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素材と修復

 


 病院へと戻り、明達は製作した武器や防具を軽部たちへと手渡すと、夕食をとるために食堂へと向かった。


 時刻は午後七時すぎ。


 世界中にモンスターが現れて、ありとあらゆるインフラが壊滅したあの日から、細々と節約をしながらも稼働を続けていた院内の非常電源は、日中に貯蓄していた燃料が底をついて停止したようだ。残す非常電源は太陽光発電によって蓄電されたものだけとなり、これまで以上に夜間は節電を心がける必要が出てきた。


 その影響もあって、昨日よりもさらに濃くなった暗闇を恐れるかのように、誰もがみな自然と口を慎むようになっていて、時折聞こえてくる会話はボソボソとした非常に小さな囁き声だけだった。

 そんな人々の姿をぼんやりと眺めながら食事をとっていると、早々に食べ終えて席を立っていた奈緒が数センチほどの短さに切られた小さな蝋燭と小皿を手に戻ってくる。


「それは?」

「向こうで貰った。誰かが持ち込んでいた蝋燭を細かく切り分けて、みんなに配ってるみたいだ。さすがに全員分はないから、数人で一つずつらしい。……それで、これが私たちの分」

「なるほど。貰えるだけ、ありがたい話ですね」

「そうだな。……とはいえ、私は自分で灯りを創り出すことが出来るから必要ない」


 奈緒は『トーチライト』という魔法を使える。

 トーチライトは、宙に浮かぶ光球を創り出す魔法だ。それを使えば、灯りは自分で生み出せる。魔法を使いすぎれば奈緒自身の体調に影響が及ぶはずだが、トーチライト自体に攻撃性能がないからショックアローほど身体に負担がないのだろうか。


「一条、お前が持っておくか?」


 と、そう問われたその言葉に、明は首を横に振った。



「いや、俺も今のところは大丈夫ですね。花柳と柏葉さんは?」

「あたしもいい。薄暗いけど、見えないほどじゃないし」

「……だったら、私が貰ってもいいですか? 私の部屋、モンスターの素材があるので転びやすいので」


 そんなやりとりの結果、小さな蝋燭は柏葉の手に渡った。

 そうして、全員の食事が終わり明日の打ち合わせをして解散の流れになった頃。ふいに明が思い出したように声をあげた。


「柏葉さん。そういえば、昨日言っていた武器の修理。このあとお願いできますか?」

「このあとですか? 大丈夫ですよ」


 と柏葉は快く頷いた。


「へー、なんか面白そうじゃん。あたしも付いて行っていい?」


 明達の会話を聞いていた彩夏が、同行を申し出てきた。


「構わないよ」


 と、明はその言葉に頷きを返して、夕食の後に柏葉の部屋を訪れることになる。

 一応、奈緒にも声を掛けてみたがそれは断られた。

 どうやら、部屋に戻ってやることがあるらしい。


(最近、魔法の使い方を悩んでたみたいだしそれ関係のことか?)


