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「――――つまり、その……『シナリオ』ってやつをクリアすれば、私にも固有スキルが与えられると?」
――三十二度目。
その目覚めは、彼女が口にするそんな言葉で始まった。
「それじゃあ七瀬さんも今は、一条さんと同じ固有スキルを持っているんですか?」
「そうだな。といっても、私のは一条とは違うものだが」
「違う?」
と、明の目の前では柏葉薫と七瀬奈緒が以前耳にした会話を繰り返している。
明は、記憶に新しい死の間際の光景と痛みに顔を顰めながらも周囲を見渡して現状の把握に努めると、二人に知られることなく小さなため息を吐き出した。
(……病院の会議室だ。二人の会話の内容からして、今は俺が『シナリオ』に関する詳しい説明をした後か?)
やはりと言うべきか、シナリオの画面に出ていたように死に戻りの場所はココになっているようだ。
(ボスのステータスを解析出来たまでは良かったんだがな……。すぐに見つかって、殺されてしまった。反省点をあげるとすれば、すぐに逃げられるよう『疾走』を使ってから探るべきだったか)
アーサーが持っていた『隠密』が使えれば良かったのだろうが、そのスキルは『疾走』を取得した時点でもう取得することが出来ない。
であれば元々のボスとの素のステータスがかけ離れている以上、近づく前に『疾走』を使っておくのが一番だったのだろう。
(もしくは、前みたいに双眼鏡とかで遠目からステータスを覗き見るとか、だな。……はぁ、出来ればもう少し動きたかったんだけど)
理想を言えば、前回のうちに武器製作や防具製作を行い、それらを持って死に戻りたかった。
さらに欲を言えば、次にモンスターが強化されるまでを知ることが出来れば良かった。
だが、いくらそう願ったところでそれはもう叶わないことだ。
やり直しは出来るが、失敗を無かったことには出来ない。
ならばすぐに気持ちを切り替えて、前回の失敗を次に活かすのが建設的だろう。
明は眉間に皺を刻みながらも深いため息を再び吐き出すと、二人の会話に割り込むように口を開いた。
「このシナリオは、柏葉さんが自分の手で1000体のモンスターを討伐するまで終わりません。その間にも反転率が進む以上、俺はそれを出来るだけ食い止めるためにボスを倒す必要があります。隣街にいるボス――ハイオークのステータスは分かったので、今回は準備を整えましょう」
「えっ?」
柏葉は、突然口を開き言い切った明の言葉にぽかんと口を開けた。
一方で、奈緒はといえばすぐにその違和感に気付いたのだろう。ハッとした顔になるとその視線を鋭くして明に詰め寄って来る。
「ッ、その言葉……。一条、お前何度目だ?」
「まだ、一度目ですよ。ボスのことを探ろうと、ステータスを見たところでやられました」
「えっと、どういうことですか?」
明の言葉に、柏葉が疑問と戸惑いが入り混じった声を上げた。どうやらまだ、何が起きたのか分かっていないようだ。
そんな柏葉に向けて、明はちらりとした視線を向けると説明を行う。
「言ったでしょう? 俺には、死ねば過去に戻る固有スキルがあるって」
「えっと、それじゃあ一条さんはもうすでに?」
「一度、死んだことになりますね」
その言葉に柏葉は微かに目を見開くと、ゆっくりと息を吐き出した。
「そう、ですか……。事前には聞いていましたが、これが一条さんの力なんですね」
呟かれる言葉は、微かな戸惑いに揺れていた。
柏葉が戸惑うのも無理もない。柏葉からすれば目の前にいた人が急に、未来からやって来たと言い出したようなものだ。それを事前に聞かされていたとしても、多少の混乱は生じるだろう。
「信じられませんか?」
「えっと……」
明の言葉に柏葉が狼狽えた。
言葉はなくとも、僅かに揺れ動くその瞳が、途切れた言葉の先を物語っていた。
明は、そんな柏葉へと向けて小さく笑いかけると視線を動かし、口を開く。
「まあ、いきなりそんなことを言われても驚きますよね。……それじゃあ、証拠と呼べるものかどうか分かりませんが、アレならどうですか?」
「アレ? …………ッ!?」
明の視線の先を追いかけて、柏葉の目が大きく見開かれた。
そこにあるのは、明の黄泉帰りに伴い出現したインベントリの中身だった。『猛牛の手斧』や『豚頭鬼の鉄剣』といった明がこれまで手にしていた武器が平然と会議室の床に置かれていて、それがあまりにも自然にそこにあったからか、シナリオのことについて話していた奈緒も明に言われるまで気が付いていなかったのか、驚きの表情となってそれらの武器を見つめていた。
そんな驚く奈緒の表情を見て、明は、そう言えば奈緒もインベントリの効果を見るのは初めてだったかと思い直す。
「『インベントリ』。俺の『黄泉帰り』と一緒に発動する、スキルみたいなものです。その、インベントリに登録していた物は、こうして俺が死に戻ると近くに現れます。ついさっきまで、ここには何もなかったでしょ?」
「確かに、言われてみればそうですけど……。なんというか、手品みたいですね」
と、柏葉は明の言葉に戸惑うように感想を述べた。
明は、その言葉にまた笑う。
明からすればもはや慣れた光景となってしまったが、手品のようだと言われれば確かにそれに近いだろう。実際に行われているのは、時空を超えた物の運搬なのだが。
「……それで? ボスにやられたそうだが、どうだったんだ?」
奈緒は初めて目にしたインベントリの驚きから立ち直ると、気を取り直すように小さな咳払いを交えて、途切れていた会話を再開させるように落ち着いた口調でそう言った。
「レベル100越えですね。ウェアウルフとは違って、ステータスは耐久寄り。『疾走』と『剛力』を使えばそのステータスは超えることが出来そうですが……。それだと、魔力消費と魔力の回復速度が追いつかない。柏葉さんがモンスターを1000体倒すまで、俺がボスを倒し続けることを考えると、今のまま挑むのはジリ貧になりますね」
「ちょっと待って。さっきも言っていたが、柏葉さんがモンスターを1000体倒すまでってどういうことだ? このシナリオは、ただモンスターを倒せば終わりじゃないのか?」
その言葉に、明は自分が過程を飛ばして話していたことに気が付いた。
明からすれば、柏葉の手でモンスターを倒さなければ討伐数に加算されないことはもうすでに知っていることだが、奈緒や柏葉からすればまだ知らないことだ。
「順を追って説明しますね」
と明はそう言うと、前回分かったことを二人に伝えた。
「――――と、いうわけで。柏葉さんは一人で、モンスターを1000体倒す必要があります。もちろん、それがすぐに出来ない以上、誰かが反転率を押さえ続ける必要がある。そのために、まずはボスのことを探ろうとしたわけです」
「……なるほど。簡単そうなシナリオだと思っていたけど、案外そうでもなかったわけか」
奈緒は明の言葉を聞き終えると大きなため息を吐き出した。
「私だけでモンスターを倒し続けるなんて、そんな……。そんなの、いつまで掛かるか」
「確かに、今の柏葉さんの力でモンスターを倒し続けるというのはかなり酷な話です。ですが、それも俺の力を使えばある程度はカバーできるかもしれない」
「どういうことですか?」
柏葉は、明を見つめた。
明はその視線を見つめ返して小さく笑うと、前回出来なかったその言葉を呟く。
「柏葉さんには今回、武器と防具を作っていただきます。その武器と防具を、次に繋げましょう」