dieジェスト
街を抜け出して、明はハイオークの元へと向かう。
居場所はもう分かっている。
一度、敗北したモンスターだ。
この時間、街の中のどこに居るのかなんて考えなくともすぐに分かった。
「……いた」
物陰からその姿を見つけて、明は細く長い息を吐きだすとその手に握る斧の柄を力強く握り締めた。
(前は、こうして物陰に隠れていても見つかり殺された。おそらく、今回もすぐに――)
そう、明が思考を巡らせたその瞬間だった。
「――――――」
ピタリ、と。
まるで記憶の中のその姿を焼き直すように、瓦礫の中を徘徊していたハイオークの足が止まった。それからすぐに、ぐるりとその首が動き、物陰に潜む明へとその瞳が向けられる。
「――くる!」
声に出して、明が斧を構えるのとハイオークが動き出すのはほぼ同時。
「ウウウウウガァァアアアアアアアアアアアアア!!!!」
叫びを上げて、ハイオークは明へと向けて飛び掛かって来る。
その巨躯をしならせるように、頭上に振り上げられるのは鉄剣だ。これまでに幾度となく振るい、肉と骨を断ってきたのだろう。刃毀れが目立つその刃はまっすぐに、その馬鹿力を持って明の身体を一刀のもとに断たんと振るわれる。
「ッ!」
その刃へと向けて、すでに迎撃の体勢を整えていた明は息を吐き出し、攻撃を受け流すように斧を振り払い、合わせた。
――ガギィンッ!!
と、金属同士がぶつかる激しい音が瓦礫の中に響き渡ると同時に、ビリビリとした衝撃が明の腕を伝った。
(クッソ! 流しただけでコレかよ!!)
まともに受け止めていれば間違いなく潰されていた。
その恐怖に、明は全身の産毛が逆立つのを感じながらもすぐに体勢を整える。
(まともに受ければすぐに死ぬ! 『剛力』や『疾走』でごり押すだけじゃない、馬鹿正直に正面からぶつかるだけの今までの戦い方から変えないと!)
「ガァアアアアアアアアアア!!」
再び、ハイオークが吼えた。
明に攻撃を受け流されたのがよほど腹立たしかったのだろう。怒りに瞳を燃やしたハイオークは、すぐに追撃を放とうと赤栗毛の体毛に覆われた腕を振り上げる。
痺れる腕からは力が抜けていた。
斧を握る手の感覚がもうすでに失くなっていた。
「ぉおおおおおおおおおおお!」
けれど、だからといって。
自分に力が無いからといって、明は、その柄を握る手を緩めることは出来なかった。
この命を少しでも未来の糧にするために。
諦めという負債を、先の自分に残さないために。
今、この瞬間に掴めるものを少しでも多く掴み取るために、明は己の限界を振り絞って腕を動かす。
――しかしその思いだけでは、かけ離れたステータス差を埋めることは出来るほど現実は甘くない。
「が、ふっ…………」
これまでの戦いは全て、『剛力』や『疾走』といったスキルに頼ったゴリ押しが全てだった。戦闘における技術なんてものはなく、ただただ単純に、相手よりも速く、強い一撃を叩き込むことで辛うじてその勝利をもぎ取ってきた。
ゆえに、戦闘技術もいまだに未熟な明が、二度も攻撃を受け流すことなど不可能だった。
ハイオークの刃は、明の斧の刃を滑るように内側へと侵入し、明の肩口からまっすぐにその身体を引き裂く。
(…………ああ。これは、これからの課題、だな)
呟く言葉は口から漏れることはない。
そして一条明は、三十四度目のその人生に幕を下ろした。
――三十五回目。
予定通り、前世でハイオークに敗れた明は、目覚めてすぐにハイオークの元へと赴きそのクエストの等級を確認することにした。
結果、ハイオークに与えられていたクエストの等級はC級。
ミノタウロスやウェアウルフと同じ等級に、内心ではため息を吐き出しながらもすぐさま『疾走』を使用して速度を上げると、急いでその場からの撤退を図り他のボスの元へと向かう。
次に明が選んだボスは、リザードマンだった。
リザードマンはその名前の通り、蜥蜴と人を掛け合わせたモンスターだ。爬虫類を思わせる切れ長の瞳孔に、先が割れた長い舌。つるりとした毛のない身体を覆う青い鱗は非常に固く、半端な攻撃はすべてその鱗に弾かれた。
レベルは107とハイオークよりも僅かに高いが、体力、筋力は200台。速度は300台とその二つに比べればやや高かったが、それよりもさらに高いステータスだったのが耐久値だ。その数値は500弱と強化前のギガントにも及ぶ硬さであり、おそらくそれがこの鱗が持つ硬度の原因なのだろうと明は考えた。
武器は長槍。取得しているスキルもその武器に応じているようで、槍術Lv2と格闘術Lv1だった。他にも、レベル表記のない『潜水』というスキルが解析画面には表示されていたが、リザードマンの居る街の大半は住宅地であり、水辺など存在していない。
おそらく、そのスキルが活かされるのは、反転率が4%に進みダンジョン化がより進んだ時だけだろう。
解析画面に表示されるダンジョン名も『小さな沼地』となっていたのを見るからに、このボスの真価は水辺であることのように思えた。
「ふしゅるるるるるるぅうううう――――……!!」
リザードマンの真価が発揮されないとはいえ、ステータスそのものが弱体化するわけではない。
蛇のような息遣いと共に頭上で振り回していた槍を、リザードマンは明に向けて振り下ろした。
「ッ!」
反射的に斧を構えて攻撃を受け流す。
