死にたくないよ
武器と防具の調達は順調に進んだ。
レベル上げと、モンスターの群れを相手に立ち回る練習の合間に奈緒や明が素材となるモンスターを始末して、柏葉に解体と製作をお願いする。
そうしている間に明は、彩夏へと戦い方のアドバイスを行い実践してもらうことにした。
彩夏は、『神聖術』という固有スキルを持っているがその戦闘方法は至って単純で、明と同じくひたすら近接戦を仕掛ける方法だった。
『聖楯』や、『沈黙』などといったスキルを用いれば、他にも様々な戦闘方法を用いることが出来るだろうが、そこは生来の性格が原因なのだろう。「ちまちました攻撃は性に合わない」と言わんばかりにモンスターの元へと突っ込んで、明から借りた豚頭鬼の鉄剣を力任せに振り回していた。
(コイツ……。ゲームで言うところの、殴りヒーラーかよ)
と彩夏の戦い方を改めて目にした明は、心の中でため息をつく。
(後方支援……は、ガラじゃないって言いそうだしなあ。だったら、少しでも攻撃を受けないように立ち回るのが無難か)
あとは集団戦に慣れることが目標である柏葉とは違って、彩夏の課題はモンスターの攻撃を捌く技術だろう。
そう思った明は、彩夏には街に出現したモンスターの中でも、ひと際手数の多いモンスター――カニバルプラントの相手をしてもらうことにした。
そうして、武器の調達とレベル上げ、戦闘経験といったそれぞれの課題をこなしていると、あっという間に日が暮れてくる。
「そろそろ、切り上げましょうか」
明は、柏葉の創り出した『狼牙の短剣』と『毛皮の外套』を手に持つと三人へと声をかけた。出来上がった武器と防具は、全部で九セット。その内の一セットは、彩夏が欲しがったのでそのまま渡すことにした。軽部の考えていた班人数の最大数には足りないが、これでも十分だろう。
短剣や外套をみんなで分けながら手に持ち、病院へと帰路に着く。
「そう言えば、そろそろでしょ? 反転率が4%になるの」
その道中、ふいに彩夏が宙を見つめながら呟いた。
奈緒と柏葉は、明と彩夏の先を歩いている。
ミノタウロスを倒し、一時的に気を失っていた明が目覚めるまでの間に知り合った二人だ。柏葉も、明や彩夏に比べれば話しやすいのだろう。二人は小さく雑談を交わしながらもときおり笑い合っていた。
だから必然的に、彩夏が溢したその言葉は明へと向けられた言葉なのだとすぐに分かった。
「2%とか3%の時は何もなかったけど、4%はさすがに何か起こるかな?」
「どうだろうな。そればかりは、俺にも分からない」
明は彩夏の言葉に静かに言った。
「五日目を迎えたのは、俺も初めてだからな。正直、これから何が起こるのかも分からないんだ」
「オッサンにも? ってことは、もしかしたらモンスターの強化が起きるかもしれないってこと?」
「そうとも言えるな」
「もしさ、モンスターがまた強化されたら、オッサンはどうするわけ?」
彩夏はそう言うと、興味深そうに明の顔を覗き込んだ。
「どうするって、どういう意味だ?」
と、明は彩夏へと視線を向けながらその言葉に問いかけを重ねる。
「いや、ほらさ。オッサンは、死ねば過去に戻るわけでしょ? モンスターが強化されて、オッサンにもどうしようもなくなったら、オッサンは死ぬの?」
それは、純粋な興味からくる言葉だったのだろう。
明はその言葉に小さく眉を動かすと、やがて彩夏から視線を外した。
「…………さあ、どうだろうな。でも、どうしようもなくなったら、そうするかもしれない」
「ふーん……。そっか」
明の言葉が、想像通りのものだったのだろうか。
彩夏は、淡白なその返事を呟く。
「ねえ、少し気になったんだけど」
「なんだ」
「オッサンが死んだあとってさ。あたしたち、どうなるわけ?」
「どうなるって?」
「オッサンが死んだ後も、この世界は続いてるわけじゃん。そこに残ったあたし達はどうなるの? 消えるの?」
その言葉に、明は思わず口を噤んだ。
これまで、幾度となく生死を繰り返してきた。奈緒が死んだその世界を許せず、否定するために自死を選んだこともあった。
けれど、自分が死んだ後に残されたその世界がその後にどうなったのかなんて、これまで一度たりとも考えたこともなかった。
だって、目を覚ませば一条明にとっての世界は、まだ続いているから。
まるで夢だったかのように、その出来事が無かったことになっているから。
以前の世界がその後にどうなったのかなんて、考える余裕さえもなかった。
「あたしはさ」
と、彩夏は独り言を呟くように言葉を続けた。
「ダチが目の前で死んだのを見て、死にたくないなって本当にそう思ったんだ。でも、モンスターはユッカ達の仇だし、許せないし。なんか、矛盾してるなって自分でも思うんだけど、死にたくないなって思いながら、モンスターと戦ってる。…………だから、もしも仮にモンスターが強化されたとして、それがどうしようも出来ないからってオッサンがあたし達を見捨てていくなら。……悪いけど、あたしはオッサンを止めるよ? だってさ、なんか卑怯じゃん。一人だけ、その世界から逃げることが出来るなんてさ。あたしだって、死にたくないよ」
彩夏はそう言うと、ジッと明の顔を見つめた。