原因
「――――つまり、その……『シナリオ』ってやつをクリアすれば、私にも固有スキルが与えられると?」
目覚めてすぐに耳に届く聞き覚えのあるその言葉に、明はギガントに敗北したことを察した。
(――――……ダメ、だったか)
ゆっくりと、大きく息を吐く。
ポイントを魔力へと割り振り、『剛力』や『疾走』によって爆発的に上昇したステータスはギガントの巨体を傷つけるまでに至った。
しかし、足りない。
それだけではあの巨人を打ち倒すまでには至らない。
『剛力』は外皮を裂いて、『疾走』は反撃の間すら与えることのない攻撃の手数を増やした。
けれど、手にした武器があの巨体に比べて小さすぎる。
小さなまち針一つでは、どんな殺人鬼でも誰も殺すことが出来ないように。
あのモンスターを倒すには、手持ちの武器が貧弱すぎる。
(また、柏葉さんにお願いして武器製作スキルを取得してもらうか? スキルレベル1だと短剣ぐらいしか作ることが出来なかったけど、レベル3になればもしかして…………。いや、無理だ。時間が足りない。反転率4%になればまた、世界が変わる。ギガントだって、そのころにはもう街へと来ている)
現在時刻は、午前十一時三分。
ギガントの襲来が五日目の午後九時をすぎたあたりだったことを考えると、残された時間はおよそ三十四時間になる。
(残り、三十四時間……。それまでの間に、今の俺が出来ること……)
ぎゅっと、明は瞳を閉じて頭を抱える。
様々な可能性を模索して、あの化け物を倒す手段を探し続ける。
(柏葉さんのシナリオを終わらせて、報酬で貰うポイントを使って製作スキルをあげてもらう? ……うん。たしかにそれなら、現状よりもずっと強力な武器を手に入れることが出来る。ギガントにだってその武器を使えば勝てるかもしれない。ただ、問題は)
明は眉間に深い皺を刻むと、瞼を持ち上げた。
(柏葉さんのシナリオをクリアすれば、この『黄泉帰り』の固定化が外れるということ。そうなれば、次はどこに『黄泉帰り』先が指定されるのかが分からない。もしかすれば、シナリオをクリアしたその時点が次の『黄泉帰り』地点になるかもしれない)
そうなればもう、取れる手段がなくなる。
トライ&エラーを繰り返すことさえも出来なくなる。
(まだ、今の時点でも出来ることがある以上、それは最終手段だな)
――それに、と。
明は心で呟くと、シナリオのことについて奈緒と話す柏葉を見た。
(柏葉さんが秘めるポテンシャルはずっと高い。モンスターに慣れることさえ出来れば、戦闘だって易々とこなすことが出来るほどだ。そんな彼女に、シナリオクリアの大量の貴重なポイントを使って、後方支援スキルを取得させてもいいのか? 彼女のことを思うなら、戦闘系のスキルにポイントを使ってもらったほうがずっといい)
まだ、今の時点でも取れる手段はある。
この繰り返しを使って、足掻く方法はあるのだ。
武器について悩むのはそれからでもいいだろう。
(そのためにはまず、魔力値にポイントが割り振れなくなった原因を探らないとな)
一度、奈緒に聞いてみよう。
そう思うと、明はシナリオのことについて盛り上がる奈緒へと向けて声を掛ける。
「奈緒さん、ちょっと聞きたいことがあるんですけど」
「ん? 聞きたいこと?」
首を傾げて、奈緒が明へと向き直る。
明は、その言葉に一度頷くと口を開いた。
「ええ。以前、奈緒さんがポイントを魔力に割り振った時に、おかしなことって起きませんでした? 例えば、ポイントそのものが魔力に割り振れなくなったり、とか」
「……ああ。そういえば、そんなこともあったな」
奈緒は明の言葉に頷いた。
それから、不思議そうな顔になると奈緒は明を見つめる。
「どうしたんだ? 藪から棒にいきなりそんなことを聞くなんて。――――まさか、お前また」
ハッと、奈緒は何かに気が付いたように息を飲んだ。