激しい火花が散って、その衝撃で互いの体勢が一度崩れた――はずだった。
「しゅるるるるううううう!!」
その動きは、あらかじめ定められた流れを辿るかのように淀みなく、早かった。
リザードマンは弾かれた槍をくるりと回すと、未だに崩された体勢を整えきらない明に向けて、長槍の柄を叩き込む。
「ぐっ」
息が詰まり、声が漏れた。
「ガっ――――」
ついで、胸を中心に広がる激痛。
衝撃のような痛みの後に、ドクドクと、その攻撃を受ける直前まで確かな鼓動を刻み続けていたその臓器がぐちゃりと潰されたのが分かった。
「がふっ」
血を吐き出し、身体が震えた。
けれど、それ以上の苦しみはなかった。
いや苦しむ間も無かったと言うべきか。
「しゃあああ!!」
「――――っ!」
リザードマンが吐き出す掛け声と共に、無数の衝撃が身体を襲う。
眉間、喉、四肢、肩口に鳩尾。肝臓から金的に至るすべての急所が一瞬にして貫かれ、その意識は、痛みを感じる間もなく闇へと溶けた。
――三十六回目。
前回と同じように、明は目覚めてすぐにリザードマンの元へと赴き等級を確認する。
結果、その等級はC級だと判明。あれだけの耐久を持ちながらも、その等級がミノタウロスと同じであることは不満に感じたが、思えば強化後のミノタウロスも筋力値は300を越えていた。
そう考えるとやはり、あのミノタウロスをあの時点で倒せたのは奇跡に近いものだったのだろう。
(……残り一匹だな)
最後に挑むボスはハルピュイアだ。
身体は人の女性を思わせるものでありながら、その上肢には巨大な翼、両下肢は猛禽類を思わせる鋭い鉤爪を持つ半鳥半人のモンスターで、空から一直線に下降してはこちらを狙うその攻撃手段は非常に厄介の一言に尽きる。
レベルは103と、ハイオークやリザードマンに比べてさほど変わらないが、そのステータスは三匹の中では体力値が100台と少ない。反対に、速度は400台と三匹の中でも一番高いモンスターだった。筋力、耐久はリザードマンと同じ200台だったが、それに加えて魔力も200台だったのには少しばかり驚いた。
スキルも、飛行という固有スキルに加えて風魔法Lv1というスキルが画面には表示されており、そのスキルの存在によってはじめて、魔法には属性があるのではないかということが明らかになった。
「███▇▇▅▅▃▁▁!!」
人の耳では理解することの出来ない言語をハルピュイアが叫び、明へと向けて鉤爪を振るう。
瞬間、空気を引き裂く風の刃が出現し、明は――――
「……っ」
その刃に成す術もなく首を落とされて、命を落とした。
以下、ハイオークのステータス(再掲)と、リザードマン、ハルピュイアのステータスです。
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ハイオーク Lv104
体力:212
筋力:311
耐久:389
速度:288
魔力:100
幸運:73
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個体情報
・ダンジョン:荒廃した丘に出現する、豚頭族亜人系のボスモンスター
・体内魔素率:19%
・体内における魔素結晶あり。筋肉に極軽度の結晶化
・体外における魔素結晶あり。体表に極軽度の結晶化
・身体状況:正常
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所持スキル
・狂戦士
・剣術Lv1
・格闘術Lv2
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リザードマン Lv107
体力:237
筋力:288
耐久:492
速度:301
魔力:120
幸運:57
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個体情報
・ダンジョン:小さな沼地に出現する、竜族亜人系のボスモンスター
・体内魔素率:18%
・体内における魔素結晶あり。臓器に極軽度の結晶化
・体外における魔素結晶あり。体表に極軽度の結晶化
・身体状況:正常
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所持スキル
・潜水
・槍術Lv1
・格闘術Lv2
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ハルピュイア Lv103
体力:189
筋力:221
耐久:278
速度:432
魔力:212
幸運:102
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個体情報
・ダンジョン:枯れ木の山林に出現する、鳥獣種亜人系のボスモンスター
・体内魔素率:17%
・体内における魔素結晶あり。臓器に極軽度の結晶化
・体外における魔素結晶あり。体表に極軽度の結晶化
・身体状況:正常
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所持スキル
・飛行
・風魔法Lv1
・格闘術Lv2
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