みんなの為に
「そのあたりも含めて、これから話すつもりです。……とにかく、これで俺の力が分かったでしょうか。そして、ココからが本題です。俺が何度も過去に戻り、この世界を繰り返して分かったことを一度、皆さんと共有します」
そう言うと明は、これまでに分かったことをみんなに伝えた。
この世界のこと。モンスターのこと。ステータスをはじめとするシステムのこと。武器や攻撃力、魔素という謎の物質。そして、リリスライラのこと。
明が語った内容を聞いた彼らの反応は様々だった。
驚いた顔でポカンと口を開けたまま固まる人。次々と質問を投げかける人。考え込む人。そして、その話を聞きながらも彼らがどんな決断を下すのか見守る人。
それぞれがそれぞれの反応を示しながらも、彼らは彼らなりに明の話をどうにか飲み込もうと必死だった。
今、彼らに聞かせた話は、明が何十回とこの世界を繰り返し、ようやく受け入れたモンスターが現れた新たな世界での常識だ。
その繰り返しを得て、一条明という人間はもう、この世界に完全に馴染んだと言っても過言ではない。しかしそれでも、初めは信じられないと思ったことがいくつもあった。
それを、彼らは一気に聞かされているのだ。
すんなりとこの話を飲み込み、それじゃあどうしようかと、すぐに次の話題へと移るのは難しいことだ。
明は心の中でそう考えると、彼らが一旦の落ち着きを見せるまで、静かに事の成り行き見守ることにした。
やがて彼らは、明の話を聞いた上でこれからのことについて話し始める。
世界反転率が進むことでこの世界にある街々がダンジョン化するのならば、その進行をいち早く止めるべきだという意見。
現れたモンスターを、いち早く元の世界へと戻す手段を見つけるべきだという意見。
カルト宗教がこちらを襲ってくるのならば、いっそのこと先に仕掛けるべきだという意見。
そのほか、多くの意見が飛び出ては議論がなされて、次々と現実的ではないと却下された。
数分にも及ぶ活発化していた議論がようやく落ち着きをみせた頃。
明はそれまで閉じていた口を、ゆっくりと開いた。
「みなさんが、俺の言った情報を踏まえて現状を受け入れてくれているようでありがたいです。……ですが、みなさんももう分かったように、現状を理解すればするほど、俺たちには時間も、力も足りていません。反転率を止めるにはまず、ボスを倒すことが大前提です。しかし、今この場でボスに挑むことが出来る人は俺を除いて誰もいない。みなさんも日々モンスターと戦い、レベルアップをしているようですが、現状ではみなさんのレベルアップの速度よりも反転率の進行速度のほうがはるかに上です」
「……でも、だからってどうするんです?」
明の言葉に、医者の中西がため息混じりに言った。
「私たちには、一条さんのように特別な力がない。レベルアップに焦って、無茶な行動を取ればそれこそ死ぬことになる。そうなれば、元も子もないじゃないですか」
「――――では、俺と同じ力を得られる可能性が、チャンスがあればどうしますか?」
「えっ?」
「先ほど、奈緒さんが言ったことです。俺には、自分以外の誰かも一緒に、過去へと戻る力がある。それが使えたとしたら、どうしますか?」
「……そりゃあ、レベルやステータスをそのままに、過去に戻って一からやり直すことが出来るならそうしたいですけど」
中西は呟くように言った。
その言葉に、明は小さな頷きを返すと視線を変えて、この場にいる全員へとその目を向ける。
「みなさんも、同じ気持ちですか?」
軽部が、彩夏が。中西や岡田といった奈緒を除くその場にいる全員が、こくりと、確かに頷いた。
「そうですか」
と、明は呟く。
そして小さく息を吐き出し、言葉を止めるとやがてその言葉の続きを口にした。
「では、改めてあなた方に問いかけます。その力を得るために、あなた方は、俺と一緒に死ぬ覚悟がありますか?」
「死ぬ、覚悟ですか……?」
軽部が小さく呟いた。
「……どういうことだよ?」
と、彩夏が静かに聞いてくる。
明はそんな二人に目を向けると言った。
「もしも、その力を得るために。今この場で、俺と一緒に死んでくださいと言われたら、お二人は本当に出来ますか?」
「……っ」
「それ、は……」
二人は、明の言葉に声が詰まった。
明は二人から視線を切ると、岡田や中西へと目を向ける。
「岡田さんや、中西さんはどうです? 出来ますか?」
「本当に、それで一条さんと一緒に過去に戻ることが出来るんですか?」
中西は明に向けて言った。
その言葉に、明は首を振って答える。
「分かりません。俺にその力があるのは確かですが、発動の条件がまだ分からないので。もしかすればそのまま、死ぬことになるかもしれない」
「…………それじゃあ、僕は無理ですね」
中西はそう言うと、呆れたように小さく笑った。
