ギガント
――ギガント。
それはかつて一度だけ、一条明が目にしたことのある巨人の名を冠するモンスターだった。
大きさは、おそらく八十メートル……。いや、もしかすれば百メートル近いのかもしれない。人と猿を掛け合わせた姿をしており、瞳は魔性を宿したかのように深紅に染まっている。
かつて確認したそのステータスは、強化前ではあるがその巨体に相応しくどの数値もぶっ飛んでいて、体力に至っては500を軽く越えていたことを明は今でも鮮明に覚えていた。
――ズゥゥウウウウウウウウウウウンッ、と。
凄まじい振動と共に大地が揺れる。
ギガントがまた一歩、足を踏み出したのだ。
その影響で足元の家屋や背丈の低いビルがあっという間に瓦礫へと変わり、壊されていく。
それはまさしく、世界の終わりを示す一つの光景だった。
ヤツが歩いた後にはかつての日常も、栄えた文明の跡も何もかもが壊され、土塊へと変わって、瓦礫と言う名前の無に帰されていた。
「モンスターは!?」
あまりにも衝撃的なその光景に明が我を忘れて固まっていると、そんな言葉と共に遅れていた彩夏が屋上へと飛び出してきた。
「――――――ッ」
そしてすぐに、彩夏は一点を見つめて固まる明を見つけたのだろう。
ハッとした表情で彼女は明と同じ方向へと目を向けると、悲鳴にも似た息を短く漏らして、息を止めた。
「――――――なに、あれ」
彼女が言葉を漏らした。
それは風の音に掻き消されてしまうほど小さく、掠れたもので、傍に居た明も聞き逃してしまうほどか弱い言葉だった。
「ギガント、だ。隣の市にいた、ボスモンスターだよ。この街に攻めてきたんだ」
「そんなの、見れば分かる!! あたしが言ってるのは、何であんなヤツがいるのかってことよ!」
明の漏らした言葉が気に入らなかったのだろう。彩夏は、声を荒げると明へと詰め寄りその胸倉を掴み上げた。
「なんなの、アレ。何なのよアイツ!! アンタ、この世界を繰り返してるんでしょ!? 何もかも知ってるんでしょ!! なんで、あんなヤツがここに来てんのよ!!」
「ッ、俺だって……。俺だって、分かんねぇことはある! 確かに俺はこの世界を繰り返してるけど、何もかも知ってるわけじゃねぇんだよ!! 前にも言っただろ、今の状況は初回――まだ、俺が繰り返してねぇ未知の時間なんだよ!! この時間にアイツが攻めてくるなんて、俺だって知らなかったんだ!!」
その言葉に、彩夏の目がハッと大きく見開かれた。
ゆっくりと胸倉を掴むその手が離され、藻掻くように宙を彷徨い、彼女の手はやがて緩やかにダラリと下がった。
「…………ごめん」
ぽつりと、彩夏は言った。
どうやら、明に怒鳴られ多少の冷静さを取り戻したようだ。
そんな彼女に向けて、明は大きなため息を吐き出しガリガリと頭の後ろを掻くと、落ち着いた口調でゆっくりと語り掛けた。
「…………とにかく、落ち着け。混乱するのは分かるけど、ここで言い争うだけ時間の無駄だ。とにかく今は、これからどうするのか考えないと」
「どうするって、どうすんの? あんな化け物相手に……」
「それを、今考えてるんだよ」
明は再び息を吐き出し、眉間に刻まれた皺を揉むように片手を眉根へと押し当てた。
思考の混乱はまだ続いている。
これからどうするべきか、何が出来るのか。一度この情報を持ちかえるために死ぬべきか、死なざるべきか。戦うべきか、逃げるべきか。
次々と目まぐるしく切り替わる思考は止まらない。
今、この場で出来る最善を見つけようと明は必死に考え続ける。
(アイツがこの街に来たのは、おそらく、ウェアウルフがこの街に来た時と同じだ。ミノタウロスが死んだことでこの街――いや、〝ライラ森林〟というこのダンジョンは、ボスが不在のフリー地帯となった。そこを、自分のものにしようと侵略してきたに違いない。ということは、いずれにしてもアイツはこの街に来ることが決まっているということになる。……となると、俺たちに取れる選択肢は限られてくるな)
迎撃か、逃走か。
今、ここで取れる選択はその二つだけだろう。
(……くっそ、悠長にしすぎた! 他の街のボスが、ボス不在の場所に攻めてくることを完全に忘れていた!! 死に戻り先が固定化されたことを良いことに、次にモンスターの強化が起きるならどのあたりかと、出来るだけ今回は生き延びるつもりだったけど……。それさえも満足に出来ねぇのかよ!!)
