提案
その日の夜。
病院へと戻った明達はすぐに軽部のもとへと向かった。
軽部は、食堂で配給された僅かな食料を口にしているところだった。ブロックタイプの栄養調整食品が一本に、缶詰が一つと配られる食料は一回分にしては寂しい。けれど、そうして切り詰めていかなければ病院に残るすべての人達に残された食料を分配することが出来ないのだろう。慣れた様子でモソモソと食料を口に運ぶ自衛官たちとは比べて、その食堂に集まった他の人達の表情には僅かな不安と不満が浮かんでいた。
「軽部さん」
と、明は壁際で座っていた彼のもとに向かい声を掛ける。
「このあと、少しお時間大丈夫ですか?」
「ああ、一条さん。お疲れ様です。……このあと、ですか? 何かありましたか?」
「一度、柏葉さんと模擬戦をしていただきたいんです」
「……えっと、話の流れがよく分からないんですが」
明の言葉に、軽部はぽかんと口を開いた。
明は簡単に、会議のあとから柏葉が共に行動していたことを説明する。
すると軽部は「なるほど」と頷いて、その目を明の後ろに隠れるようにして立つ柏葉へと向けた。
「柏葉さんが、まさかお二人と共に行動しているとは思いませんでした。……あの場での一条さんのお話が本当なら、柏葉さんは一条さんと共に何度か死んだということですか?」
「いえ、柏葉さんは一度も死んでいませんよ。会議で言った俺の力は、今回、柏葉さんには適用されていません。それとは別に、今の彼女の実力は彼女自身が頑張って身に付けた結果です。…………まあ、俺たちも少しだけ手伝いましたけどね」
その言葉に今度は訝し気な視線となって、軽部は柏葉へ再び目を向ける。
「お二人が朝からどんなことをしていたのかは気になりますが……。柏葉さんがモンスターの解体をしていたことは知っています。ですが、だからこそ彼女は、これまで前に出て戦うことなんてしていません。仮にも私は自衛官です。この世界にモンスターが現れる前でも、厳しい訓練を重ねてきました。いくらステータスがあるとはいえ、一朝一夕でそのあたりの経験はどうにかなるとはおもいませんが?」
「それは、戦ってみてからのお楽しみということで。少なくとも、退屈はさせないと思いますよ」
その言葉に、軽部は小さな唸り声を上げた。
それから、ちらりとまた柏葉へと視線を向けて、やがて大きなため息と共に頷く。
「……分かりました。柏葉さんが、この半日でどれだけ強くなったのかも興味があります。模擬戦とやらをお受けしましょう。いつにしましょう? 私はいつでも構いませんが」
「でしたら、食事のあと落ち着いてからでどうです? ルールは武器ありでお願いします」
「武器あり、ですか? それは、いくら何でも危険では」
明の提案したルールに、軽部が眉を顰めた。
「どうしてですか? モンスター相手に、危険だからという理由で武器を使わないなんてことがありますか?」
「ですが、もしも何かあれば……」
「だったら、あたしが傷の治療をするよ」
ふいに、そんな言葉が会話に割り込んで来た。
声の主へと目を向けると、いつからそこに居たのか。パーカーフードの少女がニヤリとした笑みを湛えて立っている。
「まさか、食事を受け取りに来たらこんな面白そうな話を聞けるとは思わなかった。あたしが怪我の治療をする。だったらそのあたりの問題は解決だろ?」
「ああ、花柳が治療をしてくれるなら大丈夫ですね」
と、明は彩夏に向けて頷いた。
その理由を知っている明とは違い、混乱をしているのは軽部だ。
軽部は、明と彩夏の顔を両方見渡すと戸惑うように言った。
「どういうことですか?」
「彼女――花柳にも、固有スキルがあるって会議の場で言ってたでしょう? その力で、怪我の治療をすることが出来るんですよ」
と、明は簡単に彩夏の力を説明する。
「今日はまだ、そっちのスキルは一度も使ってないからな。二人分ぐらいなら大丈夫だ」
彩夏も明の言葉に同意するように頷いた。
「本当に、そんなことが……?」
軽部は疑うように彩夏の顔を見つめると、そう呟いた。
けれどすぐに大きなため息を吐き出すと顔をゆるやかに横に振って、言葉を続ける。
「信じられない、と言いたいところですがそれはもう、今さらのことですね。確かに、傷の治療が出来るスキルがあってもおかしくはない、か。…………分かりました。模擬戦、引き受けましょう。とはいえ、武器ありで戦うことが危険なことには変わりがありません。なので一つ、私からもルールを追加してもいいですか?」
「なんでしょう?」
「対戦者、もしくは周囲の者が『降参』を認めた時にはすぐにやめること」
「分かりました。構いません」
その言葉に明は頷いた。
それから、明と軽部は簡単に場所と時間の打ち合わせをする。
場所は病院のエントランスホール、時間はこれから一時間後に決まった。
本来であれば外で行うべきなのだろうが、陽が落ちたこの時間だ。夜闇からモンスターの奇襲を受けることを考慮して、出来るだけ院外には出ないほうが良いだろうという話になった。
これで、後は時間を待つだけだ。
そう思って、会話を切り上げようとしたところで明は軽部に引き留められる。
「……ところで、一つ気になっているんですが」
「何ですか?」
「皆さんが揃って身に付けてるその毛皮、どこで手に入れたんですか?」
「これは……。まあ、後ほど分かりますよ」
そう言うと、明は小さく笑ってその答えをはぐらかした。
夜にまた続きを更新しますよ