「それでダメなら、あなたは過去に戻るだけなのかもしれませんが、僕は過去に戻れません。ただの無駄死になる」
「……岡田さんは?」
「俺も、無理だ。モンスターと戦う力は欲しいけど、そのために死ぬなんて考えたくもない」
ハッキリとした拒絶を示した二人に、明は思わず口元に笑みを浮かべた。
これが普通だ。彼らの反応は当たり前のことだ。
死ねば力が得られるかもしれない、なんて不確かなことを言われて、それでもやります、とそう言える人はまずいない。
それが出来るのは、狂おしいほど現状に嘆いているヤツか、もしくは明のことを心から信じているヤツかのどちらかだろう。
明は、彩夏と軽部の二人へと目を向ける。
彼らは、悩んでいるようだった。
明の言葉に信じたくもあるが、それ以上に死にたくはないといった表情だった。
彩夏は目の前で友人が死ぬのを見ているし、軽部に至っては自衛官だ。自分が死ぬことで残された者がどうなるのか、そしてこの病院に与える影響はどうなるのかを、はっきりと分かっているのだろう。
それを察した明は、ゆっくりと息を吐き出すとまずは時間を与えようと、この会議を終えることにする。
「…………この話を、代表のみなさんはお戻りになったら他の方々にお伝えください。そして、もしも。俺と一緒に、心から死ぬ覚悟が出来た人がいれば、俺のところへと来てください、とそうお伝えください。この場での話は以上です。お時間をいただき、ありがとうございました」
締めくくるように言ったその言葉に、軽部達は互いの顔を見合わせるとゆっくりとその場を後にした。
一人、一人と。背中を見せて部屋から出て行くその姿を見て、明は深いため息を吐き出す。
「お疲れ様」
そっと、傍に寄って来た奈緒が言った。
「ああ、奈緒さん。…………やっぱり、ダメですね。現状の共有をしてはみましたが、あの時の奈緒さんのように、俺と戦おうって決意をしてくれる人が誰もいない。まあ、俺と行動すればボスと戦うことにもなるし、死ぬ危険性だって大きくなる。尻込みするのも分かりますが」
それでも、一人ぐらいは共に戦うと言って欲しかった。
そんな言葉を吐き出そうとした明の口は、被せるように言った奈緒の言葉に塞がれた。
「一条、愚痴を言うのはそこまでだ。どうやらお前が思っているほど、悪い結果じゃなかったみたいだぞ?」
「えっ?」
奈緒の言葉に、明は視線をあげた。
すると、ただ一人。
部屋を出て行く彼らに逆らうようにして、こちらへと歩みを進める人がいた。
「――――一条さん」
と、彼女は言った。
とても小さい声だったけれど、人が消えた会議室にはその声が良く響いた。
「今のお話、本当ですか?」
と、再び彼女は言った。
「その力さえあれば、私も皆さんのお役に立てるようになるでしょうか?」
その言葉は、知らず知らずのうちに彼女が隠していた内面を曝け出すような言葉だった。
「私が頑張ることで、誰かが死なないように出来るでしょうか?」
「……できますよ。本当に、覚悟があれば」
と、明は言った。
その言葉に、彼女は唇を固く結ぶと一つ、確かに頷く。
「でしたら、やります。やらせてください。こんな私でも、誰かの役に立つことが出来るようになるのであれば、どんなことでも私はやります」
はっきりと、力強く。
彼女は明に向けてそう言った。
変化が現れたのはその時だ。
――チリン。
あの音が聞こえて、その画面は明の目の前に現れた。
――――――――――――――――――
特定の条件を満たしました。
シナリオが活性化されます。
――――――――――――――――――
柏葉薫のシナリオ:【みんなの為に】が開始されます。
柏葉薫は、不安を抱えながらもあなたに心から協力したいと思っています。
あなたは柏葉薫と共に協力し、この世界に現れたモンスターを討伐してください。
――――――――――――――――――
なお、このシナリオが終了するまで、『黄泉帰り』先の特定地点はこの地点で固定されます。
柏葉薫には、『黄泉帰り』の効果が適用されていないのでご注意ください。
――――――――――――――――――
柏葉薫によるモンスター討伐数 0/1000
――――――――――――――――――
明はその画面を見つめる。
何度も、何度もその画面を繰り返し見つめて、そうしてようやく、溜め込んでいた息を吐き出した。
願っていた画面の出現に、嬉しさと同時に考えるべきことが多くあった。
内容からして、奈緒のシナリオと同じく一筋縄ではいかないだろう。
それでも今は、新たに出来た協力者に心からの感謝を言わずにはいられなかった。
「……ありがとうございます。これから、頑張りましょう」
一条明は、笑みを浮かべてそう言った。
その言葉に柏葉薫もまた、安堵の笑みを浮かべたのだった。