明は、心の中で激しく舌打ちを打つとまたガリガリと頭の後ろを掻き毟る。
(ウェアウルフの時は死に戻って、こっちから攻め入った。今回もそうするべきか? ……そもそも、今のアイツはレベルがいくつだ? 一度死に戻っただけで今の俺が勝てるのか?)
ひとまず、解析で探ろう。
そう決めると、明は遠くに見えるギガントに向けて解析を発動させた。
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ギガント Lv112
体力:900
筋力:680
耐久:780
速度:192
魔力:80
幸運:70
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個体情報
・ダンジョン:巨人の台地に出現する、巨人種亜人系のボスモンスター
・体内魔素率:27%
・体内における魔素結晶あり。筋肉、骨に軽度の結晶化
・体外における魔素結晶あり。体表に点在する軽度の結晶化
・身体状況:正常
――――――――――――――――――
所持スキル
・再生
・ストレングスアップLv1
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「…………」
覚悟はしていた。
元のステータスも高かったモンスターだ。強化された今、そのステータスはさらにぶっ飛んだものになっているだろうと、そう思っていた。
けれど、そうは思っていてもやはり、改めて目にするとその数値の高さに言葉を失ってしまう。
(今の、俺のステータスが……)
そう心で呟き、明は自分のステータス画面を比較するために呼び出した。
――――――――――――――――――
一条 明 25歳 男 Lv1(68)
体力:95
筋力:195
耐久:164
速度:177
魔力:52【56】
幸運:69
ポイント:17
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固有スキル
・黄泉帰り
システム拡張スキル
・インベントリ
・シナリオ
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スキル
・身体強化Lv3
・解析Lv3(MAX)
・鑑定Lv3(MAX)
・魔力回路Lv1
・魔力回復Lv2
・自動再生Lv2
・剛力Lv1
・疾走Lv1
・第六感Lv1
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ダメージボーナス
・ゴブリン種族 +3%
・狼種族 +10%
・植物系モンスター +3%
・虫系モンスター +3%
・獣系モンスター +5%
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(速度はいつものように『疾走』で補うとして……。まずはアイツの耐久をどうするかだな)
現状、明の出せる最高火力値は『剛力』の発動によって745だ。そこに、『猛牛の手斧』による攻撃力70が追加されることによってようやく、ギガントの耐久を越えられることになる。
(ポイントを全部、筋力値に注ぎ込んだとして……俺の筋力値は『剛力』ありで796か。武器の攻撃力ってやつがどういう扱いになっているのか分からないけど、たぶん、攻撃力がそのまま筋力値に追加されるっていう考えで間違いないはずだ。だとすれば、俺が出せる最高火力は866、だな)
現時点で、ギガントの耐久は780。
計算上では、今あるポイントを全部つぎ込めばギガントには確実にダメージを与えられることになる。
(でも、それは俺の魔力が全快していた場合だ。今の魔力量で出せる最高火力は……826。それでも、どうにかダメージは与えられそう……。となれば、あとの問題はあの体力だな。あれだけ馬鹿高いとなると、多少のダメージを与えたところですぐに死ぬことはない。確実に、戦闘は長引くだろうな)
戦闘が長引けば長引くだけ、『剛力』と『疾走』を再発動する回数が増えていく。
剛力や疾走は、魔力を消費することで発動するいわばステータス補正スキルだ。
一度目よりも二度目、二度目よりも三度目と、短時間でスキルを発動していけばいくほどその効果は落ちていく。それはつまり、明が『疾走』と『剛力』、二つのスキルを発動しながらギガントとまともにダメージを与えながら戦うことの出来る制限時間に他ならなかった。
(…………だいたい三分、か)
明は、消費されていく魔力とそれによって減っていく自身の火力を頭の中で計算した。
三分。
たったそれだけの時間で、あのモンスターを倒すことは出来るだろうか?
(無理、だな。アイツの体力が高すぎる。ウェアウルフでさえ苦戦したんだ。今の俺が戦えば、三分は確実に超える。それに)
ちらり、と。明はギガントの所持スキルへと目を向けた。
(『再生』というスキルだ。これって、絶対に傷を治療するスキルだよな……)
どう足搔いても勝ち目がない。
このモンスターは、今の一条明が挑んだところでどうすることも出来ないモンスターだ。
明のステータスを久しぶりに表示させた気がします……。