一人一人が出来ること
「はぁはぁはぁはぁ、っ……、私の、かち……です」
軽く息を乱した柏葉が、静かに告げた。
「……………」
誰も、何も言わなかった。
いや、言葉を忘れているようだった。
明は勝負が付いたことを確認すると、わざとらしく咳払いをする。
すると、その咳払いにハッと気を取り戻した自衛官が高らかに柏葉の名前を叫んだ。
「何、今のあの動き」
ぽつりと、彩夏が言葉を漏らした。
「あの人、モンスターとまともに戦ったことがないって…………。誰だよ、そんな嘘、言ったヤツ……」
「その話は嘘じゃない。実際、柏葉さんは今日の昼間まで、まったくモンスターと戦ったことが無かったから」
「嘘、嘘でしょ!? ありえないって!! 明らかに戦い慣れてるヤツの動きじゃん!!」
彩夏は明へと向き直ると問い詰めるようにして声を荒げた。
その勢いに、明は身体を僅かに引きながらも言葉を返す。
「だから、嘘じゃないって」
「だったら、なんであんなに――――」
「柏葉さんは、目が良いんだ」
そう言って、明と彩夏の間に割って入って来たのは奈緒だった。
奈緒は、彩夏の身体を引き剥がすように二人の距離を空けると、ジロリとした視線を彩夏に向けながら言葉を続ける。
「加えて、身体の使い方が上手い。頭の中のイメージを、しっかりと身体に伝えることが出来ている。柏葉さんが今見せた動きは、今日一日であの人が一条から学び、吸収したものだ」
その言葉に、彩夏は真偽を問いかけるように明へと視線を向けた。
明は小さく頷きながら、奈緒の言葉を引き継ぐ。
「奈緒さんの言う通りだ。俺が実際に動きを見せて、彼女がそれを練習して実践した。もちろん、それをモンスター相手に出来なきゃ意味がないからゴブリンを相手に繰り返し行った。ただ、それだけだ」
元々、柏葉は戦闘に関するセンスが高かったようだ。
それを今まで十分に活かすことが出来なかったのは、彼女のメンタルに起因するところが大きい。恐怖を理性で押さえることが出来さえすれば、彼女はすぐにモンスターとも戦うことが出来るようになっていた。
「それだけって……。でも、ただそれだけじゃ、相手の武器を壊せたりはしないでしょ」
「ああ、それは――――」
と、明が口にしたその時だ。
「その秘密、ぜひとも私も聞きたいものですね」
そう言って、会話に混じって来たのは、模擬戦を終えたばかりの軽部だった。
「柏葉さんがここまで動けるようになっていたことに驚いたのもそうですが、まさか、ナイフを折られるとは思いませんでした。あれは一体、何をしたんですか?」
「特には何もしていませんよ。そうでしょう?」
言って、明は軽部の背後に立つ柏葉へと話を振る。
柏葉は、明の言葉に小さく頷いた。
「はい。ただ、私は短剣を突き出しただけなので、特には何も」
「でしたら、どうしてナイフが? 仮にも自衛隊へと配給されてる装備です。そこまで柔なものじゃないと思いますが」
軽部は眉間に皺を小さく刻むと、折れたナイフを見つめて言った。
その言葉に明は頷き、途切れていた言葉の続きを告げる。
「会議の場で、武器ごとに耐久と攻撃力があるのを話したのを覚えていますか? 今、彼女が手にしているのは、ただの短剣じゃありません。モンスターの素材で出来た、『狼牙の短剣』というものです。攻撃力は30、耐久は35。軽部さんの持つナイフの攻撃力が1で、耐久が2であることを考えれば、その短剣がどれだけすごい物なのかが分かるかと思います」
その言葉に、軽部が唸りを上げた。
「それが本当なら、凄い武器ですね。いったい、どこから見つけてきたものですか?」
「見つけたのではなく、彼女が自分で作ったんですよ」
「作った?」
「ええ、武器製作のスキルで作ったんです。…………ちょうどいい、そのあたりのことも含めて、少しだけみなさんに言いたいことがあります」
そう言うと、明は周囲の野次馬を見渡してその全員へと声が行き届くように声を張り上げた。
「彼女が持つ短剣は、彼女が自分で創り出したものだ。武器製作――ポイント5つで取得できるそのスキルさえあれば、誰だってこの短剣を創ることが出来る。彼女が創ったのはこれだけじゃない! 俺たちが着ているこの外套も、彼女に創ってもらった。この外套の耐久は30だ。つまり、これを身に付けてるだけで、ステータスの耐久値に+30されていると思ってもらえれば分かりやすいはずだ! そしてこれは、斬撃軽減の効果も付いている。これが、どれだけすごいものなのか分かるだろ?」
その問いかけに、野次馬達一人ひとりが小さく頷いた。
ステータスが生死に直結することは、今はもう誰しもが実感している。
その数値が身に付けたもの一つで変わるのならば、誰もが欲しいと思うだろう。
