会議室にて②
「………………」
ゆっくりと、明は息を吐き出す。
それから、手を振り払うようにして目の前の画面を消すと、隣に立つ彩夏へと目を向けた。
「花柳」
明は、静かに彼女の名前を呼んだ。
「……すまん。はっきり言うぞ。今の俺には、アイツを倒すには難しい。レベルも、ステータスも、明らかに格が違う。今、挑んだところでおそらく……俺は、殺されるだけだ」
「なんで、そんな……。それじゃあ、あたし達はどうしたら。これから、どうしたらいいのよ!?」
「それを、これから話そう。奈緒さん達も、この異常に気付いてるはずだ。一度合流しよう」
「でも」
と、彩夏はその言葉に何かを言いかけたがすぐに口を閉ざすと、何かを我慢するように固く唇を噛みしめた。
「……分かった」
こくりと、彩夏は頷く。
彼女が何を言いかけたのかは分からない。
けれど今は、その言葉の先を促す余裕が無かった。
明は彩夏に向けて頷きを返すとすぐに彩夏と共に屋上を後にして、階段を跳ぶように駆け降りて明は奈緒の元へと向かう。
すると、その途中で廊下を駆けてくる柏葉と鉢合わせた。
「一条さん!」
柏葉は、慌てた様子で声を上げるとすぐに一条の腕を取る。
「早く! こっちに来てください!! 大変です!」
「分かってます。モンスターですよね? 俺たちもそれを伝えに来たんです」
その言葉に柏葉は小さく驚くと、明の腕を掴むその手を離して表情を改めた。
「良かった。だったら、話は早いですね。軽部さんが会議室で待ってます。七瀬さんも集まるように声を掛けているので、すぐに来るはずです」
「分かりました」
奈緒にも声が掛かっているのならば話が早い。このまま会議室へと向かってしまおう。
そう考えると明は、柏葉の言葉へと頷き足早に会議室へと向かった。
◇ ◇ ◇
会議室には軽部をはじめとした自衛官が数人と、岡田や中西を含む病院内での中心メンバーがもうすでに集まっていた。
おそらく、現状の確認と対策を話し合っていたのだろう。難しい顔でホワイトボードに張り出された周辺地図を眺めていた彼らは、明が会議室に入室したことを確認すると全員がどこかほっとしたような顔へと変わって、安堵の息を吐き出した。
「一条さん! それに、花柳さんも……。良かった、どこを探してもどこにも居なかったものですから。てっきり、もう出て行かれたのかと……。いったい、どこに居たんですか?」
そう言って、明のもとへと歩み寄って来たのは軽部だ。
どこか緊張した面持ちで、手渡した『毛皮の外套』と『狼牙の短剣』を身に付けたその姿を見るに、いつでも外に出られる準備だけは整えていたようだ。
「すみません、遅くなりました。状況は分かってます。ちょうど、屋上が近かったので花柳に案内してもらって、屋上でモンスターの姿を確認したところです」
「そうですか。それじゃあ一条さんも花柳さんも、アイツを見たんですね」
「〝も〟? ということは、皆さんももうすでに?」
「そうですね。ここに居るみんな、そのモンスターを部屋の中から見ています」
その言葉に、集まった全員が小さく同意するように頷いた。
まだ距離があるとは言え、あの巨体だ。屋上に近い階に部屋を与えられた人達は、屋上に上がらずともその姿を目にすることが出来たのだろう。
「今、解析スキル持ちの私の部下がレベルとステータスを確認しています。おそらく、もうすぐに――――」
と軽部が口にしたその時だ。
バンッと激しく扉が開かれて、迷彩服を身に纏った若い男性が慌てた様子で部屋に駆け込んできた。
「か、かか、軽部三尉! 大変です!! あっ!」
駆け込んできた若い自衛官は、そこに立つ明の姿を見つけると声を漏らして、びくりと身体を震わせた。
そして、すぐに直立不動の体勢となると敬礼をする。
「も、申し訳ございません! お話し中でしたか」
「大丈夫だ。敵のステータスは確認出来たのか?」
軽部は敬礼をする自衛官に手で挨拶をやめるよう合図を送ると、そう言った。
