猛毒針
「どうやら、ちょうどそのモンスターが届いたようですね」
明が見つめる視線の先。
そこには、柏葉のパワーレベリングのためにモンスターを探しに出て、声を荒げながら喚くゴブリンを地面に引き摺りながら帰って来た、七瀬奈緒が居た。
「悪いな。近場のモンスターはだいたい狩り尽くしたから、ちょっと遠くまで行っていた……って、どうした? 二人して私を見つめて」
奈緒は喚くゴブリンを二人の前に突きだすと不思議そうな顔をして言った。
「いえ、柏葉さんが『武器製作』のスキルを取得したので、それで試しに武器を作っていたところだったので。猛毒針っていう武器が出来て、どの程度の物かを試そうかって話をしていたところで奈緒さんが帰って来たので、グッドタイミングでした」
「なるほど、そういうことか」
奈緒は明の言葉に頷くと、手元のゴブリンへと視線を向けた。
「猛毒針ってことは、毒だよな? こいつらに効くのか?」
「そのあたりも含めて試すんですよ。奈緒さん、コイツが暴れないように押さえて貰えます?」
「分かった」
奈緒は明の言葉に頷くと、ゴブリンの両手を握り締めてそのまま地面へと押さえつけた。
「ぎ、ぎぃ!」
押さえつけられたゴブリンがジタバタと激しく藻掻くが、今や奈緒の筋力値はゴブリンの筋力値を大きく上回る。
結果として、その細腕には見合わない力で押さえつけられたゴブリンは、抜け出すことが出来ないでいた。
「それじゃあ、効果のほどは……っと」
呟き、明はゴブリンの元へと近づく。
それから、手にした猛毒針を掲げるとその首筋へと狙いを定めて一気にその針先を突き刺した。
「――――ぎ」
直後、猛毒針の折れる音と共にゴブリンの口から言葉が漏れた。
黄色く濁った眼が大きく見開かれ、細かく揺れ動く。
首筋に突き刺さった針先の部分を中心に筋のようなものが浮かび、緑の肌がどす黒く針先を中心に変色し始めた。
「ぎ、ぎ……げ、ぁ…………」
ゴブリンが何かを言った。
いや、それは言葉にもなっていなかった。
針先から広がる変色した皮膚はゆっくりと全身に広がり、その身体は痙攣をし始める。
かと思えば、ゴブリンはその口からゴボゴボと喀血をし始めて地面をどす黒い血で濡らしていく。
「――――、――――」
パクパクと、ゴブリンの口が動いた。
もはや声は漏れず、その姿はただ酸素を求めて喘ぐ魚のようだった。
やがて、ゴブリンは痙攣を二、三度繰り返すとその動きを止めた。ゴブリンが死んだことは、誰の目から見ても明らかだった。
「…………」
驚きで、言葉が出なかった。
それは、明だけではない。猛毒針を作った柏葉も、ゴブリンを押さえつけていた奈緒も、この場に居た全員が地面に横たわるゴブリンを見つめて、言葉を失っていた。
「すごいな、コレ」
やがて小さく。
その場に居た全員の感想を代表するかのように、明が言った。
「ゴブリンが一撃だ。他のモンスターにも効くのかな? 柏葉さん、まとめて何本か作ることってできますか?」
「えっ、あ、はい。大丈夫です」
柏葉は明の言葉に慌てて頷くと、傍にある積み重なった死体からキラービーを引きずり出して、再び解体を始めた。
「…………出来ました」
それから数分後。
柏葉は、取り出した素材をもとに猛毒針を五本創り出した。
手渡されるそれらの針を受け取り、明は一本ずつ鑑定を行いその効果が間違いないことを確認すると、心の中で言葉を漏らす。
(……今度の効果も前回と同じ。攻撃力、耐久も変わらないのか。武器製作で創り出した武器の攻撃力と耐久値は一定か?)
