、明の持つ魔力自体は目減りしている。今の明が魔法を使用したとしても、常に魔力全開で放つ奈緒の魔法ほどの威力を出すことは出来ないかもしれない。
それに、魔法に関しては奈緒のほうが一日の長があるのも事実だ。
魔法に関しては奈緒に任せておいた方が役割分担という意味では効率がいいだろうし、今後も魔法を使うかどうか分からないのならば、ハルピュイアを相手にするためだけにポイントを消費して魔法を取得するのも悩みどころだった。
「どうするかなぁ……」
ぼやくように言って、明は今のポイントを使用して取得できるスキル一覧を眺めた。
「ん?」
しばらく画面を見つめていると、これまでには無かった見慣れないスキルが、スキル一覧の一番下の方に表示されていることに気が付いた。
(……『魔力撃』?)
聞いたこともないスキル名だ。
『魔力感知』や『魔力操作』を取得した際にもこの取得画面を開いてはいるが、その時にはあっただろうか?
首を傾げて、そのスキルの詳細を見るためスキル名へと手を伸ばす。
(――――ッ。……なるほど。これなら)
ニヤリと、明はその詳細画面を見て笑った。
取得するスキルは決まった。
このスキルさえあれば、空飛ぶハルピュイアを相手にすることも出来る。
(よし……。リベンジだ)
明は心で呟き、乾いた唇を湿らせるように舐めると、取得を知らせる画面を消した。
六度目になるハルピュイア戦。
目にも止まらない速度で空中を羽ばたき、時には滑空と共に身体を引き裂こうとしてくるその攻撃を、『危機察知』と『集中』を使いながらどうにか回避を続ける。
それでも、ハルピュイアとの速度値が離れすぎているがために、全ての攻撃を躱しきれるわけではない。
少しずつ、少しずつ明の身体には赤い筋が刻まれていき、真っ赤な血で地面が濡れていく。
幸運なのは、急所に関わる攻撃だけはどうにか防ぐことが出来ていることだろうか。これに関しては、リザードマンとの戦いで培った経験が大きく活きていた。
あの経験が無ければ、これだけの速度差があるモンスターを相手に生き残ることも出来なかったかもしれない。
「くっ!」
全身を襲う痛みに奥歯を噛みしめながら、明はジッとそのチャンスを伺い続ける。
そして、ついに。
その瞬間はやってきた。
「――――ッ!」
爆発的にハルピュイアの体内で魔力が高まる気配を明は感知する。
「███▇▇▅▅▃▁▁!!」
「ッ!」
息を吐いて明が地面を蹴るのと、空中で羽ばたくハルピュイアが、謎の言語を発して風魔法を発動させるのはほぼ同時。
アスファルト舗装を切り裂きながら迫る圧縮された空気の刃は、寸前まで明の頭があったその場所を通りすぎて、背後にある家屋へとぶつかり破壊した。
「███▇▇▅▅▃▁▁!!」
再び、あの声が響く。
けれどその攻撃がくることは、『魔力感知』によってもうすでに把握済み。
足を止めることなく次の回避行動へと移っていた明は、傍にある電柱を掴みくるりと回るようにして方向を変えると、襲い来る二撃目を躱した。
「███▇▇▅▅▃▁▁!!」
三撃目。
これまでの繰り返しで分かったことは、ハルピュイアは風魔法を三回連続で発動させると、必ずと言っていいほどほんの一瞬だけ、動きが止まるということだった。
だから、反撃のチャンスがあるとすればこの時のみ。
ほんの一秒にも満たないこの時間だけが、一条明に許された攻撃のチャンス。
「ふー…………」
深く息を吐き出し、力を溜める。
すると、その行為に反応するかのように、腹の底でうねりをあげる魔力が体内に刻まれた回路を駆け巡り、全身が一気に熱くなる。
「キィイイイイイイイイイイイイ!!」
術後の硬直が解けたのだろう。
すべての攻撃を間一髪で躱し続ける明へとハルピュイアが怒りを露わにするように叫びを上げた。
ハルピュイアは一度大きくばさりと空中に浮かび上がると、燃え上がる怒りの瞳を明へと向けて、再びその首を落とすべく口を開く。
「███▇▇▅▅▃▁▁!!」
振るわれた鉤爪によって、圧縮された空気の刃が生まれた。
刃は、まるで空間を引き裂くかのように勢いよく明へと目掛けて飛んでくる。
けれど、明はその刃を目の当たりにしても動かない。
まっすぐに、自分へと迫るその刃の軌道を見据えて、意思とは関係なく湧き上がる恐怖を押し殺すように斧の柄を強く握り締めると、そのスキルの名前を叫んだ。
「『魔力撃』ッ!!」
言葉と同時に、明は手にした斧を力強く振り払う。
瞬間、明が振るった斧の軌道をなぞるように、空中へと目掛けて青白い光が飛び出した。
光は眼前へと迫っていた空気の刃にぶつかり、甲高い音を上げてその刃を切り裂くと、その威力を落とすことなくハルピュイアの元へと迫る。
「――――!?」
声もなくハルピュイアが驚いたのがその表情から分かった。
慌てて回避しようと翼を大きくはためかせるが、もう遅い。
青白い光はハルピュイアへとぶつかり、その片翼を一撃のもと斬り落とした。
身を襲う激しい痛みにハルピュイアが甲高い叫びの声を上げて、浮力を失ったその身体は螺旋を描くようにくるくると回りながら墜落してくる。
明は、地面を蹴って飛び出すと、その墜落してくるハルピュイアへと向けて大きく斧を振りかぶった。
「これで、終わりだぁあああ!!」
叫び、全力で斧を振り払う。
ずぶり、と。刃がハルピュイアの首に沈み、その肉を一瞬にして断ち切った。
「ぃ――――」
と、空気が漏れるような音を出して、ハルピュイアの身体が痙攣する。
けれどまだ、レベルアップを示す画面が現れない。
それを察した明は、地面に転がるハルピュイアの首へと近づくと、無言でその頭を踏みつぶした。