防具製作
猛毒針と狼牙の短剣によって、柏葉のパワーレベリングはさらに加速した。
ゴブリンの石斧よりも攻撃力の高い狼牙の短剣は、それまで何度も殴らねばトドメを刺すことが出来なかったゴブリンやキラービーを一撃で仕留めることが出来るようになったし、猛毒針を使えばボアやグレイウルフ、ブラックウルフにも柏葉自身の手でトドメを刺すことが出来るようになっていた。
とはいえ、柏葉ひとりにモンスターの相手を任せるのはまだ不安が残る。
さらに言えば、猛毒針の取り扱いが難しいということも大きな問題だった。
強靭なモンスターに致死性のあるその道具は、取り扱いを間違えば当然のように自分たちにも危害が及ぶ。
モンスターとの戦闘に慣れた明ならまだしも、いまだ戦闘に慣れない柏葉が戦闘中に使うにはあまりにも危険だということで、結果として猛毒針は柏葉自身が戦闘に慣れるまではパワーレベリングのために運搬されてくる格上モンスターのトドメに使うことになった。
そうして、柏葉のレベリング作業に取り掛かること数時間。
柏葉薫のレベルはあっという間に19となり、またポイントが5つ溜まった。
「よし、それじゃあ今度は『防具製作』を取得しましょうか」
『解析』を使い柏葉のレベルが上昇をしたことを確認した明は、開口一番にそう言った。
「耐久のある防具が出来れば、万が一モンスターに攻撃を受けてもすぐには死なないでしょうし、これまでのように俺たちが運んだモンスターにトドメを刺していくのではなく、柏葉さん自身の手でモンスターを倒せるようにならないといけません」
「私自身の手で? ある程度のレベルになるまで、これまで通りのやり方じゃダメなんですか?」
「確かに、このやり方でもレベルは上がります。でも、それじゃあ本当の意味で柏葉さん自身の力にはならない。シナリオのことだってある。この世界にモンスターが現れた以上、俺たちが身に付けるべき力は、この世界で生きていく術です。柏葉さんが俺や奈緒さんの戦い方を真似することが出来ないように、柏葉さんが自分に合ったモンスターとの戦い方を身に付ける必要があります」
このパワーレベリングに欠点があるとすれば、それは他者の成長する機会を奪ってしまうということだ。
本来であれば、レベル19にもなれば軽部さん達のように自分たちの戦い方が見えてくる。
しかしその過程を省いてレベルだけを上げた柏葉は、戦闘スタイルどころか戦闘の立ち回りさえも分かっていない。今の柏葉は、ただモンスターへのトドメのやり方が分かっただけに過ぎないのだ。
今回の人生は準備に時間を割こうとは言ったものの、シナリオを進めることを止めるつもりはない。
柏葉自身がどのくらいの速度でモンスターを倒していけるのかを知るのも、もしも今回失敗した時に、次につなげることが出来る情報になる。
そのためにもまずは、柏葉がモンスターとの戦闘に慣れてもらう必要があった。
「……なるほど。確かに、そうですね」
柏葉は明の言葉に頷いた。
それから視線を宙に向けて腕を動かすとすぐにスキルを取得する。
「――――取得しました。えっと……、武器製作の時と同じですね」
そう言うと、柏葉は持ち運んでいた材料の中から『魔猪の毛皮』と『灰狼の毛皮』、『灰狼の牙』、『黒狼の毛皮』をそれぞれ一つずつ取り出した。
「今、この場で作ることが出来るのは一つだけみたいです。……作りますよね?」
「お願いします」
「分かりました、では。――――防具製作」
呟くと同時に、それらの素材は『武器製作』と同様、その言葉に反応するように姿を崩し、蠢き、溶け合う。
それらが変化する過程は『武器製作』の時と同じで変わりがない。
奈緒の言う錬金術のように、一つ一つの材料が溶けて混ざり合い、新たな形へと変わっていく。
そうして、ほどなくすると明達の前には、薄茶色の一つの外套が出来上がっていた。着丈が一メートルほどの、身体がすっぽりと覆えるようなものだ。首元には、牙をあしらったボタンがアクセントとしてついている。
「『毛皮の外套』、です」
柏葉が息を吐き出しながら言った。
「マント? いや、ポンチョか?」
と奈緒が出来上がったものを見て呟いた。
「どちらかと言えばポンチョ、ですかね」
と柏葉が奈緒の言葉に同意する。
確かに奈緒や柏葉の言う通り、出来上がったものは雨具などで見かけるレインポンチョにしか見えない。違いがあるとすればその表面は確かに毛皮で出来ており、着用すれば防寒着にはなりそうだということぐらいだろうか。
(見た目はとにかく、問題は性能だな)
と明は心でため息を吐き出すと、出来上がったものにすぐさま鑑定を発動させた。
――――――――――――――――――
毛皮の外套
・装備推奨 ―― 筋力値15以上。
――――――――――――――――――
・魔素含有量:2%
・追加された特殊効果:斬撃軽減・小
――――――――――――――――――
・耐久値:30
・ダメージボーナスの発生:なし
――――――――――――――――――
(――斬撃軽減、だって?)
表示されたその内容に、明は僅かに目を見開いた。
(ってことは、防刃機能もあるのか。『小』って文字が気になるけど、それでもただの服よりかはよっぽどいい。耐久も、武器と比べればちょっとだけ見劣りするけど、ただの服が耐久1だってことを考えれば断然いいな)
心で呟き、明は画面を消した。
「どうやら、僅かですが防刃機能もあるようですね。耐久値も30はあるから、これを身に付けていれば単純に受ける威力も軽減できます」
「防刃機能か。だとしたら、結構役に立ちそうだな」
奈緒は明の言葉に頷き、そう言った。
「耐久が30もあるのもいい。他に、防具が無ければ身に付けても良さそうだ」
「そうですね。悪くないと思います。柏葉さん、これも人数分お願いできますか?」
「分かりました」
柏葉は、そう言って頷くと残った材料で残りの二つを作り出した。
明達は出来たポンチョを身に付け、それぞれが動きを確認して頷く。
「うん。これぐらいなら俺は平気かな。奈緒さんと柏葉さんはどうです?」
「私も問題ない」
「私もです」
「よし。なら、今のうちに武器と防具を『インベントリ』に登録しておきます」
言って、明はインベントリの空いた残りの欄に狼牙の短剣と毛皮の外套を登録した。
合計で道具は六つだが、幸いにもインベントリに登録出来るものは同じものなら纏めて登録することが出来る。
これで、インベントリの内容は『猛牛の手斧』『豚鬼頭の鉄剣』『メモ帳』『狼牙の短剣×3』『毛皮の外套×3』になった。
(……どうしよう。枠が埋まったな。猛毒針も登録しておきたいから……メモ帳を一度消すか)
メモ帳の中身は、これまでに分かったことを要点だけを押さえてまとめたものだ。
また必要な時に登録し直せばいいだろう。
(さて、と。これでひとまずの準備が終わったな。あとは、柏葉さんが戦闘に慣れるまで手伝いながら、次の強化がいつになるのかを探らないとな)
明が知る、この世界は四日目の夕方までだ。
それ以降に関しては、この世界に何が起きるのか分からない。
だからこそ今は慎重に。出来るだけ長く生きられるよう、気を付けなければならないだろう。