 悩みに乗ってあげたいところだが、残念ながら魔法のことはてんで分からない。

 何かあれば、奈緒の方から話してくれるだろう。

 そう思った明は深くは追及せず、奈緒と別れて自室へと戻った。

 壊れた手斧を手にして、部屋の前で待っていた彩夏と合流する。それから、二人で柏葉の部屋――もとい柏葉に宛がわれていた病室を訪れた。




「柏葉さん」



 明はノックの音と共に声をかける。

 すると、わずかな沈黙の後にゆっくりと扉が開かれ、小さな蝋燭の炎に顔を照らされた柏葉が出てきた。



「お待ちしてました。これが、その武器ですか?」

「ええ。猛牛の手斧、という名前の武器です。見ての通り、刃が完全に砕かれてますけど……直りますか?」

「そうですね。正直、想像していたよりもかなり損傷が激しいので、完全に元通りというわけにはいきませんけど……。たぶん、大丈夫です」


 柏葉は壊れた武器へと視線を見つめながらそう言うと、何かを考えるような表情となって扉の中へと消えてしまった。

 しばらく待っていると、再び扉が開いて不思議そうな表情となった柏葉が扉から顔を出してくる。


「どうしました? 入っても大丈夫ですよ」

「あ、ああ。お邪魔します」


 呟き、明は促されるままに室内へと足を進めた。



 柏葉の部屋は、以前足を踏み入れた時と同じように壁際や床にズラリとモンスターの素材が並べられていた。

 その中を、柏葉は慣れた様子で進んでいくと床の空いたスペースを指で示してくる。どうやら、そこに持ってきた手斧を置けということらしい。



「何、ここ。なんかの研究室?」


 言われるままにそのスペースに手斧を置いていると、初めて柏葉の部屋へと足を踏み入れたのだろう。彩夏が口元を引きつらせながら言った。



「全部、モンスターの素材ですよ」


 と柏葉が苦笑しながら彩夏の言葉に答える。



「これが、全部? どうみても、心臓とか目玉にしか見えない物まで並んでるんだけど」

「実際、ゴブリンの心臓に目玉だからな」


 と、以前足を踏み入れて部屋の様子を知っていた明がさして驚く様子もなく言った。



「うげぇ……。ねえ、こんなもの部屋の中に置いておいて、臭くならないの?」

「んー、臭くはないですね。腐るものでもないですし」

「腐らないんだ」

「ええ、不思議なことに。あ、でも数はいつの間にか減ってますよ?」

「えっ……、何、それ。こわ……」


 ドン引きした様子で彩夏が言った。

 その言葉に、明はちらりと視線を向けながら言う。


「モンスターの死体が消えるのと、原理は同じなんだろ。消費期限切れみたいなもんだ」

「そんな、食べ物みたいに言われても」


 小さくため息を吐きながら彩夏は呟いた。

 それから心臓や目玉といった内臓系の素材ではなく、毛皮や牙といった素材が並ぶ場所に身の置き場を見つけたのか壁に背中を預けた。


「それで、武器の修理ってどうすんの?」


 彩夏は明と柏葉を見つめながら言う。

 その言葉に、柏葉は一つ頷くと明へとその視線を向けた。



「武器を修復する場合の素材が何になるかって、前に言いましたっけ?」

「いや、聞いてないな」

「そうでしたか……。どうやら、武器の修復には方法が二つあるみたいで、一つはその武器が創られた際に使った素材を用いて修復する方法。そしてもう一つが、武器を素材にして壊れた武器を修復する方法です。武器製作のスキルで創られた武器は、前者の方法で修復出来るみたいですけど、一条さんの斧は違うみたいですね」

「そうだな。この斧、元はミノタウロスが持ってたものだし。そうなると、他の武器を素材にしてこの斧を直すってことになるのか?」

「そうですね」


 と、柏葉は小さくうなずくと拾い上げた素材へと武器製作のスキルを発動させた。



 素材は溶けて蠢くように、やがて武器へとその姿を変える。出来上がったのは猛毒針だ。

 それから、柏葉は何度か武器製作スキルを発動させると、猛毒針を五本ほど創り出した。



「よかった。なんとか、手持ちの素材で足りそうですね」

「……もしかして、その猛毒針すべてを素材に?」

「そうですね。猛毒針を六本、全部を素材にしてこの斧を修復します」



 なるほど、と明はその言葉にうなずいた。

 素材を集めるのは簡単だが、武器製作スキルがないと武器そのものが創れない。コストが高いのか低いのか、なんとも言えないところだ。



「その素材って、別の武器じゃダメなのか? 例えば……、俺が使ってる鉄剣とか」

「素材に出来る武器は、武器製作で創られた武器だけみたいですね。なので、一条さんが使っている鉄剣は無理ですけど、狼牙の短剣も素材には出来ます。……三本ほど必要になりますけど」


