柏葉 VS ゴブリン
「――はい。柏葉さんがモンスターを1000体倒すまで、俺は一度も死ぬことなくボスを倒して、時間稼ぎをする必要があります」
その言葉に、二人は言葉が見つからないようだった。
奈緒は難しい顔で考え込んで、柏葉は戸惑うように明と奈緒の顔を交互に見渡した。
「えっと……。冗談?」
やがて、その沈黙を破るかのうように柏葉が呟く。
その言葉に、明は首を横に振った。
「冗談ではなく、大マジです。このシナリオがすぐに終わるものでない以上、こうする他に方法はありません。もちろん、俺がボスを倒している間に柏葉さんが倒れても意味がない。このシナリオは、俺と柏葉さん、二人が戦い続けるしかないんです」
「いや、でも……。ボスに挑み続けるなんて」
「ボスに挑むのは今までと変わりませんし。……それに、策がないわけでもないんですよ?」
そう言うと、明は柏葉に向けて笑った。
柏葉がシナリオを終えるまで、一度も死ぬことなくボスを倒し続ける必要があるとは言っても、その過程で『クエスト』が発生しないわけじゃない。
強敵を相手に一度死ねば、『クエスト』は発生する。
それを上手く使いながら、自身を強化していけばどうにかなるだろう。
「大丈夫なのか?」
と、奈緒は明を見つめて言った。
真剣な表情で顔を覗き込んでくる彼女に向けて、明は小さな笑みを浮かべると頷く。
「ええ、むしろこれは、『黄泉帰り』の効果が働く俺にしか出来ないことでしょうね。奈緒さんは、柏葉さんのサポートをお願いします。群れの相手は、今の柏葉さんには出来ないでしょうし」
「……分かった」
奈緒は明の言葉に頷きながらも、それまで考えていたことを伝えるように、明の顔を見つめながら言った。
「けど、その方法を試す前に一つ、もっといいやり方がある」
「なんですか?」
「モンスターのトドメを、柏葉さんに刺してもらうんだ。それだったら、柏葉さんが討伐したことにならないか?」
奈緒が口に出したそのやり方は奇しくも、前に明が柏葉のパワーレベリングで使っていたやり方だった。
ふむ、と明は奈緒の言葉に考え込む。
確かに、奈緒の提案は悪くない。もしもトドメを刺すことが討伐数のカウントに入るのならば、シナリオクリアも早く出来るだろう。
「試してみますか」
明はそう言うと、さっそく行動を開始した。
二人を伴って外に出ると、適当にそのあたりをぶらついて、目に留まったゴブリンを一匹連れてくる。
拉致したゴブリンは激しく暴れていたが、もはやその拳や振り回す武器が明にダメージを負わせることはない。
明はゴブリンを脇に抱えて二人の前に連れてくると、そのままゴブリンを手放した。
「げげぇッ!!」
拉致してきたゴブリンは、激しい怒りで顔を歪めていた。
すぐさま戦闘態勢を整えるゴブリンに対して、柏葉は不安そうにしていたが明達は余裕の表情で目を向けた。
「ひとまず、危ないから武器は没収して」
言って、明はゴブリンの手から石斧を取り上げる。
「ぎ、ぎぃ!」
まるで玩具を取り上げられた子供のように、ゴブリンが慌てた表情で明に向けて手を伸ばした。
明は、そんなゴブリンを手で押さえつけながら柏葉へと石斧を渡すと、そのゴブリンが反撃出来ないよう失神させようと手を挙げたところで、奈緒から「待った」の声が掛かった。
「一条、お前が攻撃したら一撃でゴブリンが死ぬだろ。私が代わりに攻撃する」
言って、奈緒はゴブリンに向けて適当に拾った手頃な石を叩きつけた。
「ぎ、ぇ」
ぐるり、と。ゴブリンが白目を剥いた。
そのままゴブリンは地面に倒れるが、まだ死んじゃいない。
それを奈緒も分かっているのか、厳しい視線をしばらくゴブリンへと向けていたが、やがて起き上がってこないことを確認すると、大きな息を吐き出した。
「それじゃあ、後はトドメだな」
呟くと、その場を譲るように奈緒は身を引いた。
代わりに前へと出た柏葉は、石斧を握り締めたその手が白くなるほど、緊張しているようだった。
それでも、大きく息を吐いて呼吸を整えると、彼女はゆっくりとその手を振り上げる。
――ゴッ。
振り下ろされた音は短く、硬かった。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ…………。ど、どうですか?」
ゴブリンから奪い取った石斧を、何度もゴブリンに向けて振り下ろし、トドメを刺した柏葉が息を切らしながら明を見て言った。
