会議室にて
上げ直しました。
柏葉が集めていた素材は、『少ない』と言っていたわりには多くあった。
小鬼の心臓、小鬼の肝や目玉。殺人蜂の甲殻に殺人蜂の毒液袋などなど。一匹のモンスターを『解体』することで採れる素材は複数あるようで、柏葉がこれまでに集めていた素材すべてに『鑑定』を掛けると、新たなブロンズトロフィーを獲得した。
(――――初級鑑定士、か。報酬はポイント5つ。ひよっこ鑑定士と合わせると、一気にポイント8つの獲得だ)
クエストによるポイント報酬がデカいからか、たった数ポイントというこれらのトロフィー報酬にあまり旨味がないように感じるが、それでもこれらの報酬は馬鹿に出来ない。
塵も積もれば、という言葉があるように、これらのトロフィー報酬が自身の強化につながっていくことは間違いないのだ。
(んー……。こうなってくると、柏葉さんにはこれからもモンスターの解体を頑張って欲しいな)
明は、柏葉にお礼を言ってその場を後にしながら、心の内で声を漏らした。
(鑑定関連のトロフィーは、素材に鑑定を使った時にしか獲得出来ないみたいだし……。俺が『解体』を取得して鑑定していくよりも、役割を分けた方がいいよな)
クエストやトロフィーでポイントを人よりも多く取得できるとはいえ、すべてのスキルを取得していればどんなにポイントがあっても足りない。
各々が自分にあった役割で、その役割の中で仕事をしていくのが一番効率的だろう。
(そのあたりも、みんなが集まった時にしてみるかな)
そんなことを心の中で呟いた明は、ポケットに手を突っ込んでスマホを取り出した。
時刻は午前九時五十二分。
気が付けば、奈緒と約束した時間まで残り僅かとなっている。
(……さて、と。そろそろ良い時間だな)
柏葉は新たに手に入れたブラックウルフの素材を整理してから行くと言っていたので、一足先に会議室へと向かうことにする。
会議室に到着すると、既にある程度の人数が揃っていた。
自衛隊の代表は、やはりというか軽部だ。部屋の中央付近の椅子に腰かけて、隣に居た医者――中西という三十代半ばの男性だ。モンスターがあふれたあの日に、この病院で当直を担当していたらしい――と共に何かを話していたが、明が来たことに気が付くとすぐに立ち上がり、軽いお辞儀をしてきた。
そんな軽部から離れた位置に、壁に背中を預けるようにして彩夏が立っている。いつものようにパーカーフードを下ろしていた彼女は、会議室に居る人々の顔をジロジロと眺めながら口に咥えた棒付キャンディーをガリガリと噛み砕いていた。
さらには、この病院へと逃げ込んだ街の住人を代表して岡田という青年もこの場に足を運んでいた。
(あの人……。自衛隊の人達と一緒に、ブラックウルフが襲ってきた時に戦っていた人か)
明は、その青年の顔を見ていつかの人生での出来事を思い出す。
(確かに、レベルも自衛隊の人達と同じぐらいだしな。それで代表者に選ばれたって感じか)
岡田は、ぼんやりとした表情で静かに椅子に座っていた。ときおり軽部に話しかけられて小さな声を返しているのを見るに、普段は物静かな性格なのかもしれない。
「一条」
そうして、集まった人々の顔を見渡していると、奈緒が声を掛けてきた。
「少し早いけど、もう始めるか?」
そう言って、奈緒はちらりと集まった人々へと視線を向けた。
「早い人で、二十分前からここに集まってる。みんな、お前の話が気になって仕方がないみたいだ」
「そうですね……。それじゃあ、柏葉さんが来たら始めましょうか」
と、そんな話をしていると、静かに扉が開いて柏葉が入って来た。
柏葉は、部屋の中を見渡し集まった人々に少しだけ驚いた顔をすると、そっと部屋の隅へと移動をする。
それを見た明は一度、奈緒へと視線を向けて小さく頷くと、一歩前へと足を踏み出した。
