襲来
「そんなわけだから、あたしのポイントは常にカツカツなわけ」
そう言って彩夏は会話の矛先を変えると、止めていた足を再び動かし始めた。
それを見て、明も止めていた歩みを再開させて彩夏の隣へと並ぶ。
「それじゃあ、製作スキルを取得するのは諦めるしかないだろ。もっと、あとで余裕が出来た時に取得するとかさ」
「いや、一つぐらいならどうにか取得は出来そうなんだよね。問題は、素材の調達だけなんだけど……。っ、そうだ! ねえ、柏葉さんに頼めば素材だけ分けてくれたりしない? 製作スキルと解体スキル、二つ同時に取得する余裕はないけど、製作スキルだけならどうにかなりそうだし、素材を分けてくれるならあたしにも製作出来そうじゃん?」
「そりゃ、あの人のことだから頼めば分けるだろうけど……。だとしても毎回、自分が製作したい時に必要な素材を貰うのか?」
素材を集めるにはモンスターを相手にしなければならない以上、手間も命も掛かっている。誰かが集めた素材を、自分が武器や防具を製作するためだけに貰い受けるのは、なかなか難しいことだろう。
「んー、それはちょっと申し訳ないね。…………だったらさ、あたしが素材を渡して製作してもらうのはどう?」
彩夏も、明と同じことを考えたようだ。少しだけ考え込むと、今度は別のプランを口にした。
「まあ、現実的に考えればそれが一番良さそうだけど……。今回、武器と防具のことが分かった以上、今後は製作スキル持ちの需要はかなり上がるはずだ。今までの様子を見た感じ、製作スキルを使う際に何らかのデメリットがあるようには見えなかったけど、もしも今後、それが明らかになった時が問題になる。そうなると、自分で素材を集める以上に何らかの対価を支払う必要が出てくるだろうな」
「お金でも払えって言うの?」
「こんな世界で、金を貰ったところで何の意味があるんだよ……」
モンスターが現れ、経済そのものが破綻したことで使い道のない貨幣の一気にその価値を無くし、今となっては食料や水といった生きるために必要な物が一気にその価値を上げている。
対価として何かを渡すのならば、今ならば食料や水といった品物が喜ばれるはずだ。
「柏葉さんが今、武器と防具を創ってくれてるのは俺や奈緒さんが柏葉さんのレベル上げを手伝っているからだし、柏葉さん自身では仕留めきれないモンスターを代わりに仕留めているからだ。そのうち、柏葉さんが自給自足できるようになれば、柏葉さんに何かしらの対価を渡してお願いすることになるだろうな」
「何かって、何?」
「妥当なところで、今だったら食料とか水かな。そのあたりは、柏葉さんとも相談することになると思うけど」
と、明がそう口にしたその瞬間だった。
――ズゥゥウウンッ、と。
どこか遠くで生じた衝撃が地面を伝わって来たかのように、小さな横揺れが建物全体を襲ったのを感じた。
「なに? 地震?」
と彩夏が周囲を見渡して呟く。
「みたいだな」
と、明も同じように周囲を見渡しながら言った。
明達と同じように、揺れを感じた人がいたのだろう。廊下の先に続く病室から、ちらほらと人が出てきては互いに会話をしている。モンスターの出現とはまた違う自然現象に、彼らが不安を抱いているのは見て明らかだった。
「規模が小さくて良かった。これで、デカい地震なんかきたらとんでもないことになる」
「やめてよ。それ、フラグにしか聞こえな――――」
――ズゥゥウウンッ。
明の言葉に、眉を顰めた彩夏の言葉はその振動と共に途切れた。
二度目の揺れは、先ほどよりも僅かに大きい。
それを、確かに肌身で感じたのだろう。彩夏の顔が僅かに強張った。
「……ちょっと」
それから、まるでお前が変なことを口にしたからだと言わんばかりに、彼女はジロリとした視線を明へと向けた。
「俺は関係ないだろ」
「いや、そうだけど。でも、オッサンが言うと洒落に聞こえないって」
