成長の糧②
「ふしゅぅうううう!!」
「――――ッ!」
リザードマンの吐息と共に振るわれる長槍を、明はタイミングを合わせて〈受け流す〉と、体勢を崩してがら空きとなったリザードマンの脇腹へと向けて、手にした斧を振り払った。
今は、五十二度目の人生の真っ最中。リザードマンへと挑み始めてすでに五回は敗北し、死に戻っている。
変化があったのは、五十度目の『黄泉帰り』を行った時だ。
目が覚めると同時に軽快な音が響き、明の眼前にはトロフィーを取得したことを知らせる画面が現れていた。
トロフィーのランクは、シルバー。
トロフィー名は、〝五十度目〟というシンプルなものだ。
特典は体力+20と、耐久値+30。
身体強化Lv4の上昇値を目の当りにした今となってはやや見劣りしてしまう上昇値だったが、それでも生存率が今まで以上に上昇したことは間違いなかった。
明は、そのトロフィーを取得したタイミングで、ハイオークとの戦いで得たポイントを新しいスキルを獲得するために使うことに決めた。
リザードマンへと何度か挑み、敗北したことで、今のままではその攻撃を躱すことは出来ないと悟ったからだ。
明が獲得したスキルは三つ。
一つは、危機察知スキル。これは、前々からいつかは取得をしようと考えていたスキルだ。ただその度に、危険を察知することができてもそれに対応できるだけの力がなければ意味がないと、取得を考える度に先へと見送っていた。
けれど、これから先はもうそうは言っていられない。
ギガントに追われた森の中では軽部がそのスキルを取得していたおかげで助かりはしたが、もし、軽部がそのスキルを取得していなければあの初撃で全滅していた可能性すらあるのだ。
レベルも上がり、ステータスも以前とは比べ物にならないほど高くなった。さらには、〈受け流し〉というスキルともまた違う技術も習得した今なら、その効果に対応できるだけの力があるだろうと、明は思った。
取得したスキルの二つ目は『集中』。
これは発動している間、常に魔力を消費し続けるタイプのスキルだ。今の魔力量では発動できる時間はそう長くはないが、その効果は絶大で、発動したその瞬間に思考と感覚が何倍にも研ぎ澄まされて、己の世界へと没入することが出来る。
いわゆる、スポーツなどでもときおり見られる、〝ゾーン〟と呼ばれる感覚へと強制的に突入出来るスキルなのだろう。
リザードマンとの戦いだけでなく、この繰り返しを終えた暁にはギガントと戦わねばならないことを考えても、どうしても取得しておきたかったスキルだった。
そして、最後に取得したのが『軽業』。
その効果は、空中での姿勢制御を可能にするほどの体幹の強化と、身体操作能力の上昇だ。
元は、ギガントという巨大なモンスターを攻撃するには空中へと跳び上がり、武器を振るうしか方法がないため今のうちから取得しておこうと考えて取得していたものだったが、その効果は意外にもリザードマンとの戦いでも現れていた。
「シャァァアアアッ!」
リザードマンが叫び、槍を突き出す。
その穂先を明は身体を逸らすようにして回避すると、その半ば地面へと倒れ込んだ体勢のまま、手にした斧を振るいあげた。
「――ッ、ふしゅるるるるるるッ!」
振り上げた斧の刃はリザードマンの顎先を捉えて激しい音を響かせる。
手応えは硬く、その表面を覆う鱗も傷がついたようには見えない。大したダメージにはなっていないだろう。
けれど、その攻撃は確かにリザードマンの脳を揺らしていた。
ぐらりと大きく身体が傾ぐのを見て、明は、その口元にニヤリとした笑みを浮かべた。倒れる身体を支えるように地面へと片手をついてハンドスプリングの要領で身体を持ち上げると再び体勢を整えてみせる。
もはや曲芸に近いその動きは、『軽業』の効果によって体幹と身体操作能力が上昇したことで可能になった動きだ。
元々、明の持つステータスは常人を遥かに超えていた。本来であればそれぐらいの動きはいつでも出来たはずなのだが、明は自分の身体の使い方が思ったよりも下手くそだった。結果として正面から敵と切り結ぶことしか出来ていなかったが、それが『軽業』を取得したことによって、十二分にステータスに見合った動きが出来るようになっていた。
リザードマンは未だに体勢を整え切れていない。
そのチャンスを逃さないよう、明は「フッ!」と息を吐いてリザードマンの眼前にまで駆け寄ると、その手に持つ斧を振りかぶった。