 それはおそらく、彼女が武器製作のスキルを通じて得た知識なのだろう。


「狼牙の短剣を三本使うのは、ちょっともったいないですね」

「そうですね。三種類のモンスターの素材が必要な武器よりも、キラービーの素材だけで創ることが出来る猛毒針のほうかなと私も思いまして。今回は、こちらにしました」


 そう言うと柏葉は小さく笑って、それから確認をとるように明を見つめる。



「修復しても大丈夫ですか?」

「お願いします」

「分かりました。では」


 頷き、柏葉は猛毒針を手に持つと壊れた手斧の元へと近づき、その上に猛毒針を重ねた。



「――――武器製作」



 呟かれるその言葉に、猛毒針と手斧が反応する。

 一瞬にしてどろりと溶けた猛毒針と砕かれた手斧の刃は、蠢きながらも再度形成し始めて、やがて真新しい刃が生み出されてその動きを止めた。



「すごい、本当に武器が修理出来ちゃった」


 壁際でその過程を見つめていた彩夏が呟いた。



「ふぅ……。上手く出来ましたね。出来そう、とは思ってても実際にやるのは初めてなので、ドキドキしました」


 と、柏葉が息を吐いて笑った。



「持ってみても?」

「どうぞ」


 柏葉に了承を得て、明は修理された斧を手に持ち眺める。



(……ヒビ割れもなし。刃の部分もちゃんと修復されてる。攻撃力や耐久はどうだ?)



 明は心で呟き、『鑑定』を発動させた。




 ――――――――――――――――――

 猛牛の手斧

 ・装備推奨 ―― 筋力値80以上

 ――――――――――――――――――

 ・魔素含有量:3%

 ・追加された特殊効果:弱毒

 ――――――――――――――――――

 ・攻撃力+70

 ・耐久値:30

 ・ダメージボーナスの発生:なし

 ――――――――――――――――――




(……ん?)


 ふと、その画面に違和感を覚えた。

 ジッと、明は眼前に表示されるその画面を食い入るように見つめて、その違和感の正体に気が付きハッとする。



(――――特殊効果が付いてる。弱毒? こんな効果、前にはなかったはずだ)


 それに、生じた変化はそれだけじゃない。



(……攻撃力も、前より低くなってる? いや、それだけじゃない。耐久も落ちてるな)


 以前の攻撃力は75。耐久は37だったはずだ。



(名前のあとにあった、〝不完全〟の表記も消えた。……ってことは、前の斧とは別物、って考えた方がいいのか?)


 修復、というよりも素材を元にまた同じ武器を創り直した、というところだろうか。



「どうですか?」



 ジッと、斧を見つめていた明が気になったのだろう。

 柏葉がおずおずと言った様子で聞いてきた。

 その言葉に、明は画面を消すと柏葉へと向き直る。



「武器自体はまた使えるようになってました。ただ……」

「ただ?」

「元の武器へと修復した、というよりは武器製作によって、また新たに創り直されたみたいですね」

「どういうこと? 見た目は同じそうだけど」


 明の言葉に、彩夏が不思議そうに首を傾げた。

 明は、二人に向けて鑑定で分かったことを伝える。

 すると、たちまちにして柏葉の瞳が大きくなり、慌てたように彼女は頭を下げた。


「す、すみません! まさか、そんなことになるとは思ってなくて!」

「いや、柏葉さんが謝ることじゃないですよ。武器の修理で、こうなるなんて誰も想像できないでしょうし。……それに、コレは上手く使えれば今後、かなり戦闘で使えるものになりますよ」

「どういう、ことですか?」

「俺の武器に、弱毒の効果が付いたのはおそらく、素材の影響が大きいはずです」


 斧の修理に使った武器素材は、すべて猛毒針だ。

 結果として、出来上がった武器に弱毒の効果が付いていたのは、その素材による影響が大きいと考えるのが妥当だろう。



「なるほど、素材が変われば同じ武器でも違う効果を付けられる。戦闘の幅を広げることが出来るってことか」



 明の言いたいことを察したのだろう。

 呟かれる彩夏の言葉に、明は頷いた。



「そう。だから、戦闘中に使い難かった猛毒針を素材に、戦闘で刃の欠けた狼牙の短剣を創り直していけば」

「毒の効果を与えられる、短剣ができる?」


 ぽつりと、柏葉は言った。



「はい。そして、それが出来れば俺たちはもっと、強くなることが出来る」


 思わず、明の口元から笑みがこぼれた。



 製作スキルによって出来た武器や防具で戦略の幅が広がる。

 その幅が、この世界で生き残る術に繋がる。

 ただ闇雲に足掻くのではない。少しずつ、少しずつ前に進んでいる。

 その実感を、この時の明は確かに胸に感じていた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 忙しいみたいですが、無理のない範囲で頑張ってください 楽しみに待ってます! [一言] 『この時の明は』 あっ……
[一言] 反撃開始だ!
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