「……えーっと、この度はお集まりいただき、本当にありがとうございます」
口を開き、吐き出されたその声は決して大きいものではなかったけれど、その声は部屋全体へと確かに広がって、その場に居た全員が明に注目したのが分かった。
「もう既に聞いているのかもしれませんが、皆さんに集まっていただいたのは他でもありません。俺が知っていることを、皆さんにも一度共有しておこうと思ったからです」
その言葉に、何人かの表情が真剣なものへと変わる。
誰もが明の言葉を一言一句聞き漏らすまいと、集中して耳を傾けているのが分かった。
「まず、この話をする前に。皆さんには少し、俺のことを知ってもらわなくちゃいけません。いや、正確には俺が持つ力に関する話です。……皆さんは、固有スキルという言葉を聞いたことがありますか?」
「固有スキル、ですか?」
そう言って声を上げたのは、医者の中西だ。
明は、中西に向けて小さな頷きを返す。
「いわゆる、その人にだけ与えられた専用のスキルと思ってください。誰が、どんな条件で、どうしてその力を与えられているのかは分かりません。ですがその特別とも言える力は、この世界にモンスターが現れ、俺たちの日常が壊れたあの日に、何の前触れもなく一部の人達へと与えられました」
言い終えたその言葉に、非難や怒号といった反応はない。おそらく、この数日の間にある程度は予想していたことなのだろう。
誰もが静かに、明の言葉を聞いて受け入れていた。
明は、自分を見つめる瞳を一つずつ見渡すと、ゆっくりと口を開いて途切れていた言葉を続けた。
「……そして、その特別な力は、皆さんおおよそ察しているとは思いますが俺にも与えられています。――――俺が与えられた力は、自身の死をトリガーに発動する過去への巻き戻し。簡単に言ってしまえば、死ぬ度にこの世界をやり直すことが出来る力です」
その言葉に、『黄泉帰り』を知っている奈緒や彩夏を除く全員が驚き、息を止めていた。
明は、驚く全員の顔を見渡しながらさらに言葉を続ける。
「時間遡行、死に戻り。この際、この力の言い方はどれでもいいです。とにかく俺は、気が付けば与えられていたその力によって、自分が死ぬ度に過去に戻り、またこの世界をやり直しています。そして今、俺にとってのこの世界は三十一回目の世界です。早い話が、俺はこれまで三十回ほど死んでいることになりますね」
信じられない、と誰かが言った。
それは思わず零れてしまった心の声だったのだろう。本当に小さく、部屋の中に零れ落ちたその言葉は、静まり返った室内でよく響いて聞こえた。
明は、その言葉の主を探すこともなく言った。
「俺が以前、この街に現れたミノタウロスを殺したことを、皆さんはもう知っていますよね? どうしてあの日、モンスターがこの世界に現れた直後に、俺がミノタウロスを殺すことが出来たのか。それについて、疑問を感じたことはありませんか?」
その問いかけに、誰も言葉を発しない。
それでも明は、ゆっくりと残りの言葉を口にする。
「だとすれば、その答えは簡単です。俺はアイツを殺すために、これまでに何度も死んで、生き返っていたからです。俺が持つ固有スキル『黄泉帰り』は、死ぬ直前のステータスを、次の生き返り先に引き継ぎます。その時のレベル、ステータス、スキル……。それらすべてをそのままに、です。…………そうして俺は、何度も死んで、生き返りながらも力を身に付け、ようやくアイツを殺すことが出来ました」
「そ、それじゃあ、一条さんは最初から強いわけじゃくて……」
「最初から強い人なんかいませんよ」
明は、声を上げた軽部の言葉に笑った。
「何度も死んで、やり直して。そうしてようやく、俺は今、ここに居ます。そうして何度もこの世界を繰り返すうちに、分かったことも多くある。それを、今回は皆さんと共有しようと思って呼び出した次第です」