「しゅるるううううう!!」
瞬間、リザードマンの意識が戻った。
眼前に迫る明に気が付き、明の攻撃に合わせるかのようにその手に持つ長槍を構えたリザードマンを見て、すぐさま明は攻撃手段を変更した。
「ッ!」
地面を蹴って、その視界から外れるように横へと跳ぶ。さらに続けて地面を蹴りつけて、三角跳びの要領で明はリザードマンの背後へと一瞬にして回り込むと、その飛び込んだ体勢のまま、急所である延髄へと向けて斧を振るい落した。
「ふしゅるるるるるるぅうううう!!」
僅かに鱗が剥がれて、リザードマンの身体が揺れた。
その様子に明は口元を吊り上げて笑うと、その背中をすぐさま蹴りつけて、跳び退るようにして距離を取る。
このような戦い方が出来るようになったのも、五度の敗北を経験しながらも少しずつ、動きを身に付けた結果だ。
攻撃をギリギリで見極め、『軽業』によって回避を行い、無茶な体勢でも的確な一撃を急所へと叩き込む。
時には〈受け流し〉を行い正面から体勢を崩し、奇襲のような変則的な攻撃への意識を薄れさせながらも、警戒が薄くなった時にはまた、変則的な攻撃を仕掛ける。
最初は失敗することの多かったその動きも、今ではもう苦にならないほどだ。
「ふー……。おい、いい加減にアレを出して来いよ。普通に戦ってちゃお前が俺に勝てないのはもう分かっただろ?」
明は、リザードマンを挑発するように言った。
「お前の、あの技を破らなきゃ勝った気にもなれねぇ。お前がアレを出さなきゃ、俺は次のハルピュイアにも行けないんだよ」
その言葉を、リザードマンは理解することが出来なかった。
しかし、明が何を待ち望んでいるのかは分かったのだろう。
「しゅるるるるる……」
後悔するなよ、と言わんばかりに。
リザードマンは切れ長の瞳孔をさらに細めると、腰を落として長槍を握り締めた。
それを見て、明もまた表情を改めると右手で斧の柄を握り締めて腰を落とし、左手を身体の前へと突き出すようにして構えを取ると、ゆっくりと息を吐き出した。
互いの放つ殺気が空気に混じり、瓦礫の街が静まり返る。
一瞬の静寂。
息を吸い込むことさえも憚れるような圧迫感が辺りへと満ちて、その空気に当てられたかのように明の全身の毛が一気に逆立った。
――ゾクリ、と。
うなじを逆撫でするかのような感覚が走った。
それが、動き出しの合図だった。
「シャアアアアアアアアアアアア!!」
と大きな叫びを上げて、リザードマンが腰だめに構えた槍を明へと向けて突き出した。
それは、人体の急所を次々と破壊する、リザードマンが放つ正確無比の必殺の技。
これまで幾度となく明が敗れて、地面に伏してきた攻撃だ。
「『集中』!」
同時に明はそのスキルを発動させた。
その瞬間、キイィイインと耳鳴りにも似た音が鳴って、時間が止まる。
いや、明自身の感覚が何倍にも引き延ばされて、時間感覚が遅くなる。
一撃、二撃。三、四と次々と襲い来るその穂先を、明は没入した世界の中でしかとその視界にとらえて、回避のイメージを頭に叩き込んだ。
『集中』スキルを発動させたこの状態では、今はまだ身体を動かすことは出来ない。思考と感覚が何倍にも上昇したからこそ目に見えるだけで、それに対応できるだけのステータスが明にはないからだ。
だからこの世界で出来ることと言えば思考を回すこと。
世界が伸ばされたこの世界で、目で、耳で、五感の全てで感じ取った情報を処理すること。
「解除!」
叫ぶと同時に、『集中』した世界で目にした攻撃が一斉に明へと襲い来る。
額を、目を、喉を、心臓を、鳩尾と金的を。
その攻撃を、明は全て事前にシミュレートした通りに斧で弾き、身体を逸らし、致命傷になりえない攻撃へとなるように軌道を変えた。
「ぐっ」
吐き出す吐息に痛みが混じる。
左手を、脇腹を刺されて血があふれる。
けれど、それでも急所は潰れていない。傷を受けながらも身体はまだ、動かすことが出来る。
「よしッ、よしッ!!」
五度目にして成功したその動きに、明は喜びの声を上げた。
それからすぐにリザードマンへと目を向けて、呟くように言葉を吐き出す。
「悪ぃな。俺の勝ちだ」
言って、明は『剛力』と『疾走』を発動させた。
瞬時に爆発するかのように上昇したステータスは、リザードマンの首と身体を引き裂いてその命を絶ち切る。
上昇したレベルは5つ。
終えたクエストによって獲得したポイントは、ハイオークと同じく50ポイントだった。