時間稼ぎ
「――――つまり、その……『シナリオ』ってやつをクリアすれば、私にも固有スキルが与えられると?」
柏葉に『みんなの為に』というシナリオが発生してからのことだ。
一条明は、柏葉と奈緒に向けて今回のシナリオのクリア条件と、その内容を詳しく説明していた。
それと合わせて、シナリオをクリアしたことによって得られるであろう固有スキルとポイントのことも、柏葉に追加で伝えておく。
柏葉は、自身に与えられたそのシナリオの内容にまず驚いて、次いでその結果によって得られるであろう報酬についても驚きの声を漏らしていた。
「それじゃあ七瀬さんも今は、一条さんと同じ固有スキルを持っているんですか?」
柏葉は奈緒を見ながらそう言った。
その言葉に、奈緒は小さく肩をすくめながら答える。
「そうだな。といっても、私のは一条とは違うものだが」
「違う?」
「ああ、私の固有スキルは『不滅の聖火』って名前のスキルだ。効果は、私の戦闘意欲が続く限り致命傷による即死を免れるって効果だな。一条から聞いた話になるが、私は顔の半分を潰されようが首を切られようがしばらくの間、生きていたらしい。実際のところ、私はそれをよく知らないがな」
「知らない? どうしてですか?」
柏葉は不思議そうな顔になって首を傾げた。
すると奈緒は、口元に笑みを浮かべて笑った。
「一条が『黄泉帰り』のループ中に見た話だからな。この世界の私は、それは未経験だ」
その言葉に、柏葉は明が先ほど話していた内容を思い出したのだろう。「ああ……例の」とそう言うと、納得した表情で頷いた。
「まあ、そんなわけで。今の私は、コイツのおかげで絶対に一撃じゃ死なない身体になったわけだな」
奈緒はそう言うと、親指で明のことを指し示した。
そうしながらもさらに、彼女は言葉を続ける。
「私と同じ、かどうかは分からないが、コイツだけに与えられてる『シナリオ』ってヤツはクリアするだけの価値がある。私の時はボスモンスターの討伐だったが、今回はモンスターの討伐だ。指定されてないってことはゴブリンでもいいわけだし、簡単じゃないか?」
そう言って、奈緒は明へと視線を向けた。
明はその言葉に考え込むように眉間に皺を寄せると、ゆっくりと言葉を吐き出す。
「そう……ですね。クリア条件だけを見れば、簡単そうです。けど――――」
「けど?」
「このシナリオは、俺たちにとってはかなり……厄介なものかもしれませんね」
「あの、どういうことですか?」
柏葉は、明の言葉に不安そうな顔でそう言った。
明はそんな柏葉へと顔を向けると、落ち着いた口調で言葉を吐き出す。
「シナリオの画面を見る限り奈緒さんの時とは違って、今回は道連れがありません。俺が死ねば過去に戻る、いつもの『黄泉帰り』です。黄泉帰りの死に戻り先も、シナリオ発生の時点で固定されるって出てるし、多分だけど、今この瞬間に変わっているはずです。その上で、わざわざ画面に〝柏葉薫には、『黄泉帰り』の効果が適用されていないのでご注意ください〟って書かれていたことと、クリア条件にある相当数のモンスター討伐を合わせて考えると……」
「……なるほど。死に戻りによる、戦闘経験のリセットだな」
奈緒は、明が何を言いたいのか察したのだろう。ため息混じりの声を上げた。
その言葉に明は頷き、未だに得心がいっていない柏葉へと向けて説明をする。
「俺の『黄泉帰り』は、レベルやステータスもそうですが、今の記憶もそのままに過去へと戻ります。死んだ時の痛み、苦しみ、それは死に戻った先でも忘れることがありません。……結果としてそれが、前回のシナリオでは奈緒さんの負担となりましたが、今回は違う。柏葉さんには、俺の『黄泉帰り』が適用されていないんです。つまり、死に戻った先でも柏葉さんは、常にリセットされている。それまでに培ったことも全て、知らないんです」
「えっと……? それって悪いことなんでしょうか? 死んだことを知らないなら、それでいいんじゃ?」
「奈緒さんも言いましたが、記憶だけじゃなくて戦闘経験も全て無かったことになるんです。例えばですよ? 柏葉さんが999体のモンスターを倒して、残り一匹でシナリオクリアだというその時に、俺が何かの原因で死んだとします。すると、それまでに培ったレベル、ステータス、スキル、経験。その全てが無かったことになって、柏葉さんは再び何も知らないままモンスターに挑むことになる。もしそこで、俺の『黄泉帰り』が適用されていれば、それまでの経験があるから前ほど苦労はしなくていいはずです。でも、今回はそれが無い。柏葉さんは毎回、何も知らないまま一から戦い続けることになる」
「つまり……。私が毎回、大変だと?」
「それもありますが、一番は時間の短縮が死に戻りを重ねても出来ないことです。そして、このシナリオのクリア条件は〝柏葉薫によるモンスター討伐数〟が1000体になることです。シナリオ画面を見る限り、俺も協力は出来るようですが……。それは今回、難しいでしょうね」
「えっ!? どうしてですか?」
「柏葉さんがモンスターを狩り続けている間も、反転率が進むからですよ。このシナリオは、1000体討伐が終わるまで続く長期戦のシナリオです。その間に、モンスターの強化が起これば柏葉さんも辛いでしょう?」
その言葉に柏葉は小さく、こくり、と頷いた。
「だから、誰かがボスを倒す必要がある。そうなると必然的に、俺がボスの相手をしなくちゃいけない。いわゆる、時間稼ぎが必要になるわけです」
「それなら、シナリオに挑む前にあらかじめボスを倒しておけばいいじゃないか。ボスを倒してから、柏葉さんのシナリオをすればいい。ボスを倒せば、死に戻り先が変わるんだろう? 一度発生したシナリオは死に戻り先では継続されてるって、一条、前にお前が言っていたことだ」
「奈緒さんの時はそれも出来ましたが、今回は無理です」
「なぜだ」
「言ったでしょう? 死に戻り先が、今この瞬間で固定されてるんです。多分ですけど、何をしても死に戻り先は変わらない。一度死んでしまえば、ボスの討伐は無かったことになるでしょうね」
「…………それじゃあ、つまり。今回のシナリオは……」
明は、静かに呟く奈緒の言葉に頷いた。
「――はい。柏葉さんがモンスターを1000体倒すまで、俺は一度も死ぬことなくボスを倒し続けて、時間稼ぎをする必要があります」
投稿おそくなり、申し訳ないです。
このあたりの話がちょっと難産気味で(説明が上手く出来なかった)遅くなりました。