会議室にて③
「…………そう、ですね。分かりました」
と、そう呟きながらこくりと頷いた。
それから、意を決するように呼吸を整えると彼らへと向けて振り返り、少しの間を空けると声を張り上げるようにして告げる。
「……皆さん! 聞いてください!! あの、巨大なモンスターの名前が判明しました。モンスターの名前は、ギガント。そのレベルは、112です」
「――ッ!?」
そこに集まった誰もが、軽部の言葉に呼吸を忘れたかのように息を止めたのが分かった。
しんっと静まり返った会議室で、軽部はさらに言葉を続ける。
「ギガントが持つステータスは、体力、筋力、耐久、速度。その全てが三桁で、筋力や耐久は500越え。体力に至っては900となっています」
「ちょ、ちょちょ! ちょっと待ってくれ軽部さん!! そんな、馬鹿げた話――――」
と、軽部に向けてそう言ったのは以前、明が情報を渡す際に病院へと逃げ込んだ住人を代表して会議室へと来ていた岡田だ。
岡田は、血の気を失った真っ青な顔で軽部と明の顔をそれぞれ見渡すとヒステリック気味に叫びをあげる。
「筋力と耐久が500越え? 体力に至っては900? そんな化け物、俺たちがどうしたって勝てるわけねぇ!! そ、そうだ! 一条さん、あなたがいるじゃないか!! あなただったら、あの化け物をどうにか出来るんだろ!?」
「…………」
助けを乞うように見つめられたその瞳に、明は静かに見つめ返した。
「一条?」
何も答えない明を不思議に思ったのだろう。奈緒が明の顔を見つめた。
明は、一度だけ奈緒へとその目を向けて、それから何も言わずに事の成り行きを見守り続けていた彩夏や柏葉へと順にその視線を向けて、やがてゆっくりと言葉を口にした。
「正直に言います。今の俺では、アイツには勝てません」
それは、決して大きな声ではなかった。
いつものように、いつもの声量で口にした言葉だったが、それは軽部の言葉以上に集まった人々へと衝撃を与えるものだった。
「――――――」
岡田が、中西が。軽部や柏葉、奈緒でさえも。誰もがみな、信じられないと言った表情となって明を見つめた。
その中でもただ一人、みんなとは違う反応をしたのは彩夏だ。
彩夏は、その言葉を事前に明から聞いていたからだろう。固く、唇を噛みしめると静かに俯いて、パーカーフードの奥にその表情を隠した。
「は、え? 勝てない? そんな、どうして」
この場に集まった全員の気持ちを代表するように、岡田が呆然とした表情で声を漏らした。
「アイツに、あの化け物に!! あなたが勝てないんだったら、この中の一体誰が――――」
「ギガントはボスモンスターです。今、ここに集まった岡田さんや中西さんには、あの会議の場でお伝えしましたが……、ボスモンスターには一つや二つ、俺たちと同じようにスキルが与えられています。今、ここに迫っているギガントが持つスキルは『再生』。耐久も高く、体力も900と正直に言って異常な数値です。まともにやり合っても勝てません」
明は取り乱し始めた岡田を制するように、静かに、言葉を被せるようにしてその事実を述べた。
「いや、でも!! それでも、どうにか出来ないんですか!?」
「俺がレベルアップすれば、あるいは……。ですが、今はもうその時間がない。レベリングする時間さえも、今はもう無いんですよ」
じっと、明は岡田を見つめて言った。
岡田は、そんな明の様子に嘘を言っているのではないと分かったのだろう。力の抜けた表情で明を見つめると、やがて俯くようにしてその口を閉ざした。
それを見て、次に声を上げたのは元々この病院に勤務していた医者の中西だ。
中西は、恐怖に震える唇を開くと明に問いかける。
「で、でも! 一条さんには、固有スキルがあると、あの会議の場で聞きましたよ?」
「あの会議の場でも言いましたが、俺の固有スキルは、俺が死んで初めて発動するものです。だから、今この場で、その力を使ったとしてもすぐにあのモンスターに勝てるようになるものではありません」
明は小さく、首を横に振って答えた。
その言葉に、今度は柏葉が尋ねてくる。
「それは、一条さんがこの世界を繰り返しても難しい、ということですか?」
「結論から言えば、『黄泉帰り』を繰り返せばアイツに勝つことは出来るはずです。……でも、それがいつになるか分からない。俺があのモンスターに勝てるようになるまで、どれだけの数この世界を繰り返せばいいのか分からない。十回? 二十回? ……いや、もしかすればそれよりももっとだ。それだけ、今の俺とアイツとの間では、差が開きすぎている」
「そう、ですか」
と柏葉は呟き、目を伏せた。
その言葉を最後に、会議室にはしばらくのあいだ沈黙が続いた。
誰もがみな、次に口にするべき言葉を失っているように見えた。
――ズゥゥウウンッ、と。
静まり返った会議室が再び大きく揺れる。
カタカタと壁に掛けられた時計が揺れて、音を立てる。
今、ギガントはどのあたりだろうか。
これ以上はもう、悠長に話し合っている時間はあまりないのかもしれない。
(マズいな。早く、どうするべきか決めないと)
明は心の中でそう呟くと、小さく息を吐き出し沈黙を破るべく口を開いた。
「……今この場でアイツを倒すことが出来ない以上、俺たちが取れる現実的な方法は逃げることです。少しでも早く、少しでも遠く。この街を捨てて、どこか遠くに」
柏葉のシナリオがある以上、死に戻り先は固定化されている。
けれど、それはシナリオをクリアすれば解決する話だ。
何も、モンスターを討伐するのをこの街に拘ってする必要はない。
逃げた先でモンスターを倒し、そのシナリオをクリアした後に別のボスモンスターを倒しさえすれば、この状況から逃れることは出来る。
そうしてまた少しずつ、自分に出来る範囲で力を身に付けていけば済むことなのだ。
「まあ、それが現状で考えれば一番、現実的な話だろうな」
と奈緒が明の言葉に頷いた。
「『黄泉帰り』をそれだけ繰り返すのは、お前の負担が大きすぎる。あの力は痛みが伴う以上、そう何度も出来ないからな」
「そうですね。聞けば、一条さんの力は死の間際の、直前の痛みや苦しみを次に目覚めた時でも覚えてるみたいですし……。何より、それだと一条さんひとりに負担を掛けることになってしまう。もしもそれが影響で、一条さんの心が壊れてしまったら……。本当の意味で、我々はこの世界に殺されることでしょう」
軽部の言葉に、岡田や中西も小さく同意を示すように頷いた。