見た目も全く同じで変わりがない。
どうやら、攻撃力や耐久に差があるのはモンスターが持つ武器だけのようだ。
明は自身に針が刺さらないよう慎重にそれらを束ねると、奈緒と柏葉を連れて別のモンスターを探すべく街中を歩きだした。
「……見つけた」
すぐにモンスターは見つかった。
腐敗した魚や肉などの臭いが立ち込める、荒らされたスーパーの中にボアの親子が居た。
数は全部で四匹。親が一頭に、子供が三頭だ。
ボアの親子はそのスーパーを根城にしているのか、食い散らかした腐った肉や魚の上にゴロリと寝ころび、フゴフゴと鼻を鳴らしていた。
「待ってて」
明は、二人に物陰に隠れるよう伝えると静かにそのスーパーへと近づいた。
普段であれば、ほんの少しでも傍に近寄れば匂いで気付かれていた。
だが、ボアの親子が居る場所は腐敗臭で満たされた中だ。
結果として、明はボアの親子に気付かれることなく店の中へと侵入し、数メートルの距離にまで近寄ることが出来ていた。
(……ひどい臭いだ。さっさと試して逃げよう)
心で呟き、手にした針の束から一本取り出す。
狙いはボアの親。
先ほどは直接刺したが、今度は投げて使えるかどうかだ。
「…………っ!」
倒れた陳列棚の陰から、猛毒針をダーツのように構えて一気に投げる。
放った猛毒針は明の筋力に後押しされて、鋭く空気を引き裂きながらボアの元へと飛来し、その身体へと突き刺さった。
「プギャッ」
短い悲鳴が上がる。
すぐさま攻撃を受けたことを察したボアが顔を動かし立ち上がろうとするが、身体は細かな痙攣を繰り返し動かない。
異変を察した子供たちが周囲を警戒し始めるが、明はその子供にも手にした猛毒針をダーツのように投げて、次々と床に沈ませた。
「…………ボアにも効いたか」
明は、痙攣と喀血を繰り返すボアたちを見て呟いた。
「ゴブリンよりも体力が多いからかすぐには死なないけど、あの様子じゃ時間の問題だな」
であればもうこれ以上苦しませる必要はない。
明は物陰から姿を現すと、痙攣と喀血を繰り返すボアの元へと近づき、次々と蹴りを入れてその命を奪っていく。
「それじゃ、戻るか」
そうして、すべてのボアにトドメを刺すとそのうちの一体を手土産に、外で待つ奈緒達の元へと戻った。
「おかえり、その様子だと無事に効いたみたいだな」
奈緒はボアを引きずりながらスーパーから出てきた明を見つけると、物陰から姿を現しながらそう言った。
「ええ、さすがに体力があるからかすぐには死にませんでしたが、それでも十分でした。すぐに壊れるのが難点ですけど、大量に作っておけばレベリング作業にも使えますね」
「なるほど。となれば、あとはどう使うかだな。……それで? そのボアの死体はどうした?」
「ああ、これは手土産です。柏葉さん、コイツで毒針以外の武器は作れますか?」
「えーっと……。その子だけじゃ作れませんが、グレイウルフとブラックウルフの牙があれば作れますね」
「なるほど。でしたら、次はその武器を作りましょう。奈緒さん、俺はグレイウルフかブラックウルフを探してくるので、その間、柏葉さんをお願いします」
「分かった」
奈緒が頷きを返したのを見て、明はすぐに行動を開始した。
街中を軽く走り回って、狼達を探し出す。
幸いにも、トロフィーの影響で狼系モンスターからはヘイトを集めやすい。
普段はよく襲われて鬱陶しいことこの上ないが、こうして素材を集めようと思うと向こうから寄ってくるからありがたいばかりだ。
「よっと」
次々と襲ってくる狼の群れを返り討ちにして、明はグレイウルフとブラックウルフを数匹抱えると奈緒たちの元へと戻った。
「お待たせしました」
「ああ、お帰り。早かったな」
「まあ、向こうから勝手に寄って来てくれますからね」
奈緒の言葉に答えながら、明は手にした死体を柏葉の傍に置く。
柏葉は、ボアの解体をしている最中だった。
黙々とモンスターを解体していく彼女の邪魔にならないよう明は傍を離れると、モンスターに襲われないよう周囲の警戒をする。
そうして、彼女の解体を見守ること十数分。
全ての解体を終えた柏葉の前には毛皮や牙、内臓といった多くの素材が地面に並べられていた。