「一条さんはこの先、何が起こるか分かっているってことですか?」
再度、軽部が質問を投げかけてくる。
明はその言葉にゆっくりと言葉を吐き出して、答えた。
「俺が生きて、体験したところまでは。……残念ながら、この先の未来はよく分かりません」
この病院に居る人達が殺される未来となる原因は、もう既に取り除いた。
そのことを告げても良かったが、それは人殺しをしたと告白することに他ならない。
わざわざ人を殺したことを告げる必要もないと、明はその事実を隠した。
「あの、一つ気になることがあります」
小さな声で質問が飛んだ。住人を代表してここに来ている、岡田という青年だ。
岡田は、明を見据えながらゆっくりと口を開く。
「固有スキル、というのは本当にあるんですか? 元々この病院に勤めていた人、入院していた人、自衛隊、僕のようにこの病院へと逃げ込んで来た人……。全部を合わせれば今、この病院に居る人はかなり多いですが、そんなスキルを持っているなんて一度も聞いたことがないです」
「固有スキルがあるって言う話は本当だよ。何なら、あたしも持ってる」
岡田の質問にそう言って答えたのは、壁際で事の成り行きを見守っていた彩夏だ。
彩夏は、壁に背中を預けたままの姿勢で岡田を見据えると、言った。
「あたしの持っている固有スキルは『神聖術』だ。一条のオッサンとはまた違うスキルだけど、確かに固有スキルだよ」
――オッサン。
その言葉に、明は思わず口を開きかけた。
けれど、ここで言い返せば話の腰を折ることになる。
明はぐっと言葉を飲み込むと、小さく息を吐き出しながら頷いた。
「そうだな。そこに居る花柳も、俺と同じ固有スキル持ちだ。固有スキルを持っている人は少ないから、これまで聞いたことが無いって言うのも分かる。けど、固有スキルがあるのは事実だ。……それに、固有スキルは誰にでもあるわけじゃない。仮にこの病院に居る人の中で誰かが持っていたとしても、それを明かせば妬みの対象になるだろうし、よほどのことが無ければ自分からは言い出さないと思う」
「で、でも……」
と、岡田は彩夏の凄みに怯えるように小さくなると、オドオドとした言葉を発した。
「死んだら過去の世界で蘇るなんていきなり言われても、信じられないし……。そもそも、それを証明することなんて出来ないじゃないですか」
「それについては、私が保証しよう」
そう言って、岡田の言葉に答えたのは奈緒だ。
「一条が言っていることは本当だ。実際に、私も一条と共に過去へと戻ったからな」
岡田にとって、奈緒がそう言ってくるのが予想外だったらしい。
ポカンとした表情で、「えっ、あ、え?」と目を白黒とさせながら言葉を呟くと奈緒の顔を茫然と見つめた。
「七瀬さん……。あなたも、まさか一条さんと同じ力を?」
岡田と同じく、奈緒の言葉に驚いた軽部が静かに問いかける。
その言葉に、奈緒は小さく笑うと首を横に振った。
「いや、私は過去に戻れる力なんて持ってないよ。私はただ、一条の力によって過去に戻ったことがあるだけだ。その時に、実際に何度か死んだこともある。そしてその度に、一条と共に過去に戻ったんだ」
「それじゃあ、何? 一条のオッサンは、自分だけじゃなくて他の誰かも一緒に、過去に戻せるってわけ?」
花柳が明の顔を見つめて言った。
明はその言葉に、少しだけ思考を巡らせると口を開く。
「そのあたりも含めて、これから話すつもりです。……とにかく、これで俺の力が分かったでしょうか。そして、ココからが本題です。俺が何度も過去に戻り、この世界を繰り返して分かったことを一度、皆さんと共有します」
そう言うと明は、ゆっくりとこれまでのことを語った。