ひよっこ鑑定士
奈緒と別れた足で、明は病院内を歩き回り目ぼしい人達へと声を掛けていく。
看護師や医者、自衛隊を頼ってこの病院に駆け込んだ街の人々……。声を掛けた全員が、何か得られるものがあるのならば、と揃って参加を申し出ていたが、それは部屋に入りきらないことを理由に代表者を決めてもらえるよう伝えた。
その声かけの際中、明は病院内の廊下で柏葉とバッタリと出くわした。
どうやら柏葉は、外に転がっていた死体の解体をちょうど終えたところだったらしい。
モンスターの血で汚れた両手で、いっぱいの黒い毛皮と袋に詰まった牙を持ち歩くその様子は、何も知らない人が見ればわりと、いやかなり怪しい。
事実、柏葉がモンスターを解体していることをあまり知らないのか、すれ違った人々がギョッとした顔をして柏葉のことを振り返っていた。
明は、「柏葉さん」と言って彼女の名前を呼んだ。
すると、その声に反応した柏葉が驚いた表情で明へと目を向けてくる。
「えっと……。どうして、私の名前を?」
「以前から柏葉さんのことは、奈緒さんに伺ってました」
その言葉に、柏葉は曖昧な返事で頷いた。明にとっては顔見知りだが、彼女にとっては初対面だ。それもあってか、柏葉は声を掛けてきた明に僅かな警戒を浮かべているようだった。
「解体終わったんですね」
言って、明は柏葉の手に抱えられた毛皮と牙へと視線を向けた。
そこでふと、考える。
(そう言えば、これまで何度も柏葉さんが解体しているところを見てきたけど……。実際に解体し終えたものを調べたりしたことが無かったな)
パワーレベリング中にも、柏葉はモンスターの死体を解体して素材を集めてはいたが、あの時はパワーレベリングをすることに躍起になっていたこともあって、解体して出来た素材にまで目を向ける余裕がなかった。
(武器とは違うけど一度、『鑑定』してみるか)
心で呟き、明はさっそく『鑑定』を発動させる。
――――――――――――――――――
黒狼の毛皮
・状態:普通
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・魔素含有量:0.7%
・追加された特殊効果なし。
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黒狼を解体した毛皮。光を吸収するため夜の闇に溶け込みやすい。日干しは厳禁。
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黒狼の牙
・状態:普通
――――――――――――――――――
・魔素含有量:0.8%
・追加された特殊効果なし。
――――――――――――――――――
黒狼を解体した牙。黒狼たちの間では、牙が鋭く太い者がその群れの長となる。
――――――――――――――――――
(……武器ほどじゃないけど、モンスター由来だからかやっぱり魔素を含んでるな)
それにしても、と明は現れた画面を見つめる。
(日干し厳禁とか、牙の説明とか。これって一体、誰が書いてるんだ?)
武器や防具となる道具には存在しなかった説明だ。思い返せば、クリエイトウォーターを鑑定した時にも出てきていたような気がする。もしかすれば、素材系の物だけこのような説明が現れるのだろうか。
(ゲームでいうところの、フレーバーテキストみたいだ)
そんなことを考えた明は、手を振って画面を消した。
明に変化が起きたのは、その時だ。
――チリン。
鈴を鳴らしたような軽い音が聞こえて、明の眼前には新たな画面が開かれた。
――――――――――――――――――
条件を満たしました。
ブロンズトロフィー:ひよっこ鑑定士 を獲得しました。
ブロンズトロフィー:ひよっこ鑑定士 を獲得したことで、以下の特典が与えられます。
・ポイント+3
――――――――――――――――――
「っ」
現れた画面に、明は微かに目を見開いた。
(トロフィー、か。久しぶりに獲得したな。えぇっと……ひよっこ鑑定士? 〝ひよっこ〟ってことは、駆け出しって意味だよな。解体した素材を鑑定することが条件だったか? 〝ひよっこ〟ってことは、まだ上がありそうだ)
明はそんなことを考えながらも、ふと考える。
(……鑑定にトロフィーがあるってことは、解析にもトロフィーがある、よな? でも、今までトロフィーは出てきてない。ってことは、何か条件がある? 思いつくのは回数とか、種類とか、かな。仮に決められた回数だとしたら、解析は鑑定以上に使っているからもうとっくにトロフィーを獲得しているはず。となれば、解析もやっぱり種類か? モンスターの一種類で一つのカウント……だとしても、これまでに結構してるよなぁ? それでも出てこないってことは――――)
そこまで考えて、明は一つの可能性に思い当たる。
(……まさか、解析Lv3で解析した種類? 解析Lv1はステータスしか見られない、不完全なものだったと考えれば確かに、Lv3になってから解析したモンスターの数はまだ少ない。今は……モンスターだけでちょうど十種類か。人を合わせても十一種類。キリよく考えれば、十五とか三十種類ぐらいでトロフィーが出るか?)
解析Lv3になってからだとすれば、ミノタウロスやオークなどといったモンスターはカウントに含まれない。ミノタウロスはもう既に倒した後だし、その死体も消えてしまっているからどうすることも出来ないが、オークやその他のモンスターならばこれから解析をすることが出来る。
(あとで、解析でもトロフィーが取れるか試してみよう)
明は心の中でそう呟くと、眼前に現れたその画面を消した。
考え込んでいた明が、あまりにも難しい顔をしていたからだろう。明の眼前に現れる画面が見えない柏葉は、恐る恐ると言った様子で「あの」と声を上げた。
「どうか、されました?」
「ああ、いえ……。なんでも」
と明は誤魔化すように笑った。
それから、会話の矛先を切り替えるようにわざとらしく声を上げる。
「ああ、そうだ。柏葉さん、これから少し、時間あります? ちょっと、みんなで情報共有をしようかと思いまして」
「情報共有?」
「ええ。今の俺が知っていることを皆さんにお伝えします。その上で、皆さんに聞きたいことがあるので柏葉さんにも来て欲しいです」
「私も、ですか」
そういうと、柏葉は悩むようにして考え込んだ。
けれど、それも束の間のことで、やがて明の目を見つめると小さな頷きを返してくる。
「分かりました」
「ありがとうございます。会議室で話しますので、その荷物を置いたら来てください」
そう言って、明は柏葉に踵を返して別れようとしたところでふと思い立ち、止まる。
「――――柏葉さん!」
明は、振り返ると遠ざかる柏葉へと向けて声を上げた。
その声に反応して、柏葉が明へと振り返る。
「どうされました?」
「部屋に、他にも解体して集めた素材ってありますか?」
「え、ええ……。少ないですが、一応」
「それ、見せて貰うことってできますか?」
「えっ?」
「すこし、興味がありまして」
そう言うと、明はニコリと笑った。