実際に明がそう告げたその時から、野次馬の視線は柏葉の持つ短剣と外套に集中して注がれていた。
そうした視線の中で、明はまた大きく声を張り上げる。
「どうして、俺が今、この情報をみんなに言ったか分かるか? 人間、誰もが死にたくないのは確かだ。この情報を明らかにすれば、誰だってこの外套と短剣を欲しがるだろ? 過激なヤツがこの中に居れば、それこそ俺たちを殺してでも奪おうとするかもしれない。……それなのに、どうして俺がこれを言ったのか分かるか!?」
そこで、明は一度言葉を区切った、
それからもう一度、この場に集まった一人ひとりの顔を見渡して残りの言葉を吐き出す。
「ここに集まった全員が、この武器や防具を創れるからだ。なにも、特別なことじゃないからだ。前に出て、モンスターと戦うことの出来ない人だって、誰かの役に立つことが出来るからだ! …………この武器や防具を創るには、モンスターの素材が必要だ。素材を集めるには、解体スキルが必要だ。一人で全部をこなそうと思えば、確かにレベルもポイントも足りないかもしれない。けど、みんなで役割を決めてどのスキルを取得するのか事前に決めていれば、少ないレベルとポイントでも誰かの役に立つことが出来るんだ」
言って、明はゆっくりと息を吐き出す。
自分でもらしくないことをしていると思う。
でも、こうでもしなければ、この病院に集まった人達はなかなか変わらないだろう。
誰だって死ぬのは怖い。死にたくないから、二の足を踏む。
アイツは特別だと決めつけて。自分には出来ないと諦めて。
結果、自分自身の成長を自分で止めている。
……それじゃあダメだ。ダメなんだ。
柏葉のように、勇気を振り絞って覚悟を決めろとは言わない。
だが、自分には何も出来ないと諦めることだけはしないでほしい。
そういう願いを、明はこの場に集まった全員に向けて告げた。
「俺から、みんなに言いたいのはそれだけだ」
そう言って、明は言葉を締めくくると口を閉じて静かに頭を下げた。
この言葉で、彼らには伝わっただろうか。
昼間の会議では、覚悟があれば特別になれるかもしれないと言った。
今は、特別でなくても一人一人に出来ることがあると言った。
そうして明は、モンスターが現れてゆるやかに破滅へと向かい続けるこの世界で立ち上がって欲しいと、手段を変えて彼らへと伝え続ける。
気が付けば明の隣には奈緒と柏葉がいて、明と同じように小さく頭を下げていた。
しばらくして、明は頭を上げると軽部へとその視線を向けた。
「軽部さん、今日はお付き合いいただきありがとうございました。そして、すみません。結果的に、あなたのことを利用しました」
「いえ、構いません。それどころか私自身、このままじゃダメだな、と改めて思い知らされました」
小さく、軽部は首を横に振って笑った。
「一条さんの言うように、武器や防具を身に付ければ、今まで以上にモンスターとの戦いも楽になる。そして、その武器や防具が誰でも作れると分かった以上、これからはみんなで力を合わせて取り組んでいくべきことですね」
言って、軽部は周囲を見渡した。
「もしも今の一条さんの言葉に何かしらを感じたのなら、これからこの場に残ってください。誰がどのスキルを取得するか、話し合いましょう」
軽部は、声を張り上げてそう言うと、ニコリと笑って明達を見つめる。
「これからの取り纏めは、私がしておきます。みなさんは先にお休みください。明日、決まったことをお伝えしますよ」
「ありがとうございます」
軽部の言葉に、明は素直に頭を下げた。
そうして、軽部へと武器と防具のことで分かったことを伝えて、その場を後にしようとしたところで彩夏に呼び止められる。
「オッサン、明日も外に出るの?」
「一応、そのつもりだけど」
「ふーん……。だったら、明日はあたしも一緒にいく。オッサンと一緒に行動してたら、なんか知らないけど強くなれそうだし」
どうやら、彩夏なりに先ほどの戦いを見て感じたことがあるようだ。
「強くなれるかどうかはその人次第だけど、少なくともレベルは上がると思うぞ」
「だったらいいや。明日からよろしく」
言って、彩夏はニヤリとした笑みを浮かべるとその場を立ち去った。
その後ろ姿を見つめていると、眠そうな顔で柏葉がフラフラと身体を揺らしていることに気が付いた。
「柏葉さん?」
「はいー?」
「大丈夫ですか?」
「さすがに、今日はもう疲れました……」
「柏葉さんには特に、しんどい一日だったかもしれませんね。明日は花柳も来るみたいですし、ほどほどにしましょう」
「助かります~」
ぐったりとした柏葉に明は苦笑を浮かべると、奈緒達と簡単に明日のことを打ち合わせてその場で別れた。