その表情に向けて、明は小さく頷く。奈緒が浮かべた疑問に対しての答えは、それで十分伝わると思ったからだ。
事実、奈緒はそれで明の置かれた状況を察したようだ。大きなため息を吐き出すと、明へとその視線を向ける。
「魔力に、ポイントが割り振れなくなったことだよな? 確かに、お前の言う通り私も同じ状況になったよ」
やっぱり、と明は頷いた。
自分だけかとも思っていたが、奈緒も同じ状況になっていたのならば間違いない。このステータス上に、何かしらポイントが割り振れなくなる問題があるのだ。
「その時、どうやって解決しました?」
「どうやってって……。お前……。こうなることを知らなかったのか?」
奈緒は明の言葉に驚いた表情となると、すぐに顔を曇らせた。
「すまん。てっきりお前ならもうすでに、知っているものとばかり……。早く教えてあげれば良かったな」
そう言うと、奈緒は小さく頭を下げた。
その言葉に明は首を横に振る。
奈緒がそう思うのも無理はない。そう思われても仕方がないほどには、明はこの世界に馴染みすぎている。
それに、解析スキルを持たない奈緒は明のステータスなんて見ることが出来ないのだ。
ならば、自分が知っているステータスシステム上の知識はもうすでに、明の知っていることだと思うのも仕方がないような気もした。
「大丈夫です。俺も、これを知ったのはついさっきなので。……それで、どうやって解決したのか教えて欲しいんですけど」
「ああ、そうだったな。あの時は確か……そうだ。ポイントを魔力に割り振れないなら仕方がないと思って、『魔力回路』のスキルレベルを上げたんだ。そうしたら、また魔力に割り振ることが出来るようになっていた」
「魔力回路?」
呟き、明は自身のステータスを呼び出してスキル一覧の中から魔力回路のスキルを見つめた。
(なるほど。『魔力回路』があることで、俺たちの身体は魔力とやらに適応した。いうならば、魔力回路は、俺たちの身体に出来た器だ。ポイントを割り振ることで、その器いっぱいに魔力が溜まっただけだったか)
少し考えればすぐに分かることだった。
魔力があふれて器の中に溜め込むことが出来ないのならば、次に出来るのはその器を大きくすることだ。
明は指を伸ばして、魔力回路の詳細を呼び出す。
――――――――――――――――――
魔力回路Lv1
・パッシブスキル
・魔力への適正がない生物でも、魔力への適正が生まれる。体内に創り出された回路の大きさによって魔力の適正度は変化し、その回路の大きさはスキルレベルに依存する。
獲得ポイントを20消費して、スキルのレベルを上げますか? Y/N
――――――――――――――――――
次に必要なポイントは20。
残されたポイントのことを考えると、しばらくは魔力の強化が出来そうになかった。
「ありがとうございます」
明は、画面を手で払って消すと奈緒に向けて頭を下げた。
奈緒はその言葉に小さく頷くと明へと心配そうな目をむける。
「何か、私に出来ることはあるか?」
「……いえ。まだ、大丈夫です。しばらく、俺一人でどうにかやっていこうと思います」
「…………そうか。無理だけは、するな」
奈緒は、明のその言葉に寂しそうに笑った。
それから、状況が分からず戸惑いを浮かべる柏葉へと向けて、声を掛ける。
「柏葉さん。しばらくの間、一条は忙しくなるそうだ。シナリオ攻略は私たちだけでやっていこう」
「えっ、えっ? どうして? 何があったんです?」
その言葉に奈緒は小さな笑みを浮かべると、ついで明へとその視線を向けて、顎を動かした。
どうやら、柏葉への説明はしておくから先に行けということらしい。
小さく頭を下げて、明はまた奈緒たちへとインベントリを含めた武器と防具の説明を行い、床に置かれた武器を手に部屋をあとにする。
その背後からは、奈緒の告げる静かな言葉と、柏葉が小さく息を飲む音だけが聞こえていた。