「はい! 目標との距離は現在、約一万メートル。真っ直ぐにこちらへと進行中です。敵のステータスですが、画面を書き写したものがこちらになります」
そう言うと、その自衛官は手に持っていた小さな紙片を軽部へと手渡した。
「ありがとう。君はそのまま、他の者たちと一緒に病院内の騒ぎの対応へとあたってくれ。どうやら、我々以外にも部屋の中からあのモンスターを目にした人がいるようだ。今はまだ小さな騒動だが、これが公になればパニックになるのは間違いない」
「了解」
若い自衛官はそう言うと、再び敬礼をしてから踵を返して部屋から出て行ってしまった。
軽部は、その自衛官の後ろ姿を見送ると手渡された紙片へと視線を落とす。
「――――――ッ!」
その内容に、軽部の瞳が大きく開かれるのが分かった。
それを見た明は、すぐに軽部の傍へと近寄り、その紙片を覗き見る。
(俺が見たものと同じだな。レベルとステータスだけしか書き写してないってところを見ると、さっきの自衛官が持つ解析のスキルレベルは1みたいだな)
そう、明が心で思っていると軽部が紙片へと落としていたその視線を明へと向けた。
「一条さん……。これは」
「ええ、間違いないです。俺も解析でそのモンスターのステータスを確認しましたから。……とはいえ、俺の解析レベルはさらに上なので、アイツの持つスキルも分かりますが」
「…………前に、一条さんが会議室で言っていたボスモンスターだけが持つスキルというやつですね? 申し訳ないですが、どんなスキルを持っているのか教えて頂いてもよろしいでしょうか」
「構いませんよ。ですが、その前に。このステータスを、他の人達にも教えましょう。みんな、気になっているみたいですよ?」
そう言って、明はそこに集まる人々の顔を見渡した。
みんな、明と軽部の会話を慎重に見守っている。その会話の内容と反応から、事態の深刻さをもうすでに察しているのかその表情はまた緊張で硬くなっていた。
「ですが……」
明の言葉に、軽部はそう言うと悩んでいるかのように彼らの顔と紙片を見比べた。
おそらく、そこに書かれた数値の大きさとその絶望を、このまま素直に伝えても良いのか悩んでいるのだろう。今はまだ落ち着いている彼らだが、この街に迫る脅威の大きさを知ればすぐにパニックへと陥るかもしれない。
(だが、現状を正確に理解してもらうには、このステータスは隠すことが出来ない。アイツは、そこらのモンスターと違う)
と、明がそう考えたその時だ。
再び会議室の扉が開いて、今度は奈緒が姿を現した。
「状況は?」
おそらく、ここに来るまである程度の話を聞いていたのだろう。
集まった人々と、そこから離れて顔を突き合わせて話し合う軽部と明を見て、奈緒は静かにそう切り出した。
「まだ、何も。ひとまずコレが、その件のモンスターのステータスです」
そう言うと、明は軽部が手に持つ紙片へと目を向けた。
「軽部さん。お借りしてもいいですか?」
「どうぞ」
奈緒はお礼を言って軽部からその紙片を受け取ると、その数値へと目を通した。
「――――ッ。一条、これは」
奈緒はそう呟くと、明へとちらりと目を向けた。
その言葉に、明はその数値が間違いないことを示すように、小さく頷きを返した。
そんな明の様子に奈緒は固く唇を引き結ぶと、やがて大きなため息を吐き出した。
「……このことを、他の人には?」
言って、奈緒はその場に集まった人々へと目を向けた。
その言葉に、今度は軽部が首を横に振って答える。
「まだ、何も」
「何も? まさか、言わないつもりですか?」
「ですが、コレを伝えれば皆さんパニックになるのは確かです」
「だからと言って、コレを隠すことは出来ないですよ?」
「奈緒さんの言う通りです。現状を理解してもらうには、正直に伝えたほうが良いと思います。それに、アイツがこの街へと向かって来ている以上、あーだこーだ話し合っている時間はそうそうないですよ」
明と奈緒、二人に言われて逡巡していた軽部も覚悟を決めたのだろう。
「…………そう、ですね。分かりました」
と、そう呟きながらこくりと頷いた。