今後のこと
(……さて、と。これからどうしようか。アイツらを捕らえて、無理にでも聞き出せばまだ情報は集まるかもしれない。だがそうなると、完全にリリスライラとは対立することになるな……。アーサーが死んだことは、コイツらにはまだ知られていないわけだし、無理に対立する必要はない、か?)
明は、二人の男がモンスターについて話すのを聞きながら、思案する。
リリスライラの信者、アーサーは『死霊術』という固有スキルの他にもう一つ、『ヴィネの寵愛』という固有スキルを所持していた。
リリスライラという組織が、モンスターがこの世界に出現してから後天的に発生したのならば、アーサーが持つ『ヴィネの寵愛』というスキルもリリスライラと関わったことで取得したもので間違いないはず。
問題は、誰がそのスキルを与えたのかということだが、コイツらの話を聞く限りではそれは、神父と呼ばれる人物で間違いないだろう。
神父は、リリスライラの信者に『ヴィネの寵愛』というスキルを与えることは出来るが、誰にでも与えることは出来ない。
現に、コイツらは神父からスキルを与えられていないと言う。
だったら、今のこいつらはまだ、脅威ではないはずだ。ならば今は一度、様子見をするということも選択肢の一つにはなる。
そうして、明が考えを巡らせているとふいに、彩夏が明の肩をつついてくる。
「なんだ?」
「考え込んでるところ悪いんだけど、そろそろ『沈黙』の効果が切れる。あの二人、どうすんの?」
「…………ちょっと、待ってくれ。すぐに考えを纏める」
言って、明は目を閉じた。
「…………」
ジッと、明は考え込む。
今のこの段階で、無理に藪を突く必要があるのかどうか、それを考える。
(今はまだコイツらは無害だが、アーサーのように誰かへと手を下すようになれば、それはそれで厄介だ。多くの人が殺されれば、それだけモンスターに立ち向かう人も減る。その未来だけは、どうしても避けたい。かと言って、コイツらに手を出せば確実に敵対する。反転率のこともあるし、人同士の内輪で揉めてる暇はない。コイツらの対応に追われて、モンスターのことを疎かにすればそれはそれで、〝詰み〟の状況になる)
リリスライラが厄介なところは、魔王ヴィネという存在へ生贄を捧げることで、この世界が救われると信じていることだ。……その先に待つのは、確かな破滅だけだというのに。
(そうなると、一番はリリスライラに対応するグループと、モンスターに対応するグループとで別れることだな。どちらにしろ、今の状況では戦える人数が足りない、か)
やはり、戦力の増強が急務だ。
同時多面的に状況が動く可能性がある今、自分一人で全てを解決しようとするのには無理がある。
(『シナリオ』が使えれば楽なんだが……。発生条件が謎のままなんだよなぁ。取り急ぎ、その条件を探るか)
明は心の内でこれからの目標を決めると、ひとまず、この場ではリリスライラに手を出すことを止めた。
「帰るぞ」
静かに、明は彩夏に囁く。
すると、彩夏は少しだけ驚いた顔になると明を見つめた。
「いいの?」
「ああ。今はまだ、手を出すべきじゃない。一度戻ろう」
「ふーん。まあ、あたしはどっちでもいいけど」
そう言うと、彩夏は素直に明の言葉に従った。
二人は、そっとその場を後にする。
『沈黙』の効果は、二人が扉を閉めるまで続いていた。そのおかげもあってか、男達は最後まで明達に気が付いた様子が無かった。
それから二人は、残りのフロアを軽く探索して――三階や二階には、リリスライラの男たちが集めていた僅かながらの食料や水があった――、見つけた戦利品をいくつか持ち出した。
驚くことに、雑居ビルの中は五階に居た男達を除いて人気が無かった。
もしかすれば、この辺りに居るリリスライラの信者たちは、入口に立っていた見張りを含めても数人だけなのかもしれない。
もしくは、どこかまた別の場所に布教に出掛けていて、今はたまたま手薄なだけたったのかもしれないが。
(どちらにせよ、ラッキーだったな)
と、明はそんなことを考えながら二階部分のトイレの窓を開いて、周囲に人影がないことを確認すると、手にした戦利品と共にリリスライラの拠点から脱出した。
明達は、両手いっぱいの食べ物と飲み物を抱えて病院へと戻る。
すると、入口の傍で昨晩、明達が処理していたブラックウルフを解体している柏葉と遭遇した。
(……ああ、そう言えば。この人に、ウェアウルフの解体もしてもらわなきゃな)
これまでと同様、ウェアウルフの死体は袋に入れて部屋の中に置いてある。
前回は柏葉にウェアウルフの解体を頼むため、パワーレベリングをしている最中に奈緒がアーサーに襲われ、死に戻った。
今回も柏葉にはウェアウルフの解体をお願いしたいのだが、同時に、柏葉には『武器製作』のスキルを取得してもらい、新たな武器を創り出して欲しいという願望もあった。
(アーサーとの戦いで、武器が全部壊れたからな……。柏葉さんなら、『武器製作』を取得するだろうし、手斧に代わる武器を作ってもらいたい)
だが、そのために必要になるのはやはり、ポイントだ。
ウェアウルフの解体には、『解体』スキルをレベル2にする必要がある。レベルアップに必要なポイントは15。加えて、『武器製作』を取得するために必要なポイントは5。合計で、20のポイントが必要だ。さらに、『防具制作』のスキルも取得しようとすれば、柏葉はレベルを25も上げなくてはならないことになる。
(……いくら俺がパワーレベリングに力を注ごうが、短時間でそれだけのレベルを上げるのは無理だな。となれば、柏葉さんにも『シナリオ』を発生させておきたい)
明は、無言で淡々と解体をする柏葉の傍を通り過ぎながら、そんなことを考える。
(うー……ん。考えることが多いな。あとで、簡単にでも纏めておこう)
心の中で呟き、明はひとまずその考えを頭の片隅に留めた。
それから、ガラス扉を抜けて病院の中へと入ると軽部の元へと赴いて、手にした戦利品をお土産として渡す。
強制はしなかったが、宿泊費の代わりとでも思っているのか、彩夏も自分で食べる分の少しのお菓子やジュースを取り分けた残りを軽部へと渡していた。
そうして、簡単な言葉を交わして彩夏と別れた明は自室へと戻ると、これまでの繰り返しの中で分かったことと、これからやるべきことを、メモ帳に箇条書きに出してまとめていく。
次話、明の書いたメモリスト(これまでのまとめ)です。