おそらく、彩夏は明が『黄泉帰り』によってある程度の未来を知っていることを言っているのだろう。
そう思った明は、首を横に振って彩夏の言葉に答えた。
「さすがの俺も、これは知らないよ。……それよりも、本当にデカい地震が来たら大変だし奈緒さん達と集まったほうが」
良さそうだ。
そう、明が口にしようとしたその言葉は、再び訪れた三度目の揺れに阻まれた。
――ズゥゥウウウウンッ。
三度襲ったその揺れは、二度目の時よりもさらにまた大きかった。
揺れの間隔もほぼ一定で、少しずつではあるが建物全体を揺らす衝撃も大きくなっている。
(何だ、これ。ただの地震じゃない)
一度ならば、ただの地震だと言い切れた。
二度続けば、何かの予兆かもしれないと考えられた。
けれど、三度続けばそれはもう、明らかな異常だ。
(これじゃあまるで、何かデカいヤツが近づいてきてるような――――)
――ズゥゥウウウウウンッ。
四度目。
徐々に、徐々に。
少しずつ大きくなるその揺れに、彩夏もまた異常を感じたのだろう。
「ね、ねえ……。これって……。何か、近づいてきてない?」
「だとして、そんなデカいヤツこの街のどこに居るんだ――――」
――――いや、そうじゃない。
思い出せ。知っているはずだ。
身動き一つで地面を揺らすほど、身体の大きなモンスターがこの世界には存在していることを!!
そして、ソイツがもしもボスだとしたら。
ボスが不在となった街を、残ったボス達がどうするのかなんてもう、知っているじゃないか!!
「―――――まさ、か」
まさか、まさかまさか!
「花柳!! お前、前に屋上に出たことがあっただろ! それ、どこから行ける!?」
「は、はぁ!? 何よ急に」
「いいから!! 早く!」
声を荒げて迫る明に、彩夏は何かを察したのだろう。
ごくり、と喉を鳴らすように唾を飲み込むと、視線を鋭くして踵を返した。
「こっち」
言って、彩夏は走り出す。
その後ろを明もまた追いかけるようにして走り出した。
屋上へと向かう間、揺れは一定間隔で常に続いていた。
廊下を駆け抜ける間も、階段を駆け上がる間も、少しずつ大きくなるその揺れにざわざわとした不安が胸の内を焦がしていく。
「この先!!」
やがて、廊下の曲がり角を折れた先にある階段を指さして彩夏が叫んだ。
「オッサン、先に行ってて! あたしの案内も、もういらないでしょ!! アンタ一人のほうが、断然早いし!!」
「ありがとう!」
お礼を口に出して、明は両足へと力を込めた。
ダンッと激しい音と共に床を蹴って飛び出した明は、彩夏を置き去りにしてあっという間に階段を駆け上る。
すぐに、屋上の扉は見えてきた。
鉄製の扉だ。普段はあまり使われないのか、僅かな錆が扉の端には浮かんでいた。
「っ」
取手を掴み、明は押し開く。
僅かな軋みと共に開かれるその隙間に身体を滑り込ませて、胸の内に広がる不安に背中を押されるように明は屋上へと飛び出すと、すぐさま周囲を見渡した。
東側。異常はない。
西側。異常なし
北側、南側も共にパッと見た限りでは異常が見られない。
(何も、いない? 馬鹿な、そんなことあるはずが――――)
――ズゥゥウウウウウウウウウウウンッ!。
もはや何度目になるか分からない揺れが襲った。
その揺れに、明はハッとして振り返る。
「――――――ッ」
そして、ようやく。
明はそのモンスターの姿を目に入れた。
まるで今の明達を嗤うように、弓のように欠けた月が照らすその真下。夜闇に沈んだ、壊れた家屋やビルの影の中から這い出るように、はるか遠いその場所から一直線にこちらへと向かってくるその姿を。
「…………ギガント」
ぽつり、と。
明はそのモンスターの名前を呟いた。
ギガント。
それは、かつて一条明が一度だけ目にしたことのある巨人の名を冠するモンスターの名前だった。