狼牙の短剣
「お疲れ様です。一度、休憩にしましょう」
明は、解体を終えて息をついていた柏葉に声を掛けた。
すると柏葉は、小さく首を横に振って口を開く。
「いえ、このまま次の武器も作っちゃいます。私も、どんなものが出来るのか楽しみですし」
言うと、柏葉はさっそく作業に取り掛かった。
解体して出来たものの中で、『魔猪の大牙』と『灰狼の牙』を一つ、『黒狼の牙』を二つ地面に並べて、ゆっくりと息を吐き出す。
「武器製作」
呟かれたその言葉に、柏葉の前に並べられた素材が反応した。
猛毒針の時と同じように、地面に並べられたそれらの素材はドロリと溶けて、混ざり合う。
「……すごいな。この素材からどんな風に武器が出来るのかと思っていたけど、まさかこんな風に出来るなんて。ほんと、改めて世界が変わったんだなって感じさせられるよ」
武器製作の光景を初めて見た奈緒が、驚きと共にそんな言葉を漏らした。
「そうですね。以前の常識だと、材料の牙を削ってナイフを創り出しそうなものですけど……。スキルなんて力が出てきて、その言葉一つであらゆる常識や概念を吹っ飛ばしていますし」
と、明は奈緒の言葉に苦笑を浮かべた。
「思うに、この武器製作も魔法の類なんじゃないかって思うんですよね。そうじゃないと、こうして材料が違う形になるのも理解が出来ません」
「魔法、か。どちらかと言えば私は、錬金術に近いもののように感じるが」
「錬金術、ですか? 石から金を作るっていうあの?」
「ああ。一つ、または複数の材料を元にまったく別の物を創り出す。実際に、過去にも研究されていた内容だよ。……まあ、それが今では化学の元になって、私たちの生活に役立っていたわけだが」
その言葉に、明はしばし考え込む。
奈緒が言っていることも間違いではないのかもしれないと、そう思ったからだ。
(確かに、調合なんてスキルもあるぐらいだし……。武器製作の様子を見ていると、調合も同じ感じだよな? だったら、錬金術って言った方が確かにしっくりくるのか)
「だとしたらどうして、錬金術がスキルになってるんですかね」
「さあ、そればかりは私にも分からないよ。案外、その反転元の世界には錬金術が当たり前のようにあるのかもしれない」
と、明達がそんな雑談をしていた時だ。
溶け出していた材料はやがて一つの形に纏まり、ほどなくすると、牙が並べられていたその場所には、黒灰色の刀身を持つ一振りの短剣が出来上がっていた。
「ふぅ……。完成です。『狼牙の短剣』というものらしいです」
柏葉は、出来上がった短剣を拾い上げながら言った。
「見ても大丈夫ですか?」
「もちろんです。どうぞ」
「ありがとうございます」
明は柏葉から出来た短剣を受けとると、その出来栄えにまず驚いた。
刀身の長さは三十センチほどだろうか。柄の部分は直接骨を削り出したかのような作りをしているが、握り締めると不思議と手に馴染む。元が牙から作られたものだからか、無骨な見た目をしているが手にした重さを感じないほどに軽い。猛毒針と同じぐらいの重さだろうか。
試しに、奈緒や柏葉から離れて短剣を振るってみると、空気を切り裂く鋭い音が耳に届いた。
「……ふむ」
使い心地は悪くない。あとの問題は、攻撃力や耐久値だろう。
「鑑定」
――――――――――――――――――
狼牙の短剣
・装備推奨 ―― 筋力値10以上。速度値10以上
――――――――――――――――――
・魔素含有量:1%
・追加された特殊効果:なし
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・攻撃力+30
・耐久値:35
・ダメージボーナスの発生:なし
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「使いやすいな」
明は、表示された画面を見つめて呟いた。
単純な攻撃力では豚鬼頭の鉄剣や猛牛の手斧に劣るものの、あちらは装備要求が高い。筋力値が足りなければ持ち上げることが出来ない以上、筋力値の低い最初のうちはこの短剣を使っていれば問題はなさそうに思える。
「良い武器ですね。筋力と速度が10以上であれば、問題なく使うことが出来そうです。攻撃力もそれなりにありますし、次からはこの短剣と猛毒針を使ってレベリングしていけば今よりももっと楽になると思います」
「良かった、ありがとうございます」
柏葉は明から短剣を受け取ると小さく笑った。
「柏葉さん、出来れば俺たちの分も作ってもらうことって可能ですか? 短剣なので、いろいろと使い勝手が良さそうですし、この軽さなら普段から持ち運ぶのにも便利そうです」
武器製作で出来た短剣には鞘が無いので別に用意をする必要があるが、それもモンスターの毛皮で刃を覆うようにすれば問題はないだろう。
「分かりました。作っておきます」
頷き、柏葉は快くそのお願いを引き受けてくれた。
それから、明達は人数分の材料を集めるとさらにもう二振り、狼牙の短剣を創り出した。
この勢いで他の武器も作ろうと思ったが、どうやら現時点の材料で作れる武器はこれだけのようだ。柏葉曰く、もっと他にもモンスターの材料が集まれば作ることが出来る武器も増えるとのことだった。
「だったら、今後はレベリングがてら素材集めですね。ちなみにですけど、ゲームとかでよくある武器の強化なんてものは出来るんですか?」
「武器の強化? うーん……、さすがにそれは出来そうにない、ですね」
柏葉は明の言葉に眉根を寄せた。
「あ、でも。壊れた武器なら材料さえあれば直せるかもです」
「本当ですか?」
その言葉に、明は思わず目を輝かせた。
アーサーとの戦いを通じて、武器である猛牛の手斧は壊された。もしかすれば何かに使えるかもしれないと、壊れた手斧は病院の自室に置いてあるが、それが再び使えるようになればボス戦などでも役に立つ。
「だったらちょうど、壊れた武器があるのでそれを直してください。必要な素材があれば取ってきます」
「分かりました」
「……あの。私の、銃もどうにか出来ないかな?」
明達の会話を聞いていた奈緒が、おずおずと小さく手を挙げながら言った。
「武器製作で似たようなものとか作れない? もしくは、モンスターにも効くような銃弾とか出来ないかな」
その言葉に、柏葉は考え込むとゆっくりと首を横に振る。
「ごめんなさい。さすがに、銃はちょっと……。私が今作れるのは、短剣とか弓とか、そういう物ばかりなので」
「弓? そんなのまで作れるんですか?」
明は、柏葉が口にだしたその単語に反応した。
「ええ、『丈夫な蜘蛛糸』と『樹人の枝』という材料さえあれば、ですけど」
「なるほど」
と、その言葉に頷きを返す。
樹人の枝、というのはどんなモンスターの素材なのかが分からないが、丈夫な蜘蛛糸と言えばウェアウルフが居た街に出現していた巨大蜘蛛の素材で間違いないだろう。
(弓さえあれば、空を飛ぶロックバードに攻撃することも出来るか? 他にもどんなモンスターが居るのかも分からないし、今のうちから弓の練習をしておくのも悪くないか。だったらあとで巨大蝙蝠の死体を回収に行かないとな……。ついでに巨大蝙蝠も回収して、柏葉さんに解体してもらおう)
武器製作というスキルを取得したおかげで、これまでよりもさらに出来ることが増えた。
ゆっくりとだが、着実にこの世界で生きるための力を身に付けている。
そんな実感に、明は口元に微かな笑みを浮かべたのだった。