五日目
次の日のことだ。
打ち合わせ通りにエントランスホールへと向かうと、そこはいつも以上に人で溢れていて、ごった返していた。
その中で、せわしなく動きながら次々と指示を飛ばす人を見つける。軽部だ。
いったい何事かと、明が呆気に取られてその様子を見ていると軽部もこちらに気が付いた。
「一条さん」
と、軽部は軽く手をあげると傍に居た部下に何かの指示を飛ばして、こちらへと歩いて来る。
「軽部さん。どうしたんですか? この人の数」
「昨日、一条さんが皆さんに言ってくれたでしょう? みんな、それに感化されたんですよ。これまで、モンスターと戦うことに消極的だった人も、自分にも何か出来るかもとそう思ってくれたんです」
「……それじゃあ、この人達は」
「解体、武器製作、防具製作、そして調合。そのスキルを獲得するのに必要な、ポイントを溜めるためにレベル上げをしようとしている人達ですね」
そう言って、軽部は集まった人達を見渡した。
「とは言っても、一人一人のレベルやステータスは低いので、自分たちでレベルを上げることは出来ません。……そこで、いくつかの班に分かれていただき、我々自衛隊が彼らのサポートをすることにしました」
「自衛隊が?」
明は、そう呟くとホールで動き回る自衛隊の人達へと目を向けた。
モンスターが現れてから数日。人々を守るために絶えず奮闘してきた自衛隊はモンスターとの戦いの度にその数を減らして、今や十人ほどしかいない。
本来であれば三日目の未明に起きるブラックウルフの襲撃によってその数をさらに減らしていたが、そのイベントはもう明の手によって未然に防がれている。
ここに集まった自衛官の平均レベルは18ほど。
その中には、いつしかの人生で奈緒が言っていた『鑑定』を持つ人や『解析』を持つ人もいて、あの時に比べればまだ、彼らの顔にも生気が満ちているように見えた。
「だいたい、三人から五人ぐらいに別れていただき、それを我々自衛隊が五人でサポートしてレベル上げを行う予定です。討伐するモンスターはゴブリンのみで、取得したポイントが5つになった者から順に戻っていただきます」
「……なるほど」
明や奈緒のように、ステータスが伸びていればモンスターを運びトドメを刺すだけのパワーレベリング方式も取れるだろうが、今の自衛隊にはそれを行うだけの余裕がない。そこで、どうにか出来ないものかと考えたのが今の方法なのだろう。
「…………」
じっと、明は考え込む。
彼らが取った方法は、効率だけで考えれば決して良くはない。
しかし、だからと言って。柏葉に行ったようなパワーレベリングを行おうにも、この場に集まった人数は軽く二十を超える。全員へと順にパワーレベリングを行うことも可能だが、それを行うには時間が掛かりすぎるだろう。
(と、なるとやっぱり、自衛隊の人達に手を借りるのが一番か。とはいえ彼らも十分に強いとは言えないし……。そこは何かしら手伝ったほうがいいよな)
何か、いい方法は無いだろうか。
そんなことを考えて、明は軽部と別れると隅の方で奈緒たちのことを待ち続けた。
しばらくすると、奈緒たちがやって来た。
奈緒たちは、明と同じように人であふれるエントランスホールに驚いていた。
そんな奈緒たちに向けて、明は軽部に聞いたことを伝える。同時に、それまで考えていたことを奈緒たちへと伝えて、何か良い方法はないかと問いかけた。
「なるほど。……私としては、一条が言うようにここに集まった人達のレベル上げの手伝いは自衛隊の人達に任せてもいいと思う。ただ、そうなるとやっぱり、問題は自衛隊の人達だな。まともに戦えない人を複数人連れて、レベル上げを手伝うのはリスクも負担も大きい。モンスターの群れや、狼達に襲われでもしたら逃げきれないだろ」
「ええ。そこは、俺も心配してます。なので、まずは自衛隊の人達をパワーレベリングすることを考えましたが、それも時間が掛かりそうなんですよね」
「まあ、そうだな。集まった人達ほどでなくても、自衛隊の人達も十人はいる。全員をパワーレベリングしようと思えば、数日は確実に掛かるぞ」
「……あの、でしたら自衛隊の人達に武器と防具を配るのはどうでしょう? 私たちは私たちで素材のモンスターを倒して、武器と防具を創り、それを自衛隊の人達に配れば少なくともサポートはしやすくなると思います」
「でも、それだと外に出てる時間が変わらないわけでしょ? 結局のところ、モンスターに襲われた時が危ないって話なんだし、武器や防具を渡すなら自衛隊の人達よりも、レベ上げしようとしている人達に渡したほうが、サッサとモンスターを倒せて安全なんじゃない?」
柏葉の言葉に、彩夏が反論をするようにそう言った。
「そうだな」
と、明は呟いた。
柏葉の言うことも、彩夏の言うことも、どちらも一理ある。
柏葉さんが提案したように、自衛隊を強化すれば、確かにモンスターとの戦闘に慣れない人達をサポートしやすくもなるだろう。一方で、彩夏の言うようにレベル上げを行う人達の地力を装備で上げて、一撃の威力さえ大きくなればそれだけモンスターとの戦闘時間も減る。そうなれば外に出て危険に晒される時間も減ることに繋がり、より生存率を高めることも出来るだろう。
「んー…………」
しばらくの間、明は唸り考え込んだ。
そしてぽつり、と。導き出した結論を呟く。
「両方に、渡すか。軽部さんは、少数の班を作ってレベル上げを行うって言ってた。全員分を用意することはさすがに難しいけど、少なくとも一つの班だけに与える分なら今日一日でどうにか出来るかもしれない」
「うん、いいんじゃないか?」
奈緒は明の言葉に同意するように頷いた。
「私も、大丈夫です」
「あたしは別に、どっちでもいい」
と、それぞれの返事を確認して、明はそのことを軽部へと伝える。
軽部は明の提案を聞いて、驚くと共に深い感謝を示してきた。
「申し訳ございません……。一条さんには頼りっぱなしで」
「構いませんよ。俺も、軽部さんには助けられてますから」
そう言って明は小さく笑う。
「でしたら、装備が整うまでは下手に動かない方が良さそうですね。今日は、皆さんにはモンスターとの戦闘を想定して、動き方を教えようと思います」
「分かりました」
明は軽部へと頭を下げると、彼女たちの元へと戻った。
「よし、それじゃあ行こうか」
呟き、明達は外へと歩き出す。
そうして、モンスターが現れた世界で初めて迎える、一条明にとっての五日目が始まったのだった。