明は、すぐさま『シナリオ』と呟き画面を表示させると、そこに表示された文字を見つめる。
「……ダメだ。カウントされてない」
「トドメを刺しきれてないとか、そんなことはないか?」
傍で見守っていた奈緒が呟いた。
その言葉に、明は首を横に振って答える。
「解析で確認してるので、間違いなくトドメは刺せてます。それでも増えてないってことは、このやり方がそもそもダメなのか、もしくは……俺以外の人が、ゴブリンを痛め付けたからかのどちらかですね」
――あなたは柏葉薫と共に協力し、この世界に現れたモンスターを討伐してください。
このシナリオの文言から察するに、柏葉に協力が出来るのは一条明ただ一人だ。
「今度は、俺がやってみます」
言って、明は再び周囲をぶらついてゴブリンの群れを見つけると、その中の一匹を拉致して二人の元へと連れてくる。
そうして、出来る限り優しく。ゴブリンに向けてデコピンをして失神させると、そのトドメを柏葉に任せた。
「どう、ですか?」
大きく息を吐き出しながら柏葉が言った。
「……ダメですね。カウントされてない」
ため息を吐き出して、明は言った。
「ただトドメを刺すだけじゃダメみたいです」
そう言いながら、明はシナリオ画面を思い返して考え込む。
(トドメを刺すだけじゃ討伐扱いにならない? クリア条件が、〝柏葉薫によるモンスター討伐数〟だから、トドメを刺すだけでも良さそうだけど……。――いや、もしかして。あまり俺たちが手を出しちゃダメなのか? あくまでもこのクリア条件が、柏葉さんが主体となったモンスター討伐の数ってことなら…………)
明は、顔を上げると柏葉へと視線を向けた。
「柏葉さん。もう一度、お願いしてもいいですか? 今度は、柏葉さんだけでゴブリンを倒して下さい」
「私だけ、ですか?」
不安そうに柏葉が言った。
「大丈夫です。俺も奈緒さんも傍に居るので、何かあればすぐに助けますから」
そう言うと、再び明は周囲を探索してゴブリンを連れてくる。
ゴブリンと相対した柏葉は、見て分かるほどに緊張していた。
手にした石斧は震えて、構えたその姿はあまりにもおぼつかない。唇は細かく震えて、吐き出されたその吐息は大きく揺れた。
その緊張が、ゴブリンにも伝わったのだろう。
ゴブリンは、コイツには勝てると思ったのかニタリとした笑みを浮かべると、奇声のような鳴き声をあげて柏葉へとむけて突っ込んでくる。
「ッ!」
その姿に、柏葉の目が見開かれた。
緊張で硬直した身体は初動が遅くなる。それでも、彼女は必死に腕を振り上げ、その武器をゴブリンに向けて真っすぐに振り下ろした。
「っ!」
石斧は、ゴブリンの頭を捉えた。
ゴブリンの拳が顔に届くその寸前の出来事だ。まさに、間一髪だった。
石斧を叩きつけられたゴブリンは地面に転がった。慌てて起き上がろうとするが、もう間に合わない。
緊張をしながらも、動き出した柏葉がもう既に、ゴブリンに向けて二撃目の石斧を振り下ろそうとしているところだった。
――ドッ。
「げぎゃッ」
振るわれた石斧によって、ゴブリンが悲鳴をあげて地面を転がる。
そこからはもう、勝負が決まったようなものだった。
柏葉は幾度となく石斧を振り下ろし、逃げるゴブリンを攻撃する。
ゴブリンも必死で反撃しようとするが、柏葉のほうがステータスは上だ。
反撃の拳は拙いながらも確実に躱され、カウンターとして再び石斧を振るわれた。
そうして、数分後。
地面には事切れたゴブリンと、荒い息を吐き出しながら座り込む柏葉がいた。
「ど……どう、です…………か」
荒い息の中で、柏葉が言った。
「カウントされてます。やっぱり、柏葉さん自身が主体となってモンスターの討伐をしなくちゃいけないみたいですね」
「そう……、です、か」
「大丈夫ですか?」
「すみ、ません……。戦闘は、慣れなくて」
柏葉は大きな息を吐き出して、空を見上げた。
「あと、999体……、ですか」
呟かれるその言葉には、微かな絶望感が含まれていた。
柏葉の気持ちも分からなくもない。
一匹を倒すだけでこの疲労とこの時間。すべてを終わらせるまでいったいどれほどの時間が掛かるのかと思うことだろう。
「……でも、頑張り、ます。全部終われば、私もみなさんみたいに戦えるように、なってますよね?」
それでも、柏葉は気丈な笑みを浮かべた。
だから明も、その言葉にしかと頷きを返して言う。
「ええ、きっと」
その時には間違いなく。
一条明と肩を並べて戦うことが出来る、数少ない一人になっているはずだ。